表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/273

シスロ平原会戦


 王国の冬は随分と寒いものだな。帝国とは大違いだ。


「殿下。間もなく王国の軍勢が見えてまいります」


 子飼いの兵士が私を呼ぶ。

 ああ、煩わしい。

 皇族になど生まれるものでは無いな。やりたくもない戦に担ぎ出される羽目になるのだから。


「速度を緩め、移動しながら兵を展開させるように伝えろ」


 私の言葉を受けて子飼いの兵士が伝令役として走り出す。

 どうせ、私の命令など誰も聞きはしないだろうが、一応でもやることはやっておかなければ、どんな難癖をつけられるか分かったものでは無い。

 情けないことに帝国では皇族よりも領地持ちの諸侯貴族の力が強いのだから、私も身を守る術を用意しておかなければな。弱みを見せて付け入られることのないように責任だけは果たしておく必要がある。

 とはいえ、第五皇子のような、いてもいなくても変わらんような輩が諸侯貴族の責任転嫁から身を守れるとは思えないが。


 なんにしろ敗けるのならば敗け方というものがある。


 ネレウスやオワリの前で口にするわけにはいかないので黙ってはいるが、私はこの戦を勝って終わらせることは既に諦めている。

 山脈を越え、この地まで補給を行えるような体力は帝国には無い。

 今の所は申し訳程度の食料やら兵を送ってきてはいるが、それももうすぐ途絶えるだろう。冬の山脈を越えて、安定した補給を行うのは不可能であるためだ。

 既に勝ち筋は失われている。

 帝国が勝つためには戦力を集中させ、王国の南部を突破し、王国の中央に食い込む必要があった。

 中央に食い込んだところで、戦力が限られている帝国軍がそれ以上先に進むことは不可能であるだろうから、そこで進軍は止まるだろう。

 止まるにしても、その後は王国と交渉をすればいい。中央から兵を退く代わりに王国南部の一部の要求するのだ。それで一応は帝国の勝ちとなる。

 最初から王国全土を征服するなど夢物語だ。征服したとして割に合わないこと、この上ない。

 山脈で隔てられた飛び地など治められるわけが無いだろうから、征服したとて遠くない将来に王国の土地は独立するだろう。その時の独立を推し進めるのは、新たに王国の土地を治めることになるだろう帝国貴族だ。

 征服した所で反旗を翻される結末しか望めないのに、征服しようなどと考えるのは愚か者のすることだ。

 もっとも、そんな愚か者たちに逆らえずせっせと働く私が最も愚かだろうがな。


 私はままならぬ自身の身の上に憂鬱になりながら馬を歩かせる。

 向かう先は平原を一望できる小高い丘だ。丘を登り、私は馬上より眼下の光景を見渡す。


「ここは何という名前だったか?」


「シスロ平原と現地人からは聞いております」


 近習として付き従う子飼いの兵士の言葉を聞き、私は頷く。

 戦場としてはこのシスロ平原は悪くない。

 この辺りの土地は森が多く。大規模な兵力を戦わせることは難しいが、ここでならば問題は無いだろう。

 こちらの士気が高くない以上、籠城戦になれば容易く崩れるのはこちらだ。

 籠城戦よりも野戦の方がまだ士気が低くてもなんとかなる。今の内に少しでも王国の勢いを削いでおかなければ、冬は越せないだろう。


 王国側に関してはこちらの全軍を撃滅させる考えでこの地を戦場に選んだのだろうが、些か腑に落ちないこともある。


「動きが違うな」


 私は丘の上から王国軍の動きを見て呟く。


「そうでしょうか?」


 近習の兵は理解できていないようだが、まぁいい。

 私の勘では指揮官が違うのだろう。最近、戦ってきた王国軍ほど統率が取れていないように見えるというだけだ。

 それと装備がきらびやかに見えるな。

 最近の王国軍は鎧を汚すなどして夜闇でも目立たないようにしたり、中には機動性を重視するために鎧自体を身につけない者もいるのだが、ここから見える王国軍は磨かれた鎧をしっかりと着こんでいるようだ。

 兵の構成もここから見る限りでは前列に盾を持った重装歩兵。そのすぐ後ろに弓兵。さらに後ろに騎兵と魔法使いというように銃を持った兵の姿は見えない。

 やはり、これまで戦ってきた敵とは違うようだ。これが私にとって吉と出るか凶と出るかは分からないのがもどかしいな。


「殿下。王国軍の使者がこちらに向かっています」


 ああ、それは私にも見えている。

 きらびやか鎧を身に纏った騎士たちが近づいてくるのがな。

 煩わしいことこの上ないが私も行くしかないだろう。


 オワリとネレウスには私の兵の指揮を任せているため、同行するのは難しいので近習の兵を連れて向こうの使者と話すことにする。

 どうせ、たいした内容ではない。二人を連れていく必要も無いだろう。


「使者を待たせるとは礼儀を知らないようだ」


 互いの軍勢が平原を挟んで睨み合う真ん中で私と敵の使者は顔を合わせた。

 使者は端整な顔立ちの上級貴族らしい青年だった。

 私が遅れてきたことに苛立っているようだが、敵の歓心を得ようなどという気持ちはないので、どうでもいい。


「それは失礼をしました。で、何か御用ですかな? 降伏してくださるなら、こちらは有り難いのですが」


「馬鹿を言うな。降伏するべきなのは、そちらだろう」


 こうなるだろうとは初めから分かっていたので意味の無いやりとりだ。


「では、戦うしかありませんな」


「ああ、そうだ」


 結局やることは変わらない。ただ本気で戦うかということを確認するだけだった。

 場合によっては、ここで取引などがあるのだろうが今回は無かった。

 であるならば、お互いに加減は無いということだ。捕虜を取る必要も無ければ、撤退する敵軍を追撃し皆殺しにしても良いということだ。

 貴人の身柄の安全を約束することも無かったが、これは向こうに位の高い貴族はいないということだろうか?

