解き放たれたものは
オリアスの伯父のおかげで随分と頭が冴えたため、今まで頭の中で雑然としていた情報が統合されてきた。
それによって俺は記憶力が悪いと思っていたが、そうではなかったようだということも判明した。正確には記憶していたことを引き出す能力が低いようだ。そのためか、今はこれまでの全てを克明に思いだせる。
まぁ、今までの事を振り返っても思う事は特にない。強いて言うなら暴れ方が足りなかったというくらいだな。今、考えると、もう少し好き勝手に振る舞っても良かったように思う。まぁ、ここからはもう少し好きにやらせてもらうとしよう。
「ほら、来ると良い。頑張って俺を倒せば状況は変わるかもしれないぞ」
とりあえずは、このカスを叩き潰すなりして調子を確かめるのも悪くはない。
「ほざけ!」
声はデカいが、それだけだな。オリアスの伯父が放った〈ファイア・ボール〉は俺を狙ったつもりなのだろうが、明後日の方に飛んでいく。手元が狂ったと思ったのか、オリアスの伯父は続けて俺に魔法を放つ。だが、それらもあらぬ方向に飛んでいき、俺にはかすりもしない。
「何をした!」
それはそうだよな。俺が何かをやったと疑うよな。まぁ実際、色々とやったわけだけどな。だけど、それを教える義理も無いだろう?
「別に何もしてないさ。ただ単に、そちらの調子が悪いんじゃないのか?」
真面目に相手をする価値のある相手でもないので俺の対応は適当になる。オリアスの伯父の顔は真っ赤だが、それも俺にとってはどうでも良いことだ。
「ぬかせぇ!」
オリアスの伯父の魔法の狙いがドンドンと甘くなってくる。まぁ、俺が甘くなるように仕向けているわけだが。しかし、少し冷静になれば気づくだろうに、相当に切羽詰まっているのか、それとも元々の能力が低いのか。まぁ、何にしろつまらない男だ。
俺は必死で攻撃してくるオリアス伯父に魔法をかける。使う魔法は、ついさっき思いついた魔法、名づけるなら〈弱化〉といったところか。
別にたいした魔法じゃない、強化の反対に身体能力を一時的に衰えさせるという魔法だ。〈ブースト〉のように身体能力を強化させる魔法があるのだから、逆のことも出来ると思ってやってみたら、思いのほか上手くできたというだけの話だ。
分類上は古式魔法になるだろう〈弱化〉だが、頭の働きが以前と違うおかげで、問題なく使用できる。オリアスに教わった時は、古式魔法を馬鹿にしていた記憶もあるが、実際に使ってみると、俺との相性は極めて良いようだ。オリアスに謝罪する必要もありそうだが、急に俺が古式魔法を使うようになったら、不審がられる可能性もある。オリアスとは仲良くしておきたいので、余計な勘ぐりをされては堪らない。だから、寝かせたのだ。
まぁ、オリアスの事は良いとして、オリアスの伯父だが随分と動きが落ちてきているようだ。本人は気づいていないが、気づかないように慎重に〈弱化〉をかけたのだから、成功と言ったところだろう。なんでも試してみるのは良いことだな。発見もあるし、予測が確信に変わるという瞬間も心地よいものだ。
オリアスの伯父の身体能力は最大時の二割減に達したところだろう。それだけでも普段と同じつもりで動こうとするとエラーが生じる。先ほどから魔法が外れるのもそのせいだ。身体の状態が普段と全く違うのだから、普段と同じ方法で狙いをつけたとしてもマトモに飛ぶわけはない。
「随分と調子が悪いようだ。お暇した方が良いかな? それとも聞かずに帰るべきか? 次は魔法の練習をしていない時にお邪魔するとしよう。ああ、俺達が背を向けていても魔法の練習は続けていて結構、どうせ当たらんのだから」
そう言って、俺はオリアスの伯父に背を向ける。万に一つ当たった時は大変なので、〈マジック・シールド〉は張っておく。どうやら、俺の言動は相当に癇に障ったようで、オリアスの伯父の攻撃は激しくなる。だが、俺には一発も当たらない。
接近戦でも挑めばいいのだが、それを出来るほどの勇気はオリアスの伯父には無いだろう。まぁ、それは頭が冴えていない時の俺の行動の結果なわけだが。
