ボーイ・ミーツ・ガール
春眠暁を覚えず、なんてよく言うけれど、今日の俺は一睡もできずに暁を拝んでしまった。今日は晴れの高校生活が始まる初めの一歩、入学式である。たかがそのぐらいで眠れないほど緊張するなど大げさだと思われるかもしれないが(事実、姉と弟には馬鹿にされた)、俺が入学するのはいわゆる上流階級と呼ばれるような家柄の子どもたちが通う超一流高校として天下に名高い私立高校である。
「じゃあ高等部から新しく入ってきた生徒もいるし、出席番号順に自己紹介していこうか。まずは赤崎勇くん、さっそく自己紹介よろしくね。」
「はい、赤崎勇と言います。今日からこの学園に通わせてもらいます。ここすごく広いので迷子にならないか今から少し不安です。どうぞよろしくお願いします。」
取りあえず自己紹介乗り切れた。少し声が震えていた気がしなくもないが、大丈夫だったと信じたい。こういう時は出席番号早いとすぐに終わって気が楽だな。
元々この学園には記念受験のつもりでクラスの仲のいい奴ら数人と受けたのだ。そしてそのことを知った、当時通っていた塾の塾長の「どうせなら本気で受けろや」という何ともありがたい(?)鶴の一声で猛勉強を開始、そして見事に志望校の数ランクも上のここに合格である。人間、命の危機を感じながらやると出来るものである。
なんてことをボーっと考えている間にも、クラスメイト達の自己紹介は進んでいく。俺のような庶民の編入組もちらほら見かける(雰囲気でなんとなくわかる)が、圧倒的にお坊ちゃん&お嬢様が多い。そしてやっぱり自分の家に自信を持っているからだろうか、自己紹介の中に自分の家の紹介を挟んでくる人も多かった。その中にはよく知っているお菓子メーカーの社長の息子なんてのもいたりして、仲良くなったらお菓子くれないかなーなんて不躾なことを考えたりしていた…もちろん考えていただけだぞ?
「次はー…真鍋さんか。自己紹介よろしく。」
しかし中盤にさしかかってくると寝ていないせいか、だんだんと眠気が襲ってくる。中学みたいに急に大声を出す奴もいないし、窓際だから春の日差しが心地よくって………
「はい、編入して来られた皆様は初めまして、中等部からご一緒に学んで来られた皆様はお久しぶりです。真鍋美貴と申します。ここで皆様と共に勉学に励むことが出来ると思うと胸が高鳴ってしまい、昨晩はなかなか寝付けずに苦労しました。どうぞよろしくお願いします。」
その静かながらもよく聞こえる声を聴いた瞬間、眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。雪のように白い肌や流れるような艶のある黒髪、透き通った胡桃色の瞳を見た瞬間、目は瞬きのやり方を忘れてしまった。ほのかにだが爽やかな、それでいて少しだけ甘い香りがした気がした。
その後も自己紹介は続いたが、耳に全く入ってこなかった。
その日、俺は彼女に恋をした。