ツンデレーション
五月晴れが素晴らしい朝。爽快な天気とは裏腹に美来は重い重い雰囲気をまとっていた。別に学校が嫌いというわけではなかった。友だちとケンカをしたわけでもない。強いて言うなら対応に困っているのだ。
「うっす、おはよう美来。」
(…ああ、来た。)
後ろから声をかけられるが美来は振り向かない。それどころか反応すらしない。
「………。」
「おーい、美来?聞いてんのかー?」
「…うっさいわね聞こえてるわよ、このクソ蓮司。おはよう。」
「おう、おはよう。」
一度無視されたこと、それにクソ呼ばわりは気にしていないらしい、蓮司と呼ばれた青年は挨拶を返すと横に並んで歩く。その際に鞄を取られてしまうが、美来は気にした様子は見せない。その瞳には呆れたような、諦めの感情が見て取れる。
「あんたも毎朝マメよね。」
「ん?コレ?」
「そう、ソレ。」
鞄を持ち上げる動作に頷く。
「まあ、最初は雑誌に書いてあったことを試してみたんだけど…もはや癖だねこれ。」
「さいで…ちなみにどんな雑誌に書いてあったの?」
「ん?確か…『これで意中のあの子をわしづかみ!モテる男になる特集!!』みたいなやつだったかな。」
「…何その『※ただし、イケメンに限る』って注意書きがありそうな特集。」
「そんな注意書きは流石に………なかったよな?」
「私が知るわけないでしょうが。」
(…コレだもんなー。)
内心、ため息をつく。そう、美来はこの蓮司のストレート過ぎる行為に戸惑っているのだ。
美来がこの世に生を受けて十数年、小さい頃から歯に衣着せぬ物言いで男子を圧倒してきた美来は、その手の浮いた話の矛先が自分に向いたことはなかった。美来自身、世間一般で言うところの「可愛げのない女」だと思っていたし、恋愛自体にそこまで興味が持てなかったのもある。身を焦がすような、儚く切ない、などの恋たちは物語の中だけで充分で、現実味が持てなかったのだ。
そこに現れたのがこの蓮司だ。
きっかけは去年だった。事の発端は美来のクラスの女子の中でいじめが起きそうだったことから始まる。その後、紆余曲折あったが、結果的に言えば美来が女番長もどきのをすることでその空気を『叩き潰したのだ』。共通の怖いものがあると人間はよくまとまるもので、いじめる側筆頭だった女子とは未だに対立しているような雰囲気はあるものの、いじめそのものが起こりそうな雰囲気は回避できたのである。
そして、その騒動を見ていたクラスの男子が揃って女子の恐ろしさを認識してドン引きしている中、中心人物である美来に興味を示したのが蓮司である。そして、転がり落ちるように好きになったらしい。
(フッてもコレだもんね…諦めが悪いというかなんというか…。)
横で何やらブツブツ言っている青年を見つめる。
美来の周りには今までいなかったタイプだ。とにかく折れない、いくら叩いても叩いても何度でも起き上がってこちらに好意を向けてくる。さながら子犬のゾンビのようだ。
そこで子犬ゾンビとなった蓮司を想像してしまい、思わず口元に笑みがこぼれる。しかし美来は自分の変化に気づけない。
「大丈夫だったよな。うん、大丈夫。そんな注意書きはどこにも――――」
「…ねえ、クソ蓮司。」
「――――ん?なに?」
慌てて美来に意識を向ける蓮司。その様子がおかしくって、美来は笑う。
「私さ、荷物持ってもらうのはありがたいけど、どちらかと言えば手ぶら系男子の方が好きなんだよね。」
「――――――――――――」
「てわけで、その雑誌は多分参考になんないよ?」
「――――――――――――」
「…ん?もしもーし…返事がない、置いてくか。」
いつもの表情に戻った美来は、さっさと歩きだす。
そこでやっと我に返った蓮司が慌てて後を追いかける。
「ま、まった美来!今のもう一回!」
「はあ?私が手ぶら系男子の方が好きってやつ?」
「あってるけど違う!その時の表情だよ表情!っていうか手ぶら系男子ってなんだよ!」
「表情?なにそれ?普段と変わんなかったでしょ。後、それぐらいは自分で調べなさいな。」
「嘘だッ!!!」
二人の時間は賑やかに過ぎていく。
これから二人がどんな道を辿るかは、まだ誰にも分からない。