表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/273

戦いの幕

 

 本隊への合流を急ぐ貴族たちの軍勢に対し、反帝国の中核を為す有力貴族たちが集まった本隊は順調に王都への道を進んでいた。合流しようとしていた貴族たちがリギエルの襲撃で道を阻まれていたのに対し、彼らは何の邪魔も無く悠々と軍を進めていた。

 何の問題も無い進軍、唯一問題があったとすれば、自分たちの軍勢をなんと呼ぶか議論になったくらいだ。貴族たちは自分にゆかりのある名をつけようとしたものの、皆が自分の名をつけようとするせいで中々決まらず、最終的には無難に王国貴族連合軍という名に決まった。

 最終候補には王都解放軍という名もあったが、その名だと王都を帝国から解放したら、解散しなければならなくなりそうだったため却下された。連合軍を組織する貴族たちは帝国がいなくなった後も、この軍勢を維持し、軍事力によってアドラ国王から権力を奪取しようと画策していた。

 王国貴族連合軍の代表は現アドラ国王の弟にあたるヒンメル公爵であった。ヒンメル公爵は兄に王位を奪われたという客観的には被害妄想に近い考えに囚われており、常々機会があれば、王位を奪取しようと目論んでおり、今の状況はまたとない好機であった。


「大公どもから連絡は無いのか?」


 軍議の場でヒンメル公爵は他の貴族達に訊ねる。

 軍議と言っても特に話すことは無い。今の所、連合軍の本隊は順調な行程で進んでおり、進路の確認をする程度しか話し合いをする必要はないと考えていた。


「連絡はございません、閣下。北部大公は王城を脱出した後、行方知れず。東部大公は健在でしょうが、どういうわけか我々に対して、なんの連絡も寄越しておりません」


 連合軍の中心を担う有力貴族の一人が答え、ヒンメル公爵は苦々し気な表情を浮かべる。

 北のノーゼンハイム大公と東のケイネンハイム大公は王国において強い力を持つ者たちであり、彼らの協力があれば事は容易に進むのだが――


「西部大公と南部大公は……」

「捨ておけ」


 オレイバルガス大公とコーネリウス大公は頼りにならないので数にはいれていない。

 同じ大公でも前の二つの家と比べると遥かに格が落ちる。アドラ王国で大公というのは地方貴族のまとめ役に過ぎないので、大公だからといって頼れる相手とは限らない。大公だからではなく、ノーゼンハイム大公だから、ケイネンハイム大公だから頼れるというだけだ。


「ケイネンハイムが何もしないのは仕方ないにしても、ノーゼンハイムは何をしている? 自分たちの当主が襲われたのだぞ? その反撃をしようとはしていないのか?」


 疑問を抱く公爵に対し、王城から逃げ延びた貴族の一人が噂と自身の推測を口にする。


「噂ではノーゼンハイム大公は王城から脱出する際に王妃と第二王子を連れていたと聞き及んでおります。ノーゼンハイム大公は第二王子を旗頭に我々と同じような反帝国の軍勢を組織するつもりなのでは?」


 王妃や王子に殿下といった敬称をつけない貴族。だが、誰もそれを咎めることはしない。

 彼らの中では、既に今の王家は追い落とす対象であり、まだ敵になっていないだけの存在なので、敬意も何もない。

 自分たちが王国を手中に収める。そういう野望を持っている彼らにとって、ノーゼンハイム大公が王家の後ろ盾になろうとしているならば厄介以外の何物でもない。現王妃は北部の出身であり、北部の貴族を統括するノーゼンハイム大公との縁は深く、危機の中にあって、大公を頼るのもおかしいことではないが、それはヒンメル公爵を含め連合軍に参加している貴族にとっては都合の悪いことであった。


「どいつもこいつも勝手なことを」


 ヒンメル公爵は吐き捨てるように言い、自分が王になったら地方で勝手をする大公家など取り潰してやろうと心に決める。自分という王を中心とし、全ての権力が王に集中する国、それがヒンメル公爵が思い描く理想の国であった。

 もっとも、それはヒンメル公爵だけの理想であり、ヒンメル公爵の下について連合軍を組織する貴族たちは、王はただの象徴に過ぎず、自分たち一部の貴族に権力が集中する国を作ることを目指していた。

 それでも、互いに胸の内を語らないために、現状ではヒンメル公爵と連合軍の貴族達の関係は上手くいっていた。


「まぁいい、大公どもがいなくとも我らの兵力は充分であろう?」


 ヒンメル大公は連合軍の軍事における責任者のフォルガン将軍に訊ねる。

 フォルガン将軍は20代半ばの若者であるが、その若さで連合軍の大将を任されていた。それは実力によるものではなく、実家のフォルガン伯爵家の力によるものであったが、それでも全くの無能ではなく、それなりには役職に見合った仕事をこなせた。


「本隊だけで3万の兵は用意できております。それに加え、我らに合流しようと挙兵した貴族たちの軍勢も加えれば総勢5万はくだらないかと」


 フォルガン将軍の報告した数に、その場にいた者たちが勝利を確信した笑みを浮かべる。

 帝国の総兵力は3万ほどだと聞いていた貴族たちは、数の差で勝てると考えていた。帝国には王国から寝返った貴族達も付くだろうが、その者たちが抱える兵などたかが知れている。連合軍に所属する貴族たちは帝国に寝返った貴族は野心だけは強い弱小貴族であり、取るに足らない存在だと知っていた。


