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アスラの徒


 さて、ツヴァイトに謀られて、死にかけ、アスラの空間に来たわけだが、ここからどうするべきかな。目の前にはハルヨシがいるが、コイツは当てにならないからな。出来れば、アスラに会いたいところだが……


「おい、おかしくないか? なんかマトモだぞ」


 ハルヨシが不思議がっているので答えてやるべきだろう。


「おそらく魂が世界から離れつつあるせいだろうな。死にかけているせいで、この世界と俺との繋がりが弱まっているということだ。世界と結びついているのは肉体じゃなく魂であり、死ぬということは魂が世界から離れるということだ。俺にかかっている呪いは世界からの物であるから、世界から俺が離れれば効果はなくなるので、死にかけ魂が世界から切り離されかかっている状態では呪いに効果は無い」


 ハルヨシは理解できない顔をしているが、まぁ良いだろう。別に理解せずとも問題は無い。しかし、心を読まれているというのは、冷静になると気持ちが悪いものだな。まぁ、隠すようなことも無いがな。


「なんだ、その、つまりは呪いが解けた状態ってことか?」

「そう言ったつもりなんだがな」


 物分かりは、さして良くないな。まぁ、どうでも良いが。それよりも、さっさとアスラを呼んでほしいんだが?


「いや、待てって。どうして、そんなに冷静なんだよ。死にかけてるんだぞ」

「死にかけてるわけで死んではいない。それに死ぬ可能性もゼロに近いので、何も焦る必要はないだろう?」


 肉体に関して言えば、探知一号――いや、ヴェイドだったか? 奴が回収して回復薬を使ってくれているだろうから、そこまで心配はいらないはずだ。問題は、魂を無事に戻せるかどうかだが、これに関してはアスラに頼むしかないな。肉体が治っていなければ、そちらも頼まないといけなくなるが。


「だから、どうしてそんなに冷静かって聞きたいんだよ、俺は」


 面倒な奴だな、コイツは。ツヴァイトに関して言えば、最初からそれほど信用していなかったわけだから、裏切られたといっても、今となっては特に驚きはしないがな。頭の働きが悪かった時でも、その程度の判断は出来ていたようだ。そもそも、俺はツヴァイトの兄たちの方が良いと思っていたぞ。それをエリアナが、余計なことを言ったせいで、連れていく羽目になっただけだ。


「なんで裏切ったとか気にならないのか?」

「ならないな。どうせ、たいした理由じゃないだろう」


 跡継ぎ問題もしくは、王国に反旗を翻すか、その程度のことだろう。ゾルフィニルを上手く使えば、それくらいは簡単だろうしな。自分で殺せば手柄になるし、兵器として使えば王国軍も蹴散らせる。使い方はいくらでもある。


「まるで、ゾルフィニルを自由に扱えるみたいだな」


 ハルヨシは俺の考えを読んでいるようだ。しかし、白々しい奴だな。そのことはお前の方が詳しいだろうに。


「自由に扱うも何も、アレはオレイバルガス大公本人だろう? 息子の頼みぐらいは聞くんじゃないかな?」


 俺の言葉にハルヨシは目を見開く。ふむ、完全に読めるというわけではないのかもしれないな。まぁ、コイツ相手に何かを隠す気も無いので、どうでも良いことだ。


「知っていたのか?」

「知りはしないが、俺の世界は物語の世界だと前に言っていただろう? 物語は都合の良い展開と劇的な真実で構成されているのだから、状況的にそれが一番劇的だと思っただけだ。まぁ、伝説とすり合わせて考えた部分もあるがな」


 人から竜に変わったという伝説がある。変わった理由は憎悪で、この地で確かな憎悪を持っているとすれば、オレイバルガス家の人間だろうしな。おあつらえ向きに、大公家の当主は行方不明だ。そして大公家の息子がドラゴンを操っているとすれば、それらしい人物は大公しかいないだろう?


