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玉座を掴む

 

 ユリアスの頭をぶち抜いたのはヨゥドリが放った銃弾だ。いや、証拠は無いし、確信があるわけでもないんだけど、そう思う。なんで、そう思うのかというと、俺が頼んだからだ。


 俺はヨゥドリにユリアスを暗殺してくるように命令を出した。そのため、王都に攻め込む前にヨゥドリは俺達と別れ、先に王都に潜入するって話になり、それ以降は連絡がなかった。

 まぁ、成功するとは思ってなかったし、潜入する時点で死んでるんじゃないかと思ってたんで、俺も連絡しようとしなかったんだけどさ。


 しかし、まさか上手くいくとはね。俺がこんなになるまで何もしなかったのは文句を言いたい。でもまぁ、機会が無かったのかもね。

 ユリアスが何処にいるかも分からない上、分かったとしてもユリアスには〈探知〉の魔法があるから近づくと気づかれるもんな。

 〈探知〉を避けようとして、距離を取ろうとすると、銃の射程範囲外になって届くか怪しいし、届いたとしても当たらない上、威力も落ちるって事情もあるけど、それに関してはヨゥドリが狙撃用の銃を特注して対応したから何とかなったんだろう。

 ヨゥドリが特注したのは自分の背丈と同じくらいの長さの銃で、既存の銃で使っていた弾より大きい弾を使う。大きい弾だから当然、威力は上がるし、弾を飛ばすための火生石の粉も実包に多く詰め込めるんで、弾の速度も上がるとか。


 まぁ、そういう特別な武器があったから、ユリアスの〈探知〉の範囲外から攻撃できてユリアスに致命傷を与えることができたってことだけ分かってれば別にいいよな。

 でもまぁ、俺が思い切って天井とか壁を崩す指示を出して、ユリアスの姿を外から丸見えになるようにしたことが何より大きいと思います。俺がそれをやったから外にいたヨゥドリがユリアスを狙えるようになったんだしね。天井とか壁を崩さなかったら、外からじゃ良い位置が取れなかったと思うんです。

 ついでに、俺たちがユリアスを満身創痍にしたから成功したってことも忘れないで欲しいね。ユリアスの集中力を限界まで削って、周りへ注意を向けることができない状態にしなきゃ、ヨゥドリが特注の銃を撃っても当たんなかったと思うんです。なので、俺達の頑張りは凄い大きいと思うんだ。

 まぁ、最後はヨゥドリに良いところを取られてしまったけどね。


 誰が美味しいところを持って行ったかは、とりあえず置いといて、なんにしても俺達はユリアスに勝ったわけです。最後はあっけない終わりだったけど、勝ったんだから文句は無い。


 俺は体を起こし、床に腰を下ろしたまま、ユリアスを見上げる。

 ユリアスは頭の半分が吹っ飛んで、酷いザマだ。鼻から下と右目は辛うじて残っているが、それ以外はグチャグチャになって、ボンヤリと突っ立っている。体に力が入らないのか、手に持っていたはずの俺の剣も手放して床に落ちている。

 どう考えても死んでるんだから、さっさとぶっ倒れりゃいいのに。俺がいつまでも戦闘態勢を崩さないユリアスの死体を見て、そんな思いを抱いていてると――


「――が……」


 かすれた声が聞こえてきた。

 誰の声だ? そう思って周りを見回すが誰も口を開いた様子は無い。


「……俺が――」


 声の調子が僅かに強くなり、声が何処から発せられたのか、その方向が分かり、俺はまさかと思いながら、声の主を見る。


「俺が……」


 視線が合った。

 死んだと思っていたユリアスが確かに俺を見ていた。


「――っまだ生きてるぞ!」


 ユリアスが死んでないことを叫びながら、俺はその場から逃げるために立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 傷は回復魔法で塞がっているが、それでも動ける状態ではなかったようで、立ち上がることのできない俺は床に這いつくばるしかない。


