仲の良い兄弟
うーん、どういう状況なんだろうね、これ。
「近頃の王都の情勢は――」
「ええ、その件については私も伺っておりますわ。ですので、私共は――」
兄上が全く俺の方を見てくれず、エリアナさんとだけ話していますよ。エリアナさんは気まずいのか、俺にチラチラと視線を送ってくるけど、まぁ、兄上がエリアナさんと話したいなら、別に良いんじゃないかなとも思うんで、気にしなくても良いような感じを出しながら無言で頷いておきます。
それよりも、エリアナさんが余所行き口調ですね。無茶苦茶、お嬢様を気取っていますよ。最近、気づかれないようにさりげなく、カタリナとかキリエちゃんの胸とか尻とか触るようになった人とは思えませんね。まぁ、俺も美人さんとかは好きだから、人の事は言えないんで黙ってますがね。
「ふむ、騎士団と敵対している現状も構わないと?」
「ええ、どうせ、彼らには何も出来ませんわ。我々と事を構えることになったら、彼らの方が被る損害は多くなりますもの。王宮の方々も、それを分からないとは思えませんわ」
「それはそうだね。既に冒険者ギルドは何をしでかすか分からない集団として警戒されているけれど、実際に手を出して、兵に死人は出したくないだろうからね。南部のゴタゴタもあることだし、冒険者ギルドに王国が干渉するにしても、南部の治安が改善されてからかな」
「それほど南部は荒れているのですか?」
「王都から騎士団を大規模に派遣して、賊狩りをする必要がある程度にはね。それに、南部の更に南にはイグニス帝国もあるから、南部の早急な治安回復は王国防衛のためには急務であるね」
なんだか、面倒くさい話だなぁ。やっぱり、エリアナさんに任せておいて正解だね。しかし、イグニス帝国とか、たまに耳に入るけど、どこだっけ。まぁ、一生行くことは無いと思うし関係ないよね。
おや、一通り話は終わったかな。しかし、男と女で政治の話とか無粋だね。もっと艶のある話をしても良いと思うんだけど、兄上も気が利かないというか、なんというかだね。エリアナさんも兄上は良い男なんだから、狙っていった方が良いと思うんだけど、奥手なのかしら?
「ああ、すみません。こんなつまらない話をしてしまって。なにぶん、女性と話すことには慣れていないもので」
「いえ、とても興味深いお話ばかりでしたわ」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。組織の運営の補佐は大変でしょうが頑張ってください。僕は応援していますよ。勿論、今後のギルドの躍進にもね。もし困ったことがあったら、僕は援助を惜しまないので、何でも言ってください」
なんか変なところを強調してるな、兄上。まぁ困ったことがあれば、兄上を頼ればいいんだろ。だったら、頼りまくってやるぜ。ん? 兄上が俺の方を見てきるんだけど、なんだろうね。
「申し訳ないのですが、弟と話があるので……」
「ええ、分かっておりますわ。ご家族ですものね」
「すみません。エリアナさんの御相手は不足かもしれませんが、僕の妻が務めさせていただきます」
「いえ、過分なご配慮いたみいります」
え、なんですか? エリアナさん、出ていっちゃうんですか。というか、兄上、結婚してたのかよ。マジかよ、お祝いしてねぇ。どうすっかなぁ。知らんぷり決め込んでいいかなぁ。
っと、そんなこと考えていたら、なんか女の人が入って来たけど、この人が兄上の奥さんかな。うーん、普通すぎて、感想のつけようがないんだけど。なんかパッとした個性を感じないんだよね。エリアナさんと並ぶと可哀想なことになるけど良いんですかね。
「それでは頼んだよ」
兄上は優しい口調で奥さんに頼んでいるけど、絶対に愛してないよね、奥さんのこと。雰囲気で分かるんだけど。まぁ、家庭の事情に口を出すのは控えた方が良いから、黙っているけどさ。奥さんの方は兄上の本心には気づいてない感じだし、まぁ夫婦間でトラブルが無い以上、上手く行っていると言えば上手く行っているのかな。
おっと、そんなことを考えている内に、エリアナさんが連れていかれてしまいました。まいったなぁ、兄上と二人きりかよ。難しい話は勘弁なんだけど。
「久しぶりだね」
「ああ」
兄上が穏やかに微笑んで、俺に言ってきます。うん、久しぶりだと思う。
「何年ぶりだったかな? 憶えているかい?」
「さぁ、細かい月日などは憶えていないな」