「まぁ確かに、ゾルフィニルはオレイバルガス大公家の当主テオドール・オレイバルガスが変身した存在という設定だった。けれど、ツヴァイトという奴が良く分からない。あんな奴はいなかったぞ?」


「それは物語だからだろう。おそらく奴は庶子だしな。そんな奴まで描写する理由がなかったから、物語の中ではいないものとなり、お前も知ることができなかったんだろう」


「なんで、庶子だって分かるんだ?」


「奴の兄二人と骨格が違う。あとは西部人の人種的特徴を一通り見た感じでは、ツヴァイトは西部人の血が薄いように見えた。西部の大貴族が西部人以外の血を正当な家系に入れたがるとは思えないんでな。奴の母親は大公に手を付けられたメイドか何かだろう。それも奴が今回の騒動を起こすきっかけになったのかもしれないな。どうせ、庶子には遺産の相続が無いとかそんな話しをされたんだろう」


「よく分かるな」


「全部が想像だ。確証はないが、まぁ、どうでも良いだろう? ツヴァイトはイグニス帝国の奴の口車に乗ったんだろう。奴らの兄達の所に行っておいて、弟の所に行かないわけがないしな。それにツヴァイトの方が条件が良く見える。不遇で現状をぶち壊さなければ輝かしい未来が訪れないわけだから、何もしなくても、案外なんとかなりそうな兄二人に比べて行動を起こす確率は高いだろうからな」


 まぁ、そこから、どうやって人を竜に変えて使役する方法を手に入れたかは分からないがな。ハルヨシの話ならば、物語の中では魔王という存在がいて、それが暗躍していたようだが、今の世界ではどうなんだろうな。


「それは俺にも分からない。確かに、本来の物語の中では魔王の力でテオドールは竜に変身させられ、魔王軍七魔将の一人として主人公の前に立ちはだかるが、今の世界では、魔王は存在しないから、それは不可能だと思う」


 いや、そうでもないかもしれないな。魔王がいない代わりに、今の世界はアスラの法によって支配されている。鍛錬さえ積めば不可能を可能にも出来るのだから、ツヴァイトが鍛錬の末に人を竜へと変える術を習得していてもおかしくはないだろう。

 だが、それは今の問題ではない、魔王がいないのに、結局の所、物語のような流れに世界が収束していっていることの方が気になる。魔王軍七魔将という倒されるべき存在が倒されていってるわけだしな。

 ハルヨシも気にするべきは、何故そうそう都合よく、本来の世界で倒されるべき存在が倒されているのかという点なのに、コイツは全く気付いていない。いや、俺の心を読んだことで気付いたか。


