アロルド・アークスの一刻城
とにかく、迅速に行動をしよう。
早いことは良い事だし、それ加えて行動が速ければ尚更だ。
俺は南部連合の貴族とその兵、そして冒険者を集めて、帝国軍の合流地点へと急ぐ。総勢一万と言ったところだが、まぁ何とかなるだろう。
イグニス帝国の方は本隊が三万ほどらしく、それに加えて南部の各地に散っている部隊も、食糧や財宝の収穫は芳しくないようで、本隊に援助を求めるために続々と集合地点へと向かっているが、その点に関しても問題はない。
俺達が本隊の許に到着する時には絶対に間に合わないだろうから、向こうの戦力として換算する必要も無い。
「しかし、大丈夫なのか? 人数差は相当にあると思うが……」
コーネリウスさんが俺の隣に馬を並べ、話しかけてきた。
「野戦をするのは危険ではないだろうか?」
「それに関しては問題は無い」
なんで、馬鹿正直に平原でぶつかり合うとか考えているんだろうね。
真正面から戦うなんて危ないことしたくないぜ。城に籠って戦っていた方が安全なんだから、そういう風に戦うよ。
まぁ、見ててくれれば分かると思うから、その辺に期待しておいてください。
コーネリウスさんは不安そうだったけど、俺は気にせずに進む。
そうして、二三日が過ぎた頃だった。
「約三十キロ先に、帝国軍の本隊を発見しました」
斥候役から報告が入る。
こっちが発見したんだから、向こうもこっちに気付いているんだろうけど、どう動くのかね。
尻を見せて逃げてくれるんだったら、追っかけて踏み潰せば良いだけだから楽なんだけどな。
そうしてくれると、向こうの合流も防げるし、何よりなんだけど、まぁ期待通りには動かないだろうから、普通に戦う準備をしておきますかね。
「帝国軍本隊はこの先の平原にて軍勢を展開し、こちらを待ち構えています」
まぁ、そうするよな。
逃げたら、後ろから狙われるだろうし、そういう状況になると何も出来ず踏み潰されそうだしね。
それに、こちらを叩き潰せば勝ちになるとでも思ったかもしれないからな。
でもまぁ、そういうのも望んだとおりの展開なんで、有り難い限りです。
「こちらも平原に向かい、軍勢を展開する」
そうして進んでいくと、俺達の前に帝国の三万の軍勢が姿を見せる。
遠目で見た感じは、かなりドタバタしているようだ。野営の片づけが、ようやく終了したようで、慌てて陣形を整えている。
まぁ、こっちも行軍しやすいように隊列を若干崩しているから、直さないといけないし、向こうの事を言っている暇も無いみたいだけど。とはいえ、向こうほど必死で陣形を整える必要も無いから、まだ楽だけどさ。
とりあえず、向こうが粗方準備を終えるまでは割と暇です。まぁ、暇って言っても俺だけだけどさ。
俺は一番偉いし、偉い奴が一々下っ端に指示を出すのも変だから、ある程度より下はグレアムさんとか任せです。分業ってのは大事だよね。
やがて、陣形を整えるのが終わり、帝国の三万とこちらの一万が平原を挟み向かい合う。
今回は使者を出してこないけど、どうしたんだろうね? 俺が槍で殴ってしまったのを根に持っているんだろうか?
まぁ、いいや。とりあえず、向こうがこっちとガチンコで戦う気なのは分かったし、こっちも用意をするとしますか。そういうわけでオリアスさん、お願いします。
「魔法工兵、築城開始!」
オリアスさんの号令に従い、魔法工兵が一斉に魔法を発動させる。
王都から土木系魔法使いを呼び寄せて人数は足りているので、それこそ何でも出来わけですよ。
例えば、大量に石壁を発生させて、砦みたくしたりすることもできるわけで――
「いや、これはまさか……」
コーネリウスさんが驚いているけど、そんなに驚くことかね。
古式魔法使いは攻撃系はさっぱりだけど、こういう系統は得意だって、どっかの誰かに説明してもらわなかったっけ?