俺がそんな細かく憶えてるわけないだろうが! まぁ、忘れたことを教えるのも恥ずかしいので、誤魔化しますが。
「確か五年ぶりだったかな。随分と会ってなかった気がするね」
「ああ、本当にな」
五年ぶりか。言われてみれば、そんな気もするな。じゃあ、五年ぶりという方向性で――ん? なんで笑っているんですかね、兄上。
「……本当は半年ぶりなんだけどね」
はぁ? 騙しやがったのか、この野郎。おっと、ここで慌てては間違えたことを認めることになって恥ずかしいので、冗談に乗ったつもりで、とぼけておきましょう。
「そうだったか? 俺には半年でも五年に感じたがな」
「うん、まあ、そういうことにしておこう。これを続けたら、絶対に話は進まないからね」
よっしゃ、流せたぜ。やっぱり、緊急時の対応力が凄すぎる俺が最高だ。
「お酒でもどうだい? ギルドで売っている解毒薬を冷やしたものも好きだと聞いたけど、どっちを飲む?」
ええ、それは困るなぁ。個人的には酒の解毒薬割りが良いんだけど。出してくれるかな。
「ああ、そうだった。解毒薬割りの方が好きだったかな。作ってあげるから少し待っていてくれ」
マジかよ、兄上最高だな。部屋の隅には最近ギルドが売り出した氷を作る機能もある最新式の冷却箱もあるし、準備が完璧すぎるぜ。コップは高級品のガラス製だし、冷却箱に入れて冷やしてもいる。
兄上はガラスのコップに氷を入れ、冷却箱から氷を取り出し、コップの中に入れてから、酒に解毒薬を入れて、静かに棒でかき混ぜる。
「質の悪い酒でも、こうすれば飲めるものになるから、ありがたいね」
「確かにな」
兄上は黒い液体を俺に手渡し、自分も同じものを口にする。うーん、悪くないね。ベースになってるのは葡萄酒かな? 高い癖に品質がまちまちな葡萄酒を飲むなら、この方が良いかもね。そう言えば夏も本格的になってきていて熱いし、こういうのは良いかも。冷たい飲み物は最高だな。
「解毒薬は甘木を使うよりは、砂糖を使う方が良いかもしれないね。高くなるかもしれないけど砂糖の方が薬草臭さがなくなって飲みやすくなると思うね。そうすれば、貴族にも売れるようになると思うよ。カタリナって子には着色の問題もキチンと相談したほうが良いかな。薬効よりも味と見た目を重視するのも悪くないと思う」
はぁ、そうですか。まぁ聞いておきますけど。それって今関係ある話ですかね。
「キリエって子には、部屋を涼しくしてくれる魔法道具を作ってくれると嬉しいな。装置を起動すると魔法で氷が出来て、続けて風の魔法で、氷の周りの冷たい空気を部屋に流すとか出来ると思うんだけど、どうかな?」
まぁ、憶えていたら言ってみますがね。たぶん憶えていないだろうけど。しかし、良く分からんのは、なんで兄上がカタリナとかキリエちゃんを知っているかなんだけど。俺って、兄上に彼女らの話をしたっけかな? まぁ、昨日の晩飯も憶えていられないんだから、忘れてても仕方ないかな。まぁ、それはそれとしてお酒ウメー。
「少し聞きたいんだけど、アロルドは現状をどれくらい理解してる?」
「まぁ、それなりだと思う」
現状が、どのあたりの現状を指しているのか分からないけど、なんとなくは分かっているよ多分。でも
分かっていなくても問題ないんじゃないかな、俺はこれまで生きてきて、状況が分からなくても困ったことなんかないし大丈夫だろ。状況把握なんか必要ないって、ただ目の前にある問題を乗り越えれば人生は繋がるしな。
「うーん、分かってることにして一応説明しておくと、絶妙に微妙な状況なんだよね。アロルドは興味ないから知らないと思うけど、国は冒険者ギルドに対して、どう対応すればいいか困っている感じかな。騎士団とか領主貴族は秩序を乱すから、冒険者ギルドを潰せって感じだけど、王宮で働く領地を持たない宮廷貴族は冒険者ギルドの襲撃がありそうで気が気でないって感じだったりするわけだ」
「そうなのか?」
「そうなんだ。まぁ、ただのゴロツキ集団だったら別に気にはしなかったんだけどね。王都の近くに完全武装の集団を擁した砦のような建物を築くような輩とは事を構えたくないってのが本音かな。余所で血なまぐさい争いが起こっても宮廷貴族はどうでもいいけど、彼らは目の前で争いが怒るのには抵抗がある。うっかりすると自分の所に飛び火するようなのは特に避けようとする」
なんだか良く分からないけど、そんなに危ない奴らなら、さっさと潰せば良いんじゃなかな?