 動き出そうとするユリアスにグレアムさんが背後から襲い掛かる。

 まだ生きているといっても、頭を半分吹っ飛んでいるユリアスの動きは鈍い。

 グレアムさんの動きを察知することもできず、ユリアスの体をグレアムさんの剣が刺し貫く。背中から入り、胸へと抜けた刃はレブナントが有する胴体の魔石を砕き、レブナントの息の根を止める。……そのはずだったが――


「俺が――」


 胸を剣で貫かれているはずのユリアスは動きを止めることなく、自分を攻撃してきたグレアムさんの頭を残った右腕で掴んで、力任せに床に叩きつける。


「俺がっ」


 床に叩きつけたグレアムさんをユリアスは蹴り飛ばす。頭が吹っ飛んでいるはずなのに、力が衰えた様子は全く無く、ユリアスの蹴られて、吹っ飛ばされたグレアムさんが広間の壁に激突し、壁を突き抜けていった。


「足止めだ! 奴はもうたない!」


 オリアスさんが生き残っている兵士に声をかけて、遠距離からユリアスを攻撃しようとする。

 どうやら、ユリアスは無傷というわけではないようで、放っておいても死ぬようだ。奴の体を見てみると、血ではないけれど、血のように赤い霧がユリアスの全身から噴き出ている。それが何かは分からないけれど、俺には命がこぼれ出ているように見える。恐らく、それが尽きたら奴は完全に止まるんだろう。

 じゃあ、出るまで待っていればいいって? そりゃあ無理だ。放っておいたら、俺の方が先に殺されちまうよ。俺の方は正直に言って戦えないくらい弱ってるんで、ユリアスに襲い掛かられた抵抗できずに殺される気がする。なので、オリアスさん達の頑張りに期待したいところだが――


「俺が――!」


 オリアスさんと生き残っている兵士たちがユリアスに魔法や銃弾を放つ。銃声が轟き、魔法で生み出された火球や風の刃、岩の塊がユリアスに向かって襲い掛かった。

 対して、ユリアスは動こうとはせずに自分に向かって放たれた攻撃を、頭の半分に残っている目で睨みつけながら叫ぶ。


「俺が最強だぁぁぁぁぁっ!」


 叫び共にユリアスを中心に魔力が膨れ上がった。命の全てを使い果たすようにして生み出された莫大な魔力が魔法へと変換される。そして発動するのは嵐の魔法。

 ユリアスを中心に魔法によって生み出された風は莫大な魔力によって凄まじい勢いを得て、周囲を薙ぎ払う嵐となる。ユリアスに向けて放たれた銃弾と魔法の全てが、その嵐で弾かれ、掻き消される。

 そしてユリアスの生み出した嵐はユリアスを囲んでいたオリアスさんと生き残っていた兵士達にも襲い掛かり、暴風が全てを薙ぎ払い、吹き飛ばし、叩きつけた。

 オリアスさんと生き残っていた兵士たちの全員が吹き飛ばされて壁に激突し、その衝撃で崩れ落ちる。


 ユリアスを中心に広間に吹き荒れる嵐は当然、俺も呑み込み、俺の体は風に打ち上げられて宙を舞う。

 荒れ狂う風が何度も叩きつけられ、俺は吹き飛ばされて床を転がる。これが壁だったら衝撃を殺せずに意識が飛んでいたかもしれないが、床を転がることで衝撃を多少は殺すことができ、辛うじて意識は保っていられる。とはいえ、全身はボロボロで、動くのも難しい。


「おぇっ……」


 急に腹の底から気持ち悪さが押し上げられ、耐えられずに口から吐き出すと、出てきたのは大量の血だった。

 内臓がマズいことになっているのは間違いない。なにせ、叩きつけられた風の衝撃は衝突事故もかくやってくらいだし、俺が原型をとどめて生きていられるのも不思議なくらいだったからな。それを何度も食らってたら内臓くらいは死ぬわな。


「……殺す。何があっても、お前だけは絶対に殺す……」


 ユリアスがよろよろと歩いてくるのが見える。

 全身から赤い霧を吹きだしながら、正気を失った虚ろな目で、ブツブツと殺意に溢れた言葉を呟きながら俺に近づいてきている。

 まぁ、頭が半分無い奴が正気なわけないわな。半分残った目には俺への殺意しかないんだが、俺はそんなに恨まれることをしたか?

