魔法使いの事情2
夜にも投稿します
アロルドに顔面を殴られた衝撃で俺の身体が吹き飛ぶ。
腹に一撃を食らった時点で回復魔法を発動していたので、身体の傷は無いが俺は吹き飛ばされ倒れこんだ姿勢のまま、動く気になれないでいた。
疲れた――そんな感情が俺の心を占めており、立ち上がる気力は無くなっている。アロルドがゆっくりと近寄ってくる気配がするが、何かしようという気は起きない。これだったら、回復魔法を使う必要もなかったと思うが、癖なのでどうしようもない。
「で、どうするつもりだ?」
アロルドは既に俺を脅威と認識していないのか、剣を鞘に収め、仰向けに倒れている俺の顔を覗き込む。アロルドは全く普段と変わらない様子だ。
アロルドは相も変わらず泰然自若とした様で俺に尋ねたが、別に質問の答えなどにも興味はないだろうというのが、ハッキリと分かる。俺が刃を向けたことにも、さして動じた様子がないのだから、全くたいしたものだ。きっと胸の内に何か揺るがぬものがあるから、心を揺らすことが無く堂々と振る舞えるんだろう。俺のように、揺れっぱなしの生き方しかできない奴とは違うってことなんだろう。それが俺は羨ましい。
「好きにしてくれ」
いい加減に疲れたという気持ちから、俺は捨て鉢に言い放った。心残りが無いと言えば嘘になる。ロクな人生ではなかったのだから、せめて最後くらいは華々しく散りたかったという気持ちはある。それなのにやったことと言えば不意打ちだ。やってしまってから、こういうやり方は格好が悪いと思って、正面切って戦ったらボロ負け。我ながら、行動がブレブレで恥ずかしいことこの上ない。
キリエのことも心配だが、今更どうしようもないだろう。俺が駄目でも、アロルドが何とかしてくれると思うから、まぁなるようにはなるだろう。なんだかんだ言っても、敵には厳しいが、それ以外にはそこまで厳しくないのがアロルドだ。キリエのこともきっと悪いようにはしないはずだ。後を任せられる相手がいるのはありがたい。
「何を勝手に自己完結してるんだ」
アロルドが、俺の脇腹をつま先で蹴る。これから死ぬとはいえ、痛いものは痛いので、そういうことは勘弁してもらいたい。やるならサクッとやって欲しい。
「訳が分からんので説明をしてもらわんと状況が把握できんのだが」
今更、何を話せと言うんだ? だいたいの状況は把握しているから、冒険者を引き連れてここに来たんだろうが。だが、話せと言うなら話すさ、どうせ最後だし、墓の下まで持っていくような話しじゃない。クソみたいな俺の事と、エーデルベルトの一族のことなど――
「だったら、教えてやるか。たいした話じゃないがな――」
俺――オリアス・エーデルベルトのエーデルベルト家現当主の甥にあたる。
俺の両親は優秀な魔法使いだった。とは言っても、それは技術的に優れていたわけではなく、魔力の量が多いというだけだったが。そんな両親に比べて、俺は僅かな魔力しか持っていなかった。
どんなに無理をしても、新式魔法は初級に毛が生えたくらいの魔法しか使うことが出来ない魔力の量だ。中級になれば、二三発で魔力が底をつく。上級に至っては発動すら出来ない。アロルドは俺がもっと高威力の魔法を使えば良かったとか思っているのかもしれないが、そんなことは最初から無理だったというわけだ。
そういうわけで、俺は出来そこないと言われて育った。両親からは見捨てられていたよ。外聞が悪いからという理由だけで捨てられはしなかったがな。
そこで、諦めて別の道に進んでいれば、良かったのかもしれないが、俺もガキだったから両親に振り向いて貰いたくて、必死に勉強したりしたよ。その結果、古式魔法に辿り着いたんだけど、それが良くなかった。
ガキの頃だから何も知らなかったんだ。古式魔法が嫌われてるなんてな。
エーデルベルト家は新式魔法で名を上げた家で、古式魔法排斥の筆頭。その家の人間が古式魔法を使うなんていうのは許されないなんて、ガキが分かるかよ。エーデルベルト家の一門の俺に対する風当たりは、ますますもって強くなった。生き地獄っていうのは、ああいうのを言うんだろうな。思い出したくも無い屈辱の日々だったよ。それでも家を追い出されなかったのは、家族の愛情とかじゃなくて、エーデルベルト家の人間が古式魔法を使っていると、バレないようにするためだったしな。
でもな、それでも俺はなんとか生きていけたんだよ。たった一人だけ俺に優しくしてくれた人がいた。