「え、あれ? そうだな、なんで、そんなに都合よく魔王軍七魔将と出会うんだ? 出現する場所も全く違うのに、それに順番も同じだよな。どういうことだ、これ?」


「……おい、その本来の物語で俺はどうなる?」


 いやな予感がするんだよな。場合によっては、方針を徹底的に変更しなければいけなくなるが、どうだろうな。


「えーと、確か、お前を本当に倒したか確認できるルートは無かったと思う。高確率で逃げられて、お前は雲隠れして別の土地に行ったとか、そんな感じに終わったと思うが」


 それならば多少は安心だ。まぁ、ハルヨシが本当のことを言っている確証も無いので、そこまで信用できないが。


「信用できないって、どういうことだよ」


 ああ、そうだったな。俺の心が読めるんだったな。面倒だが答えてやるか。


「お前の立ち位置が良く分からないんでな。信用できる相手なのか分からないってのが、正直なところだ」


 ハルヨシと、その上司のアスラでは言っていることが微妙に違う。

 アスラはこの世界に関しては、どうでも良いというスタンスを取っているが、ハルヨシはアスラに比べると、この世界に対して責任を取ることを要求している。

 アスラはこの世界が潰れてもたいして問題は無いと言っていたが、ハルヨシはこの世界が潰れるとアスラの力が弱まるようなことを言っていた。

 意思伝達の齟齬? いや、違うな。ハルヨシは何かを企んでいる。そのためには、この世界の力が弱まることを恐れている。


「おい、余計なことを考えるな」


 ハルヨシが俺を睨んでくるが、別に怖くもなんともない。いや、怖くはないが、よくよくハルヨシを観察してみると、ハルヨシの身にまとう雰囲気は不思議な物だ。ハルヨシ単体では気づかなかったが、アズマとイズミという、別の世界の人間を見た後だから分かる。


「なるほど、生きているルールが違うというわけか。俺達とは何もかもが違うルール上の存在。そうかそうか、だいたい分かった。アスラの元へと向かう力をちょろまかして自分の物にしようとしていたわけか」


「おい!」


「大きな声を出すなよ。まぁ、だいたい分かった。そりゃ、世界を大事にしろとかいうわけだ。世界が駄目になったら、お前の力の取り分が減るもんな」


「黙ってろ」


「いいぞ、黙ってやろう。別に俺にとってはどうでも良い話だ。とりあえず、黙る前に俺の中でお前が信用できない人間の上位になったのは確かだということは伝えておくよ」


 ハルヨシは俺を睨んでくるが、恐ろしさなどは感じない。もともと、たいした力を持っていない存在のうえ、俺の世界から吸い上げた力も温存しなければいけないから振るうわけにはいかないのだから。

 力が無ければ、アスラから貰えば良いという単純なものでもないだろう。力を貰った瞬間、ハルヨシはアスラカーズの勇者となって、アスラの法で世界を満たす存在になる。ハルヨシのような平和主義者にはアスラの法は中々に辛いものだろうし、避けたいのだろう。


 ハルヨシは俺を睨みつけながら、何かを言いたそうにしているが、生憎と俺は心を読めないので、何が言いたいかは分からない。ただ、アスラに黙っていて欲しいという気配は感じるので、アスラと会っても余計なことは言わないようにしてやろうとは思う。

 面倒事は、お前らだけで片付けてくれ。俺はさっさと復活してツヴァイトをぶち殺しに行かなければいけないんだ。


 さて、俺とハルヨシの話が終わったわけだし、そろそろ出てきてくれると助かるんだがな。


「もう少し話をしていても良いぞ。俺の事は気にするな」


 いつの間にか、アスラがソファーに寛いだ姿勢で座っていた。どこから、話を聞いていたか、ハルヨシは不安だろう。そんなにアスラにビビっているなら、ヲルトナガルの方に付けばいいと思うが、事情があって、そうもいかないのだろう。

 まぁ、アスラもヲルトナガルもどちらも信用できるかと言えば微妙なところだ。アスラに関しては目的を何も語ってはいないし、ヲルトナガルに関して言えば、俺は伝聞でしか、そいつのことを知らないので、判断する材料すらないわけだ。


「信用ではなく、利害関係を重視するべきかもしれないな」

「だったら、さっさと済ませたいものだ」


 俺の言葉にアスラは苦笑する。俺が何を考えているかも大体想像がついているようだ。だったら、遠慮する必要も無いな。


「苦行点を払って、俺の蘇生を頼みたい」


 以前、アスラの法の下ならば苦行点次第で大抵のことはなんとかなるという旨のことを言っていたのを聞いた憶えがある。だったら、苦行点を払えば復活することも出来るはずだ。


「蘇生な……いくつか種類があるが、どうする?」


 アスラは手元に紙を出すと、それを俺の足元に放る。その紙には下のような内容が列記されていた。


 ・蘇生(回復なし)

 ・蘇生(心身の損傷全回復)

 ・蘇生(回復なし)+安全地域まで転送

 ・蘇生(心身の損傷全回復)+安全地域まで転送

 ・蘇生(若返り)