 どう考えても、俺じゃなくユリアスが悪い。俺にちょっかいをかけてきたユリアスが悪いんであって、俺は悪くない。悪いのはユリアスなので、恨むことに正当性があるとしたら、被害を受けている俺だと思うんだが――


「おえっ」


 余計なことを考えていたら、また血を吐いた。

 とにかく逃げなければならない。このままだとユリアスに殺される。

 俺は床を這ってユリアスから遠ざかろうとする。だが、まったく体が進んでいかない。どうやら、這って動く体力も無くなったようだ。自分の体なのに、自分で状態が分からないのはどういうことだ。

 ユリアスはノロノロとした動きで俺に近づいてくる。立ち止まっているのか歩いているのか判断がつかない遅さだが、俺はそれよりも遅い。


「……死ね」


 ふらふらと俺に近づいたユリアスが床に這いつくばる俺に蹴りを入れる。

 ボロボロの体のどこにそんな力が残っていたのか、ユリアスの蹴りの威力は俺を吹っ飛ばすほどの物で、蹴り飛ばされた俺は床を転がる。


 これは死んだんじゃねぇかな? 一瞬、そう思ったが、なんとか生きている。

 これはユリアスにとっても失敗だったようで、蹴り飛ばしたことで再び距離が出来た俺に向かってユリアスは歩き出す。

 近づいてくるユリアスの体から噴き出る赤い霧の量が徐々に減ってきているのが見えた。それは傷が塞がっているからか、それとも出す物がなくなったからか。出す物が無くなったとして、それでユリアスは死ぬのか?

 分からないばかりだが、確実に分かることはある。それは、ユリアスから逃げないと俺が死ぬってことだ。


「待て……」


 待てとか言うアホがいるかよ、そもそもテメェの言うこと聞くわけねぇだろ。

 俺は這いずってユリアスから逃げる。とにかく時間を稼ぎたい。

 俺は振り返ってユリアスを見ると、ユリアスは殺意に目を濁らせて俺を追いかけている。やはり、這って進むより、ノロノロとでも歩いて進むほうが速い。このままでは、また追いつかれる。

 この状況では逆転のアイディアなんて思い浮かぶわけも無いし、浮かんだところでそれを実行できる体力はない。出来ることは何も考えず必死で逃げるだけだ。

 そう考え、俺が逃げようとしたその時だった、突然ユリアスの脚が吹き飛んだのは。


 ヨゥドリが狙撃してくれたんだろう。もっと早く撃てよと思うけど、文句を言うより感謝をした方が良いか?

 まぁ、感謝は後で伝えるとして、さっさと、もう一発撃てよ。そんで、ユリアスの頭の残りを吹っ飛ばせ。脚なんて狙わずに胴体でも何でも良いから、とにかく撃ち殺せ!


「邪魔をするなよ……」


 片足を吹き飛ばされたことでバランスを崩し、その場に倒れ込んだユリアスは、天井を崩す際に同時に崩れた壁の外に視線を向ける。

 直後、吹き飛んだユリアスの脚が〈念動〉の魔法で宙に浮き、ユリアスの頭を守るように浮かんだそれが即座に破裂する。

 おそらく銃弾を防ぐ盾にしたんだろう。石よりも自分の体の方が動かしやすいとかそんな理由があるのか?