オリアスの伯父のようなやんごとなき身分の人間は剣を全力で叩きつけられたことは無いだろうし、そんな人間が殺意に満ちた一撃を受ければ臆するのも当然だ。接近する恐怖が植え付けられている以上、近づいては来ない。それで、安全を保った気になっているわけだが。残念ながら、そう上手くはいかない。
遠い間合いで足を止めて魔法を撃っているだけならば、俺の〈弱化〉の影響には早々気づかない。オリアスの伯父は、〈マジック・シールド〉で俺からの魔法攻撃を防げるつもりだろうが、それは無理だ。
〈マジック・シールド〉は魔法全部を遮るわけじゃない。それだと回復魔法も使えなくなるので、一部の魔法は素通りになる。回復魔法は当然で、支援のための強化魔法も同じくすり抜ける。そして、俺の〈弱化〉もすり抜ける。〈マジック・シールド〉が防ぐのは直接的に傷を与えるような攻撃だけで、それ以外は基本的に通るというわけだ。なので、俺は〈弱化〉をかけ放題というわけになる。
「くそ、くそ! どういうことだ!」
だいぶ狼狽えているオリアスの伯父だが、なんとまぁ滑稽な姿で、俺は何とも言えないおかしみを覚える。もう少しイジメてみたくなる相手だ。だから、俺は懇切丁寧に立場というものを教えてやることにした。
「時間稼ぎのつもりなら無駄だぞ。この状況になった以上、王国はお前らを見捨てるだろうしな」
俺の声が届いたのか、オリアスの伯父は攻撃の手を止めた。俺は気にせずに言葉を続ける。
「王国はエーデルベルト家を捨てて、冒険者ギルドを取るよ、間違いなくな。なにせ王国に対する貢献度がお前らとは全く違う。お前らは禄を食んでる割にはこれといった貢献の無い落ち目の一族、対して冒険者ギルドは魔物退治やら新製品の開発、食糧供給にも一役買っている。どう考えても、価値は俺達の方が上だよ。家柄とか貴族だからでなんとかなるとでも思っているなら大間違いだな。誰がさほども価値が無い家柄と血統だけの奴らを選ぶんだろうな。それほどまでに、この国の奴らは愚かかな?」
「我が一族の魔法があれば――」
「そんなものの価値は既に無いんだよ。新式魔法使いは武力に優れた存在だから尊重されていただけだと、早くに気づいた方が良かったな。ここまで攻め込まれて、一方的にやられている新式魔法使いに、価値はあるのかな? 戦闘ぐらいしかできることのない新式魔法使いが実戦では役立たずなら、そいつらを尊重する価値も無いのではないと思うがね。むしろ、魔法道具を作れて富をもたらしてくれる古式魔法使いの方を大事にした方が良いとは思わないか? おっと、言い忘れていたが古式魔法使いの殆どは、冒険者ギルドの所属だったな。そうなるとどうなんだろうな。古式魔法使いが多く所属している冒険者ギルドを贔屓してくれるということもあったりするんじゃないかな?」
まぁ、ギリギリではあったんだろうけどな。エーデルベルト家の爵位がもっと高く、落ち目でもなければ、話しは違ったんだろうけどな。
冒険者ギルドとエーデルベルト家子爵家、それぞれの価値を天秤にかけて、冒険者ギルドの方が多少は重かったというだけだ。エーデルベルト家が広く血を撒いて縁戚関係を広げていれば、話しは多少は違ったんだろうけどな。血を大事にして、他の貴族家との関係を強めなかったツケが表面化したわけだ。大抵の貴族家からは、どうでもいい存在としかエーデルベルト家は見られていなかったということだろう。
まぁ、王国がエーデルベルト家に付いたとしても、俺達には手を出せなかっただろうけどな。
「貴様らの無法を国が許すとでも思っているのか!」
「許すさ。幸いなことに俺達は強いうえに防衛を行える拠点も持っている。王国が俺達を許さず、一戦交えることになったら、王国はどれだけの損害を被るかな」
「王国が貴様らのようなゴロツキ共に負けるなどありえぬ!」
「そりゃ、負けないだろう。けどな、俺らを叩き潰すのに何人死ぬだろうな。ただでさえ王国の南部が荒れてるのに、王都近郊でそんな大騒ぎを起こせるかな? もしも騒動が起きれば、国が荒れるのは間違い無いし、案外、王国は俺達を悪いようにはしないんじゃないかな? 法というものは国を守るためにあるもので、法のせいで国が荒れるようなことは避けると思うんだがな、俺は」
