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後始末

 

 息絶えたセイリオスを前にしても、俺は地面に腰を下ろしたままだった。

 感慨にふけっていたり、何か思うところがあるわけではなく、単に動く気力が無いだけだ。

 俺自身はセイリオスを殺したことに特に思うところは無い。奴も俺を殺そうとしていたわけだしね。それ以前に、色々と世間の人間に恨まれるようなことをしていたわけだし、死んでも仕方ない奴だからな。そういう相手に今更、何か思うってこともないかな。


 だからまぁ、死んでもなんてことはないんだが、セイリオスが死んだって証拠が欲しい奴いるわけで、俺はセイリオスの首を切り落として、ここから持ち出さなければいけないので、それが面倒くさい。

 まぁ、面倒くさいってのは体が動かないから思うことで、元気だったらすぐに首を落として持っていくんだけどね。


「疲れた……」


 思わず愚痴が声に出てしまうくらい弱ってます。

 左手は見るも無残な有様だし、内臓も散々殴られているんで、かなり傷んでいる。顔もボコボコだし鼻血は出るわ、歯は折れてるわでズタボロですよ。


 それでも頑張って立ち上がろうとは思うんだけど、どうにも体がついてこない。

 こうなってはもう仕方ないと、俺はその場に腰を下ろしたまま、誰かが助けに来てくれるのを待つことにした。

 城からセイリオスを追って隠し通路を通ってくる奴らもいるだろうし、そいつらに助けてもらえばいいや。


 ――そう思って待つことにしたのだけれど、誰か人が来る様子は一向に無い。

 俺はキョロキョロと辺りを見回してみるも人影は僅かも見当たらず、俺の周りにあるのはセイリオスとローブを着た獣心兵の死体だけだ。

 そういえば、その獣心兵は――と、セイリオスが言っていた素性を俺が思い出そうとした矢先、何の前触れもなく、唐突にその獣心兵が光に包まれた。


 俺は何事かと思い、身構えようとするが腕も足も疲労で重たくて何もできない。

 そうしている間にも獣心兵が放つ光は強くなり、その光は俺をも呑み込んで隠し通路を真っ白く照らした。

 ほどなくして、その光は徐々に収まっていく。

 俺も光に呑まれたわけだが、特に何もない。そうして何事もなく光は収まったわけだが、そうして元の状態に戻った時、いつの間にか獣心兵の死体の傍らに立つ人影が現れていた。


 誰だろうか? 俺の知り合いか?

 そう思って、目を凝らして顔を見ようとしたが、俺がそうするまでもなく、その人影は顔を俺に向けてきた。そうして俺が見た顔は絶世の美男子。だが、一度も見たことが無い顔であり、間違いなく俺の知り合いではない顔であった。


 一応言っておくが、美男子と言っても別に褒めてはいませんよ。だって、なんというか、人間という感じがしない男だしさ。いやまぁ、男かどうかも定かではないんですけどね。だって、女性と見まがうような美貌って言うじゃない? そんな感じの男ですからね。

 でもまぁ、なんか作り物めいているような感じも有ったりするんで、そういうので減点されるかな。なんというか、生まれついての顔って感じがしないしさ。

 綺麗な顔に見合った中身でないというか、元々は別の顔の人間だったけれど、何かあって違う体に入ったって感じ? それも違うからだってのが、誰かの好みに合わせて作ったような体だから違和感があるんだよね。

 人間の体って左右対称に見えるけど、実は少し歪んていて、そういう歪みも含めて美人だとか認識するんで、人間の体の場合だと完璧な左右対称って美しさじゃなく違和感の方が強くなるんだよね。

 ちなみ、俺の婚約者のエリアナさんは世界一の美人って言っても過言ではないですけど俺の目測だと、左目の目尻がミリ単位のレベルだけど下がってたりします。ついでに、オッパイも俺の目測だと左の乳房がほんの少し、本当にほんの少しだけ大きい感じがします。


「……………………」


 おっと、見知らぬ美男子が地面を強く踏み鳴らしたんで、そっちを見ることにしましょう。余計なことを考えているのは失礼だからね。

 俺が改めて視線を向けると、その美男子は俺をゴミを見るような眼で見る。完全な見下しの視線で、それは俺が感じたことの無いものだ。

 俺をゴミを見るような眼で見る人自体はいっぱいいたけど、そういう人たちの眼の奥には俺に対する怯えみたいなものを感じんだけれど、この美男子には俺に対してビビっているという感じは無くて、俺を完全にゴミクズだという眼で見ています。


「我はヲルトナガル。聖神ヲルトナガルである」


 はぁ、そうですか。


「驚きで声も出ないか。愚か者であっても、これくらいは分かるということか」


 いや、頭のおかしい奴だなぁって思って何も言えなかっただけです。

 急に出てきて、自分は神様だとか自己紹介する奴には関わり合いになりたくないって普通の人は思うんだが、それがこの人—―ヲルトナガルさん? には分からないんだろうか?

