王都最終戦
一気に距離を詰め、俺はユリアスに向けて全力で大剣を振り下ろす。
そんな俺の動きに合わせてグレアムさんも行動を起こしていた。
俺とグレアムさんが最速で、他の奴らは遅れて動き出す。とてもじゃないが、そんな奴らを待ってはいられない。
集団を飛び出した俺は正面から一気にユリアスとの距離を詰める。俺の動きに合わせ、グレアムさんはユリアスの背後に回っていた。これで前と後ろのからの挟み撃ちだ。俺が狙っていたわけではなく、グレアムさんが空気を読んだ結果だが、まぁどうでもいいだろう。
とにかく有利だ。そう思い、俺は大剣を全力で振り下ろした。そして、その攻撃に合わせ、グレアムさんも長剣を振るう。
それなり以上に自信のある一撃だ。それはグレアムさんも同じはず。しかし、その一撃は届かなかった。
「そんな程度で何とかなる相手だと、いまだに思っていやがるのかよ」
ユリアスは右手に持った剣だけで俺の大剣を受け止め、グレアムさんの一撃は左腕の籠手だけで受け止めていた。
俺は防御を押し切ろうと力を込めるが、押し切れずに膠着状態に陥る。その間、グレアムさんが追撃に移ろうとするが、それよりも早く、ユリアスの蹴りがグレアムさんの腹に突き刺さった。
邪魔な物を足でどかすような、威力など全く感じさせないように見える蹴りだったが、その蹴りでグレアムさんは大きく吹き飛ばされる。
そうしてグレアムさんに攻撃を加えていた最中もユリアスは片手一本で俺の剣を受け止めたまま、微動だにしない。
「無理だ、下がれ!」
オリアスさんの声が聞こえて、俺は剣を引き、後ろに飛びのく。直後、無数の火の玉がユリアスに目掛けて放たれた。
「仕留め切れてねぇ、追撃しろ」
見りゃ分かるよと、オリアスさんの言葉に頭の中で反論しつつ。火の魔法の直撃を食らったユリアスを見ると、当然のように無傷だった。だけどまぁ、驚きは無い。
これまでの戦いでユリアスが防御のための魔法が使えることは知っているし、普通の手段では遠距離からダメージを与えることは不可能に近いということも分かっている。だから、無傷でも驚かないし、それを前提にして、即座に行動が取れる。
「もう一度、突っ込む。援護しろ」
俺が声を出し、ユリアスに向かって突進を始めると、ユリアスの視線が俺に向くが、それは囮で、体勢を立て直したグレアムさんが再びユリアスに背後から攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃をユリアスはグレアムさんの方を見ることも無く、右手に持った長剣で防ぐ。これもまぁ、驚くことじゃない。〈探知〉の魔法で周囲の状況は分かっているだろうから、視界の外からの不意打ちも効果が薄い。しかし、効果が無いわけでもない。
いくら周囲の状況を把握できると言っても、体は一つだ。様々な方向から放たれる攻撃を捌ききれるものではない。ユリアスは常に最適解を判断し、攻撃を防いでいるが、絶対に間違えないということは有り得ない。攻撃を繰り返していれば、判断を誤る時が必ず来る。
「数を頼みにしたアホどもが、どれほどいたと思っている?」
知らねぇし、知っていたとしても同じようにやったろうよ。テメェが昔に戦った奴らより、俺らの方が強いんだから同じ結果にはならねぇだろうからな。
俺が大剣を横なぎに払うとユリアスは飛び退いて躱すが、そこにグレアムさんの剣が襲い掛かる。首を落とす軌道で放たれた剣をユリアスは咄嗟に頭を下げて避ける。
「鬱陶しい」
自分を攻撃してきたグレアムさんを風の魔法で吹っ飛ばし、ユリアスは俺に向き直る。まずは、俺から始末するつもりなんだろうけど、そうはいかねぇんだよなぁ。
俺を見据えるユリアスに向けてオリアスさんが魔法で生み出した石弾を連射し、足止めをする。その隙に態勢を立て直したグレアムさんと俺がユリアスに向けて斬りかかる。
「雑魚どもが」
袈裟切りに放った俺の大剣の一撃を長剣で受け流しつつ、グレアムさんの剣を籠手で受け止める。だが、それだけで俺達の攻撃が終わるわけもない。
受け流された剣を引き戻し、俺はユリアスに向けて大剣を振り下ろす。今度は受けるということも無く躱したユリアスに対し、その直後の動きに合わせてグレアムさんが剣を放つ。
剣は真っすぐ頭を狙った軌道で放たれ、それをユリアスは長剣でしっかりと受け止めた。その結果、鍔迫り合いとなり足が止まった隙を狙い、俺が背後からユリアスに襲い掛かる。
「死ね」
思わず口に出してしまったが、それが良くなかったのか、ユリアスは俺の動きを把握していたようで鍔迫り合いの状態からグレアムさんの腕を掴むと、グレアムさんを俺目掛けて投げ飛ばしてきた。
「すまん、死ね」
ここで受け止めたりすると、攻撃のチャンスが無くなると判断した俺は飛んできたグレアムさんに向けて大剣を振り抜いた。流石に刃を向けるのは良くないと思ったので剣の腹で叩き落そうとしたつもりだったのだが、するとグレアムさんを器用に空中で体勢を整え、振りく最中の俺の大剣を踏み台にして、高く飛び上がった。
