魔法:1 彼が彼女を選んだ理由(わけ)
俺、海堂 拓海が鳥海 光と出会ったのは、俺の30歳の誕生日だった。
ある事情で、やけ酒を浴びる程に飲んで、ゴミ捨て場で寝ていた俺に、優しく声をかけてくれた少年。それが、光だった。
実は光は少年じゃ無く、21歳の女の子だと知った時、俺は人生最大の驚愕を感じた。
なぜなら、俺は女性恐怖症で、女性の紅い唇を見ると吐き気がするし、触ると手が震える。今でもカウンセリングに通っているが、良くなる気配はない。
そんな俺が、光にはまったく拒否反応が出ないのだ!
コレはチャンスだと思った。光にリハビリに付きあって貰えば、女性恐怖症を克服できるんじゃないかと思ったんだ。
だから、光に頼みこんだ!
優しい光は、俺の頼みを聞き入れてくれた。そうして俺は光に毎日会って貰い、リハビリをする事になったのだった。
「光ぅー!もう、夕飯食ったか?まだなら、メシを食いに行こう!」
「奢りなら行きます。拓海さんに付き合ってたら、僕は破産してしまいますから。」
「俺は一応、御曹司だぞ?学生に払わせたりしない!」
「なら、行きます。昨日の昼から何も食べてないので、何か美味しい物食べさせて下さい。」
誕生日の翌日、早速仕事が終わってから光のアパートへ行き、夕食に誘った。俺のリハビリに付き合って貰うお礼のつもりだったんだが…
とんでもない返答が返って来た。
光の住んでいる四畳半一間、風呂なしトイレ共同というオンボロアパートから解るように、彼女は絵に描いたような貧乏学生だった。
親が出してくれるのは学費のみだそうで、それ以外の衣食住と大学で使う教材は、全て家庭教師のバイト代、月七万円で賄っているらしい。その内家賃が三万円、光熱費が五千円、教材代として二万円程度、いざという時の蓄えとして一万円を貯金し、それ以外の雑費と食費を五千円で遣り繰りしているらしい。
どうやら、明日がバイト代が出る日らしく、それまで水で過ごすつもりだったとか……。
男の振りをしてこんなアパートに住むだけあって、光のやる事はなかなかぶっ飛んでる。
きっと、光のこんな所が、女を感じさせないんだろうな。
さて、夕食だが、光のリクエストで寿司を喰いに行く事になった。光は回転ずしを希望していたが、俺がそこは嫌だったので(女が山程いる場所では、気持ち悪くてメシが食えない)、行きつけの寿司屋に連れて行くことにした。
何時ものようにカウンターの隅に座り、寿司を楽しむ。
「こんな所で食事とか……、落ち着きません」
光はこういう店が初めてらしく、緊張して注文ができないみたいだ。
だから俺が、緊張している光の代りに、彼女の分まで寿司をドンドン注文し、食べきれなかった分は寿司折にして貰って、持って帰らせる。
さらに、アパートに帰るまでの道中で、保存食になりそうなものを幾らか買い、光の家に置いておく事にした。
だって、リハビリが終わる前に餓死されたら、困るからな。
沢山の荷物を抱えて、光のアパートまでの道を、2人で歩く。
「拓海さんは、馬鹿ですが良い人ですね!」
食べ物あげたのに、光にひどい事言われた!!
何故だ!?
魔法使いの事か?
あれで俺を馬鹿と断定したのか!?
たしかに、「30歳まで童貞だと魔法使いになる」なんてバカな都市伝説(?)を信じて、無茶をした俺は馬鹿かもしれない!
しかし!今の俺は、純粋に女性恐怖症を克服する為に頑張る、健気な30男だ!!
馬鹿とか言うんじゃありません!
馬鹿って言う方が、馬鹿なんだからな!!
「馬鹿とか、言うな。」
「ああ、そうですね。只の純粋なおじさんですよね。」
「なんか、光の言葉に悪意を感じる…」
「別に僕は、着替えを覗かれて、身体を触られて、それでも男と思われた事を、根に持っているわけではありませんよ?」
成る程!
光は昨日(今日か?)の事を根に持ってるらしい。
「光、人間は許し、許されて成長する生き物なんだ!何時迄も、根に持つのは良くないぞ?」
「何ですか、それは!僕は根になんか持ってませんよっ!!魔法使いさん!」
「なっ!その言い方が既に、根に持ってるじゃないか!!」
「いいえ。30にもなって、「魔法使いになってしまった」って泣いてたおじさんに、同情してるだけですよ?」
うぐぅっ!
昨夜は、光にかなり情けない姿を晒してるから、かなり俺の部が悪い!