まぁ、俺もこうも簡単に出来るとは思わなかったけどさ。
三十分くらいで、何も無かった平原に要塞が出来るとは、流石に予想外だったかな。
石壁に囲まれただけの、シンプルな陣地だが、別に問題ないだろう。
でもまぁ、こうでもしないとやってられないと思うのよ。
こっちの方が数少ないし、砦に籠って戦う楽チンさを知ってしまった俺は野戦なんかしたくないんです。
つーか、攻城戦とかは相手の何倍もの兵力が必要っていうらしいし、それならいつも攻城戦やってれば良いと思ってたんだけど、なんで誰もやらなかったんだろうかね。
俺は土木系魔法使いが石壁を作る魔法を見て、これで移動しながら砦でも造ってりゃ良いんじゃないかとか思ったし、実際に凄まじい速さで砦の城壁を作ってくれたりしていたから、これなら戦闘の度に砦を作るのもできそうだと思ったんだよね。
こんな簡単なことに気付かないなんて、もう少し頭を使おうぜって言いたいね。
まぁ、安普請なんで、長い間籠って戦うのは無理っていう問題はあるけど、攻城兵器が無いと崩せない程度には堅いから、とりあえず、この戦いの間くらいは大丈夫でしょう。
さて、いきなり要塞が出来たわけだけど、向こうはどうざんしょっと。
俺は石壁の上に立ち、帝国軍の様子を見る。
……うーん、相当に狼狽えているけど、イマイチどうするかは分からない感じだね。
要塞を見ても気にせず攻めてくるって言うんなら、丁重に御相手するし、撤退するっていうんなら適当に追いかけて、背後から踏み潰せば良いんだよな。その後で、この辺りを合流地点と思ってやってくる帝国の奴等を片づければ良いわけだしさ。
面倒なのは、判断に困ってグダグダやられている時なんだけど、どうしたもんかね。
なんてことを考えていると、帝国の三万の内の半分くらいが、さっさと撤退行動にに移ってしまった。つっても、すぐに動きだせたのはその中の半分くらいで、もう半分の方はノロノロとしているように見える。
すぐに動き出した方を追うのは難しいかな。
たぶん、すぐに動き出した方にノール皇子でもいるんだろう。持つ物も持たずにさっさとケツまくって逃げ出すのは思い切りがいいね。ああいうのを下手に突っつくのは嫌な予感がするし、放っておきましょうか。
まぁ、逃げる方は後回しで良いや。それよりも、向かって来ようとする半分だけど。こいつらはどうしたもんかね。別に向かってくるのを相手にするのは良いんだけどさ。
しかし、どういうつもりで向かってくるんだろうかね?
まぁ、ここで俺らを倒しておけば、それで問題解決。帝国は南部を掌握完了という感じになるから、一発逆転を狙うにはアリだと思うけどさ。そういう、ギャンブル思考は止めておいた方が良いと思うし、俺も嫌なんだよなぁ。
俺としては逃げる奴の背中を適当に追いかけまして、向こうの数を減らす方が楽で良いし、そうして欲しいんだけど、気が変わったりしないもんかね。
まぁ、こうなった以上は仕方ないので軽く相手をしますか。もともと向かってくる相手をなんとかするための物だしな、この砦もさ。
「オリアス、砲撃は任せる」
言わなくても勝手に撃ってくれるだろうけど、頼んでおく。
そもそも着弾の計算とかは俺にはお手上げなので、オリアスさんにお任せだ。
魔法使いは割と魔法の着弾計算やなんかもするらしいので、数学に関して達者なものも多く、大砲関係は魔法使いの独壇場だ。
石壁の上に魔法使いが大砲を作り出し、備え付けていく。
居残って、こちらと戦う気の帝国軍も攻城兵器を組み立てているようだが、投石器が四台程で、ちょっと火力不足に見えるけど、大丈夫なんだろうかね。
諦めて逃げ出してくれると、俺は追いかけて踏み潰せば良いだけなんで楽なんで、さっさと諦めて欲しいんだが。
皇子の方には手を出すと危なそうな感じがするから放置だけど、ここに残っている敵は危なそうな感じはしないんで、なるべく殺っておきたいんだよな。
なんだか、ノロノロと撤退準備をしていた奴らが逃げる準備をしつつも、様子見の態勢に入ってるんだけど、何やってんだろうか?