「キチガイの集団が刃物を持って立てこもっている状況だと考えると誰が好き好んで突っ込んでいくかな。良くも悪くも社会的に平和な時代が続いたせいで、極端な存在に突っ込んでいけるような精神性を持った人間は少なくなったのが問題だね。結局は、やったもん勝ちな世の中で後生大事に倫理観を重視してきたツケが表面化してきたということかな。ルールを無視して行動する輩には対処できないっていう甘さが」
話が長いよ。もう、内容忘れたぞ俺。まぁ、黙ってるけどさ。つーかキチガイって言うなよ。俺達は人よりも、ちょっと凶暴で暴力で解決しちまった方が楽じゃないかなって考えで行動する、普通の人間だぞ。
「アロルドはここまでの話を聞いてどう思った?」
うわ、俺に振ってくんなよ。まぁ、こういう時は相手に合わせておけばいいだろう。内容とかは全く憶えてないけどな。
「さぁな、別にどうでもいいことだと思うがな」
「うん、理解してないってことは分かった。まぁ、そういう奴だっていうのは前々から知っていたから、気にしないけど」
なんだ、理解してくれてんのか。ありがたいね。流石、兄上だぜ。
「僕としては、アロルドには今後も好き勝手にやって欲しいと思うんだ。父上は……まぁ、常識人の部類だから、ちょっとついていけないと思うんで、可哀想だけど除け者にせざるを得ないかな。とにかく、アロルドには後先考えて大胆な行動に出られない人たちを叩き潰しつつ自由に活動していてくれればいいんだ。それが僕の頼みなんだけど、お願いできるかな?」
うーん。なんか頼まれてしまいました。まぁ、聞くだけは聞いておこうか。家族だし、少しくらいは甘くしてもいいでしょ。とりあえず、頷いておきますか。どうせ、忘れると思うけど。
「まぁ、忘れそうな気がするから、僕も期待はしないけどね」
ぐぇ、読まれてるよ。すげーな、兄上、全部お見通しかよ。
「あと、近いうちに南部の守りが崩れて、イグニス帝国がアドラ王国に攻め込んでくるだろうから、その時にギルドの戦力をアークス伯爵家の軍勢に加えてくれると助かるかな」
「戦争に手を貸すのか?」
「僕はどうでも良いけど、散々ウチに迷惑かけたんだし、戦力の供与ぐらいで許されるなら安いものだと思うよ。時期が来たらエリアナさんに手紙を書いて、ちゃんとお願いするから。アロルドは気にしなくてもいいよ。まぁ、それまでに戦力をもう少し整えてもらえると助かるかな」
うーん、なんだか良く分からんなぁ。別に戦争は構わないんだけど、難しい話はエリアナさんにしてもらえると助かるんだが。
「色々と話を聞いて困ったかもしれないけど、まぁ好き勝手にやってくれれば良いよ。細かいことは僕が全部なんとかしてあげるからさ。アロルドは僕の話を耳にしたってだけで充分だよ。耳に入れておけば、もしもの時に何か思いだすかもしれないしね」
「そうはいわれてもな」
兄上から俺を騙そうって気配はしないんだけど、ちょっと対応に困るっていうか、なんていうか普段、人と話してるのと違う感じがして変なんだよなぁ。俺の考えが読まれてるみたいな感じもするし。
「まぁ、無理ならいいよ。どうせ、言っても聞かないだろうしね。父上や母上は知らないけど、僕はアロルドの事は理解してるから、気にしなくても良いよ。僕らの言うことは気にせずに自分の思った通りに行動してくれてるだけで良い」
なるほどなー。やっぱり、家族だけあって、俺の事は分かってるのか、流石だな。おっと、そういえば――
「父上には会えないのか?」
「会わない方が良いと思うよ。父上はアロルドの顔を見たら卒倒するだろうから、僕の方から元気そうだったとでも伝えておくよ」
「そうか、じゃあ会わない方が良いな。父上にはよろしく言っておいてくれ」
なんだ、父上は調子が悪いのか大変だな。早く元気になって欲しいもんだ。おっと、気づいたら、お酒が無くなってますね。お代わりは貰え……なさそうですね。兄上がコップを片づけてしまいました。