 そんなことを考えていると砕け散った脚の残骸の中からユリアスは白い物体――自分の骨を見つけ出し摘まみ上げると、それを壁の外に向かって投げつけた。

 ユリアスが投げつけた骨の破片は、風の魔法で加速したの信じられない速度で飛び、外へと消えた。直後に銃声が鳴り響いたが、銃弾はユリアスへ届くことはおろか、広間の中にさえ飛んでこなかった。

 多分、ヨゥドリがやられた。ユリアスが投げつけた骨の破片が当たったんじゃないかと思う。最後の銃声は自分に向かってきた骨の破片を撃ち落とそうとしたとかそんな所だろう。

 最後の最後で頼りにならねぇ。けどまぁ、ユリアスの脚を吹っ飛ばしただけでも充分だ。


 ユリアスの体から出てる赤い霧はいよいよ少なくなってきた。

 それが何を意味するかは分からないが、俺の勘では、それは奴にとって良い状態ではない。

 このまま逃げ切って、赤い霧を出し尽くさせれば何とかなる。幸い奴は脚を片方無くしていて歩けない。このまま這いずり回っていれば、きっと――


「逃げるんじゃねぇよ……」


 ――何とかなる。そう思ったのは大間違いだった。ユリアスは俺と同じように床を這って、俺に近づいてくる。

 目に浮かぶ殺意が衰えた様子は全く無い。俺を殺すのは絶対にあきらめないつもりだ。

 俺はユリアスから逃れようと必死で這い進む。

 どこか逃げ場所は……。そう思って辺りに視線を向けた瞬間、足首が引っ張られた。即座に振り向くと、俺に追いついたユリアスが俺の足首を握り、微笑んでいるのが見えた。

 どうやら、ユリアスの方が動く元気があり、俺よりも速いようだ。それを理解すると同時に、凄まじい力で足首が握り潰され、骨が砕ける。

 ユリアスは砕いた足首を引っ張り、俺を自分の方へと引き寄せる。片腕でも腕力は全く衰えていない。引き寄せられた俺の背中にユリアスがのしかかり、うつぶせの俺に対して馬乗りの体勢になる。


 この状況はマズい。なんとかしないと――

 そう思った瞬間、ユリアスの拳が俺の後頭部に叩きつけられた。ユリアスが満身創痍でなかったら死んでいた一撃だ。俺は抵抗できずに、その一撃を何発も食らう。

 死ぬほど痛い。つーか、殴られる度に、現在進行形で俺は死んでる気がする。

 本気でマズいと思った俺は何とか逃げようと身をよじる。

 これで振りほどけるとは思わなかったが、俺が身をよじると、ユリアスの体が揺れて体勢が崩れる。俺はその隙を狙って、脱出しようとするが――


「やっぱり、殺すなら顔を見ながらじゃないとな」


 脱出できたと思った瞬間、ユリアスが再び俺の上に馬乗りになる。

 今度は仰向けだ。頭が吹っ飛び死にかけのユリアスの顔に笑顔が浮かぶのが見えた。

 その直後、俺の胸をユリアスは思いっきり殴りつけた。胸骨の粉砕と強烈な衝撃で息が出来なくなる。そして、それによって抵抗できなくなった俺の顔面にユリアスの拳が振り下ろされた。

 一発、二発、三発……。絶対にここで殺すって意思が感じられる拳が当たる度に、顔の骨が折れて、脳みそが潰されていってる気がする。これは多分、死ぬ。……だけど、まだ諦める気にはなれねぇな。


 ユリアスの指が俺の眼に突き入れられた。眼球が潰され、ユリアスの指が目の奥にまで達し、触られるとマズい部分に指が掛かっている気がする。そんな状態だけど、俺は異物が入っていて気持ち悪いってくらいにしか思わない。もう、痛いとかそういうのも分かんねぇってことだ。

