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アスラの法

 


 今日も今日とて、夢の中の白い場所。夢の中で時間を気にするのもおかしいが、今は兄上と会った日の夜中だろう。

 たぶん二回ほど来ている、この白い場所だが、前とは少し様子が違っているようだ。一人がけのソファーが二つに、それぞれのソファーの横には一人用の小さなテーブルが置かれており、その上には水差しが置いてある。なんだか、来客を迎えるような感じだね。


 おっと、アスラさんが、ソファーに座りました。俺も座っかな。俺のために用意された奴だろうし、座っても問題ないよね。まぁ、それはそれとして、こんちはっす。


「ああ、こんばんは」


 いやぁ、声を出さなくて済むって楽だわ。夢の外でもこんな感じだと楽なんだけどね。おっと、なんかアスラさんの後ろに、男と女が一人ずついますね。すっごい暗い顔してるんですが、どうしたんでしょうね。


「こいつらはヲルトナガルの勇者のアズマ君とイズミさん。死んだ魂を回収して、俺の世界で好き勝手しようとした罰を与えてるところだ」


 ふーん、そうですか。まぁ俺の知らない人なんで、どうでも良いんですけどね。ところで、なんで、俺を見ているお二人はドン引きした顔をしてるんですかね。初対面の相手にする顔じゃねぇな、ぶっ殺すぞ!


「ひっ」


 何ビビってんだか、ムカつくなぁ。泣かすぞ、お前ら。人間関係は第一印象が大事なんだぞ、第一印象が悪いと、その場で首を落とされることだってあるんだし、気をつけなきゃならんのだぞ。


「まぁ、いじめるのは勘弁してやってくれ。死んだばかりで気持ちが落ち込んでもいるんだ。優しくしてやれ」


 そうっすか。じゃあ、優しくしておこうかな。ところで、そちらのお二人は、なんで死んだんですかね。


「アズマ君の方は、お前の弟子に頭を粉砕された。イズミさんの方は、食あたりで死んだ」


 おや、イズミさんだったかな? 女の子の方のすっごく落ち込んでますよ。つーか、食あたりで死んだのか。ついてないね。


「平成日本人の胃腸事情じゃ、この世界は厳しかったというわけだ。安全管理された日本の食事に慣れた身体じゃ、中世の食事には耐えられなかったんだな。まぁ、初めての土地で生水飲むとか地球にいた頃でもやっちゃいけないことだけどな。海外旅行の経験とか無かったのか?」


 アスラさんがイズミさんに聞きます。イズミさんはうなだれながら、「無いです」と簡潔に答えました。その答えにアスラさんは大きくため息を吐きました。まぁ、それは良いんですけど、二ホンとかチキュウとか何の話なんですかね。まぁ、興味ないし、どうでも良いんですけど。


「そっちのアズマ君は魔力無限とかいうチート貰ったのに、一発も魔法を使わずに、異世界からさよならだもんな。恥ずかしくないわけ?」


「うるさい! あんな子供が殺意全開で襲い掛かってくるとは思わなかったんだよ! 分かってたら、もっと上手くできたよ! くそ、あの子供の方がチートじゃないか」


 チートってどこの言葉だよ。さっきから、俺の分からない言葉が飛び交っていて、話を聞くのが面倒になってきたぞ。


「チートってのは、今回の場合はズルって意味で理解てくれ。修行とかの積み重ね無しに手に入れた強い力を、そう言ったりもすると認識しておけば、今後、不都合はない」


 なんだよ、アズマ最低だな。ズルしてんのかよ。お仕置きしようぜ、アスラさん!


「ひっ」


 おい、なんだよ。なんで俺の事をキチガイを見るような眼で見てんだ。ぶっ殺すぞ。


「すいません、すいません」


 うわぁ、アズマ君、跪いて、額を床にこすり付けながら、謝ってくるんだけど。え、なんで、俺こんなに怖がられてんの?


「そいつらは、お前の行動を見てたからな。その結果、お前が相当にヤバい奴だと理解したみたいでな。そういえば、お前らなんか言ってたよな、アロルドとか冒険者ギルドに対して」


 お、アズマとイズミさんがビクッと肩を振るわせました。すげーな、あんな分かりやすい反応を見せる人いるんだ。顔もめっちゃ焦ってるし、滑稽だぜ。


「確か『こんなの俺の思っていた冒険者じゃない……』とか『これって、ヤクザと変わらないんじゃ……』とか『DQNすぎる……』『殺伐としすぎ……』なんてことも言ってたよな」


 うーん、言葉の意味は分からないけど、肯定的な感じじゃなさそうだね。人の悪口とか言うのは良くないと思うので、シメておこうかな。言っておくけど、俺ってそういうのは許さない方だから、なんかの隠語でも、こっちを馬鹿にしてる感じがしたら問答無用で殴り飛ばすよ。