「エリアナさんも僕の奥さんも、あまり待たせると可哀想だから、そろそろお開きにしようか」
「話はもう良いのか?」
「元々、僕には特に話すことも無かったからね。偶然、会ったから話しこんだだけだよ。僕としては、もう少し後になってから、ちゃんと場を用意して話でもしたかったんだけどね」
うーん、お邪魔しちゃったってことかな。やっぱり家族でも、急にお邪魔しちゃったら駄目だってことだな。
「父上からの手紙は今後は応じなくていいから。どうせ、ろくでもないことを考えてるだけだしね。今回は……まぁ、どうでも良いことかな」
父上が何を考えてたんだろうかね。俺の就職祝いでもやってくれるもんだと思ったけど違うのかしら? ろくでもないことって何だろうね。気になるけど、どうでも良いことかも。ということは気にしなくて良いかな。
おっと、兄上が笑顔で俺を見ています。目が笑ってないのが怖いですけど。笑顔なんで、大丈夫でしょう。一応、俺も笑い返しておきますかね。
「アロルドには色々としっちゃかめっちゃかにしてもらいたいな。最終的には乱世が訪れるくらいに、この国を乱してくれると助かるよ」
なんかとんでもないこと言っていませんか、俺の兄上? あれー、こんな人だったかな? おぼろげな記憶だと、争い事が嫌いな人だったような気がするんだけど、年月ってのは怖いなぁ。
「困ったことがあったら何でも言ってくれ。よほどのことが無い限り、僕はアロルドの味方だからね」
ということは、よほどのことをしなければ良いってことだろ。よほどのことが、どんなことなのか全く分からないけど、大丈夫だろ。たぶん、よほどのことっていうくらいだから、大概のことはやっても大丈夫のはずだし、これから先は、セイリオス・アークスがバックに付いてんだぞって言っても良いんだよな。
喧嘩の時に『俺の後ろには~家が付いてんだぞ!』とか言う奴らのこと、うらやましかったし、俺もこれからは『アークス家が後ろに付いている俺に喧嘩を売るとは良い度胸だな』ってカッコつけられんのか。胸が熱くなるな。
「ありがとう、兄上」
本当に感謝だぜ。流石、兄上、俺の欲しい物が分かるとか只者じゃないな。というか、家族だからだろうか、俺の考えてること分かるみたいだし、本当にすごいなぁ、兄上は。結婚もしているみたいだし尊敬するぜ。
「いいさ、見返りも貰えることだしね。今度は二人だけで食事でもしながら、ゆっくり話をしよう。呪いの話とか面白い話をいっぱい仕入れているんだ」
ええー、呪いの話とか絶対つまんないよ。そんなのよりエッチな話をしようぜ、奥さんとは週何回ヤってんのかとか聞きたいんだけど。まぁ、そんなこと言ったら失礼になりそうだし、黙ってるけど。
おや、エリアナさんと兄上の奥さんが部屋の外に来ましたね。兄上が言っていたように、待たせるのも良くないから、帰りますか。
「それでは兄上、エリアナも部屋の外で待っているようなので、失礼します」
「ああ、またね」
俺が優雅に貴族の礼を取って頭を下げ、退室の旨を示すと、兄上は鷹揚に頷いた。俺は、兄上に背を向け、出口の方に体を向けると、兄上が俺を呼び止めるように声をかけた。
「おっと、言い忘れてたけど、エリアナさんは猫被ってるのも、そろそろ限界な感じがするから、適当なところで本性を暴露させてあげた方が良いよ。じゃ、頑張って」
なんだか、最後に訳の分からないこと言われてしまったんだけど。なんなんだろうね。まぁ、考えても仕方ないので忘れるけどさ。
とりあえず、兄上は味方だってことさえ分かっていれば良いだろうし、問題ないな。しかし、なんで呼びだされたんだろうか。理由が全く分からないんだけど。今度、父上にでも会いに来て直接聞いてみるとしようかな。