 だけどまぁ、チャンスでもある。一本しかない腕で俺の目に指を突っ込んでる以上、ユリアスには防御の手段はない。

 俺はかろうじて動く手を動かし、近くに何か転がってないか探す。そうして探すと、手に吸い付く何かがあった。俺はそれが何かも分からず握りしめ、それを俺に馬乗りなっているユリアスに下から叩きつけた。


 俺が手にしていたのは、ユリアスに奪われていた俺の剣だった。それがいつの間にか近くに転がっており、俺は咄嗟に剣の柄を握りしめていた。ようやく俺の手に戻った剣の柄頭を、俺はユリアスの頭にぶつけていたようだ。

 想像していなかった攻撃であるのと、満身創痍であったことからユリアスの体は全く力の入っていない攻撃でも防ぎ切ることは出来ず、容易く体勢を崩す。

 俺の目から指が引き抜かれる。俺は体を起こしてユリアスを引きはがすと、尻餅をついたまま体勢のまま後ろに下がろうとする。だが、下がろうとした瞬間、障害物に俺の後退が阻まれる。


「何でこんなところに……」


 俺は背中の障害物を振り返って確認すると、それは階段状になっている小さな段差だった。

 なんで部屋の中に階段があるんだよ。そう思って階段を見上げると、最上段の壇上に大広間を訪れた時にユリアスが腰掛けていた玉座があった。どうやら、ユリアスの魔法で広間の最奥付近まで吹っ飛ばされていたようだ。


「アロルドォ……っ!」


 ユリアスが俺を追ってくる。後ろに下がる以外に逃げ道はない。だが、逃げ道は小さいとはいえ段差だ。立つのも満足にできない状態で、それを登るのは難しい。


「殺す……っ。絶対に殺すっ」


 ――とはいえ、登らないという選択肢はない。目の前には俺を殺すことしか考えなくなっている化物がいる以上、登るしかない。

 俺は段差に身を預けながら、階段をゆっくりとよじ登る。普段だったら、全く意識せず歩く場所が、崖のようだった。手には俺の剣を握っているのも良くない。だが、捨てるという選択肢が思い浮かばない。剣を捨てたら丸腰だから不安を感じているんだろうか?


「逃げんなよ……」


 ユリアスの手が靴のつま先をかすめる。ユリアスも俺を追って階段をよじ登っていた。

 俺は咄嗟に俺の下にいたユリアスの顔面を踏みつけた。

 ここで捕まったら絶対に死ぬことを考えると余計なことはするべきではなかった。ユリアスなら自分を踏みつけた足を逃がさずに捕まえることは容易いはずだ。

 俺は自分の失敗を悟る。だが、ユリアスが俺の足を掴むことは無かった。俺に顔を蹴られたユリアスは耐えきれずに、必死によじ登って来た階段を転がって落ちていく。


「そのまま死ねっ!」


 思わず口から出る叫び声。直後に俺は口から血を吐く。余計なことをすると俺の方が死ぬ。俺は気持ちを落ち着けて、段差を転がり落ちていったユリアスを見る。

 ユリアスは何事もなかった様子で俺を追いかけて、再び玉座へ向かう段差をよじ登り始めていた。追いかけてくるなら逃げる他ない。


「こっちに来るんじゃねぇよ……」


 なんで、あんなに執念深いんだ。さっさと死んでくれよ、頼むから。

 ユリアスから逃げようと階段をよじ登る俺は最上段に到達した、壇上には玉座が見えるだけで、これ以上逃げるような場所は無い。それでも俺はユリアスから少しでも遠ざかろうと奥へ奥へと這いずる。


「アロルドぉっ!」


 とうとうユリアスが追い付いたのか、すぐ背中に声がする。

 冗談じゃない死んでたまるか! 

