弟子
平和である。それは良いが、全くすることが無い。基本的にエリアナさんから上がってくる書類に目を通して、無難な処理をすればいいだけなので、やることが無い。書類の内容は基本的に憶えていないので、ギルドの状況は良く分からないが悪くはなさそうだ。
たまに、俺が決めないといけない事柄もあり、小難しいことが色々とあったが、基本的に人助け重視ということにしておいた。真面目にやっていれば、困った時に後で誰か助けてくれるかもしれないしね。あと、儲けよりも、困っている人を助ける方が人として正しいよね。
『命を賭けているのに、安い報酬では――』とか言っている奴もいるけど、人間の命なんて羽と同じくらい軽いのに何を言ってんだって感じだね。命に価値があるものなら、人間はすぐに死なないと思うんだけど。どうなんだろうね。ああ、ついでに言っておくと、俺は金に五月蠅くて、人の道というのを大事にしない奴は嫌いです。なので、悪いことをした奴はぶっ殺しました。
あと、皆が皆、せっかちで困る。すぐに儲けに走ろうとするのが良くないよ。今はお金あるんだし、ノンビリと稼いでも良いんじゃないかなって思ったので、最終的に儲けが出れば良いということを全員に言っておいた。
まぁ、なんだかんだで細かく色々はあるけど、概ねノンビリとやっているわけです。平和なのは良いけど退屈は良くないね。というわけで、時間が空いた俺は暇なのでエリアナさんとかカタリナにちょっかいをかけたりもしています。
二人が仕事で疲れていそうな時には、お茶を出してあげたり、お菓子を買ってきて差し入れしたり。たまに、小物をあげたりとか。小物は気後れしないように、安いけど上品な物にしておきました。
働き過ぎで二人の美貌が損なわれると困るので、早めに仕事を切り上げさせて、ゆっくり休める時間を作ったりもしましたね。
あと、髪型とか服装が頑張っていたりする時は、それとなく気づいて褒めたりもしました。新しい服だったり、普段とは違う服と小物の組み合わせだったりする時や、普段のイメージと違う服を着たりする時とか、見た感じは変わらなくても髪を切ったりしていたら色々と褒めますよ。頑張りを褒めないとか酷いと思います。見りゃ分かるのに、なんで俺以外の男は気にしないのかね?
まぁ、俺もほどほどにしかやりませんけど。でも『ありがとう』とか『いつも助かっている』みたいに感謝の言葉は忘れずに言ってます。
ああ、でも俺も、あまりエリアナさんとカタリナに関わらないことがあるね。たまに二人の匂いが変わる時があるので、そういう時は、ちょっと距離をとることにしてる。でも、俺以外の奴は気にしてないんだけど、どういうことなのかね?
まぁ、そんな感じで色々とエリアナさん達にちょっかいをかけてはいたものの、それもちょっと飽きてきたので、魔物製品の生産拠点、今はエダ村という名前だったかな? そこを見て回ろうと思いました。王都から一時間で着くし、近いから何かあってもすぐに帰れるし。で、見て回ったのは良いんですが。なんか、五月蠅いガキがいて困りました。
『弟子にしてください』
ジークなんたらとかいう名前のガキが、そんなことを言ってまとわりついてくるんですよ。邪魔だ消えろって思ったけど、子どもにそういうことを言うのも抵抗があるんですよね。
なんだか、助けられた時に見た俺の強さに憧れたとかなんとか、助けた記憶が全く無いんですけど、このガキ頭がおかしいんと違うか? まぁ、頭のおかしい可哀想なガキを見捨てるのも可哀想なんで、適当に相手をすることにしましたよ。つっても、立木を地面に立てて、それを木剣で延々と殴らせるだけですが。俺も小さい頃にやっていたことです。
『これに何の意味が?』
そんなことをジーク君に聞かれました。さぁ、なんの意味があるんでしょうかね? なんていうかこう、一撃を強力にするためとか?