もしかして味方が勝ったら、その尻馬に乗ろうっていう考えかな。で、敗けそうなら逃げるっていう感じ? まぁ、俺はいいけど、それやると皇子に絶対に追いつけなくなっちゃうけどそういうのは良いのかね。
おっと、余計なことを考えている内に向こうの兵士がこっちに突っ込んできますね。と、思ったら轟音が鳴り響いて、直後に敵兵が吹っ飛びました。
オリアスさん大砲を撃たせているようです。いやぁ、面白いように敵の陣形が崩れていきますね。
騎兵を突っ込ませて、砲撃を突破しようとかも考えているようですけど、騎兵が突っ込んできて、こちらに近づいてきても石壁があるし、どうにもならないんだよね。
歩兵に梯子でも持ってきてもらわないと石壁の中に入れないし、入ったとしても数が少なすぎて、どうにもならんよ。
野戦から攻城戦になんか移行できるわけが無いんだよなぁ。
ぶっちゃけ、こっちが砦を造った時点で、既に向こうは詰んでるわけだから、俺としてはさっさとケツ見せながら逃げてくれると助かるんだけど。
できれば、総崩れって感じで一斉に逃げ出してくれると尚良しなんだけどな。下手に殿とか立たれると減らせる敵兵の数が減るから面白くないし。逃げないなら、逃げないで、この場で全滅してくれると助かるけど無理かな。
適当に状況の推移を見守っていると、砲撃をかいくぐって何人か帝国の騎士が石壁に辿り着いた。
つっても門とかあるわけじゃないからなぁ。壁の所に辿り着いても何が出来るわけでもないと思うんだけど、上からの命令に逆らえないのは辛いね。
「撃ち殺せ」
可哀想とは思うけど、戦争だし仕方がないので石壁の上から銃で撃ち殺すように命令を出す。
故障率が高いから使いにくい大量生産品もこういう陣地に拠って使い捨てしながら、すぐに新しいのに交換するなどしていれば、そんなに問題にはなりにくい。
騎士は剣やら盾やらで防いでいるようだけれども、それほど耐えることも出来ずに、多くとも三十発も銃弾を浴びせれば始末できる。
騎士の始末がつくと、向こうの投石器も準備が終わったようで、こちらに向けて撃ってくる。
味方の騎士がいたら撃てないと思うけど、何を考えてんだろうね。まぁ、今はいなくなったから、幾らでも撃てるみたいだけどさ。
とはいえ、別に怖いもんでもないんだよな。こっちの冒険者連中は、西部でのゴタゴタで散々に投石器の攻撃を食らってるから、特に何も言わなくても対処してくれるしさ。
ほら、今も〈障壁〉の魔法で防いだし、問題なさそうだね。
反撃で、こっちも大砲を撃ってやれ――
「撃ち返せ、オラ!」
――ってことを言わなくても、オリアスさんが何かやってくれますね。
砲声が轟いて、砲弾が発射。向こうの投石器に直撃し、攻城兵器を破壊したことで、敵にこちらの守りを突破する手段はなくなった。
さて、そろそろ逃げ出すと思うんだけど、どうかな?
怯えて逃げ出す奴の気配が敵の全体から感じられるし、もうすぐだろうから突撃させる準備でもさせておくか。
「全騎、突撃の準備だ」
申し訳ないけど、俺は行きませんよ。行かなくても大丈夫だろうしさ。働かなくても大丈夫そうなら働きませんよ、俺は。
一応、コーネリウスさんとか南部の貴族の人達にも働かせないといけないしさ。無駄飯食わせる義理はないから、多少は頑張ってもらわないとな。まぁ、あまり頼りならなそうだけど、逃げ出して背中を向けてる奴等を狩るくらいは出来るだろう。
うん、様子見をしていた奴らも撤退に入ったし、そろそろ良いかな。
こっちが突撃する様子を見せたら、崩れそうな雰囲気だしさ。
「門を造って、騎兵を出せ」
俺がそう言うと、魔法工兵が石壁を崩して出入り口を作る。
そして、そこから南部貴族の軍勢が一斉に外へと出て、隊列を整えだした。
それを見て帝国の雑兵が本格的に狼狽え始める。中には自軍の隊列の中から、離れようとしている者もいる。
「なるべく多く殺せ。屍の数がそのまま卿らの武勲となり、それが褒賞へと繋がるだろう。殺せば殺すだけ卿らは讃えられ、褒美も思いのままとなる。であれば、殺さずにおく理由が無いだろう?」
石壁の下に整列した奴らに、とりあえず頑張れば御褒美を用意していますと伝えておいた。何にも利益が無いと頑張れないしね。何をどうしたら褒賞があるかってことも伝えておけば、困らないだろうと思うんだけど、どうだろうか?
とりあえず、戦意は上がったようだし良いとしようかね。
「皆殺しにするように振る舞えば、敵が死兵になるのでは?」
コーネリウスさんが何か言ってくるけど、何を言っているやら。
死兵ってのはアレだろ? なんか、もうどうやっても死ぬから、最後に一花咲かせようって死に物狂いで頑張る人だろう?