こうなれば、最後の手段だ!!
「生意気言って、すみませんでした!俺は只の、馬鹿な30オヤジです!!」
素直に謝ってしまうに限る!
何故だか俺は、光に勝てる気がしないからな!!
「解ってくれれば良いんですよ。素直に謝った拓海さんは、部屋に入れてあげましょう。」
ニコリと笑ってそう言うと、光は丁度到着した自分の部屋の鍵を開け、俺を中に招いてくれた。
部屋に入ると光は早速、お土産の寿司折を、流し台の横に鎮座する小さな2ドアの冷蔵庫の中に仕舞い、さっき買い込んできた保存食を、いそいそと片付けた。
「今日のお礼に、特別にお茶を入れてあげます。」
光はそう言うと、余り色の付いてない薄い緑茶を淹れて、俺に渡してくれる。
余り飲みたくなる代物じゃ無いけど、その気持ちが嬉しい。「ありがとう」とお礼を言って、殆ど水の味しかしないそれを、一気に飲み干した。
「で、拓海さん。リハビリって、何をするつもりなんですか?」
俺がお茶風味の水を飲み干したタイミングで、光がニコヤカに聞いてくる。
その時初めて俺は、ノープランだった事に気付いた。
今までなら、「会話がスムーズに出来るようになる」を目標に、キャバクラや社食でリハビリをしていたが、光とは既にスムーズな会話が出来ている。
なら、一歩先行く目標を立てねばならないだろう!
スムーズな会話の次には何が必要だ?
………やはり、接触だろうか…?
先ずは、「手を繋げる」を目標にすべきか?いや、しかし。多分だが、光となら手を繋ぐのも、ハグも平気な気がする…。
試してみるべく、光にお願いして先ずは両手を握ってみた。
1分経過、問題なし。
5分経過、手が少し汗ばんできたが問題なし
10分経過、何だか越しているのが当然だと思えてきた。
20分経過、もう、離す必要なくね?
30分経過、「あの、ソロソロ離しませんか?」という光の要望により、終了。
結論。一日中でも平気と思われる。
次は、ハグの実験だ
1分経過、ヤッパリ問題なし
5分経過、不可思議な気分になってきた。
10分経過、何だか光が可愛く思えてくる。
20分経過、抱きしめた手を動かしたくなってきた。ムズムズする。
30分経過、「変な空気になってきたので、終わりにしましょう」と言われたので、ここで終了。
結論。ハグはやり過ぎると、次のステップへ進むらしい。
やはり、光が相手なら、この高いハードルもやすやすと越えてきたか……。
しかし、次のステップとして考えられるのは、……キス…だろ?
流石にそれを光に頼むのは如何なのかと、いくら馬鹿な俺でも思うわけだ。
しかし!聞いて見るだけなら、良いのではないか!?
うん!良いはずだ!!
「光、次の挑戦は、キスをしてみたいのだが……」
「は?ヤッパリ馬鹿なんですか?」
「聞いてみただけじゃないか!そんな言い方しなくても良いだろう?」
「そういう所が、馬鹿なんです。」
「じゃあ、俺は如何すればいいんだ!?」
「そうですね……。私が拓海さんを好きになって、拓海さんも私を好きになる事があれば、良いですよ。……つまり、ありえ…」
「解った!その線で、検討してくる!!」
「…な、い。……って、人の話は最後まで!」
「じゃあな、光。また来るぞ!!」
次の目標が定まった俺は、早々に光の部屋を後にしたのだった。
後ろで光が何か言っていたが、気にする余裕などなかった。
今日は久々に実家に帰ってみた。そしてら、偶々弟カップルが家に居た。
早速今日の成果を試したくて、隆文に頼み込んで、沙織ちゃんの手を握らせて貰ったのだが……、10秒で震えがきて、30秒で吐き気が襲ってきた。
何故だ?光の時は、30分以上大丈夫だったんだから、他の女でも2分位は楽勝だと思っていたのに!!
俺が隆文と沙織ちゃんに謝りながら、そう言うと、隆文がすごい顔をしていた。「え?それ、マジか?」とかいって、目を見開いている。
沙織ちゃんも、「凄いですぅぅぅぅっ!」って。
確かに、俺のトラウマを知ってる2人からしたら、とんでも無い事だよな。
ついでに次のステップの話をしたら、「俺が協力してやるよ!」と言ってくれた。本当に、隆文は良い弟だ!