『小賢しい技術より、有無を言わさぬ強力な一撃の方が有効な場面も多い。とにかく打ち込みを続けて、自分の剣の速さと威力が最大になるような動きを身に付けろ』
適当に言ったんだけど、納得したかな。俺だったら納得できないんだけどね。でもまぁ、ガキだから騙されてくれましたよ。ガキの相手は楽だぜ。
まぁ、面倒見るってことにしたので、しばらくエダ村と王都を行き来して、ジーク君の相手をしてやりました。仕事も無いから別に良いよね。で、しばらく経ちました。
「し、死ぬ……」
ジーク君が仰向けに倒れています。情けないね。
「寝るな。立って剣を振れ」
休みなんかないぞ。朝から晩まで一瞬たりとも休ませてなるものかという意気込みで、ジーク君に剣を振らせています。休めるのは体力が限界に達して、意識を失った時だけにしてます。その時は三十分も時間を取ってあげてます。俺はとっても優しいぜ。
俺はジーク君を起こして、立木に打ち込みを続けさせます。やめたいと言ってもやめさせません。死ぬとか言っているけど、それだったら仕方ない。生きてりゃ、やがては死ぬんだし、でも、それとこれって話が違うよね、剣を立木に打ち込み続けるだけで、死ぬわけがないよね。だから、なにも考えず剣を振れ。
「もっと速く、もっと力強くだ。相手の剣が自分に届くよりも速く自分の剣を叩き込み、一撃で殺すということを意識しろ」
うーん。へろへろになってるなぁ。でも止めないけど。だって、へろへろになってるから攻撃しないなんて、優しい人ばっかりじゃないしね。疲れてても頑張れる根性を身に付けさせよう。
おっと、またぶっ倒れました。意識が飛んでるみたいです。三十分待つのも退屈なので、水をぶっかけて叩き起こします。うん、起きました。じゃあ、頑張れ。
「ふむ、良くなってきたな」
目が覚めたジーク君は顔に表情がありません。でも、立木に向かって剣を振り続けています。何も考えてない様子ですね。思考が停止して剣を振るだけの存在になりました。何も考えないのが良いのか、どんどん剣が鋭くなっていきます。いい感じですね。
そんな状態で、何時間か休みなしで、ジーク君は木剣を立木に打ち込み続けています。当然、木剣も痛みますから、折れますね。でも、ジーク君は木剣が折れたことにも気づかずにひたすらに打ち込みを続けています。なんか飽きてきたので、俺は帰りますね。さようなら。ジーク君もほどほどにしておきなよ。
そして、その翌日、ジーク君の所に行ったら、ジーク君がぶっ倒れていました。何やってんだろうね、この子。ちょっと問題だと思いました。なにせ、一週間近くやらせてるのに、まだ立木が折れてないのです。俺がガキの頃は二日ぐらいで折れたのに、ジーク君はまだ、それが出来ていません。ちょっと頑張らせないといけないと思って、叩き起こします。
「寝るな、起きろ」
ジーク君はキョトンとした様子でした。昨日の記憶が曖昧だとかなんとか。でも、それって関係ないですよね。とりあえず、剣を振らせました。食事は立ったまま済ませます。食後休みなんかいらないですね。泣きそうになってますけど、無視です。
おや、昨日より早く、思考が停止しました。無心というものだとグレアムさんに聞きました。無心になったほうが、剣が鋭くなりますね。いい感じです、剣を振る時だけ無心の状態にさせることが出来れば、いい感じになるかもしれないね。
おっと、立木が折れました。ついでにジーク君も倒れましたね。さて、俺は次の立木を用意しないといけないね。
「速さは大事だ。先手を取り、自分が放てる最も強力な一撃を叩き込む。これが出来れば、そうそう負けることは無い」
ということで、今度は踏み込みと打ち込みを合わせたことをやらせました。立木から離れた所に、ジーク君を立たせ、一気に距離を詰めて立木に剣を打ちこむということを延々とやらせます。
とにかく、ダラダラとさせないように常に全力で動けと言っておきました。それと、気が抜けるのは困るので、剣は絶対に下げさせません。常に構えた状態にさせておきます。