 ・蘇生(時間逆行)

 ・蘇生(回復なし)+異世界への転移(身体能力据え置き)

 ・蘇生(心身の損傷全回復)+異世界への転移(身体能力据え置き)

 ・蘇生(回復なし)+異世界への転移(身体能力現地適応化)

 ・蘇生(心身の損傷全回復)+異世界への転移(身体能力現地適応化)

 ・蘇生(転生)

 ・蘇生(異世界への転生)


「下に行くに連れて、消費する苦行点が多くなる。お前の苦行点だと、上から三つめまでだな。色々とオプションをつけてやっても良いが、その分の消費する苦行点は多くなるんで、注意した方がいいな」


「頼んでおいてなんだが、随分と簡単に生き返らせられるんだな」

「そりゃ、一応は神様だって言われるくらいだしな。人の生き死になんて、息をするのと同じくらい簡単に操れる」


 そりゃ、素晴らしい話だ。とりあえず、上から二つ目の蘇生(心身の損傷全回復)にしておくか。肉体がどんな状態か分からないわけだしな。


「おっと、言い忘れてた。俺からのご褒美を受けるには、きちんと俺の手下になったってことを示さないといけない」


「既に勇者だと思うが?」


「それは、俺の方から勝手に認定しただけだろ? アロルド、お前の口から俺に付くってことをハッキリと言って欲しいんだよ」


「おい!」


 ハルヨシが強い口調でアスラに声をかけるがアスラは無視をしている。

 あまり良い予感はしないが、了承しないと復活は出来ないんだよな。


「別にたいした話じゃない。辞めたければ、いつでも辞められるから、気軽に受けてくれよ。アスラカーズの使徒――アスラの徒になるだけだからさ」

「それになると何がある?」

「苦行点を払って、いろんな奇跡を起こせるようになる。後はアスラの徒がいるだけで、その世界に対する俺の法の侵食率が上がっていくってぐらいだな。ついでに、アスラの徒の手下は皆アスラの徒にできるが、これに関してはお前に決定権があるので、俺は口を出さない」


 その程度だったら問題は無いな。現状では、もう少しアスラの法の侵食率が上がった方が、俺も過ごしやすいしな。


「わかった。俺はアスラカーズの使徒――アスラの徒になろう。それで、復活できるんだな」

「ああ……よし、問題なしだ。これで、この空間を出たら、お前は無事に復活できるはずだ。ただ、苦行点を払った以上、苦行点によって底上げされていた能力は落ちるから注意するべきだな」


 まぁ、それも予測の範囲内だから問題は無いな。しかし、随分と太っ腹なことだな。神様というのは皆こうなのか?


「俺はそこまで太っ腹でもないさ。対価を要求しているわけだしな。俺の知っている優しい神は自分の世界の人間に不死を与え、尽きることのない食物と、一人一人に王宮のような建物、絶対に逆らわない忠実な僕を与えたりしているぐらいだから、それに比べれば俺などはな」


 あまり行きたくない世界だな。退屈そうだ。まぁ、それはいいので、さっさと帰してくれないか? いい加減に現実に戻って、ツヴァイトをぶち殺しに行きたいんだが。


「まぁ、待てよ。もう少し時間を潰していけ」


 ……どうやら、満足するまで帰れないようだな。


「それが分かるとは中々に有望な手下だ。さて、その有望な手下に質問だ。お前はどうして、ここに来ることが出来たと思う?」


 俺がヲルトナガルに呪いをかけられていたからか? いや、違うな。単に俺の苦行点が貯まっていたというだけだろう。


「その通り、呪いがかかっていたおかげで、後先を考えず行動が出来るようになり、常に悪い選択を取って苦行点を貯めることができ、修行をしたなら命をすり減らすまで、修行に明け暮れることが出来たし、平気で命を捨てるような修行が出来たので苦行点が貯まった」