ステラ・エーデルベルト。俺の叔母でエーデルベルト家の現当主の妹だった人だ。叔母とは言っても、老境に入った祖父が使用人に手をつけて産ませた子だ。俺との歳の差は五歳だったかな。まぁ、それはどうでも良いか。
綺麗な人だったよ。それに俺みたいな奴にも優しかった。いや、『俺みたいな』なんて言うと叱ってくる人だったな。自分を卑下するなとか言っていたし、両親が何も教えてくれない代わりに、ステラが俺に全てを教えてくれた。俺にとっては母であり姉でもある人だった。魔力の量も多くてな、魔法使いとしても優秀だったのに、それを鼻にかけない人だった。
良い人だった。そうとしか言いようが無い。こういう人が幸せになるんだろうな。なんてこと、ボンヤリと思っていたし、幸せになってくれるといいなと思ったよ。今でも思う、だけどな、そんな未来は無かった。
――ある日、ステラが妊娠したという話しを俺は聞いた。当時の俺は十歳で、ステラは十五歳だった。男女の仕組みなんて、俺は知らなかった、ただ好きな人が出来ると子供が出来るなんてアホみたいなことしか理解していなかったから、ステラに恋人でも出来たのだと思って、祝福したんだ。
その時に俺は気づいておけば良かった。使用人の娘のステラは家の恥という扱いで、家の外から出られないうえ、エーデルベルト家以外の人間と接触できないというのに、どうやって恋人を作れるというのか? それを考えるべきだった。
ほどなくして、ステラには娘が生まれた。名前はキリエ。そうだ、キリエは俺の従妹になる。とは言っても、それだけの間柄じゃなかったがな。
俺はステラの娘で、俺の従妹でもあるキリエと仲良くやっていたよ。キリエの父親のことを聞いても、曖昧に微笑むだけのステラを少し不思議に思ってはいたがな。
それからはしばらく、穏やかな日々だった。俺はステラの所に入り浸り、キリエと遊んだりして過ごした。ただ、それもキリエの魔力の量が膨大だと分かるまでだったが。
キリエの魔力の量について分かってから、ステラの周囲はにわかに慌ただしくなった。俺はステラにもキリエにも会えない日々を過ごしつつ、その間は両親に疎まれながらも古式魔法の修行に励んだ。とは言っても、手品みたいな芸として人に見せるくらいしか役に立たない魔法だったけどな。
だけど、会えない期間があまりにも長すぎた。俺の手品のような魔法も極まりつつあったし、そろそろステラやキリエに見せてやりたいと思ったんだ。それが、失敗だったんだけどな。
どういうわけか厳重な見張りをかいくぐり、ステラの所に到着した俺が見たのは何だと思う?
俺が見たのはベッドに横たわるステラの姿だったよ。手足には枷が付けられ、逃げられないようになっていた。その腹は膨らんでいて妊娠しているのがすぐに分かった。
ガキの俺でも何かが異常なのはすぐに分かったよ。まだ十代の半ばだったのにも関わらず、ステラの表情は人生に絶望した老人のようだったのを憶えている。それでもな、俺が姿を見せると笑ってくれたよ。だけど、俺はそんなステラを見た瞬間に逃げたんだ。見てはいけないものを見て、触れちゃいけない何かに触れたような気がして恐ろしくなってな。
きちんと話しをしておけば良かった。俺とステラは、それから二度と会うことは無かった。屋敷の噂では、ステラの子供は流産だったと聞いた。それが原因でステラは心を病み、屋敷の奥で療養しているという話しも聞いた。
俺は何かがおかしいと思ったんだ。だから、何も考えずに調べてみようと思った。何かが分かったら、今度こそ、ステラに会おうと思った。会って、逃げ出したことを謝る必要があると思ったんだ。でもな、結局、俺はステラに会わずに終わった。
俺は逃げたんだ。エーデルベルトの家が何をやっているかを知ると同時にな。
エーデルベルトの一族の魔力が年々少なくなっているのは俺も知っていた。
新式魔法を使う上で魔力ってのは、絶対の物だ。それの多い少ないで魔法使いとしての格は決まる。
その点で言えば、エーデルベルト家は没落していく真っ最中だったわけだ。もともと魔法だけで成り上がった家だからな、魔法使いとして格が落ちるなら、社会的な価値は失うし、それに付随して得られていた地位も失う。余所の家と縁でも結んでいれば良かったんだが、余所の血を混ぜると魔法使いとしての力が弱まる可能性があるから、積極的に他家とは縁を結べなかったせいで、地盤が弱い。