そんな風になる人は少ないから大丈夫。大概の人は死にそうになったら諦めるからさ。
だって、そんな確実に死ぬからって頑張る人ばかりだったら、重税にあえぐ農民とかはもっと反乱を起こすだろうし、為政者の理不尽に苦しめられている人も反撃したりすると思うんだろうけど、そんなにそういう事件は起きないじゃん。未来は死しかなくても苦境を甘んじて受け入れる奴等の多いこと多いこと。
死に物狂いで頑張れる状況ってのは、自分の力で一矢報いることが出来る状況だったりで心が折れてなければの話だし、そんな心の強さが向こうに残っているかね?
どうやっても死ぬなら諦めて無抵抗に死んだ方が楽だって人もいるだろう?
そういうわけで勝つべくして勝つには相手の心を折らないとな。
もう何やっても無理だってくらいの気持ちにしてやらんとね。
そのためには火力が必要なので、オリアスさんはドンドン撃ってください。
――砲声が轟く度に向こう側の士気が落ちていく気配が伝わってくる。
そりゃあ、こっちに近づこうにもドッカンドッカンと大砲食らってたら、やる気なくなるだろう。
それでも向こうの指揮官は逃げたら恥ずかしいと思ってるのか撤退しないようだし、どうすっかねぇ。
もう面倒くさいから、突撃――
――させようと思ったら、こちらの放った一発の砲弾が敵陣に落ちて、その直後にいきなり向こうの軍勢が崩れて俺達に背中を見せて逃げ出しました。
あまりに急な壊走にちょっと唖然としてしまったわけで、なんだか釈然としないけれども、まぁ良いか。
たぶん、最前線を指揮していた奴が砲撃食らって指揮できなくなったとか、そんな感じで一気に最前線の統制が取れなくなって脱走者が続出、連鎖的に脱走者が出て一気に最前線が崩壊したとか、そんな感じだと思うけど、違ってても別にどうでも良いな
「全騎、突撃――」
俺が号令を下すと騎兵が一斉に馬を走らせる。追いかける相手は統制を失い逃げ惑う帝国の雑兵。
それなりに地位のある奴は馬に乗っているので、さっさと逃げ出せたようだけれど、歩兵である雑兵たちはそうもいかず、背中を斬られたり刺されたり、挙句の果てには馬で踏み潰される者もいる始末だ。
先頭はグレアムさんが率いている銃騎兵だが、これが一番酷いことやってるね。狩りをするみたいに、馬で逃げ惑う奴を追いながら銃で撃ち殺しまくっているしさ。
まぁ、好きなようにやってください。
追撃に関しては任せるって言ってるし、グレアムさんなら引き際を間違えるってことも無さそうだと思うしさ。
俺は石壁の上から騎兵が敵を追い立てている光景を眺める。
これで、どんだけ数を減らせるかが問題だよなぁ。
敗残兵狩りもしないといけないし、本隊とは別にこっちに向かっている帝国軍も処理しないといけないんだよな。
面倒だけど、色々やることあるなぁ。とりあえず、グレアムさんが戻るまで、ここで待つとするかね。そんなに時間はかからないと思うしさ。
そして、翌日――
俺はグレアムさんからの報告を受けてため息を吐くことになった。
「待ち伏せを食らって、こっちも千近くやられたか」
逃げたと思ったノール皇子の軍勢が帝国軍の退路に待ち構えており、奇襲を食らったという。
斥候役の冒険者が少なかったせいで上手く対処できなかったとかなんとか。
まぁ、しょうがないか。調子に乗ってりゃこういうこともある。
そもそも、世の中の人間の大半は俺より頭は良いだろうし、俺の考えてることの大概は分かるだろうしな。
やられたのは面白くは無いけれど、再起不能の痛手を食らったってわけでもないし、別に問題は無いだろう。
ただ、思いのほか向こうの数を減らせなかったのは痛いなぁ。
結局ノール皇子に待ち伏せくらったせいで、減らせたのは八千くらいかな。一万以上削っておきたかったけど、こうなった以上は仕方ないな。
諦めて今後の事でも考えましょうかね。つっても、俺が考える必要はそろそろ無くなりそうだけど。
だって、さっき王都から王家を先頭にした中央の貴族の連合軍が来るっていう内容の手紙を貰ったしさ。
そういう人たちに全部お任せですよ、これからはね。
俺はノンビリ暖かい部屋で本でも読んで冬を越そうと思うんで、邪魔をしないで欲しいもんだ。