俺の知っている光の情報を話せば、隆文の友達カップルが横手大学にいるので、情報を集めてくれるそうだ。
隆文の”横手大学に通っている友人”は、二階堂さん家のアキ君だった。しかも、アキ君の彼女が光の親友で、同じサークルに所属しているらしい。
アキ君はわざわざ、「自分の口で報告したいから」と言い、次の日に彼女を伴って俺のマンションに遊びに来てくれた。
俺は本来なら、女を家にあげる事など絶対に無いのだが、例外的に昔からの仲の良い知り合いの彼女や、奥さんには殆ど嫌悪を感じた事が無い。
流石に触れる事は無理だけどな!
そして、そんな女性たちの中で俺が嫌悪を感じると、何故か知り合いたちは、必ず直ぐにその女と別れてしまう。
昔の俺のあだ名は、”カップルクラッシャー”だったくらいだ。
そして、俺が嫌悪を感じ無い女と付き合ってた奴らは皆、高確率で結婚して、幸せな家庭を築いている。
今回、アキ君が連れてきた彼女も、嫌悪を感じる事はなかったので、多分この2人も将来、結婚するのだろう。
「あっ君のお友達は、本当に皆さん凄い人ばかりですね!?」
アキ君の彼女、文香ちゃんがキラキラした目で、俺を見ながら言った。
そんな彼女の様子に、アキ君はチョット拗ねた様子で、「文香、浮気ですか?」と言っていた。
「ち、違いますよ!確かに拓海さんは、素敵な背中をお持ちですが、光ちゃんの彼氏になる人に、そんな事思ったりしません!!それに、私には、あっ君が、います…し?」
「文香さん!!……やべぇ、文香さんが可愛すぎて、……滾る。」
テレテレと恥ずかしそうな文香ちゃんを、アキ君がガバリっと抱きしめて、何か言ってるが、俺にとってはとても微笑ましい光景だ。
そして、アキ君は、何に滾るのだろうか?……謎だ。
2人に教えてもらった光の情報は、光は7人兄弟の一番上で、下から3才・5才・9才・12才・14才・18才(女・男・男・男・男・男)という弟妹がいるらしい。直ぐ下の弟と光は、奨学金で学校に通っているらしく、彼女の家には金銭的な余裕が全くなく、その為、光はあんな生活をしているのだそうだ。
ふぅーむ。そんなに大変なら、この部屋で一緒に住むように誘ってみるか?
幸いこのマンションは、横手大学まで徒歩5分の立地だ。目の前のアキ君も、このマンションに住みたいって言うから、近々下の階の部屋を都合するつもだし、そうすればアキ君の彼女も出入するだろう。
それに俺はトラウマ持ちだから、もし光と一緒に住んだとしても、彼女が脅威を感じる事もないだろうし。
うん、いい考えだ!
アキ君に俺の素晴らしい計画を話したら、「マジか…… 。あの拓海さんが…。」と、目を見開いて驚いていた。
「僕も、光さんが了承するなら、確かに良い計画だと思いますよ。」
「うん。光ちゃんの今のアパートは、何とかしたいよね……。アレは、女の子の住む部件じゃないよ」
2人とも、俺の計画に驚いてはいるけど、賛成はしてくれる様で、光の説得に協力してくれると約束してくれた。
そして、光の家族情報以外にも、大学での様子や趣味、好きな食べ物などの情報をくれた後、仲良く手を繋いで帰っていった。
その日は光の家には行かず、翌日仕事中に親父の秘書に頼んで、スマホを一台用意してもらった。
アドレスには、俺の番号とアドレスを登録しておく。
勿論、光に用意した回線だ。
アイツは、スマホなんて勿論持ってい無い。アイツへの連絡手段は、アパートの廊下に置いてある、ピンクの固定電話だけだ。
俺はそれを見た時、思わず「昭和か!!」と突っ込んでしまった。
兎に角、あんな有様じゃ、何かあった時に困るので、スマホを持たせる事にしたんだ。
今日は、仕事の帰りにそのまま光の家に行く。
「光、夕飯食った?まだなら、なんか食いに行こう!」
「あ、拓海さん。おかえりなさい。勿論、何も食べてませんよ。で、今日は、何食べさせてくれるんですか?」
「光は何が食べたいんだ?」
「何か、凄いのが食べてみたいです」
凄い注文だな、おい。
きっと、食べた事の無いモノが良いんだろうと思って、エスニック料理を選んでみた。
ついでに、隆文やアキ君にも誘いをかけたら、彼女同伴で来ると言う。
店に電話して、6人で予約する。
アキ君と彼女は、光の家に来ると言うので、そちらに海堂家の車を手配した。
隆文達は、その車に乗ってやってきた。
