ハウゼン平原の戦い
脳が疲れているのか言葉選びにつまるし、言葉が思いつかない
連合軍の軍勢は斥候からの報告を受けて、ハウゼン平原をそのまま進んだ。
横に5人の列が、縦に延々と続いている様は壮観であった。行軍の列の中ほどにはヒンメル公爵を含めた連合軍を形成する貴族たちの中核となる人物たちが重装の精鋭たちに守られながら進み、先頭にはフォルガン将軍を筆頭とした武闘派の貴族達が進んでいた。
貴族もそうだが、共に進む兵達の顔にも緊張感は無い。自分たちは大軍であり、道すがら挑んでくるような者たちはいないだろうということと、戦闘はまだないだろうという油断が緊張を奪っていた。
そうして緩んだ気持ちでハウゼン平原を進もうとしたその時、事件は起こった。
先頭で進むフォルガン将軍のもとへ列の最後尾を警戒していた騎兵の内の一騎が慌てた様子で駆け寄ってきたのだ。
「後方が襲撃されています、救援を!」
行軍の列は縦に長く伸びてしまっている。物資を運ぶ荷車などの足の遅さが原因で自然とそうなってしまい、そのため狙われる危険が高いことはフォルガン将軍も知っている。しかし、まさか攻撃されとは考えていなかった。
帝国軍の勢力圏は王都の周辺であり、その外側に拠点らしいものはない。対して連合軍はその外側から王都に向かって動いている。連合軍の背後を取るためには、王都周辺から外へ向かって大きく回り込まなければならない。しかし、そんな動きをすれば連合軍側も察知できないわけが無い。仮に大軍であったなら、帝国の勢力圏ではない場所で動けば目立つ。
「敵は少数だ。落ち着け!」
フォルガン将軍は帝国軍は少数の兵で連合軍の勢力圏内に潜入し、自分たちに奇襲をかけてきたのだと推理する。その推理は当たっており、実際に奇襲をかけてきたリギエルの兵は連合軍の3万という数に比べれば、少数であった。
「救援は送らない。数では負けていないのだから、冷静に戦えば対処できると後方の部隊長に伝えろ」
後方は兵の質に関して劣るものも多いが、物資の護衛の任には可能な限り優秀な兵を就けている。そうそう遅れは取らないはずだが……そうフォルガン将軍が考えた矢先のことである。
「後方の敵に対して兵が勝手に展開を開始! 収拾がつきません!」
最初に来た騎兵に命令を伝え、列の後方に送り返そうとした矢先に後方から別の騎兵がフォルガン将軍の元に駆け寄ってきた。新たな報告から、フォルガン将軍は練度の低い兵が勝手をしたのだと理解した。
敵が来たから、とりあえず囲んで倒そうと思い、勝手な行動を取ったのだろう。
それぞれの貴族が領地から徴兵した者も多く、正規の訓練を受けた兵でもないので逃げ出さないだけでも褒めるべきではあるのはあるのだが、勝手に動いたことは許されない。
列の後方から騒ぎが聞こえてくる。フォルガン将軍は先頭から横へ飛び出し、その位置から後方の様子を確認しようと試みた。しかし、それをしようにも見下ろせるような高さも無い平原では列の後方で兵たちが固まっているくらいしか確認できない。
「フォルガン将軍、後方が奇襲を受けたようだが、我々はどうすればいい?」
列の中ほどにいるヒンメル公爵たちの護衛の兵がフォルガン将軍の指示を仰ぐ。
そう言っている最中に、列の中ほどにいた兵も展開し、奇襲をかけてきた後方の兵に対応するために陣形を組み始めた。このままだと流れで戦闘になる。恐らくは奇襲をかけてきた帝国軍は少数であるから、対応は出来るが……フォルガン将軍が考えこもうとしたその時、後方からの伝令が更なる報告を持ってきた。
「敵の増援です!」
その報告を聞き、フォルガン将軍は即座に判断を下す。
「我々が後ろに向かい敵を迎撃する。公爵閣下には我々と入れ違いに列の先頭へ来てもらう」
公爵閣下や連合軍の中核となる貴族の身はなんとしても守らなければならない。そのためには敵が来ている後方から遠い、先頭の位置に移動してもらうべきだ。
安易ではあるが、敵から遠ざけるのが身の安全を図る上では得策だろうとフォルガン将軍は考えたのだった。こんなことならば、軍に同行せずに領地で大人しくしてもらっていて欲しかったとも思うが、公爵たちは何としても一番先に王都に乗り込み、王都を解放することに貢献したという証を立てたいと言うのだから、伯爵であるとはいえ家の格で落ちるフォルガン将軍には同行を拒否することは難しかった。
「後方の救援に向かうぞ、私に続け!」
兵に指示を出し、フォルガン将軍は馬を駆り先陣を切る。その後に続いて兵も動き出す。