 意図はしてないがな。


「まぁ、お前の意図はどうでもいい。とにかく貯まった苦行点によって、お前は相当に強くなったわけだ。で、話はここからなんだが、その力を全力で試してみたいと思わないか?」


 なるほど、そういうことか。


「話が早くて助かるな。心配せずとも、この空間なら死にはしない。痛みについては、まぁ相応だがな」


「勝ったらどうなるんだ?」


「なんでもしてやるぞ。俺の力を全てお前に譲渡しても良い」


 それは魅力的だな。世界を管理する力か、無いよりはあった方が良い物だ。


「おい、なんの話だよ?」


 ハルヨシだけついていけてないようだが、どうしたものかね。


「別にたいしたことをするわけじゃない。アスラの徒になった奴は必ず行う、ちょっとした儀式――俺との決闘だ」


 アスラがそう言うと同時にソファーが消え、立ち上がったアスラの手に鞘に収まった細い剣が握られる。


「日本刀って武器だ。これが一番気に入っているし、一番使い慣れてるんでな。そちらも武器を出すと良い。念じれば出てくるぞ」


 そう言われて、俺は『鉄の玉座』を出し、柄を握り締める。


「おい、何を考えてるんだ、アスラ! アンタの力じゃ――」


「身体能力はアロルドの世界の人間の平均値まで落として、魔法は使わない。こうすれば、多少は勝負の体になるだろう」


「ずいぶんと手加減をしてくれるんだな」


「そりゃあな、俺の手下になった奴を鍛える意味もあるんでな。これぐらいにしておかないと、何も出来ずに、お前が終わるんでな」


 アスラはズボンのベルトに鞘の紐を巻き付け、日本刀を腰に下げる。その動作だけで、俺はアスラとの力の差という物を理解できた。格が違うというのはこのことだ。


「ほら、どうした。かかって来い」


 隙を伺うとか、そういうことが出来る相手ではない。俺は余計なことを考えず、一気に距離を詰めてアスラに斬りかかる。だが、次の瞬間、斬りかかったはずの俺は首の無い自分の体を見ることになった。



 ――まぎれもなく殺された。現実だったら間違いなく死んでいた。


「まぁ、最初はこんなものだ。戦闘の経験が違うからな。それに、俺は苦行を重ねれば、誰でもどこまでも強くなれるなんていう世界を創った男だぞ」


 アスラは日本刀という剣を肩に担ぎ、横たわる俺を見下ろしていた。


「そんな世界を創った奴の鍛錬の度合いが並大抵なわけが無いだろう?」


 まぁ、当然だな。このアスラカーズが最も苦行点を貯めている存在ということなんだろう。だからといって臆する気持ちなど欠片も起こらないが。


「良い感じだ。それでこそアスラの徒って感じだ。そんな風に心が折れない人間でいてもらわないと困る」


 アスラは俺が立ちあがるのに合わせて剣を構える。アスラが構えた瞬間に俺は勝負を悟った。そして、次の瞬間、腹を横一文字に斬られて内臓がこぼれ落ちる。速いとか、そういう次元じゃなく、アスラが構えた瞬間に俺を斬る未来までの道筋が確定しているようだった。


「こういう一対一の斬り合いは一万回を超えた辺りから数えてないくらいにやってるんでな。だいたい、対峙した瞬間に相手がどう動いてくるのか経験で分かるんだよ。たぶん億を超えている過去のパターンをなぞれば、大体の状況に対処できるしな」


 アスラは俺の傷が治るまで、つらつらと喋り続ける。


「俺は自分の世界の過去に何度も行って、大昔の剣士を何人も斬ってきたし、戦場も体験してきた。もちろん、神の力は使わずに、スペックを普通の人間に落としてな。最初の数百回は簡単に死んだが回数を重ねるうちに死ななくなってきた。まぁ、要するに経験が全てというわけだ。それもただの経験じゃなく、血肉に染み込むような経験がな」