 これまでも『そんなことは言ってません』『そういう意味で言ったのではない』『貴方のことを言ったんじゃない』とか色々と言い訳してくる奴らは居たけど、俺が不快感を覚えるかどうかが問題であって、言葉自体はどうでも良いんです。なんか嫌な感じがしたら、それだけで行動を起こす理由にはなりますよ。


「俺からすれば、アロルドの行動は別におかしくは思わないけどな。中世の文明レベルだったら、あれくらいはありだろ。基本的にやったもん勝ちな時代だしな。人権なんてのは無いし、命の価値もたいしたもんじゃない。平成日本の感覚だと生き辛いだろうな」


 おっと、アスラさん良いこと言うね。世の中あれだよ、突っ走ってれば大体は大丈夫。立ち止まったら、声をかけられたり、抑えつけられたりするけど、全速力で駆け抜ければ声のかけようも捕まえようもないしね。最終的には疲れて休むことになるだろうけど、それまで、全員ぶっちぎって独走状態になれば、誰も手だしできなくなるよね。


「倫理観おかしいよ……」


 それはキミらの倫理観と違うってだけではないのかな? まぁ、どうでも良いんだけどね。

 それはそうと、こんな話をするために俺を読んだのかな。別に嫌じゃないけど、時間の無駄じゃない?


「いや、話は別にある。まぁ、たいしたことではないけどな。簡単に説明するとヲルトナガルの勇者が二人死んだうえに、俺の勇者であるお前の社会的影響力が増してきたので、それに伴って、俺の世界に対する支配が強まってきたってことを伝えたくてな」


 何を言ってんだか分からないんですけど、アスラさん。


「まぁ、特に不都合は無いだろうから気にしなくても良いことだがな。人間の能力の限界値が少し上昇したくらいだしな」


 ふーん。で、気になったんですけど、アズマはどうして引き攣った顔になっているんですかね。


「不利益を被るとでも思ってるんだろうよ。実際に俺の世界が持つ固有法則のせいで死んだみたいなものだしな」


 はぁ、そうなの?


「俺の世界は別の世界から転移してきた奴らには、少し厳しいからな。俺の世界が持つ『苦行点』という法は受け入れられない奴らは徹底的に合わないからな」


 うわぁ、アズマもイズミさんも露骨に嫌な顔になったよ。しかし、苦行点ですか?


「別にたいしたもんじゃねぇよ。苦しみを乗り越えると、苦行点がついて、苦行点の数だけ能力が高まっていくってだけだ」


 なんだ、そんなことか。大変な思いをしたら、能力が上がるのは自然だと思うけどね。


「合理的な鍛錬よりも、精神がおかしくなるくらいに過酷な鍛錬をしたり、肉体が壊れることを前提にした鍛錬の方が、苦行点のおかげで結果的には能力の上昇が見込めるってだけのことだ。他にも実力が拮抗してるか自分以上の相手と全力で戦って勝利するだけで苦行点はついたり、苦しい環境にいたり、安全な選択よりも危険な選択をすると苦行点がついたりする。まぁ、追い込まれた状況にいたり、自分を追い込んでいくと苦行点がつくと思っていいだろう」


 ふーん、それくらいで強くなんのか。ジーク君の修行も厳しい物にした方が効果が望めるってことだな。忘れなかったら、もっと厳しいやつにしようっと。


「苦行点が一つ付くだけでも相当な能力向上が見込めるんだが、大抵の奴は命を大事にしたり危険を恐れるから、苦行点が付くような真似は避ける。しかし、苦行点が付いている奴とそうでない奴の差は才能を簡単に凌駕するもので覆しようのない差が出てくる。なので、やがては誰もが自分に苦行点を付けるために、命を削って自分を磨くようになる。そして、そのうちに皆が自分の身を削って切磋琢磨する素晴らしい世界が誕生するってわけだ」


「それだけじゃないでしょうに……」


 イズミさんが暗い顔で何か言ってます。どういうことなんでしょうかね。


「苦行って言っても、そういうのは続けていくうちに慣れていって苦行とは言えなくなる、最終的に苦行点を貯めるには高い苦行点の人間同士で殺し合うことになる。あなたの世界の人間は好戦的になりやすいんだから、争いは起きるわよね」


「そりゃあな。苦行点を貯めれば、転生も不老不死も思いのままだ。俺は苦しい思いをして頑張ってる奴には優しいからな。そういう奴らには褒美をあげているってわけだ。俺の世界の奴らは、俺の優しさと褒美を求めて、互いを潰しあうことになるわけだ」


