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マイスティア事件


マイス平原で帝国の奴らと最終決戦という話になったものの、ノールのリギエルを何とかする策の成果が出るまでは待機ってことになりました。

お酒でも飲んで英気を養おうかなってマイスティアの市長の厚意で用意された屋敷の中で考えていると、慌てた様子で俺の兵士が屋敷の中に駆け込んできた。


「お頭! ジークの奴が帰ってきました!」


誰それ? なんてことは流石に言わねぇよ。

ジーク君だろ、俺の弟子だけど、なんだか最近そっけなくて、王国へお使いに向かわせたら帰ってこなかったってのが、ジーク君だよね。


「連れてこい」


俺が命令すると、慌てた様子でそいつは走っていきました。それから、俺は他の主だったメンバーを集めるようにも指示を出しておく。俺一人だとジーク君も気まずいんじゃないかと思いますし、他にも誰かいた方が良いと思うんだ。そう思って気をまわしたんだけど――


「………………」


結果として凄く気まずい状況になりました。

屋敷の一室に集まったのは俺とグレアムさんとオリアスにヨゥドリ、それとノールもいます。

俺としては完璧な人選だと思ったんだけど、部屋の中は取り調べとか裁判みたいな雰囲気になっていますね。


ちなみに一番やばい空気を出してるのはヨゥドリです。ヨゥドリはジーク君のことがイマイチ好きじゃないみたいだから仕方ないね。理由は俺らの情報を誰かに漏らしてる可能性があるからだとか。でも、それに関しては大した情報は流せてないし良いんじゃないかって俺は思うんだ。


「――で、どうしてこんなに遅れたか教えてくれないかい?」


グレアムさんは椅子に座っていません。剣の柄に手を置いて、ジーク君の後ろに立っています。

ちなみにあの状態でグレアムさんが仕掛けてきたら、俺でも防げません。俺でも無理ってことはジーク君は当然、無理なわけで、これは死んだかもしれないね。

グレアムさんにとってもジーク君は弟子みたいなもんだから甘い態度を見せるかと思ったら、全然違ったね。殺す気満々ですよ。


「今、話すことじゃねぇだろ? まずは無事に帰ってきたことを喜んでやるべきじゃねぇのか」


オリアスさんはジーク君に甘い態度を見せてます。一応、ジーク君に魔法を教えていたこともあるから、ちょっとは優しい態度のようです。


「部外者なので何とも言えないが、事実関係を整理するのが先決では?」


ノールが冷静な意見を言うとジーク君がノールを睨みつけます。

どうやらジーク君はノールが嫌いなようです。まぁ南部で色々あったからね。戦争を仕掛けてきた帝国の人間を許すことは出来ないとか、そんな話をしてたっけ。まぁ大した話じゃなかったと思うから、気にしなくて良いよな。


「それで何か言いたいことは?」


俺が尋ねるとジークくんは躊躇いがちに口を開こうとするが――


「僕は……」


だけど、ジーク君の言葉は最後まで続かなかった。急に俺達の集まっている部屋のドアが開いたからだ。


「襲撃です! 何者かが市内に侵入しました!」


そんなもん、お前らだけで処理しろや!

部屋に入ってきた兵士にそう言ってやろうとした、その時だ。

俺達のいる部屋に窓の外から何かが飛び込んできた。


なんだ? 俺が、そう思ったのと同時にグレアムさんが動く。

すぐさま剣を抜き放ち、侵入してきた何かに剣を振るうグレアムさんだったが、放った一撃は容易く受け止められた。


「なんだ、こいつ?」


動きが止まったことで、その姿が露わになる。といっても良く分からない奴だった。

狼のような形の兜をつけた黒ずくめの兵士としか言いようがない輩だ。見た感じは大した相手ではないようだが、グレアムさんの一撃を受け止めやがったんだよな。これはちょっと強いか?