 私の方は別にどうでも良い。第五皇子などは人質にでもなったら莫大な身代金を要求されるだろうが、第五皇子という、居ても居なくても同じ存在に大金を払うことは無いだろう。

 身代金が取れないならば人質にする価値もないのだから幽閉か処刑されて終わりだ。

 身柄の安全を保証されてもロクな結末にならないのであれば、戦場で死んでしまった方が気楽なので、私は自分の身の安全などは約束しない。

 向こうもこういう考えならば、気にせずに済むのだが、どうなることやら。


「では、良き戦いを」


 使者の青年はそう言って、自分の陣に向かって立ち去ろうとする。

 私は立ち去ろうとする背中に対してどうしても尋ねたいことがあったので、声をかけることにした。


「そちらの指揮官はどなただろうか? どうやら、これまでの方とは違うようだが」


 なんとなく気になったので尋ねてみたわけで、答えてもらう必要も無いのだが、使者はすぐさま私に向かって振り返り、強い口調で答えるのだった。


「私、アドラ王国第一王子ウーゼル・アドラだ! 前任のアロルドはここにはいない。いる必要も無い!」


 なるほど王子殿下か。

 まぁ、それを知ったところでどうということもないが。わざわざ前線に出てくる第一王子など与しやすい相手だ。

 第一王子であれば帝国の常識から考えれば王位の継承権は相当に高い。王国の常識は知らないが第一王子が蔑ろにされる可能性は少ないだろう。

 次の王になるかもしれない者が命の危険もある前線に出てくるなど理解できない愚行だ。

 自らの意思で出てきたのなら本人が愚か。誰かの指示に従って出てきたのならば指示を出した者が愚かであるだけだ。どちらにしろ、王国の上層部は愚か者が多いようだ。


 まぁ愚かであっても私に役立つことを話してくれたのだから良しとしよう。

 今まで王国を指揮していたらしいアロルドという人物がここにはいないという話を聞けただけで充分だ。

 なにせ、間諜を走らせても、王国側の網に捕まるばかりで何の情報も得られていないのだから、その程度でも充分だろう。


「私は名乗った。卿も名乗るのが筋だろう」


「失礼した。私の名はノール・イグニスという。それではウーゼル殿下、良き戦いを」


 私は王子殿下に一礼をし、早々に自陣に戻る。

 向こうは私が皇子であるとは気づいていなかったようだが、わざわざ教えることでもないだろう。

 自陣に戻った私は隊列を組む兵たちに対して戦意高揚のための呼びかけを行う。

 戦意だけで戦に勝てるなら楽なことこの上ないが、戦意が全く無くても役に立たない。役に立たなくても数さえ多ければなんとかなるのだが、その数の優位が失われているのがもどかしいな。


「帝国の勇士たちよ。決戦の時は訪れた。この戦いに勝利し、我らがこの地の主となるのだ。持たざる者達よ、前へ進め、首を狩れ、屍を踏みこめ、全てを奪い勝ち取るのだ。全ては我らが輝かしき未来の為に!」


 輝かしき未来など無いがな。

 兵の多くは野垂れ死に、生き残っても傷を負っていれば不自由な体で一生を生きざるを得ない。

 割に合わないものだな、戦は。

 まぁ、それで利益を得る者もいるので、一概に未来が無いとは言えないから、輝かしき未来があるというのも嘘ではない。ただ、我ら・・の中に入る者は少ないというだけだ。


「殿下、王国軍が動き出しました」


 近習の兵の声を受け、私は平原を挟んだ王国軍の動きを見る。

 王国軍は重装歩兵を最前列に一歩一歩こちらへと近づいてくる。であるならば、次の動きはある程度の距離に達したら、重装歩兵に防御陣形を取らせ、その後ろから弓兵の一斉射と言ったところか。

 常識的な戦法だが常識が一番強い。使い物にならなければ常識になる前に廃れるからだ。常識が常識になるのは、それが理に適っていたからであって、役に立たないものや全く使えないものが常識になることはない。

 もっとも、なぜそれが常識となっているかを理解していなければ、効果的には使えんし、常識とは過去の経験から生み出された物で、今の現実との折り合いを考えなければ、やはり役に立たない。

 向こうの指揮官だという王子殿下はそれを理解しているのかどうか分からないので警戒をしておく必要はあるな。


「殿下、御命令を」


 近習の兵が私に声をかけてくる。

 命令したところで、どこまで私の言うことを聞いてくれるかも分からない者たちに命令か……。

 煩わしいが仕方ない。一応は総司令官であるのだから、指揮は執らなければな。


「帝国軍、前へ」


 私の言葉を聞いた近習の兵が太鼓を鳴らす。一回、二回、三回の連続した音だ。

 出陣の号令である太鼓の音に従って、我が軍が動き出す。


 さぁ、戦の始まりだ。

 上手く敗けるために今は勝つとしようではないか。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