「それに加え、余は最新の兵器も用意した。あのアロルド・アークスの軍の強さの理由であり、帝国も使うという『銃』を用意し、兵に持たせている。数に勝り、最新の装備を手にした我々が負けるはずはない」


 ヒンメル公爵の自信に満ちた言葉に貴族たちは沸き立つ。

 彼らは帝国やアロルドの強さは武器によるものだと信じ切っており、その武器があれば自分たちが劣るはずがないという自信を持っていた。


 貴族達の反応にヒンメル公爵は満足気な笑みを浮かべる。

 冒険者ギルドの工場から買った1000丁の銃は安くはなかったが、自分を褒め称えてくる貴族たちの反応を見れば、高い買い物ではなかったと公爵は思う。


「将軍、今後の予定は?」


「明日はハウゼン平原を越え、ホーデンの丘に陣を敷く予定であります。帝国も恐らくはホーデンの丘に陣を敷き、兵を展開すると考えられますので、そこで決戦になるかと」


「なぜ平原ではないのだ? 平地である方が軍勢を展開しやすいのではないか?」

「展開のしやすさでは、そうかもしれませんが、あの場所ですと戦況が確認できません。それに対してホーデンの丘は丘の上から戦場を見渡すことが出来ることに加え、高所から敵を攻めることが出来ます。戦においては常に高所を陣取ることが肝要ですので、ホーデンの丘がよろしいかと」


 そういうものかとヒンメル公爵は頷き、納得を態度で見せる。

 確かに戦では高所を取った方が良いと聞いたことがあったからだ。

 それならば問題ないかとヒンメル公爵は思い、その場にいる者たちに伝える。


「聞いた通り、近々決戦となる。皆、英気を養っておくように」


 そういって公爵は軍議もそこそこに、英気を養うために集まった者たちへと休息を伝えるのだった。

 フォルガン将軍の話を聞く限りでは帝国はまだ仕掛けてこない。ヒンメル公爵はそれを信じ、今は気を張る必要はないと判断するのだった。




 連合軍も帝国も動かせる戦力は有限であり、今後の統治のことを考えれば速やかに決着を付けたい。いたずらに小競り合いを続けて、無駄に戦いを長引かせ、戦力を消耗させたくない。そんな両者の思惑が互いに動かせるだけの最大の戦力を動員し、相手の戦力を徹底的に叩き潰そうという決戦に走らせる。その結果、会戦という形になる。

 もっとも、そういう事情だけでなく互いに兵を思い通りに動かせる限界から、こういう形を取らざるをえない面もある。部隊ごとに兵に作戦目的を理解させ、戦略目標を達成させるために行動させることなどは不可能に近く、突撃やら何やらの大まかな命令を下すのが精一杯というのが実情。


 しかし、そんな中リギエルという男は違った。

 徹底的な訓練による兵の質の向上、時代や文明の常識から逸脱した高度な士官教育に実施による部隊長育成。それによってリギエルの率いる兵たちはこの時代における精兵の平均を遥かに超えた実力を身に着けるに至り、彼らは戦場においてリギエルの手足となって動くのではなく、戦争において時にはリギエルの目や耳、時には手足となって動くことが出来る存在となっていた。


 早さを実行するには命令するのでは遅すぎる。だからリギエルは早さを実行するための集団を作った。それは細かな命令はせずとも、作戦目的を理解し、戦力目標を達成するための戦術を取る集団だ。


「そろそろ始まるかな」


 リギエルはハウゼン平原の端にある森との境に胡坐あぐらをかいて座っていた。隣にはルベリオが不安そうな顔で立っていた。リギエルが連合軍の行軍速度を計算したかぎりでは、間もなく連合軍がハウゼン平原を通過する。

 わざわざ平原の端っこを通っていく必要も無いから中心を通っていくだろう。その際、散開しながら進むのではなく列を作って行進していくはずだ。リギエルは自分だったら、兵を散開させつつ周囲を警戒させながら進ませるが、それは自分の兵だから出来るのだとも理解している。散開させると練度が低い兵の場合、統制が取れなくなるからだ。


「大人だから素直に言うこと聞くと思ったら大間違いだよな。世の中の大人がそんなに聞き分け良かったら、世の中はもっと良くなってるぜ」


「なにか言いましたか?」


「子供の頃さぁ、俺の住んでた町では貴族の家で家庭教師をしてたっていうお姉さんが無償で字とか計算を教えてくれる塾をやってくれてたんだけどさ。その時の俺を含めたガキどもの聞き分けの無さと来たらないぜ? お姉さんがどんだけ怒鳴っても言うことなんか聞きやしねぇんだ。いやぁ、悪ガキだったもんだぜ」


 急に何を言っているんだと頭のおかしい人間を見るような眼でリギエルを見るルベリオだったが、そもそも頭がおかしかったと思い、いつも通りなので気にすることは無いかと無視をすることにした。


「大人になったから分かるけど、大人でさえ言うこと聞かないんだから、子供が聞くわけ無いよな。あの時のお姉さんには悪いけど仕方ねぇよ」


 リギエルの視界に連合軍の馬に乗った数騎の斥候の姿が映る。

 斥候は帝国の姿が無いと確認すると一人が戻り、残りが警戒のそぶりを見せる。


「さて、そろそろ戦おうか」


 リギエルが立ち上がり、そしてハウゼン平原の戦いの幕が上がる。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