 俺の傷が治り、立ち上がると同時にアスラの空間が変化する。白い何も無い空間だったのが、異国の建物がひしめく、夜の街に変わった。


「おい、ここって!」


 ハルヨシが驚愕の声を上げるが、俺はここがどこだか分からない。


「ハルヨシは分かるか。まぁ、アロルドに説明するなら、ここは地球という世界の日本という国にある京の都で、時代は幕末だ。まぁ、知っていても仕方ないから忘れていいぞ。俺は割とここが好きでね、新選組になったり、薩長に与したり、色々とやりつつ、色んな奴を斬った。一回目は新選組で、二回目に来た時は薩長だったか? まぁ、どうでもいいか。とにかく、俺の実戦型対人剣技はここで一つの完成を見たわけだから、それを実演しようと思ってな――」


 そして俺は十回ほど京の都という場所で斬り殺された。次に目覚めた時、俺がいたのは砂が敷き詰められた円形闘技場の中心だった。


「ローマのという国のコロッセオだ。ここも結構楽しいところだったぞ。人を殺して喜ばれる場所だったんで、それなりに居心地は良かった。俺はここで戦い続けて、見切りという物を身につけた、今から、お前でそれを再現してやろう」


 再び、俺は十回ほど斬り殺された。それからも、アスラは俺を知らない場所に案内し、俺を斬った。なんだかんだと細かいエピソードを言っていたが、そんなものを記憶している余裕などは無かった。


 何百回目か分からないが、倒れた俺をアスラが見下ろしてくる。


「まぁ、地球での俺の剣士としての技術を磨いてきた過程はこんな感じだ。途中からは聞いていなかったようだが、それは別に構わない。とりあえず、俺は地球で生まれた剣技のほぼ全てを習得しているわけなので、これからお前にそれを伝授する。魂に刻み付けるので、肉体に戻った時に違和感が生じるかもしれないが、それに関しては自分で調整してくれ」


「……ああ、頼む……」


「後は〈弱化〉の魔法を使いこなせるようにするくらいか。これに関しても魂に刻み付けて、呪いがかかっている状態でも使えるようになるまで鍛えてやる。俺の使徒が弱いのは、あまり面白くないんでな。お前の世界の誰にも負けないくらいにしてやろう。では、始めるか――」


 そして、アスラの指導の下、俺の修行が始まった――



 ――どれほどの時間が経っただろうかは分からないが、おそらくこれが最後だ。俺はアスラの懐に飛び込み剣を振り下ろす。アスラは刀で受けることはせずに、後ろに下がり躱そうとするが、その瞬間、俺は振り下ろした剣を跳ね上げ、アスラの胸元を切っ先でかすめる。


 かすめた程度だが確かに当てることができた。そして、それと同時に俺の意識が薄れていく。おそらく合格ということなのだろう。俺は満足感を抱きながら、薄れていく意識に身を任せた。



 ◆◆◆



 目が覚めると同時に探知一号――ヴェイドの顔が目に入る。どうやら、アスラの言った通り、復活できたようだ。ついでに魂が完全に肉体に定着していないせいで、呪いも解けたままだ。時間制限はあるが、呪いがかかっていないというのは、俺にとって好材料だ。

 それに全身に力がみなぎっている。苦行点を失ったはずなのに感覚は鋭くなり、肉体の本当の動かし方を理解できたせいか、身体能力は向上している。あの空間で行った修行は無駄ではなかったようだ。これなら、ツヴァイトもゾルフィニルも苦も無く叩き潰せる。


「アスラには感謝しないといけないな。この力があれば、何でも出来そうだ」


 さて、さっさと、ツヴァイトをぶち殺しに行くとするかな。

 その後は……まぁ、アスラの徒として、少しはアスラの為に働くのも悪くはないだろう。やることはいくらでもありそうだ。では、行くかな――








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