エダ村を取っておいたのは良かった。王都への食糧供給のために作られた集落だから、防衛に全く向いてないが、防衛に専念すれば一か月は持つだろう。
一か月も暴徒鎮圧に関わっているような余裕がアドラ王国にあるかね。王国南部は荒れている上、宗教派閥の争いもあり、更には虎視眈々と王国を狙っているというイグニス帝国の存在もある。冒険者ギルドと事を構えて、国内に火種を抱えるのは避けると思うがね。
「ふざけるな、そん――」
オリアスの伯父の言葉は途中で途切れた。ああ、すまない。〈弱化〉をちょっと変えてみたんだ。古式魔法は応用次第で何でもできると言ったオリアスの言葉は正しかったようだ。
〈弱化〉を肉体全体にボンヤリとかけるのではなく、呼吸に使っている部分に集中して使ってみたら、思ったよりも効果があったようで。オリアスの伯父は、もがきながら必死に息をしようとしているようだが、上手く息を吸えていないようだった。
〈ブースト〉で身体能力が上がる時と逆をイメージするだけで、こうも簡単に出来るとは、俺は身体能力の操作に関する魔法に適性があるのかもしれない。
おっと、考えている間に、窒息して死にそうだ。死なれるとつまらないから魔法は解除してやらないとな。
「なんなんだ……何をした……」
オリアスの伯父は息も絶え絶えで、恐れを抱いた顔をしている。中々にそういう顔は悪くない。やはり、こう相手から畏怖されたりするのは中々に気持ちが良い物だ。自尊心が満たされていくのを感じるよ。もう少し恐怖してもらいたいものだ。
俺は回復したオリアスの伯父に向かって、近づき剣を振る。〈ブースト〉に加えて、腕力強化の古式魔法である〈剛体〉を自分にかけた上で振るう俺の剣は〈マジック・シールド〉を容易く粉砕する威力を発揮し、剣を振った風圧だけでオリアスの伯父を吹き飛ばす。
オリアスの伯父は受け身も取れずに床を転がる。普通ならたいした傷を負わないだろうが、〈弱化〉の魔法は皮膚や筋肉の強さも弱めているから、少し転がっただけで、皮膚を切ったり、打撲の症状が出るだろう。
「ほらどうした、頑張って立ってみろ」
俺がそんなことを言っても立てるわけはないだろうがな。全身に激痛が走っているだろうし、そんな状態になった経験が一度もない奴が動けるわけはない。だが、意地があるのか、オリアスの伯父は必死で立ちあがろうとする。
〈弱化〉の魔法がかかっている体では立ち上がることも辛いだろうから、俺は〈弱化〉の魔法を解いて、強化魔法を軽くかけてやる。すると、オリアスの伯父は見事に転んだ。まぁ、当然だ。弱まっていた身体能力が急に高まれば、感覚が追いつかず、バランスを失って転ぶだろう。せっかく俺が〈弱化〉を解いて、強化魔法をかけているというのに、全く立ちあがれそうにない。
「ほら、あんよが上手、あんよが上手ってな」
最高に気持ちがいい。相手を見下すのは優越感に浸れて最高だ。オリアスの伯父は俺を睨みつけているが、そんな視線さえも心地良いものだ。優劣の差がハッキリと感じられてな。
オリアスの伯父は必死の形相で立ちあがる。相当に頑張ったようで、見ていて微笑ましくなる。だが、別に俺は立って欲しくもなんともないので、当然邪魔をする。
〈弱化〉の魔法を操るのにも慣れてきたので、少し強めにかける。対象はオリアスの伯父の足の骨だ。皮膚や筋肉も弱められるなら、骨も弱められるだろうと思ったわけだが、予想は当たったようだ。
「――!」
声にならない叫びを上げ、オリアスの伯父は床へと崩れ落ちる。その両足は、ありえない方向にねじれ曲がっていた。骨を脆くした結果、自分の体重も支えられずに足の骨が折れたというわけだ。相当に便利な魔法を身に着けることが出来たようで、俺は満足だ。
「なぜだ、力は失ったはず……」