 ……いや、死ぬのは、どんな人間も死ぬんだから別に良いか。嫌なのは、ユリアスに殺されることだ。

 ここで殺されてユリアスの最強伝説の最後の1ページに書かれるのだけは絶対に嫌だ。


「逃がさねぇよ」


 砕かれていない方の足首がユリアスに掴まれた。

 俺と同じように床に這いつくばった体勢ではあるが、ユリアスは力を込めて俺の足を引っ張り、自分の方へと引き寄せようとしていた。

 俺は引き寄せられまいと掴めるものは無いか辺りを見る。右手には剣を持ってはいるが、これは役に立たない。振り回してユリアスの腕を斬るような芸当が出来る体力は残っていないからだ。


「いい加減、死にやがれ」


 ユリアスの声が聞こえるが、相手にしてる余裕はない。

 俺は何かないかと探すが、壇上にあるのは玉座だけ。その玉座にしたって、僅かに距離がある。それでも、それを掴まなければ、俺は死ぬだけだ。

 生きるためには無理をしなければならない。俺は足首を砕かれた方の足でユリアスの顔面に蹴りを入れた。幸い、頭がおかしくなってるのか痛みも何も感じない。だが、ただでさえ、おかしな形になっていた足が更に歪んでいくのは色々と精神に来るものがある。


「こうなったのも、お前のせいだ」


 死んで詫びろ! 詫びなくても良いから死ね! とにかく死ね!

 俺が蹴りを入れる度、俺を引き寄せようとするユリアスの力が弱まる。その隙に俺は少しずつ這い進み、玉座に近づく。


「抵抗するんじゃねぇよ」


 それは無理だ。心の中で反論しながら、俺は手を伸ばし、遂に玉座の足を掴む。

 玉座は床に固定されているようで、ユリアスに引っ張られる俺が掴んでもビクともしなかった。


「こっちに来いっ」


 絶対、行かねぇよ。

 玉座の足を掴む腕に力を込めて、体勢を安定させると、最後に全力でユリアスの顔面に蹴りを入れる。その衝撃によって、ようやくユリアスの手が俺の足から離れた。

 そして、ユリアスという足かせが無くなった俺は、玉座の足を掴んだ腕の力で玉座に自分の体を引き寄せる。

 這いつくばって玉座に近づく姿は傍目から見るとアホらしいだろうけど、俺は必死だ。


「逃がさねぇ、絶対に」


 ユリアスが追いすがろうと俺に手を伸ばすが、それよりも早く、俺は体を玉座に引き寄せ、俺はようやく玉座に辿り着く。


「もう逃げねぇよ」


 俺は玉座の足から肘掛けに手を伸ばし、それを掴む。右手は剣を持ってるから使えない。

 左手だけで肘掛けを掴んだ俺は最後の力を振り絞って体を起こし、玉座に寄りかかって体を預ける。

 座面に突っ伏した形になったが、それでも体は起こせた。


 俺は玉座に突っ伏した状態から体勢を変えようとするが、その最中に背後から殺気を感じた。

 首だけ後ろに向けると、ユリアスが膝立ちの姿勢になっていた。と言っても、片足が吹き飛んでいるので、吹き飛んだ断面を床に直接つけて何とか立っている姿勢だ。


「終わりにしてやる」


 ユリアスが俺を睨みつけながら言う。言葉には殺意しかこもってない。

 まぁ、言葉に込めた思いはともかく、その意見には同意で、俺もそうしたい所だ。ただし――


「俺の勝ちでな」


 俺がそう言った直後、膝立ちになったユリアスが俺に飛び掛かる。

 おそらく最後の力を振り絞ったんだろう。そうでもなければ、今の状態でこんな動きは出来ない。であるならば、俺も最後の力を振り絞って迎え撃つしかない。そうでなければ、防げないからだ。


 俺は玉座の座面にもたれかかった状態から力を振り絞り、振り向く動きをする。

 自分の力だけで、それをできる体力は無い。俺は玉座に身を預けて寄りかかりながら、俺に飛び掛かってくるユリアスに対して振り返った。

 振り返る際に体を回すことになる、その際の回転は右回り。右手側から回転することになり、俺の右手には剣が握られている。回る体の動きに引っ張られて右腕が振り回される。だが、それでいい。