どういうわけかは分からないけど、すぐに無心状態に入り、立木は二日で折れました。
「よく頑張った。次はこれだ」
成長が見られて嬉しいので、俺は立木より良い物を用意してあげました。岩と鉄の棒です。岩は俺の背と同じぐらいの高さがあるものです。
「今度はこれに向かって打ち込み続けろ」
ジーク君が青ざめた表情をしていますけど。頑張って欲しいものです。大丈夫、俺も小さい頃にやってみたら出来たから。十日ほど休みなしでやってたら岩も砕けるよ。経験者がそう思うんだから大丈夫。
というわけで、ジーク君は岩に鉄の棒を叩き込み続けています。うん頑張ってますよ。無心にならなくても剣が異常に鋭くなってきましたし。
まぁ、そうやって、ひたすらに打ち込みばかりやらせるのも可哀想だったので、人とも剣を交える機会を作ってあげてますよ。まだ、一回だけですけど。
相手は冒険者ギルドに乗り込んできた。変な奴でした。黒い髪に変な肌の色をしていました、黄色に近い感じですかね。その人は冒険者ギルドにロマンを感じてるみたいな顔してましたけど、なんなんでしょうね。言っちゃ悪いけど、最底辺の人間が自分の命を担保にお金を稼ぐ仕事ですよ冒険者って。まともな人なら、もっとちゃんとした仕事に就きます。
『冒険者になりたいんだが』とか言っていたけど、ああ、そうですかって感じですね。なりたいなら御勝手にどうぞという感じに応対したのですが、こっちの対応が気に食わなかったのか、『実力を見せたい』とか言いだしました。正直、手合わせは御免です。身体が資本なのに怪我するようなことは皆したくないので、誰も相手をしませんでした。
まぁ、その人も、なんかアピールしたいことがあるみたいで、それを無視するのも可哀想なので、ジーク君と手合わせをさせることにました。ジーク君は冒険者ではないので、怪我しても特に問題はないからです。色々と言いたそうな顔をしていた黄色い肌の人ですが、俺は無視してジーク君に声をかけました。
「彼に勝ったら、今日は休日にでもしようか」
何故なんでしょう、そう言ったら、ジーク君の顔が決意に満ちたものになりました。なんか、殺気が溢れてますよ。黄色い肌の人を殺しても良いぐらいの覚悟になっちゃったよ、ジーク君。
そんなに勝ちたいんだろうか? 俺に良いところを見せたいのかな? でも、黄色い肌の人はそれなりに強そうだから、負けても良いと思うよ、魔力とか凄いし。それに、負けても黄色い肌の人はジーク君を殺さないと思うよ。だって、殺気とかまるでないし。きっとお遊びみたいな感じなんだろうね。
とまぁ、俺がそんなことを考えている内に、ジーク君と黄色い肌の人の手合わせが始まりそうです。場所は王都近くの原っぱです。
ジーク君と黄色い肌の人が向き合います。で、開始の合図はどうするのかな? と、思った瞬間、ジーク君が一気に距離を詰めて、木剣を頭めがけて振り下ろしました。まぁ、礼法なんか考えず、相手をぶっ殺すことだけを考えろと教えてましたしね。教えを忠実に守っていて良いと思うよ。
黄色い肌の人は、全く反応できてません。ちょっと平和ボケしすぎだなぁって思った時には、ジーク君の剣が黄色い肌の人の頭に叩き込まれて、頭が粉砕されました。中身が色々と飛び散っています。即死ですね。
「これで、今日は休みなんだよな!」
うん、休みだぞ。すっごい喜んでますね、ジーク君。いやぁ、幸せそうで素晴らしい。人を殺したことは全く気にしてないようです。まぁ、人死になんて、この御時世いくらでもありますからね。気にしても仕方ないでしょう。
黄色い人の死体は、そこら辺に放っておけばいいかな。冒険者になろうなんて奴は、大抵食い詰め者かゴロツキでしょうし、死んだって誰も気に留めないだろうしね。
そんな感じで、ジーク君は段々と強くなってきてます。成長を見守れるってのは結構楽しいものだ。弟子と師匠っていうのは、こういう感じなのかな? 案外悪くないので、何人か弟子を取ってみようかな。