オリアスの伯父は最高に良い絶望顔を俺に見せてくれる。相手を屈服させる瞬間というのは良い物だ。相手を見下し、自分が上にいることを確かに実感できる。普段の俺なら特に何も思わないのだろうが、今は最高に楽しいし良い気分だ。やはり、どんな形であれ人から強く想われるのは良いな。自分が特別な存在になったと感じる。
「なぜなんだ。なぜ、力を失わない!」
力? ああ、そういえば、お前は力だと勘違いしていたんだな。俺にかかっている呪いを。まぁ、確かに力は失ったよ。頭の働きが悪い時に比べると勘が落ちているし、体が勝手に反応するようなことはないから、接近戦の際には、前ほどの力は出せないな。まぁ、そんなことは教えないが。
「ふむ、どうやら勘違いしているようだが、俺に絡みついていた魔力は、俺に力を与えるものではないぞ」
混乱と知力低下の呪いだったか。まぁ、解かれなくても構わなかったような気がするがな。あれはあれで幸せだったからな。メシを食って寝てれば、それだけで満足できたのだから。
しかし、今のように色々と分かるようになると、あれだけでは満足できなくなってくる。金が欲しいし、女も欲しい。地位も名誉も権力も欲しい。
更に言えば、自分が特別な存在だと感じたい。自分この世の全員を踏みつけ、見下し、そして敬われ、称賛と畏敬に畏怖の念を一身に浴び、自分の価値というものを明らかにしてみたい
「あれは呪いだ。俺を縛る枷だったものでな。あれのせいで俺の力はだいぶ抑えられていてな」
呪いが抑えているのは、俺の頭の働きに関するものであり、性格に関わるものでは無かったのだから、これが俺の本質ということなのだろうな。混乱の呪いがかかっている時は、思考が散々に千切れ飛んでいたから、一貫した方向性にはならなかったが、今の俺は思考が乱れることもなく、一貫した目的を持って行動できる。
「本当に感謝しているよ。俺の枷を解いてくれてな。〈マジック・ジャマー〉かな? 俺にかけてくれた魔法は。魔力の流れを遮って、魔法の発動を止めるというものだったかな?」
俺が尋ねても、オリアスの伯父は何も答えない。まぁ、答えてもらう必要もないがね。俺にかかっている呪いが魔力によるものであることが分かっただけでも大発見だ。
問題はどこからその魔力が来ているかだが、俺を嫌っているらしいヲルトナガルから直接ということは無いだろう。奴はこの世界にはいないとも聞いている。となると、この世界の外から干渉してきているのか、もしかしたら、この世界のルール自体が俺に対する呪いになっているのかもしれない。
アスラのように自分の力で世界の法則を支配できるのが神ならば、ヲルトナガルが出来ないこともないだろう。この世界を創る際に世界の法則に俺への呪いを組み込んだ可能性もある。では、どうしたらいいか――
「何を呆けている、死ねぇ!」
オリアスの伯父が考え事をしている俺に向けて〈ウインド・エッジ〉を放つ。まぁ、そんなことはどうでも良い。俺は肉体の防御能力を上昇させる〈硬体〉の魔法を発動しているので、風の刃である〈ウインド・エッジ〉などでは、かすり傷一つ負うことは無いからだ。
「考え事をしているんだがな」
少し、鬱陶しくなってきたので、黙らせておくべきだろう。俺は床に這いつくばるオリアスの伯父にゆっくりと近づく。オリアスの伯父の顔は青ざめているが、そんなに心配しなくても良い。
「安心しろ、命は奪わない」
命を奪うよりも、これから先、苦境に追い込まれていくのを見る方が楽しいからな。すぐに終わらせるのは敗者で遊ぶ楽しみ方を知らん無粋な輩のすることだ。なので、俺は眠らせるだけに留めておくのだ。
「でもまぁ、寝ていては貰うがな」
俺は、オリアスの伯父の頭を蹴り飛ばし、意識を飛ばす。起きた時には、取り巻く環境は一変しているはずだ。その時にどう思うのかな、俺を憎んでくれるかな。
まぁ、憎まれようとなんだろうと構わないけどな。なんにしろ俺が、コイツの特別な存在になったのは確かだろう。こうやって、世界中の人間の特別になりたいものだ。特別な人間というのは、それだけで価値があるものだからな。
――さて、考え事は途中だが、どうしたものかな。カスを黙らせ、自分の能力も理解できたことだし、さっさと目的を果たして帰るとするか。