呼び集められた者たち
王国貴族側の兵は、今回の戦は楽な相手だと何度も聞かされていた。だから、混乱も大きかった。目の前にいるのは東部の軟弱な兵などではなく、どう見ても歴戦の兵で、それが完璧な統率のもと動いている。
どうするべきかと兵士たちは周りを見回すが、互いに青い顔で顔を見合わせるだけ。指揮官はどうなのかと探すが、指揮官も青い顔で目の前の敵軍を見ている。
そうして困惑している王国軍に対し、東部軍は速やかに行動を開始する。
「突撃」
ノールが号令をかけると、東部軍が一斉に敵軍目掛けて走り出した。
作戦などは用いない力押し。戦力が充分にあるなら余計な策など必要ないというのがノールの持論だ。
策を練るのは実際に戦いが始まる前までが好ましく、それまでに陣容を整えるのが指揮官の仕事で、戦いの時に兵が余計な仕事をせずに済み、余計なことを考えて戦闘以外のことに思考を割くことが無いようにしてやれるのが良い指揮官だとノールは考えていた。
東部軍の先陣を切るのは帝国からノールが連れてきたドラケン族の戦士たち。
青い肌に金色の瞳という人外じみた容貌から迫害されていた種族であるが、見た目以外は人間と大差なく、話せば気の良い連中だった。もっとも、身体能力は普通の人間とは桁違いで、その身体能力に裏打ちされた戦闘能力も極めて高い。
馬よりも早く駆けるドラケン族の兵士が槍を片手に王国兵の前衛に襲い掛かる。一突きで2、3人の兵士を槍に串刺しにして振り回し、王国の前衛をかき乱す。ドラケン族の兵の数は百人ほどだが、その百人の突撃で、万を超える数の貴族の軍勢が揺れた。
確かに戦は数が多い方が有利だ。だが、それは絶対ではないとノールは確信している。
仮に1000対10で戦うとして、数字だけで見たら1000の方が絶対に勝つようにみえるだろうが、最初の一合で10人側が一人当たり10人倒したらどうなるだろうか? それでも1000の側は900人残っているが、残りの900人が戦意を維持して同じように戦えるだろうか? 10人相手に我先に襲い掛かれるかというと、難しいだろう。死の恐怖がある以上、先にやられた100人と同じようには戦えないはずだ。そうして敵に臆してしまえば、900人いようがマトモには戦えない。
実際、ノールはそれと同じようなことになって敗れたので、実体験からその結論に達した。
敗れた相手は王国へ侵攻した時に戦ったアロルド・アークス。あの時はアロルドとその手勢に良いようにやられて、帝国は勢いを失った。向こうの方が少数だったのにも関わらず、その勢いを止めきれずに、こちらの気勢を削がれたからだ。
一度失敗した以上、同じ轍は踏まないとノールは考え、兵を動かす。
数で負けているなら勢いで相手を制し、相手の気勢を削いで、兵の戦意を失わせる。
数も大事だが、その際は数的な優位を根拠に兵の気勢を維持している場合が多い。そういう場合は数的な優位に根拠が無いと錯覚させる。または、その数的な優位が自分の命を守る上では何の役にも立たないということを感じ取らせれば、最前線に立つ兵士は臆する。
「ドラケン族の側面について、包囲を防げ」
ドラケン族の突撃が効いたのか、敵軍の動きは鈍い。だが、それでも止まっているわけではない。なんとか立て直し、先陣を切った結果、単独で突っ込んだ形になったドラケン族の部隊を包囲しようと貴族軍が動き、それを防ぐようにノールは東部軍を動かした。
連絡役の冒険者が魔法を応用して、戦場の部隊に指示を送る。
その手法は〈探知〉の魔法を用いたもので、それぞれの部隊に配置された〈探知〉の魔法で遠距離から互いの姿を確認し、予め決められた手の動きで命令についてのやり取りをするという物だった。
後にこれはアドラ王国において手話の原型となるのだったが、それは余談である。
この手法により、戦場ではノールの命令は時間差が無く、全部隊に届けられる。
同じようなことはヴェルマー侯爵軍でも行っていたが、そちらのほうはノールの感覚では無駄が多かったので、それを改良して使いやすい形にしていた。
そのためもあってか、命令の聞き間違いも少なく、東部軍はノールの命令に従って速やかに行動が出来ていた。