 右腕は剣を握っているだけで精一杯で自分の力で振り回すことなんて出来ない。だから、体を回して、それに引っ張られるようにして動かすしかない。

 これが俺に出来る最後の力だ。


 ユリアスが俺に飛び掛かる。

 残った右腕を前に突き出し、俺に掴みかかろうとしている。だが、それは出来ない。

 ユリアスの伸ばした腕と、俺が最後に振るった剣が交錯するからだ。

 力は込められていない。速度も体の動きに引っ張られているだけだからあるわけがない。狙いだってつけたわけじゃない。

 それでも俺には運が在った。俺の振った剣の軌道は奇跡的にユリアスが伸ばした腕とぶつかった。

 威力は無いから斬り落とすのは不可能だ。それでも腕の軌道を変えて、ユリアスの手が俺に触れることは防げる。その筈だった・・・――


「あっ?」


 その声はユリアスの物だった。ここまで一度も聞いたことの無い間抜けな声を出して、ユリアスは千切れ飛ぶ自分の腕を見る。

 それは俺も全く想像しなかった結果だった。防げれば良いと思って振った剣がユリアスの腕に当たると同時に、それを斬り飛ばしたからだ。ただ、その断面は切断したというより、千切ったという感じでもあり、ぶつかったら取れたようにも思えた。

 まぁ、なんにしても、これでユリアスは両腕を失い、俺を攻撃する手段は失ったわけだ。

 ただ、ユリアス・アークスという男が両腕を失ったくらいで勝つことを諦めるとは思えない。これまでのことを考えると、腕が無ければ噛みついてくるかもしれない。頭が半分吹っ飛んでいると言っても、口はあるんだからな。


 俺は床に腰を下ろし、背中を玉座に預けて寄りかかりながら、ユリアスを警戒する。まぁ、警戒したところで何もできないけどな。何かを出来る体力は今の俺には無いわけだしさ。

 ユリアスは腕を失ったショックで呆然としていたが、それも一瞬だった。ユリアスは千切れ飛んだ自分の腕を見つめ、そして次に俺を見る。

 来るか? 俺はユリアスが攻撃してくると思い、身構えようとするがマトモに体が動かない。辛うじて動く右腕を上げて、右手に握られた剣の切っ先をユリアスに突きつけることしかできない。

 それだって、剣を軽く触られただけで落としかねない弱弱しさで、何が出来るわけでもないってのは誰が見ても分かる。

 それはユリアスの目にも明らかなはずだ。だが、ユリアスは突きつけられた剣を見て、俺への攻撃の意思を消し去った。


「…………ふぅ」


 ユリアスは千切れ飛んだ腕をもう一度見て小さく溜息を吐いた。そして「限界か……」と呟きが聞こえ、ユリアスは俺への殺気を消し去り、疲れ切った表情で、その場に尻餅をついた。

 玉座にもたれかかりながら床に座る俺と、崩れ落ちるように腰を下ろしたユリアスの目が合う。ユリアスの目には殺気が無かった。あるのは疲労の色だけで、もう戦意も何も感じられない。


「……俺が最強だ」


 ユリアスが疲れ切った表情で口を開いて出した言葉は今までにも聞いたものだ。ただ、今までとは違い、誰かに言い放つような調子じゃなく、自分に言い聞かせるような口調だった。


「そう思うだろ……?」


 ユリアスが俺に尋ねてくる。正直言うと、違うって言いたかったが、ここで違うと言うと、ユリアスが完全復活して襲い掛かってきそうなので、俺は素直に頷いておくことにした。


「だよな。お前らは大勢で戦って俺は一人だった。一対一で戦ってたら秒で殺せてた。だから、俺は最強だ。お前らが、なんと言おうと俺がこの世界で一番強い」


 だったら、一対一で戦ってりゃ良かったじゃん。後で色々と言い訳しても、お前が俺らに負けたのは事実なわけで、最終的には俺達の方が強かったからな? そこんところ理解してるか?