そんな風に分析していると別の窓から、もう一人飛び込んできた。

またもや狼の兜を付けた兵士だ。兵士って言うか暗殺者か? まぁ、どっちでも良いか。


「俺はこっちを殺る。そっちは好きにやれ」


もう一人は俺を狙ってるようだし、俺が戦うのが良いかな。そう思って俺は剣を抜き放ち、暗殺者に斬りかかる。敵の動きは悪くない。俺の動きも見えているみたいだし、ちょっと強いかな?

全力で踏み込み、全力で剣を振り下ろす。普通の奴なら必殺になる一撃だ。だけど、そいつは俺の剣を受け止めた。


「思ったよりは強いな」


相手の剣と俺の剣で鍔迫り合いになる。

その状態で1、2、3、4、5。力を入れていないわけじゃないのに、俺と力勝負をして5秒もった。

すげぇな、その時点で並ではねぇわ。まぁ、耐えれたのは5秒だけだったけどね。

5秒が過ぎると耐えきれなくなり、暗殺者は俺に力負けして体勢が崩れる。それに合わせて、俺は剣を振り抜き、首を斬り飛ばした。


「そっちはどうだ?」

「もう終わった」


グレアムさんの方を見ると、グレアムさんの方も首を切り落として始末していました。

まぁ、純粋な剣の腕だけだと俺より上だしね。そうそう遅れは取らないよね。


「結構、つえぇな。何者だろうな?」


オリアスさんが倒れてる暗殺者をつま先でつつきながら疑問を口にするけど、俺としてはさぁ?って感じ。俺が知るわけねぇし、興味も無いっす。


「何者かどうかより、どうして襲ってきたかを考えるべきでは?」


ヨゥドリがそんなことを言いながらジーク君を見ています。


「どうして襲ってきたのか? そして、どうやって、ヴェルマー候がいることを知り、狙いすましたかのような襲撃を仕掛けてこれたのかも、考えるべきではないでしょうか?」


ヨゥドリは視線をジーク君から外しません。ジーク君は居心地が悪いのか、ヨゥドリの視線から逃げるように身を縮こまらせています。


「いや、考えるのは後だ。マイスティア市に襲撃をかけているのは、こいつらの仲間だろう。それの対応が先決で、細かい事情に関しては落ち着いてから調べればいい」


空気が悪くなりそうな中で、ノールが提案してきた。

そういえば、襲撃を受けたとか何とか報告が来ていたね。そんなことを思い出しながら、なんとなく窓の外を見ると、市内に火の手が上がっているのが見えました。

まーた、ウチの奴らが燃やしてんのかな? 全く困った奴らだぜ。でも、いくらアイツらでも自分たちの寝床を焼くかな? 流石に焼かねぇよな? ちょっと自信ないけど、敵が火をつけたのかもしれないし、やっぱり襲撃を受けてるんだろうね。


「それはそうだねぇ。じゃあ、ちょっと様子を見てくるよ」

「まぁ、そっちの方が先だわな。俺もそっちに行ってくるわ」


グレアムさんとオリアスさんが様子を見てくるようです。二人に任せておけば大丈夫でしょう。


「私も状況把握に向かおう。マイスティアの市民や兵を率いている諸将への説明もあるので、状況を自分の目で見ておきたいからな」


そこら辺のことは分からんのでノールに任せます。

俺は細かいことは聞くんじゃねぇ、余計なことは考えずに俺についてくれば良いんだよって感じになりがちなんで、説明とかは苦手なんだよね。それをやってくれる人がいるのは有難いです。


「ヨゥドリ殿にも協力して貰いたいのだが、よろしいか?」


ヨゥドリは未だにジーク君を睨んでいましたが、ノールが頼むとデカい音で舌打ちをして、ノールに同行していきました。時々、行儀が悪くなるから困るよね、ウチの連中ってさ。

ヨゥドリはジーク君の代わりに俺の秘書だったり、執事だったりしてくれるんだけど、ああいう所が良くないよね。その点、ジーク君はなんだかんだ言っても従順だから楽です。


「――さて、二人きりになったな」


――で、みんな出て行ってしまったんで、その従順なジーク君と二人きりになってしまいました。


「こうして話すのも久しぶりな気がするな」


俺自身、口数が多い方ではないんで、面と向かって喋ることもそんなに無かったんだけどね。でもまぁ、ジーク君のことは面倒を見ていたわけだし、それなりに愛着はあるんだよ。だからまぁ、喋る機会はもっと多くても良かったかなって思うのね。


「アロルドさん、僕は……」


なんですかね。なんでも聞いてやるよ。

お小遣いが欲しいならやるし、地位が欲しいなら用意できるよ。名誉ってなると難しいけど、戦いになった時に活躍できそうな場所に置いてやるのはできるから、そこで頑張ってもらうしかないかな?