八方ふさがりだった。だから、研究をしていた。どうすれば、魔力の多い一族の人間を増やせるかを。そして、単純な結論に達した。魔力の多い一族の娘に、子を産ませれば良いと。他家の劣った血が混ざるから、魔法使いとしての力が衰えていく。
男が女を作るという発想は無かった。高貴な魔法使いの種をばら撒くわけにはいかないというのが一族の総意だった。
魔力の多い人間は貴重だから、そう簡単に差し出しはしない。だからエーデルベルト家は自前で用意した。それに他家の劣った血が混ざるから魔法使いとしての力が衰えていくという考えは魔法使いを輩出する家柄の多くが抱いていた考えだ。
エーデルベルト家はそれを更に推し進めた方針を取った。一族の直系の男子と一族の直系の娘を交わらせることにしたんだ。魔法使いの一族とはいえ正気とは思えない所業だ。父と娘、母と息子、兄と妹、姉と弟で子を生そうとした。
ああ、畜生にすら劣る考えだ。でもな、誰もおかしいとは思っていなかったんだよ。すでに落ち目だったエーデルベルトに過日の栄光を取り戻すために必要なことだと、一族の人間の殆どが考えていた。
そこまでして権勢や名誉を取り戻すことが、そんなに素晴らしいことなのかと思ったが、それは、そういう物を持ったことのない俺の考えだからな。持っていた奴らからすれば、貴重なものだったんだろ。
まぁ、それは仕方ないと思ったさ。でもな、だからといってステラを使う理由は無かっただろうが――
結局の所、エーデルベルトの奴らは身を切ることを嫌がったんだ。醜聞のもととなりそうな事を避けるために、奴らはステラを生贄にすることにした。そりゃあそうだ。ステラは庶子だし、世間に公になっていないからな。それに魔力も多いっていう条件を満たしていた。世間的には存在してないから、使い潰しても、そこまで痛手にはならない。だから、子を孕ませた。
父親? ああ、それは俺の祖父だよ。奴は自分の娘を孕ませたんだ。だから俺の叔母から産まれたステラは従妹でもあるし、祖父の娘だから叔母でもある。人には言えないし、キリエにも言えるかよ、こんな関係。
そんな事情を知った俺はどうしたか? 怖くなり、おぞましくなって逃げ出したよ。こんな所にはいられないって具合にな。でも、気づいておくべきだったんだ。キリエという魔力が多い子を産んだ母体がどうなるかってことを。
だけど、そんなことに想像することも出来なかった俺は、ただ自分の一族が汚らわしいものだとしか思えずに、一族から逃げ出した。家を出ても、俺を追ってくる奴はいなかった。きっとステラとキリエの件で一族全体が湧いていたからだろう。そんな状況で、出来そこないのガキには興味もなかったんだろうさ。
そこから数年は、たいした話じゃない。家名を捨てた俺は唯一の特技だった古式魔法を頼りに生きていった。途中で婆さんに弟子入りしたりもして、魔法の腕を磨きながら数年を過ごした。二度とエーデルベルト家には関わりたくはないと思いながらな。まぁ、結局そんなことは出来なかったわけだがな。
手品だった魔法が容易く人を殺せるようになって、しばらく経ったある日のことだ。俺はステラが死んだと聞いた。俺が十五歳、キリエが五歳だった時だ。
教えてくれたのはステラの祖父さんだった。元々はエーデルベルト家の使用人で、ステラの母親がエーデルベルト家に使用人として仕えると同時に暇を出された人だった。俺の師匠とも懇意だった人から、その話しを聞いた俺は、それが真実なのかどうしても気になった。俺は何の根拠もなく嘘だと思ったんだ。だから、その真実を確かめにいった。ステラが本当は生きているという証拠を得るためにな。
……いや、違うな。本当はステラに会いたかったんだ。エーデルベルト家を離れてからも、ずっと会う機会を探していた。だけど逃げた後ろめたさがあったから会いに行けなかった。でも、謝りたかったんだ。俺を確かに愛してくれていた、姉であり母のような人から逃げ出したことを謝りたかった。
もし、ステラが生きていたら謝って、一緒に逃げ出そうと思った。俺は十五歳だったし、ステラも二十歳だ。いくらだって、やり直せる。キリエも一緒に連れてくし、他に子どもがいれば、その子たちだって一緒に連れていけば良い。そんなことを考えつつ、エーデルベルト邸に忍び込んだ俺が見たのは、
水槽に浮かぶ、ステラの姿だった――