あいさつ回り
急いで何かをやる必要性はなくても、時間の有る時にやっておかないといけないことはそれなりにあるみたいです。
ロードヴェルムからトゥーラ市に帰ってきた翌日から、俺は市内のあっちこっちを歩き回る必要性に迫られました。何のために歩き回るかというと、俺がいない間に俺の領地にやって来た人への挨拶のためです。
最初に挨拶に行ったのは、市内の教会。
カタリナが修道女として仕事してるとかなんとか聞いたんで、ついでにそれを見に行っったりもしようかなって。
「聖神様はこう仰られました――」
市内の一等地に建てられた、それなりに大きな聖神教の教会で礼拝をやっていたので、それに参加。
俺は礼拝堂の一番前の席に座りながら、ボヘーっと司祭様のお話しを聞いています。なんか、その司祭の顔を見たことあるんだけど、カタリナのお爺さんだったような気がします。
「日々の生活の中で隣人を愛することこそが――」
お話しの内容は良く分かんねぇ。
命を大事にしましょうねとか、教会の教えを守ることこそが大事じゃなく、自分の頭で考えて人のために尽くすとか大事だとか。
俺の領地の聖神教は守旧派って派閥らしくて、それは神様の教えを市井の人々の生活に尽くすってことが教会の正しい在り方だと考えている人達みたいで、あんまり権力みたいなのは求めないんだって。
話を聞くと立派だけど、アドラ王国だと派閥争いで大負けして、俺の領地に逃げこむ羽目になっている人たちです。
アドラ王国では革新派っていう、教会は地上における神の代弁者であるって主張をしている人たちの方が勢いが強いんだよね。革新派の人達は、神の名のもとに~~ってノリで色々な人の権利を認めてあげてるんで、偉い人たち仲が良いんだよね。
アドラ王国の王様の地位だって、教会の人がアドラ王の地位は神が認めた正当な物であるって教会の人が保証してたりするしさ。本当かどうかは分からんけど、神様が認めたっていう話なら、真正面から否定しづらいし、そうやって王権を正当性みたいなのと確立してるんだってさ。
まぁ、そんな話をエリアナさんがしてました。俺は憶えているだけで意味は良く分かりません。
とりあえず、俺の領地では守旧派が流行っているってことだけ分かってれば充分だと思う。
その守旧派の人達は市井の人に尽くすことが使命と思っているから、人助けに役立つ回復魔法なんかを習得している人が多いし、医術なんかにも精通してる。それ以外にもアンデッド退治や冒険者のサポートもしてくれるし、従軍して負傷者を治療してくれる人も多い。
革新派の人はそういうのは苦手で教会にこもって勉強している人が多いって話を聞いた。礼拝の時の説教とか、文書を書くのは守旧派の人たちと比べると遥かに上手いらしいけど、現状、俺らはそういう人材を欲していないんで、革新派の人達と仲良くすることに魅力は感じません。
そういうわけで俺の領地では守旧派の人を優遇する方針になってます。
そもそも、守旧派の偉いらしい人の孫のカタリナが俺の婚約者の一人になっているんだから、方針もなにも俺の方は守旧派贔屓なんですけどね。
まぁ、優遇する方針をハッキリさせたことで、アドラ王国にいる守旧派の修道士とか修道女はみんな、俺の領地にやってきています。
守旧派の人が増えると医療に関して余裕が出来てくるので領民には嬉しいと思います。
ただし、教会の主流である革新派と折り合いが悪くなってしまったんで、教会の権威に頼ることが出来なくなってしまったのはありますけど、そもそも俺はそういうのに頼ってないから問題ないんだよね。
「如何でしたか?」
ボーっとしている内に礼拝の時間が終わってしまったようです。
カタリナのお爺さんが俺に話しかけてきました。カタリナも一緒で俺に微笑みかけてきたんで、俺も微笑み返しておきます。
「ためになる話だった」
何を言っていたかは思い出せないけど、俺の心に響きました。
「今後も頑張ってくれ」
感想を聞かれる前にさっさと帰ろうと思って手を差し出して握手をしようと思う。とりあえず友好の証です。
俺としては守旧派の人達は大事にするんで、キミらも俺を大事にしてねって、そういう想いを込めた握手なんですが良いですかね。
「ええ、勿論ですとも。閣下のおかげで我々は教会の真の教えを守っていくことが出来るのです。この御恩は働きでもって返させていただきます」
「そう気張らなくても良い。貴方と俺は家族なんだ。貸し借りを気にする間柄ではない」
お孫さんと婚約する流れだしね。
カタリナのお爺さんってことは俺のお爺さんでもあるわけだし、家族になるんだから、細かいことは気にしない方向性で行こうぜ?