流石に俺の命が欲しいってなったら無理だから、断るけどさ。


「僕は貴方を――」

「裏切っている――か?」


俺がジーク君の答えを予想して言ってみると、ジーク君は凄く驚いた様子で俺を見てきます。いやぁ、いつになく冴えてるね俺、ちょっと自分に拍手をしたい。


「――知っていたんですか?」

「当然だとも」


隠し事がバレて呆然とした様子のジーク君に俺はしてやったりって感じで痛快な気分になるね。ついでに、どうして知っているのかネタバラしもしちゃいます? しちゃいましょう!きっとビックリして「アロルドさんには敵わないなぁ」ってなるぜ。いやぁ、楽しみだ。


「お前がセイリオスに送っていた手紙は、全て俺が目を通した後の物だ。その上で奴に知られるとマズい情報は消し、改竄した手紙を奴に送っていた」


手紙の改竄はエイジ君の仕事でしたけどね。

まぁ、そういうわけで裏切ったって言っても、別にたいして悪いことはしてないかな?

そもそも、セイリオスの野郎に脅されていたのなら仕方ないよ。だってアイツ悪い奴だし、奴にイジメられてたんだろ?

イジメられてるってバレるのが恥ずかしい年頃だろうし、それを人に言いたくないって気持ちは分かる気もするし、言わなかったことを責めたりはしませんよ。


もしかしたら、セイリオスの命令でコイツらの手引きをしたとかもしてるのかもしれないけどさ。でも俺は死んでないしなぁ。

そもそも、奴が本気なら、こんな雑魚共を送り込んでは来ないだろうし、遊びみたいなもんだからなぁ。そういうので怒るのも俺はどうかと思うんだ。他の人は怒るかもしれないけど、少なくとも俺は怒らないかな?

まぁ、マイスティア市で火の手が上がってるのは良くないかもしれないけど、それは知らんぷりしてりゃ良いじゃん。俺達って山の向こうの人間なわけだし、ここら辺の人とか今後関わることないだろうし、気にしなくても良いと思うんだ。


――というわけで、裏切っていたとしても実害は無かったから気にしなくても良いよ。悪いと思うなら、一応だけど謝罪は受け入れるけどね。

そうじゃないと気が済まないってこともあるかもしれないし、最初から許してるわけだけど、改めて許すってポーズを取る面倒くささもジーク君のためなら我慢してあげましょう。まぁ長い付き合いだしさ。


「――――っ……!」


おっと、感謝のあまり震えていらっしゃるぜ。やっぱねぇ、俺みたいに寛容な人は世の中に少ないからね、ありがたみを実感してるんだろうね。


「最初から知っていたんですか?」


勿論だと俺は頷きます。

最初から分かっていたけど、ジーク君の自主性ってのを重んじて、放っておいたんだよね。


「最初から知っていて、僕のことを放っておいたんですか?」


そうだよって俺は頷く。


「貴方は――」


俺が凄いって話かな?


「貴方は全て知っていて何もしなかったんですか? 僕が助けてほしいと思っていても何もせずに、ただ僕を見ているだけだったんですか!?」


え? 助けてほしかったの? ちょっと悪の道に入ろうかなって感じの子供時代特有のアレでセイリオスに協力してたんじゃないんですか? もしかしてガチで脅されていたパターン?


