クーデレーション
「………。」
放課後の部室。今日は他の部員は用事があるらしく欠席の連絡を俺に告げるとすぐに帰ってしまった。
「…なあ。」
「…なに?」
わざわざ俺の膝の上に座って本を読んでいるこいつ以外は。
「非常に本が読みにくいんだが?」
「…今日寒い。」
「だからストーブを焚いてるだろうが。」
「………。」
「動く気は無い…と。」
「正解。」
俺はわざとらしく盛大なため息をついて遺憾の意を表すが、反応すらしてくれなくなった。
部室にはまた無言の時間が訪れる。彼女の甘い臭いが鼻をくすぐる。時折、体勢を整えようと動く拍子に柔らかな感触が服越しに伝わって来る。俺は必死に手元の『鹿の王』の上巻に集中しようとするが、彼女の全てがそれを許さない。全神経が彼女を感じようとしてしまう。
この小柄な彼女が何をしたいのか全然分からない。普通なら俺のことが好きなのかもと思ってしまうような場面だが、コイツに限ってそれはないだろう。何せ、ついこの間俺は彼女にフラれたのだ。
「…お前、この前俺をフッたよな?」
「…ん、そだね」
ついつい確認してしまう。そしてあっさり肯定されて治りかけていた傷のかさぶたが少しだけ剥がれかける。
「………ふぅ。じゃあ、好きでもないような相手の膝の上に座るのはやめた方がいい。襲われるぞ、ていうか襲うぞ。」
「ん?別に好きじゃない訳じゃないよ?」
…聞き間違えだろうか?もしかしたら俺の傷は自分で思っていたより深いのかもしれない。ありもしないような幻聴が聞こえて―――――――
「…むしろ好きだよ?」
――――――――落ち着くんだ俺、ここまでくると重症だぞ。いくらこの前フラれた相手(しかも、まだ好き)が膝の上にいるからってこんな幻聴が聞こえてくるなんておかしいだろう。これ本当に重症かもしれん、今からでも心の病院に行ってちゃんと診てもらった方がいいんだろうか?けどフラれたごときで行くとか大げさすぎるか?ああ、いやでも幻聴が聞こえるとか相当なもんだろうしやっぱり行った方がいいか。しかしこの手のところってどこが良い病院とかあるんだろうか?あるよなやっぱり?スマホでちょっと調べてわかるものなのか――――――――
「ただ、異性として意識できないだけ。」
「…どうしたの?顔痛いの?」
「いや、大丈夫なんでもない。だからこっち見んなちょっと。」
「…?わかった。」
彼女の意識が再び本の方に向けられる。
そうだよ、そういうやつだったよコイツは。口数が少なくって言葉足らずで、そのクセ妙に活発で突拍子なくって、気まぐれで…だけど、だけど。
「そこが可愛いんだよな…。」
「?」
「なんでもない。」
「そう。」
惚れた弱みというやつだろう。そこらへんはさっさと諦めて、いい匂いがする彼女の頭を撫でる。そのサラサラの髪の手触りを堪能するが、嫌がる様子は見られない。というか、むしろもっと撫でろと言わんばかりに頭が近づいてくる。
「…さっきの続きだけどさ、異性として意識できないなら俺のことどう見てるんだよ。」
「…お父さん。」
「………。」
「なんだか、安心する。」
「…今日、ウチで飯食ってくか?」
「…いいの?」
「どうせ家に帰っても1人なんだろ?母さんもいつでも連れて来いって言ってたし。」
「…行く、ありがとう。」
「じゃあ帰ろう。どうせ今日はもう誰も来ないし。」
「うん。」
外は雪が降っている。しかしその雪が、俺には暖かく優しいものに見えた。