 分かんねぇから言ってるんだろうね。自称、神様なんて誰も信じねぇし、胡散臭いとかしか思わねぇよ。

 そもそも聖神? それは聞いたことがあるけど、ヲルトナガルって名前は知らないしなぁ、聞いたことがあったかもしれないけど忘れてるし、存在を忘れられる神様とか、その時点で微妙じゃない?


「神が地に降り立ち、人の前に立つということがどういうことか貴様に分かるか?」


 さぁ、分かんないっす。というか、俺は何も言っていないんだけど、勝手に話を進めてるのは何で?

 俺が黙っていても俺の気持ちを読み取ってくれてる感じもしないのに、どうして自信を持って自分の話だけをしてるんだろうか?


「分からんだろう? 分からんのも当然だ。そうなるように仕向けたのだからな。貴様は知らんだろうが、貴様に『愚者の呪い』をかけたのは我であり、それによって貴様の知能は本来のものより著しく下がった」


 いや、知ってました。どっかで聞いたことがあるんで。


「それは生まれついての悪である貴様が世界に与える影響を抑えるため。愚か者であれば何も為せないと思ったが故であるが……」


 ヲルトナガルさんが俺に対して憎しみを込めた眼差しを向けてくる。

 なんというか、余裕ぶった態度より似合ってるのが不思議です。


「呪いをかけられているのにも関わらず貴様は世界に混乱をもたらし、平和と安定を乱した。我の――聖神ヲルトナガルの治める世界の秩序を乱したのだ。その上、貴様を討伐するために我が遣わした勇者たちを退け、服従させ、殺害した」


 自称、神様の体が怒っているのかプルプルと震えています。それに、ちょっと涙目になってませんか?


「世界の秩序を取り戻そうとする我の願いを貴様は無にしたのだ。神である我の願いをだ。そうだ、我は――いや、俺は神になったんだ。なのに、なんでこんな思いをしなくちゃならないんだ。

 練習で作っただけの世界で、どうしてこんな嫌な思いをしなきゃならない! なんでNPCもどきの連中に煩わされなきゃならないんだ! 邪魔されないように能力値を下げるまでしたのに――チートを与えた奴らを送り込んだのに――俺の命令を聞く教会の連中も用意したのに――せっかく神になれたのに、どうして思い通りにならないんだ! これじゃ人間だった時と変わらないじゃないか!」


「大丈夫か?」


 訳の分からないことを言って発狂しているので、ちょっと心配になって俺は声をかけました。

 自分を神様だなんて言う頭のおかしい人だけれど、だからって心配しないってのも酷い話だしさ。

 でも、俺が声をかけるとヲルトナガルさんは目をひん剥いて、俺を睨みつけてきました。


「うるさい! 全部お前が悪いんだ! お前のせいで俺が作った世界はおかしくなったんだぞ! お前さえいなければ、俺はこの世界で適当に遊べていたのに台無しにしやがって!」


 綺麗な顔を憎しみに歪めて、ヲルトナガルさんは俺に対して怒りをぶつけてきます。

 俺としてはヲルトナガルさんに何かした記憶もないし、普通に生きていただけなんで、そんなに怒られる理由が分からない。

 それはそうと、ヲルトナガルさんは今の憎しみ塗れの顔の方が似合ってるね。外見と中身が同調してるって感じで、違和感がなくなったからかな?