ドラケン族の側面についたのは、ケイネンハイム大公が取引している東部の更に東、海の向こうの島国から、戦の助っ人として呼び寄せた戦士たちだった。
王国と違う人種、違う文化を持つ彼らは褐色の肌に革の鎧を身に着けている。伝統的に金属を用いない彼ら装備は一見すると貧弱で戦力的には大したことが無いように思えるが、その実、極めて強力な戦力だった。彼らは全員が王国人の言うところの魔法――彼らの文化では呪術の使い手である。つまりは魔法を戦士であるので弱いわけが無い。
ハイアン人と呼ばれる彼らは石の武器を構えて、ドラケン族を包囲しようと動く敵兵に襲い掛かる。
石の短剣を構えて突っ込んでくるハイアン人を王国兵が侮るが、直後にその首がハイアン人の呪術によって刃が伸びた石の短剣で切り落とされる。
何が起きたのかと驚愕の表情を浮かべた兵士が呪術で焼き払われる。
魔法使いと判断し、接近戦ならばと近づく兵士がハイアン人の持つ石の槍で鎧を貫かれて息絶えた。呪術によって硬化した石の槍は金属の鎧を容易く貫く。
ハイアン人の戦士というのは、まず槍を使えて一人前と扱われ、その上で呪術の習得を義務付けられるので、接近戦は下策なのだが、そんなことは知らない王国兵が無謀に接近戦を挑み、ハイアン人の槍で貫かれていく。
「思っていた以上に強いな」
魔法を使えて、近接戦もこなすハイアン人はノールの想像していた以上の戦力だった。しかも、これが1000人以上おり、ケイネンハイム大公の話では3000人までは問題なく動員できるという。
こんな戦力をどこでとノールがケイネンハイム大公に聞いた際、大公は若い頃に船で東の海を旅していた時に出会ったのだと言った。
その当時、ハイアン人は滅亡の危機にあったのだが、それをケイネンハイム大公が救ったということで、ハイアン人は大公に並々ならぬ恩義があり、そのために今回の戦にも助っ人として参戦したのだとノールは聞いた。
それが真実かは定かではないが、なんにせよハイアン人が貴重な戦力が参戦してくれているのは事実なので、ノールにとってはそれだけで充分であり、深く追求するようなことでもなかった。
「騎兵が動く。徐々に後退しろ」
ノールの命令に従い、敵軍と刃を交えていたドラケン族とハイアン人の部隊が徐々に後退を開始する。
散々やられたためか、後退する東部軍を貴族軍は追いかけようとはせずに、逆に自分たちも後退して、少しでも距離を取ろうとしていた。不甲斐ない自軍に業を煮やしたのか、それと入れ違い貴族軍の騎兵が前に出て、後退する東部軍の部隊を追いかけて攻撃しようと動いていた。
「戦列兵を前に」
対して東部軍はというと後退するドラケン人たちと入れ違いに前に出たのは東部人の部隊。銃を手に緊張と恐怖で顔を青ざめさせているが、何とか戦意は保てていた。
東部人の部隊は横一列に並んで前進し、ドラケン人たちの前に立つ。我先にという感じではなく、列を乱さないように歩幅を合わせて進む姿は貴族側の騎兵にとっては滑稽で的にしか見えず、踏みつぶす対象として馬を加速させ、突撃する。
「目は閉じて良い。号令に合わせ、構えて――撃て」
ノールの命令が東部人たちの指揮官のもとに届く。そして指揮官の号令を受けて、東部人の兵は一斉に引き金を引いた。
銃口が火を噴き、銃声が重なり、大音量となって戦場に轟いた。放たれた弾丸は横一列に並んだ兵と同じ数だけ、横一列になって飛び、突撃する騎兵の集団に襲い掛かった。
放たれた弾丸は、騎乗する兵に当たったものもあれば、馬に当たったものもあり、効果はまちまちで落馬した者もいれば、そのままの者もいるが、足を止めなかったものはおらず、騎兵突撃はそこで勢いを停止した。
「もう下がって良い。戦士たちは前へ」
東部人の兵士たちは自分たちの撃った弾が当たったのかも確認すらせず、一目散に後退し、それと入れ違いにドラケン人たちとハイアン人の部隊が足を止めた騎兵に襲い掛かった。
これが東部人の兵の使い方である。ノールは東部人の運用を限定し、こう用いることにした。