仲良く皆んなで店へ行き、個室で食事を取る。
その席で、光に「連絡が取れないと困るから、コレを使え。」といって、スマホを渡した。
「あの、ありがたいのですが……料金は?」
「俺持ちだから、心配しなくていい」
「なら、ありがたく使わせてもらいます!」
そう言って、その場の4人のアドレスや電話番号を、登録して貰っていた。」
その後は、俺の部屋に行き家飲みだ。沙織ちゃんだけがまだ未成年で、お酒が飲め無いので、代わりにジュースを沢山用意しておく。
「そういえば、拓海お兄ちゃんと光さんは、どうやって知り合ったんですか?」
皆、しこたま呑んで、ベロベロになってきた頃、沙織ちゃんから爆弾が投下された。
「俺も知りたい」「私も知りたい」と隆文達が騒ぎ出す。
「にゃははははは。拓海さんが、ウチの側のゴミ集積所で酔いつぶれていたのを、拾ったんですよ。」
「は?兄貴、なんでそんな事になってたんだ?」
笑いながら説明した光に、隆文が信じられ無いと言った顔で俺に聞いてくる。
俺がそんな呑み方をするのが、信じられ無いんだろう。普段呑みに出ても、俺は殆ど素面だ。
下手に酔いつぶれて、持ち帰られそうになってから、外では殆ど飲ま無いようにしてるんだ。
「まぁ、あの時は色々あったんだ……」
「”人外になってしまった”って泣いてましたもんね(笑)」
「「「「人外!?」」」」
光の発言に皆が食いつく。
俺は慌てて、自分の唇に人差し指を当てて、光に合図を送るが、それに気づいてくれ無い。
「30歳になっちゃったから(笑)最初は、何の冗談かと思いましたよ。」
「「ああ……」」
それだけで、男2人には理解できたようで、「兄貴、あの都市伝説、本気にしてたのか……」「それより、良くその話を知ってましたね?」と、気の毒そうな顔で見られてしまった。
「誕生日の8ヶ月前に初めて知って、それからは血の滲むような努力の日々だった……」
あの頃の事を思い出して、遠い目で語る俺に「そう言えば、あの頃兄貴。無茶苦茶なリハビリやって、入院したりしてたな……」と、隆文が残念な子を見る瞳で俺を見た。
「あの輸血までされてた、胃潰瘍……」アキ君にまで、憐れみの瞳を向けられて、いたたまれなくなってくる。
「そんな事にまでなってたんですか!?」
あの頃の出来事までは知らない光が、驚愕の表情で隆文とアキ君を見る。「馬鹿だとは思っていましたが、まさかそこ迄……」とか失礼な事を言う。
「なだか、拓海さんって、側で見張っててあげなきゃ、騙されたりして、いつか死んじゃいそうですよね。危なっかし過ぎます。私が一緒にいる間は、助けてあげられるけど、会社とか心配ですよね?」
と、2人に同意を求めて問いかけている。
意見を求められた2人は、お互い驚いたような顔をして、見つめ合い頷きあっていた。
なんだろう?薄っすらと漂う嫌な予感?何かを企んでる空気?
そんなものが、2人から光へ向けて溢れている。
光はそんなものに気づく事無く、「あなた達も、ちゃんと拓海さんを護ってあげて下さいよ?」なんて熱く語っている。
「じゃあ、光さんこの部屋に住んであげてよ。」
「其れは良いですね!拓海さんのリハビリにもなって、騙されないように見張ってもらう事も出来て!」
「それだけじゃ無いぞ、アキ。光さんは、家賃・光熱費・食費が要らなくなるんだ。」
「素晴らしい!しかも拓海さんはトラウマ持ちだから、貞操の危機も無いし、まったく……一石何鳥なんですかね!?」
「どうです?光さん。兄貴と一緒に住んでやってくれませんか?」
光は、2人に畳み掛けられて、アワアワしている。
俺はその光景を肴に、ノンビリビールを飲んでいた。「一緒に住んでくれたら良いなぁ」と思いながら。
結論としては、明日からの週末を使って、光が引っ越してくる事になった。
その為今夜は皆で俺の家に泊まり、明日は一緒に行動する事になったのだ。女の子達には客間を当てがい、俺たちはリビングで雑魚寝する事にした。
カップルで同じ部屋にすると、俺のトラウマセンサーが反応する恐れがあるからだ。
俺、AVとか見れ無いんだよ。気持ち悪くなって、吐いちまうんだ。
音だけでもアウト。映像付きだと、血を吐く。
だから、俺の家では、SEX禁止だ。自慰も許さん。
翌日は、予定通り光の引っ越し作業を進め、光と俺は一緒に生活する事になったのだった……