変わらぬモノ
「ねえ、このクラッシュビー玉ってどう思う?」
「クラッシュビー玉?」
「そうそう、ほらコレ。」
スマホを受け取って画像を見る。
「へー…綺麗だねこれ。」
「なんかフライパンでビー玉を炒って作るんだって。」
「だから壊れたかー。」
「ちなみにフライパンもダメになる事例もあるらしい。」
「二重の意味にもなっていたのか。」
もう一度スマホを見る。中が壊れたことで光の入り方が変わり、まるでそれ自体が光を放っているような、そんな不思議な気分になってくる。
「それでさ、思ったんだけど…。」
「ん?」
「完璧な美しさって言葉があるじゃん?人って完璧なものが好きなのに、壊れてしまったものも好きって、ちょっと矛盾してるなーって思ってさ。」
「単に欲張りなだけじゃない?」
「ああ、すごく納得できるかもそれ。」
「完璧なものは好きなのは、憧れや畏怖を感じるんじゃないかな?それと憐み。」
新しい声がドアを開けて帰ってくる。
「おかえりー。ちゃんと買ってきてくれた?」
「買ってきたよ、罰ゲームだしね。はいゴーヤー100%健康ジュース。」
「………嫌がらせ?」
「イエイエ、オ昼ゴハンガ菓子パンダケジャ健康ニ悪イナト心配シタ結果ダヨ?」
「………。」
「あ、そっちはいつものコーヒー牛乳ね。」
「ありがとう、流石だね。」
「………飲食物の恨みは恐ろしいからね…。」
地獄から響いてきそうな恐ろし気な声を出すが、二人はサラッと受け流してしまう。
「で?完璧なものが好きな理由が憧れ云々ってどうこと?」
「ああ、それね。完璧なものをさ、変わらないものって考えてみるとしっくりくるんだよね。」
「変わらないもの?」
「うん、例えば不老不死。老いた人が探しているイメージがあるよね。じゃあなんで老いた人はソレを探すんだろう?」
「…なるほど、歳を取るって変化が怖いのか。」
「そういうこと。だから変わることがない不老不死を探すんだよ。結婚の愛の誓いも同じさ。」
「え?うーん…あ!わかった!パートナーの気持ちが変わってしまうのが怖いから永遠の愛を誓う!」
「正解!」
「それらがさっき言っていた憧れ、畏怖ってやつね…じゃあ憐みは?」
既にゴーヤー100%ジュースの恨みは頭の中から姿を消していた。実に単純な頭である。
「変わらないってことは成長もできないってことだよね?つまり何をどうやっても無駄だと思うんだよね、完璧なものって。」
「何をどうやっても…つまりどんなに努力しようが…。」
「実を結ぶことがない…それは悲しくなっちゃうね。」
「そう、だから憐みが生まれるんだ。憧れであり畏怖する存在であり、それと同時に憐みを抱える存在。だから人は完璧なものが好きなんだと思うな。」
妙な納得感を感じながら買ってきてもらったものを飲む。
今なら感情だけで人を殺せるかもしれないぐらいの怒りが込み上げてくる。それぐらい不味い。
「あれ?じゃあ完璧ではないものが好きなのは…。」
「お?気づいた?そう、変化がある、もしくはあったからだと思うんだ。」
「はー…なんかそう考えると、矛盾の塊だよね人間って。」
「そうだね。でも、それはそれで面白いと思わない?」
「めんどくさいだけだと思うなー。」
「…ん?でもそうなるとさ。」
「ん?」
「そうなると?」
二人の意識がこちらに集中する。
「矛盾する二つの事柄が好きって…やっぱり欲張りって結論に到達しない?」
「「…あ…」」
三人で顔を見合わせる。部屋にしばしの静寂が訪れる。
そして、誰かが吹き出す音が合図となり、辺りは笑い声が占領する空間に変わってしまう。
「はははは…帰ろうか…。」
「そ、そうだね………ふふっ。」
「いやー…実に無駄な時間を使ったね。」
「元はと言えば、誰かさんがクラッシュビー玉なんて見つけるから。」
「誰が見つけたんだろうねー。」
「ああ、あの話ってクラッシュビー玉から発展したの?」
無駄でくだらない時間だったけど、それが愛おしく感じるのは、これもきっと人間の欲張りのおかげだろう。
それがまた、たまらなく可笑しかった。