先頭の列が左右に分かれ、後方に向かおうとする中で、中ほどの部隊が代わりに先頭に陣取る。ヒンメル公爵の乗る馬車を含めた、貴族の馬車がフォルガン将軍がいた場所に集まり、その周辺を護衛の精兵たちが固める陣形を組む。
本来であれば、戦場の後方に敷いた陣から戦の様子を眺めるだけであったはずなのに、貴族たちは思いもかけず当事者になってしまっていた。
「物見遊山は良くねぇよなぁ」
戦場の様子を遠くから眺めるリギエルとルベリオ。
最初は壮観であった連合軍の軍勢も今はグチャグチャで見るに堪えない。
「後方からとの奇襲に焦った兵が勝手に散らばって戦おうとし、それを見て、真ん中のお偉いさんたちの護衛がお偉いさんに危険が及ばないように戦いの体勢を整える。
でもって、お偉いさんたちを守らなきゃいけない将軍さんはお偉いさんを危ない目に遭わせたくないから、戦わせないために自分が出向かざるをえない」
リギエルの視界の中で先頭を進んでいた兵たちが後ろに回り込もうとしていた。
「もう少し頭の中をグチャグチャにしようか?」
リギエルとルベリオの横を騎兵たちが駆け抜けていく。
リギエルの後ろは平原と森の境目、兵を隠しておくには最適な場所だ。
「側面に騎兵!?」
共に後方へ向かう兵が驚きの声を聞き、フォルガン将軍も横を見ると、平原の端の森から騎兵が姿を現したのが見えた。だが、騎兵が現れた森は平原の端だ。対して、自分たちは平原の中ほどにいる。騎兵が駆けたとしても、自分たちの場所に到達するまで馬は速度を維持できず、突撃の要となる勢いも弱まる。ならば、耐えきれなくはないはず。
そう思い待ち構える連合軍の兵に対し、帝国軍の騎兵は馬上で銃を構える。
その瞬間、フォルガン将軍は自分の考えが間違っていたと気づいた。帝国の騎兵は突撃のために近づいているのではなく、銃の間合いに入るために近づいていたのだと。
それをフォルガン将軍が気づいたときにはもう遅い、帝国の騎兵は前進しながら連合軍の側面に騎乗射撃の一斉射を叩き込んだ。
射程がまだ遠かったため、命中した数はそれほどでもないが、その一斉射撃は連合軍の統制を乱すのに十分な威力を見せた。
左右を後ろに向かって進む兵に挟まれながら、逆に前進をしていた列の中ほどの部隊は側面からの突然の攻撃に足を止め、銃撃を受けた側に向き直る。
「銃兵、前に出ろ!」
帝国が銃による攻撃を行ってきたなら、こちらもそれに対抗するだけだ。ヒンメル公爵は虎の子の銃兵部隊を迎撃に向かわせるためにフォルガン将軍を通り越して命令を下す。
ヒンメル公爵の命令を受けて銃兵は側面の帝国騎兵へ攻撃を加えようとするが、側面にはフォルガン将軍の率いる部隊がいる。そのため射線が無い銃兵は射線を確保しようと、将軍の率いる部隊を押しのけ、前衛に立とうとするのだが――
「バタついてるなぁ」
百や二百って数で動いてるわけではなく、数万という数で動いているのだから、そういう動きをしようとした処で上手くいくわけが無いとリギエルは呆れた顔で連合軍の動きを眺めていた。
そうして連合軍の動きが滞ってる最中、帝国騎兵は進行方向を変えて、連合軍の側面から前方へと回りこもうとする。リギエルの指揮下の騎兵は重装を主とする王国の騎兵に対して身軽であり、その分だけ馬の脚も速くなる。その速度によって連合軍がバタついている中、帝国騎兵は前方への位置取りを終える。
「救援に回れ!」
前方にはヒンメル公爵を含め、貴族の乗る馬車がある。足の遅い馬車では襲い掛かられた逃げる手段はない。だが、そのために護衛の精兵が存在する。
「攻め込ませるな!」
護衛の重装騎兵たちが行く手を塞ぐように前方へと回り込んだ帝国騎兵に突撃を行う。だが――
「はい、残念」
リギエルの視線の先では突撃した王国の重装騎兵が次々に転倒し、落馬する光景が繰り広げられていた。
「こっちは、ここで戦うって決めてたんだぜ? それなりの準備はするって」
ルベリオは何をしたのかとリギエルに問うような眼を向ける。
その視線に気づいたリギエルはたいしたことじゃないと言うかのように肩を竦める。
「ちょっと穴を掘っておいたんだわ。穴って言っても深い物じゃなく、拳よりちょっと大きくて、スコップで一回掘れば出来る程度の穴。その上に柔らかい土を被せておいたんだ。穴って言っても深くはないから、歩く分には問題ないけれど、全速力走っていた場合、つまづいて転ぶんだよ。馬だったら足をくじいて転倒かな? 普通の馬ならヨロヨロってなるかもしれないけど、重装騎兵だからね乗せてるのが重くてバランスの悪い奴らなんだから、よろめいたらそれで終わりだよ」