「弱肉強食の世界ってことね、最低……」


「おいおい、勘違いするな。俺の世界の原則は言うなれば『強肉強食』。強者が強者の肉を食らい、高みへと昇り詰めていく世界だ。弱者を食い潰して肥え太っていくような輩は高みへ登りつめることは出来ずに途中で食われて終わるっていう弱者に優しい世界でもある。そして弱者には『強骨弱贄きょうこつじゃくし』の原則が適用され、肉を食われた強者の骨は弱者の贄となって、弱者を強者へと押し上げる糧となる。ある意味、万人にチャンスがある世界だ」


 なんか難しい話だぜ。俺にはついていけないね。でもまぁ、俺はアスラさんの世界の方が気が楽かもしれないな。面倒くさいこと考えずに済みそうだしな。しかし、そういう世界になると何か良いことあんのかね、アスラさんにとって。


「まぁ、俺の世界は最終的にはだいたい滅びるんだけどな。結末は限界に達するほど強くなった奴ら同士の戦いに世界が耐えられなくなって崩壊するってのが多いな」


 えーマジかよ。世界が滅びるのは嫌だなぁ。


「心配しなくても、そこまで達する奴らが出るのは何万年以上も先だ。それに特に争いが無く平和に続いている世界もある」


 うーん、じゃあ大丈夫かな。何万年も先のことなんか知ったことじゃないし。


「ねぇ、それで良いと思ってるの? このアスラって人の言うことを聞いていたら、大変なことになるのよ」


 イズミさんが俺に向かってしかるような口調で言う。その隣ではアズマが何故か頷いていた。何を訳知り顔で頷いてんだ、この野郎は。


「このまま、ヲルトナガルの勇者が死にまくり、お前の影響力が増していけば。この世界は俺の法が支配することになるわけだ。俺の勇者を辞めるっていうなら、俺の法の適用段階は、今の状態で止まるから、人間の能力の限界値的に世界を滅ぼせるような奴は産まれなくなるな」


「絶対に辞めるべきよ。このままじゃ悲劇しかない世界になるわよ。未来のために良く考えて」


 うーん、なんか難しいことを言ってんなぁ、こいつ等。そもそもなんで俺がそんなこと選ばなきゃならんのか、理由が分からない。というか、アスラさんの部下のハル君は何してんだろ。ハル君は目立つなとか言ってたような気もするんだよね。どういうことなんでしょうね。良く分からんわ。


 というか、色々と思ったんだけどさ、俺って関係なくない? 世界のルールとかなんとか言われても良く分からんし、どうでも良いんだけど。そもそも、俺って何でも受け入れるって感じだから、どんな風になっても関係ないんだよね。将来の話っていっても、明日生きてられるのかも分からないんだし、考えても仕方なくね?


「そりゃあそうだ。お前にはどうでも良い話だ。まぁ、聞かせておけば、そのうち思いだすこともあるだろうと思って伝えているだけだしな」


 あ、そうですか。うーん、思いだせるかなぁ。


「俺に付こうが、ヲルトナガルに付こうが、どっちでも構わんよ。なんにしても、俺はお前を見捨てないでやろうと思う程度には気に入っているからな。そこだけは安心しておくと良い」


「ねぇ、こんな奴の言うことを信用しては駄目よ。私はヲルト様に会って話したけど、こんな奴より、よっぽどマシだったわ。あなたはコイツの味方なんかしないで、ヲルト様のために働いた方が良いわ」


 なんかイズミさんがグイグイ来てますね。正義感が強いんですかね、微妙にアズマが引いてる感じがするよ。というか、なんか色々言ってるけど、この人って食あたりで死んだんだよね? え、それで、こんなにカッコつけてんの? 俺としては世界の未来を気にするより、目の前の食事が危ないかどうかを気にすることができるようになった方が良いと思うんだけど。


「まぁ、時間はまだある。何がどう転ぶにしても、好きに生きれば良いさ。俺が気に入る生き方を見せてくれれば、色々と配慮しないことも無い」


 なんだよ、結論はそれかよ。今までのはなんだったんだよ。しかし、好きに生きろと言われてもなぁ、俺もそろそろ大人になって自重というものを覚えつつあるからな。好き勝手に生きるのは、難しいかもしれんね。


「そう考えてられるうちは、大丈夫だろうさ」


 は、どういう意味だよ。って、アズマとイズミさんが消えたんだけど。うん? なんだか俺も透けてきてるような。それに意識もぼんやりと……


「とにかく、勇者を無力化しまくればいい。それだけやってたら、後は全部なるようになるからな、そうしてくれりゃ、俺が――」


 最後に何か言っていたようだけど、聞き取れずに俺の意識は途切れた――







 すがすがしい朝だ。なんだか良く眠った気がする。起きるなり、ジーク君の修行をもっと厳しくして、俺の鍛錬も、もっときつい物にした方が良いよな気がしたのは不思議だ。

 あと、勇者って奴を見つけなきゃいけないような気がするんだけど、どういうことなんだろうかね。そもそも勇者ってなんなんだろうね? 困ったぜ。






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