「もういい、死ね! 死んで俺に償え! 死んでくれなきゃ、俺の気が収まらない!」


 ヲルトナガルさんが俺に手を向けてくる。

 何か分からないけど、たぶん俺を攻撃してくるんだろうね。その攻撃をくらうと俺は絶対に死ぬ予感がある。ついでに、その攻撃は絶対に当たる気がする。

 さすがは神様ってことなのかな? こりゃ絶対に勝てないね。


「滅べ――」


 でもまぁ、喧嘩慣れしてないんだよね。

 俺は攻撃しようとするヲルトナガルさんに向けて、尻餅をついた状態のままズタボロになった左手を振るう。すると、左手の血が飛んで顔に当たり、俺の血でヲルトナガルさんの視界が塞がる。


「なにを——」


 突然のことに驚いて動きが止まり、手で顔に付いた血を拭おうとするヲルトナガルさん。

 俺はその隙を突いて、最後の力を振り絞って立ち上がり、殴りかかる。


「え?」


 俺の動きに気づいたもののヲルトナガルさんは、どう反応して良いか分からずに硬直する。防御でも回避でも反撃でもなく、完全な硬直だった。

 恐らく殴り合いや暴力とは無縁の人生を送ってきてるせいで、咄嗟に反応ができないんだろう。別にそれが悪いわけじゃないが——


「神様だって言う割には、たいしたことがないな」


 偉そうなことを言う割にはたいしたことが無い。神だって言うのも怪しく感じるんで敬意だとかは持つのは難しいね。

 感じる気配から勝てる存在ではないことは分かるけど、それでも喧嘩慣れしてない奴に拳を当てることなんかは楽勝だ。もっとも、今の俺だと当てるだけで限界なんだけどさ。


 俺の拳が自然な流れでストンとヲルトナガルの顔面に当たる。だが、それだけだ。

 俺の拳は触るだけで何の打撃も与えられていない。

 ヲルトナガルが何かした? 違う、俺の体力が限界ってだけだ。限界過ぎて当てるだけで精一杯。その証拠に俺は立ってられなくて膝をつく。


 膝をついた俺をヲルトナガルは呆然とした顔で見下ろしていた。もっとも視界は定まっていないが。

 ヲルトナガルは俺の拳が当たった頬を押さえて、何が起きたか分からない表情を浮かべていたが、それも一瞬で、俺に対する怯えの表情に変わり、次に怒りの形相になる。


「ふざけるな!」


 そんなに怒るなって、神様っぽくないぜ? おっと、自称でしたね。自称神様なんだから仕方ないか。まぁ、自称でも俺を殺せる力があるんだけどね。


 さて、どうしたもんか。俺はもう本当に動けないんだが。

 ヲルトナガルは手を振り上げて、手の平に魔力を集めている。魔法か何かで俺を始末するつもりなんでしょう。避けようと思っても避けられるような状態じゃないからな。これはくらう以外、どうしようもないんだけど、くらったら死ぬしなぁ。


「死ね!」


 ヲルトナガルが叫びながら腕を振り下ろす。

 俺は半ば諦めの境地で、自分の最後を見届けようとしたのだが——


「それは駄目だろ」


 不意に聞こえてきた声。

 そして次の瞬間、ヲルトナガルの胸元から刃が生える。


「自分の思い通りにならないからって、いきなり神々が直接介入をするのはルール違反だ」


 ヲルトナガルの胸元から生えた刃は背中から突き刺した剣によるもので、それを握る者がヲルトナガルに語り掛けている。


「アスラカーズ……!?」


 剣で貫かれてるのにヲルトナガルは平気な様子で後ろを振り向き、自分を刺した相手の顔を見る。

 そして顔を見た瞬間、ヲルトナガルは驚きを露わにして相手の名を呼び、すぐさま泣きそうな表情になる。


 ところでアスラカーズって? どっかで聞いたことがあるような無いような。

 とりあえず思い出すために姿を見てみると、ヲルトナガルとは違ってアスラカーズはシンプルなシャツとズボンを着た一般人に見えた。

 あんまり印象に残らないような、そうでもないような。でもまぁ、どっかで会ったような気がするんだよね。なんでか忘れてるような気がするんだけど、何一つハッキリしないなぁ。


「違うんだ、これは……! これは――」


 腹をぶっ刺されたまま、言い訳しようとするヲルトナガル。

 アスラカーズさん——アスラさんで良いかな? アスラさんは、そのままだと話しづらいと思ったのか、剣を引き抜いてヲルトナガルを蹴り飛ばす。


「言い訳は聞きたくねぇんだよなぁ」


 なんだか、俺は蚊帳の外のようです。

 俺のことは放っておいて二人で盛り上がりだしました。


「上手く治められないから俺が預かってやっていた世界じゃねぇか。それが上向きになって来たから返せって言ってきたのはそっちだろ? 俺はお前の要求を突っぱねてやっても良かったんだが、お前が神になって日も浅いガキだったから、気を遣って勝負をしてやることにしたじゃないか。