 まぁ、理解されると「俺が最強なんだ!」って叫んで復活しそうだから黙ってるけどさ。


「最後だって、腕が取れたのは魔力が切れると体が脆くなるレブナントの特性のせいで、俺が弱いわけじゃない。生身の体だったら、もっと慎重に戦ってたし、こんなザマにはならなかったからな。そのことを覚えておけよ。生身の体だったら、お前らなんか一瞬で皆殺しだったぞ。だから、俺が最強だってのは揺るがないわけで……」


 死にぞこないなのに、やたらと元気に喋っていたユリアスだが、段々と言葉の調子が弱くなっていく。


「お前らが勝ったのはまぐれであって、本当に強いのは俺で、俺が最強だからな」


 結局そこに落ち着き、それを言うとユリアスは力尽きたのか、その場に倒れ込む。もう俺の位置からは顔が見えないが、声だけは聞こえてくる。


「……クソみてぇな人生だ……」


 お前の人生なんか知るかよ。そう言っても良いような気がするが、死にぞこないにそんなことを言うのもね。死ぬほどムカつく奴だけど、どうせ最後だし、少しは優しい気持ちで見送ってやろう。


「特別になりてぇなぁ……この世の全ての人間に敬われたり、恐れられたり、それが無理なら一目置かれたい。……田舎の餓鬼で終わりたくなかった。それこそ歴史に名を残すような偉人になりたいんだ。……そして誰からも見下されず……尊敬されて……価値を認められて……誰もが俺を知っていて……あぁ、特別な人間になりたかったから強くなったのにな……」


 聞こえてくるのは情けない言葉ばかり、死に際に哀れな奴だ。

 野心を持つのは悪くはないと思うけど具体性が無いんだよな。具体的にどうなりたいってのが無いのに、尊敬されるようになりたいって難しくねぇ?

 色々と考えたんだろうけど、強さ以外に身を立てる手段が無かったってのがね。それならそれで、程々な所で満足しておけば良かったんじゃねぇかな?

 強さしか無いなら兵士やら騎士やらで満足しておけよ。それ以上を望んだせいで、お前を含めて、みんなが嫌な思いをしたんだぜ。


「強ければ何かが……だが、結局、こんな末路か……」


 強くたって何もねぇよ。この結末はお前が悪いだけだ。


「……次があれば、今度こそ……いや、どうせ同じか……俺はどうしたって――」


 段々と言葉に力が無くなり、それに合わせてユリアスの体も崩れていく。どうやら、本当に終わりのようだ。


「……あぁ疲れたな……もうウンザリだ……」


 それがユリアスの最後の言葉だった。それを最後にユリアスは言葉を発することは無く、その死骸は塵となって風に流されていった。俺は玉座に寄りかかり、ボンヤリとその光景を眺める。


 やがてユリアスの姿は消えてなくなり、満身創痍の俺のみが残された。

 俺は背中を預けていた玉座によじ登り、玉座に座って壇上から広間を見下ろす。

 ユリアスの魔法を食らって意識を失っていた連中が起きあがり、俺が必死に登ってきた階段の下に跪き、俺を見上げていた。


 最後がどうであれ、俺はユリアス・アークスに勝った。そのことを宣言しても良いだろう。

 俺は玉座に座ったまま、俺に対して跪く連中に伝える。


「俺達の勝ちだ」


 伝える言葉はそれだけだ。言うべきことは他にない。

 これで戦いは終わり。後は他の奴に頑張ってもらおう。俺はもう動けないからな――






作中に登場する人間の中では1対1に限定するとユリアスが一番強い。1対1でユリアスより強い人間は出てこない予定。




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