「僕が苦しんでいるのを知っていて……僕がどんな気持ちでアイツに情報を流していたかも知っていて、それで放っておいたのか!」


いや、ガチで脅されてるなら俺に相談しようよ。俺に話しにくいなら、別に俺じゃなくても誰かに言えば良いじゃん。

弱い所を見せるのが恥ずかしいとか、言っても相手にされないとか思ってるなら、それは間違いだからね?

マジでヤバそうなら、キミの弱い所を笑うより先にキミの状況を何とかするし、相手にされないと思ってるなら、周りの人間を低く見過ぎ。放っておけば厄介なことになるって分かるんだから、誰かは助けてくれるって。


「少し落ち着け」


ちょっと冷静になろうよってつもりで言ったのだけど、逆効果でした。


「アンタは僕が苦しんでいるのを知って、それを眺めていたんだな! 僕を愚かだと笑っていたんだろう。すぐに助けることも出来たのに、もがく僕を笑っていたんだな!」


いやいや、そんなことは無いって。興奮せずに落ち着こうぜ?

俺は落ち着いてるからジーク君も落ち着いてね。


「アンタもアイツと同じだ。世の中全てが自分の思い通りなると思ってる。僕たちがどんな思いを抱いて生きているのか知っていながら、それを無視して自分の都合のためだけに操っているんだ」


ちょっと雲行きが怪しくなってきました? ジーク君、興奮しすぎじゃない?

俺としてはジーク君のやってることは全部知っていたけど、問題ないから戻って来なよって言って。ジーク君もそれなら良かったって感じで何の問題も無く終わるはずだったんだけど――


「アンタなら助けてくれるんじゃないかって僕が思ったのもアンタの思惑通りなんだろうな」


いつの間にか俺の呼び方がアンタになってませんか?

そんなにイラつくことないと思うんだけどな。だって、アレだろ?

セイリオスに脅されて、罪の意識を抱きながらも俺に隠れて奴に情報を流していたけど、全て俺に筒抜けで、その上で見逃されていただけじゃん。助けてって言われなかったから助けなかったけど、それってそんなにイラつくことか?

俺はイラつかんけど、ジーク君にとっては、イラつくことなのかもしれんけどさぁ! それも言われなきゃ分かんねぇって!


「アンタを頼ろうとした僕が間違いだったよ。アンタもセイリオスと同じだ。自分のためなら、どれだけの人間が苦しもうと構わない人間だよ」


馬鹿を言え。俺は他人が可哀想なのは嫌だぜ。

ただし、苦しいとか悲しいとか辛いとか言われないと、どんな状況か正確に判断できないだけだ!


「待て」

「もういいよ。アンタのことなんか、もう知らない。もっと早く僕を助けることが出来た筈なのに、それをしてくれなかったアンタに期待なんかしない」


俺が呼び止めるのも聞かずにジーク君は俺に背を向け、そして去り際に言うのだった。


「アンタとはお別れだ。もう二度と会うこともない」


そう言い残し、ジーク君は走り去っていった。残された俺はその場に立ち尽くし、その背を見送るだけ。

まぁ、そのうち戻ってくるんじゃないかなって思ったんで、追いかけて俺の所に無理やり繋ぎ止めるのジーク君の自尊心を傷つけるんじゃないかなって思ってやめておきました。既に一回、傷つけてるわけだし慎重に動かないとね。


「ジークは?」


ほどなくして、グレアムさん達が戻ってきて、部屋の中で一人佇む俺に質問を投げかけてきた。

揉めて逃げられたって言うのも恥ずかしいんで、ちょっと嘘をつくことにする。


「王都に潜入させた」


これならジーク君が帰ってきた時にも言い訳がつくんじゃないかな?

咄嗟の出まかせだったけど、我ながら最高の嘘だと思う。グレアムさん達の俺を見る目が微妙な感じもするけど、きっと称賛の意味だろうと思うことにします。まぁ、これでジーク君は戻ってきても大丈夫だろうから心配ないだろう。


――で、マイスティア市に襲撃をかけてきた連中に関してだけど、そっちは特に問題なく終わりました。俺にとっては事件と言えるような出来事はそっちではなく、ジーク君のことでした。











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