そんな感じで教会の人と関係を深め、次に俺はトゥーラ市にある冒険者ギルドの工房に向かいました。
そこではキリエが黙々と研究を続けていたので、俺は邪魔しないように気を付けながら作業の様子を見守ることにした。
「見てても面白いものじゃない……」
俺が姿をやってきたことに気づいたキリエが作業をしながら、そんなことを言う。
まぁ、キリエが何をやっているかは全然わからないので面白くないのは事実だけど、可愛い女の子が一生懸命に頑張ってるのを見るのは目の保養になるんで、その点においては見る価値はある。
「何をやっているんだ?」
興味は無いけど礼儀として一応聞く。
見た感じ、魔法道具っぽいけど、一体なんだろうね?
「暖房を作っている……」
魔法道具が俺に見えるようにキリエは立ち位置を変える。
そこにあったのは、太めの円筒形をした置物だった。
「魔石を入れると暖かい風が出る」
言いながらキリエは置物を操作し、投入口に魔石を入れる。
魔石の大きさはゴブリンから取れるくらいのサイズの物で、それを入れるなり、俺の元に暖かい風が送られてきた。
「これで、冬も大丈夫……」
そうだね。でも、トゥーラ市の城にも大きさは違うけど、同じ機能の物があるよね。そのおかげで、俺は素っ裸で城内を歩き回っても風をひかないから、それを作ってくれたキリエちゃんには感謝しています。
「持ち運びが可能、屋外でも使える……」
ふーん、それは便利だね。野営する時とかに重宝するのかな? でも、冬場に野営する? 戦争とかする予定は無いから、屋外で使う機会あるかなぁ?
「……あと、これ」
俺の反応がイマイチなのが面白くなかったのか、キリエはとっておきといった感じのある物を工房の奥から持ってきた。
「なんだ?」
「……模型」
はぁ、そうですか。
キリエが俺に見せてきたのは、馬車の荷台部分だけに見える模型でした。大きさは30センチくらいかな?
これが何なのかって俺が聞こうとするよりも早く、キリエはその模型を工房の床に置く。
「見てて……」
俺が見ていると、模型が独りでに走り出す。
馬が無くても動く馬車の荷台って凄いね。……で、これが何なんだろうか?
「……未来はこれが街中を走る」
はぁ、そうですか。
未来はこの模型が街の中を走っているんですか。良く分からねぇ未来だなぁ。なんで、こんな小さい模型を走らせているんだろうか、未来の人達は。
「すごいな」
俺には全く理解できないんで、すごいと思う。さすがは未来の人間だぜ。現代の俺達には全く理解できないことをやってやがる。
「いくつか欲しいんだが、貰えるか?」
時代の最先端みたいだから、俺も欲しいですね。
俺がおねだりするとキリエちゃんは、満足したようで幾つか試作品をくれました。
その後は二人で、模型を操作してレースして遊びました。結構おもしろかったので、流行らせても良いと思う。ついでに爆弾を乗っけて、敵の陣地に送り込むってことも出来そうだとか思った。
工房でキリエと遊んだ次には、ちょっと巡回騎士って人達の詰所にも顔を出してみた。
なんでもヒルダがそこで仕事をしてるらしいんで、ちょっと働きぶりを見てこようってなった。
「おぉ、アロルド殿」
ヒルダに顔を見せた程度で、特に話すようなことも無い。
巡回騎士ってのはアドラ王国で仕事が無くなった騎士の人達がなっている場合が多いって話は聞いた。
なんで仕事がなくなったかというと、給料が払えないってことで辞めさせられたんだってさ。騎士って言っても貴族に雇われて、騎士をやれてるってのも多いし、仕えている貴族の懐が寂しくなれば首を切られても仕方ないみたい。
あんまりアドラ王国も景気が良くないみたいだね。俺の領地は良く分かんねぇ。だって、俺は財政には結構な期間ノータッチだったし、自分の領地なのに経済状況が分かんないんだよね。
「ウチでは食いっぱぐれることは無いと、父上の伝手を使い連絡を取ったのだ」
ヒルダの家は武門の名家なんでしったけ? それなら騎士の人とか良く知ってるよね。
「騎士たちはアロルド殿に忠誠を誓っているぞ」
そう言った上で、ヒルダは申し訳なさそうに俺に言うのだった。
「働き次第ではアロルド殿が領地をくれるだろうと言ってしまったのだ……」
えぇ、そんな勝手に約束しないでよ。別に困らないけどさ。
「構わん。土地ならいくらでもあるからな」
「そう言ってくれると助かる。それなら私は嘘つきと呼ばれずに済む」
俺の婚約者が嘘つき呼ばわりされるのはちょっと嫌なんで、いくらでも手助けしようと思う。
「あと、もっとカッコいい統一された装備が欲しいと言われたので、任せておけとも言ってしまったのだが……」