「そんなことをいつの間に」
「いつの間にって、王都を占領した直後だよ。俺はすぐに戦いになるって分かってたから速攻で準備をした。でもって、戦場にするならここが良いと思ったら、さっさと使いやすい戦場に変えていたってわけ」
地面が柔らかいというのも調べがついていたので穴を掘っておいた。地面が柔らかいからスコップで一回掘るだけで、必要な物ができるのだから手間がかかる物でもない。
その際、リギエルは自分の兵にどの位置が安全か周知させており、常に安定した足場を走れるようにさせている。準備という面でリギエルはこの戦場にいる誰よりも周到だった。
「小手先の技ってのは本気でやってる最中にこそ良く効くもんさ」
リギエルの目論見通り転倒した騎兵たちを見下ろしながら、帝国騎兵は悠々と銃に弾を込め、再び一斉射撃を行う。今度は動きが止まっており、なおかつ距離も近いため、相当の兵が銃弾に斃れた。
「そろそろ逃げ道を開ける頃かな?」
後方から連合軍に襲撃をかけていた部隊が二つに分かれる、
それは撤退するような動きを見せつつも、そうではなく、連合軍の左右両側面へと回り込む動きを見せる。
撤退するような動きを見せたことで、それを追撃しようとするが、兵の数の多さと装備の重さのせいでそれもままならない。
後方を襲撃した帝国兵は王国兵に比べて遥かに軽装であり、その身軽さゆえに俊敏に動くことができた。結果、追撃をかけようとした王国兵は陣形を乱すだけで終わり、その間帝国兵は左右の側面に移動することに成功する。
目まぐるしく動く戦場にフォルガン将軍は混乱していた。
帝国軍の動きが速すぎる。対応しようにも、その策を考えている間に次の段階に移っている。
フォルガン将軍の率いる隊の正面には先ほどまで騎兵がいたはずだが、今は後方に奇襲をかけた帝国兵が陣取っている。
「まずは目の前の敵を――」
言いかけている最中に前方にいたはずの帝国の騎兵が左右に分かれて両側面についていた。今度は何を――
フォルガン将軍が何を仕掛けてくるつもりなのか考えようとするが、その答えが出るより早く帝国軍は連合軍の伸び切った行軍の列の両側面へと突撃を仕掛けた。
数では帝国軍は遥かに少ない。だが、対する連合軍も攻め寄せてくる敵兵に対し、マトモに相対できるような状態ではない。両側面からの挟撃のため、連合軍側で迎撃できるのも側面の部隊だけ。挟まれた真ん中の部隊は混乱のさなかにあり、すぐに動ける状態ではない。
後方の部隊は正面に立っていた帝国の部隊が移動したため、逃げ道が空いている。前方の部隊も転倒した重装騎兵が邪魔だが、歩兵はそれを避けて逃げることが出来る。しかし、公爵たちの馬車は無理だ。
「こちらの方が数は上だ、散らばらずにその場で耐えれば――」
命令を下そうとしたフォルガン将軍の胸元に流れ弾が辺り、フォルガン将軍は最後まで命令を伝えられずに落馬する。その弾は、帝国が撃ったものではなく王国の銃兵が放ったもの。混乱に陥ったその兵士が思わず引き金を引いたことで放たれた弾丸、不運にもフォルガン将軍の胸に直撃したのだった。
フォルガン将軍が最後の命令はそれが全軍に正しく伝えられれば、リギエルの目論見を打破するにはいかないにしても、最悪の結果となることはなかった。だが、不幸な偶然からそれは果たされずに終わる。
その結果、リギエル率いる帝国軍の挟撃を受けた連合軍は行軍の列を中ほどから前方と後方に分断された。
後方の兵は指揮や練度の低さ故、逃亡する兵が後を絶たず、逃げる兵の流れに逆らえずに後退を余儀なくされ、後退はやがて撤退へと変わっていった。しかし、撤退した者たちはリギエルの率いる部隊の襲撃を受け壊滅することなった。
前方にいた公爵たちは護衛の重装騎兵たちの屍を踏み越え、王都へ向けて前進することでハウゼン平原から脱出ことに成功する。しかし、その後に待っていたのはホーデンの丘に展開する万全の状態の帝国本隊との決戦であった。当然、ヒンメル公爵たちに勝ち目があるわけもなく連合軍は大敗。ヒンメル公爵ほか、連合軍の中核をなす貴族達もことごとく討ち取られた。
こうして王都を帝国の占領から解放するために結成された王国貴族連合はハウゼン平原の戦いを切っ掛けに壊滅的な被害を受け、王国貴族は帝国に対抗する力を失ったのだった。