なにせ、銃を撃つ時に目を閉じるのだから、狙いをつけて撃たせていたら絶対に当たらない。なので、狙いをつけなくても良いような撃ち方や、それをするための方策を考えた。その結果が横一列になって銃を撃つというだけの戦列兵という役割である。
余計なことをさせても役に立たないが、だからといって遊ばせているのも良くないので、余計なことはせずに最低限の仕事ができるような配置を行った。
逃げ足は速いので、撃ったらすぐ下がるという指示だけは順守できるので使い道はいくらでもある。
「騎兵――前へ」
敵の騎兵はドラケン族とハイアン人の部隊が排除してくれた。残るは歩兵だけだ。ノールは決着をつけるために騎兵を動かす。それは帝国の旗を掲げる部隊である。
自分が行った王国侵攻の折に、捕虜となって王国に残された帝国兵。アロルドが捕虜の安全を約束した結果、生き残った者たちであり、ケイネンハイム大公がライレーリアの率いる帝国軍が帝国に侵入した際に、密かに南部の捕虜収容所から回収していたノールの直属の兵達だ。
「突撃」
ノールの指示に従って騎兵が突撃し、残っていた貴族軍の歩兵を蹂躙する。
長い捕虜生活の鬱憤を晴らすかのような戦いぶりに、敵兵が逃げまどい、背を向ける。
兵の逃げ腰に影響されたのか、指揮官らしき者たちも東部軍に背を向け始めた。彼らを率いてきた貴族達も既に撤退の構えを取っている。
「確かに背を向ける相手を切りつけるようなことはしないと約束したが――」
貴族軍の背後から、旗も掲げず装備もバラバラな集団が攻め寄せる。それはドラケン族の少女を先頭にした冒険者たちの部隊であった。
確かに背後からは攻撃しないと言ったが、少女の率いる部隊は撤退を決めた貴族軍の正面に立っているので、攻撃しても問題は無いはずだとノールは思う。自分たちの方からでは背中しか見えないので、攻撃はしないが、少女の方は出来る。
「さて、掃討しようか」
最初から逃がすつもりは無い。そうするようにケイネンハイム大公から頼まれているのだから、傭兵として雇われているノールには断ることは出来ない。
背中から斬りつけるような真似はしないが、包囲するのは問題ないだろうと、ドラケン族とハイアン人の戦士たちが貴族軍に詰め寄る。
撤退する逃げ道を冒険者たちが中心の部隊に塞がれ、完全に包囲された形になった貴族軍は程なくして降伏の使者ををノールのもとへと送り、自分たちの敗北を伝えるのだった。
━━まずは一歩。
捕虜として連行される王国兵の姿を見ながらノールは思う。
これを繰り返していけば、やがてはライレーリアのもとへ辿り着く。そのために海を渡って王国にやって来たのだ。
裏で糸を引き、自分を戦争へと送り出したライレーリアに落とし前をつけるまでは立ち止まるわけにはいかない。
王国から脱出した後、ノールは親交のあったドラケン族の里で潜伏生活を行いながら、自分を戦争に送り込もうと画策していた人物を探り、ライレーリアへと辿り着いた。しかし、その時にはライレーリアは王国へと向かっており、それが極秘の軍事行動であるためノールはライレーリアの行方を知ることが出来なかった。
そんな折に、アロルドからの手紙を携えた冒険者が、ノールのもとへとやってきた。ケイネンハイム大公が建造したという大型船に乗って。
手紙の内容は城を手に入れたから見に来いという友人に送るような手紙であったが、アロルド程の人物がその程度のことで手紙を出す筈は無く、その程度のことで船を出す筈が無かった。
そもそも王国と帝国間を結ぶ海は強力な魔物が生息しており、危険なために航海は不可能はずなのにも関わらず、それを可能としたケイネンハイム大公の船を手紙を届けるためだけに使うはずがない。
さまざまな要素から、ノールはアロルドから送られた手紙の意味について考えた結果、王国で何かがあるという考えに至った。
ノールは直感に従い、王国へ戻るケイネンハイム大公の船へとドラケン族の戦士たちと共に乗り込み、王国へと向かい、そして今に至る。
過程はどうであれ結果として王国は強力な援軍を手に入れた。それが何の意図も無かった物でも、勘違いの産物であったとしても、運命は王国ひいてはアロルドにとって有利な方向へと進んでいた。