「まぁ、大丈夫だろう」
ヨゥドリかエリアナさんに頼めば何とかしてくれると思う。
任せておけって言おうと思ったら、ヒルダが更に申し訳なさそうにしながら――
「他にも――」
まぁ、なんというか治安を維持するための組織だし、お金をかけるのは悪いことじゃないよね。なので、ヒルダの要望には応えようと思う。おそらくエリアナさんに怒られると思うけど、我慢してください。
ヒルダの仕事ぶりを覗いた結果、随分とお金を使う話になった。
まぁ、お金のことはお金に詳しい誰かが何とかしてくれるだろう。それは俺の苦手分野なので誰かに任せる方が良いよね。
巡回騎士の詰所に行ってからは俺は特にどこに行くでもなく、トゥーラ城にいた。
城にいると、俺から挨拶しにいかなくても、色んな人が俺の所に顔を見せに来るので楽です。
そんでもって、俺に会いに来る人は俺をちやほやしてくれる人たちなので、俺も良い気分で過ごすことができます。
たまに文官たちが俺の元に決済のサインを貰いに来るのが鬱陶しいけど、我慢できる範囲内。
「凱旋パレードをしたいのだが」
「そんな予算はありません」
俺がユリアスに勝ったことへの凱旋パレードをしたいって言っても却下されたのは、ちょっとキレそうな案件だったけど、俺は心が広いので許してやった。
俺への客は代官にしてくださいってお願いする奴が多かったので、そいつらの要望を叶えてやったりもした。俺の方は別に断る理由も無い。お金を積んでくれるなら猶更だ。
もっとも、良さげな土地は功績を挙げた奴用に残してあるので、それ以外のちょっと微妙な土地の代官にしてるけどさ。
そういう土地は誰も住んでいない無人の荒野だったりするけど、住人は自由に連れてきていいって言ってあるんで、自分で何とかすると思う。
人手不足ってのを知っている奴隷商人が奴隷を売りに来たりもした。
奴隷って良いのか?って思ったりしたけど、金を払うだけで領民が増やせるとか、俺の領地としては凄くありがたいのも事実。人間ってのは畑で取れないのが困るよね。
でもまぁ、奴隷商人つっても何千人も奴隷を持っているわけじゃないんで、あまり役に立たなかったりする。
「とりあえず、数万人くらい用意してくれ」
そう頼んだら、奴隷商人どもは決まって笑うんだよね。真面目に話してるのに笑うとか俺を馬鹿にしてるよね? それでちょっとイラっとします。
「申し訳ありませんが、私共が用意できるのは数十人ほどでして、その分だけ質の方は――」
全然足りなくて全く役に立たないので、お引き取り願ってる。
他には代官同士の揉め事の仲裁とかも来たりする。
代官って言っても村が幾つあるような土地を治めてて良いよって俺が認めてる奴らなんだけど、そいつらが血の気が多すぎて、すぐに戦争をするんだよね。
そういう時、誰の味方をするかというと俺に多く税を納めている方の味方をすることにしてる。俺に納める税については最低限の基準はあるけれども、特に決まってはいなかったりする。
損得を考えると、やっぱり、お金をいっぱいくれる方の味方をしたいじゃん?
なので、そうやってどちらへ味方するか決めるんだけど、味方した方が悪いことをしてたら、味方した後で叩き潰すことにしている。
そうすると、争っていた二つの土地の二人の代官がいなくなるので、代官になれるチャンスが増えるから、俺の手下どもはその座を得ようと頑張って働くようになるんだよね。
もう少しスマートなやり方がありそうだけど、それは俺の次の世代が頑張って考えてくださいって感じ。
現状では俺達は山賊とたいした差が無いし、そういう連中をまとめていくには色々と乱暴になるのも仕方ないと思うんだ。
こんな感じに俺はトゥーラ市で俺への来客や持ち込まれる仕事を処理しながら平穏な生活を送っていた。
そんな、ある日のことである。俺がロードヴェルムを制圧したという手紙を王都アドラスティアへ送ってから数週間後、俺の元に緊急の伝令がやって来た。その伝令が俺に伝えた内容はというと――
「セイリオス・アークス謀反! アドラスティアはセイリオスの手引きによって国内に潜入したイグニス帝国軍によって制圧されました」
制圧したって手紙を送った相手が制圧されていたんだけど、こういう時ってどういう反応をするべきかなって思いました。まぁ、そんなことを考えている場合じゃないってのは、なんとなく分かったので黙ってましたけどね。
この状況で俺はどうするべきかね?
動くべき? 何もしない方が良い? とりあえず様子見? さて、どうしたもんか。