 その時だって、普通にやったら俺には勝てないから、俺達がそれぞれ選んだ奴らを戦わせるってルールにしたやったよな?」


「そ、それは……」


「俺の使徒とお前の勇者で戦わせる。俺は一人なのに、お前は何人も用意したよな? その時に明らかに不正チートもしたよな? それはルール違反じゃなかったか? ルール違反だったよな? ルール違反だったんだよ。

 それでも俺はお前のルール違反を見逃してやったんだぜ? それなのに、最後はこれかよ」


 力関係ではアスラさんの方が遥かに上のようだね。

 相当に怖いのかヲルトナガルはアスラさんと目も合わせようとしません。


「別に最初からお前が地上に降りたって、人間相手に無双してるんだったら俺は何も言わねぇよ。でも、これは駄目だろ。自分の思い通りならなかったからって、急に地上に降りて気に入らない奴を殺そうとするとか、ガキの癇癪みてぇな真似をするのはさ」


 気に入らない奴ってのは俺のことかな?

 嫌がらせをした記憶は無いんだけど、いつの間にかヲルトナガルに嫌な思いをさせていたのかな? それなら、ちょっと反省。


「ルール違反を見逃してやってた俺も、流石にここまでされたら黙っていられねぇよ。こんな勝手をするってことは俺を舐めてるのと同然だし、俺にも感情ってものがあるから、舐められたらイラつくんだわ。それに他の神にも示しがつかないんで、ケジメはつけとかないといけない」


「俺をどうするつもりだ!?」


「殺すに決まってるだろ。安心しろ、死んだって何千年かすれば甦れるかもしれないぞ」


「嫌だ! 絶対に嫌だ! 俺はまだ——」


 アスラさんの剣が閃き、ヲルトナガルの首を刎ねる。

 頭が宙を舞い、それが地面に落ちると同時にヲルトナガルの体は光る塵となって消え去った。


 後に残ったのは俺とアスラさんだけ。

 アスラさんは満身創痍の俺を見て、訊ねる。


「取引は忘れてないだろうな?」


 取引ね。えーと、取引したよね。アスラさんと? うん、した——かな?

 ちょっと自信が無いけど、したんじゃなかろうか。どういう取引をしたかは記憶にないけど、したと思う。


「忘れていない」


 本当は憶えていないけど、それをハッキリと言うのは恥ずかしいので嘘をつきました。

 俺の嘘が通じたのか、アスラさんは俺に対して優し気な表情で微笑んでくれました。


「まぁ頑張れ」


 アスラさんの手にあった剣が消え去り、アスラさんの姿も段々と薄くなり、徐々に消えていく。

 それと同時に気づいたけど、いつの間にか俺が負っていた大きな怪我の殆どが治っており、体力も戻っていた。


「後始末はしてやった。後は好きに生きると良い」


 頑張れだったり、後始末だとか、好きに生きろとか、具体的に何のことを言っているか分かんないんですが、できれば説明が欲しいんですが。というか、そもそもアナタが何者なのかって疑問があるんですが——


()()()


 ん? 今なんかあった?


「忘れるのは得意だろ? 俺と神々(俺達)のことも忘れておけ。お前にとっては邪魔な記憶だ」


 何か聞こえたような気がするが気のせいかな。


 それはそうと、俺の手下どもはまだ来ないんですかね?

 セイリオスをぶっ殺してから、しばらく経つけど、セイリオスを追ってくる気配が無いぞ。

 時間が経ったせいなのか、怪我も治ってしまっているし体力も回復してしまったんだが。

 こうなったら迎えを待つより、自分の足で帰る方が良いかな。


 俺はそう思って立ち上がる。

 大きな傷は無くなったが、細かい負傷までは治っておらず、体の節々は痛いままだが、歩くことは問題ない。でもまぁ、セイリオスの首まで持っていくのは無理だから、そっちは誰かに回収してもらおう。


『まったく世話の焼ける奴だ。これでもう面倒を見なくて済むと思ったら清々するぜ』


 俺の背中に誰かの声を届いた気がしたので振り返るが、振り返った先には誰もいなかった。


 幻聴とは不思議なこともあるもんだね。

 俺は気のせいだと思い、それきり振り返ることなく隠し通路を後にした。


『――じゃあ、またそのうちな』


 声が聞こえたが気のせいだと思い、俺は振り返らずに歩き続けた。


 何かあったような気がするが気のせいだ。

 俺は逃げようとしたセイリオスと戦い、セイリオスを倒した。隠し通路であった出来事はそれだけだ。





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