「後で殺す」
そんな声がしたが気のせいだろう。結果的に無事だったのだから文句はないはずだ。
それはそうとユリアスだが、奴の視線は俺の剣を踏み台にして高く飛び上がったグレアムさんの方に向かっていた。
俺を相手にしていて、俺から視線を切るとか随分と俺を舐めてくれているようだが、せっかくの好機なんで文句を言うよりもありがたく利用させてもらいましょう。
飛び上がり、上から攻撃を加えようとするグレアムさんに合わせ、俺は滑り込むような動きで、ユリアスに対して下から攻撃を加えようと大剣を振り上げた。
二方向からの同時攻撃。これなら多少は通じるはず。しかし、そんな甘い考えは一瞬で砕かれる。
ユリアスは真上から振り下ろされたグレアムさんの剣を片手で掴み取った。そして、すぐさま、それを振り回し、その剣の持ち主であるグレアムさんを俺に叩きつけた。その衝撃で、俺は地面に押し付けられ、攻撃は不発に終わる。
「二対一だからなんだってんだ?」
ホントそうだな。味方に邪魔されると、俺もそう思うよ。
俺は叩きつけられて、俺の上に乗っかった状態のグレアムさんをどかして立ち上がる。だけど、それは判断ミスだった。ユリアスは重なって倒れた俺達に向けて、既に剣を振り下ろしていたからだ。
グレアムさんをどかさずにいたなら盾になったかもしれないという後悔の念が頭をよぎりかけた最中、
「ユリアス!」
オリアスさんが叫び、ユリアスに向けて魔法が放たれる。ユリアスの視線と体が、一瞬だがオリアスさんの方に向けられ、俺に向けての攻撃が中断される。同時に俺が邪魔だからとどかしたグレアムさんが起き上がりユリアスに飛び掛かった。
「ゴミ、カス、クソ、雑魚。お前らのことを何て言ったら良いか迷うよ」
飛んでくる魔法を〈障壁〉の魔法で防ぎながら、グレアムさんの剣をユリアスは右手に持った剣一本で防ぐ。重さよりも手数重視で、縦横無尽に放たれる連撃であるが、ユリアスはそれを苦も無く捌いていた。
グレアムさんの剣速は極限の域にあり、俺でも太刀筋を見切ることはおろか、反応することも難しいほどの速さだったが、それでもユリアスに傷一つ負わせることが出来てない。だいぶ前に俺と戦った時より、遥かに速くなっているのだが、それでもユリアスにとっては対応可能な程度なんだろう。
グレアムさん一人ではどうにもならない以上、俺も加勢する他ない。とはいえ、凄まじい速度で飛び交う剣撃の嵐の中に飛び込むのは中々に勇気がいる。一歩間違えると、グレアムさんの剣で微塵切りにされかねない。そうして躊躇している内に、グレアムさんが押され始めた。それを見て、俺は意を決して、グレアムさんの加勢に入る。
可能な限り素早く大剣を振るう俺の攻撃に対して、ユリアスはというと、グレアムさんの方を警戒しつつも、俺の方を自分の正面に捉えるように立ちまわり始めた。
俺の大剣に関しては剣で受けるか躱すくらいしか選択肢が無いのだから、俺の方を最大限に警戒するのは当然だろう。それによってグレアムさんが多少は動きやすくなるはずだ。
だが、そうなっても状況は変わらずユリアスが有利だった。どれだけ速く、一瞬の間も無く何度も攻撃してもユリアスは容易く防ぎ、逆に俺達の方が押され始めていた。大きな傷は無いが、段々とかすり傷が増えていっているのが、その証拠だ。
「近づきすぎるな! 魔法が撃てねぇ!」
オリアスさんの声が聞こえるけど、そんなこと言われてもどうにもならんのよね。ちょっと引き剥がせない感じになってきたからさ。
ユリアスの剣速が速くなりすぎて、ちょっと判断を間違えたら真っ二つになりそうなんだよ。
ひたすらに押せ押せのユリアスの剣に対して、こっちも引くことを捨てて、ひたすらに剣を打ち込んでいるから何とかなっているわけで、ここで少しでも引くことを考えて攻撃の手を緩めたら、一瞬でユリアスの攻めに飲み込まれて、終わりだ。
だから、俺もグレアムさんも攻撃の手は止められねぇし、後ろにも下がれねぇ。俺達としても、この状況は何とかしてほしいんだが――
「仕切り直す」
唐突にオリアスさんの聞こえ、直後に超高速で刃を交わす俺達に向けて、風の魔法をぶっ放した。衝撃を受けて吹き飛び、床を転がる俺とグレアムさん。対して、ユリアスはというと何事もなかったかのように、その場に立っていた。
もう少し良い方法は無かったのかと言いたいが、結果的にはユリアスと距離を取ることが出来たので、まぁ許してやろう。
「突っ立ってないで、お前らも加勢しろ」
起き上がったグレアムさんが武器を持って、周りで様子を窺っていた兵士たちに声をかける。それは俺も言いたかったことですね。
さっきから主に戦ってるのは俺とグレアムさんだけじゃん。何のためにお前らいるんだよ
? まるで役に立ってねぇじゃん。
そんなことを思っていると、俺とグレアムさんに対してオリアスさんが言う。
「お前らが奴と密着しすぎで手が出せねぇんだよ。もう少し距離を取って戦うか後ろに下がれ」
あぁ、そういうことね。まぁ割って入るのは厳しいか。
さっきみたいな、俺とグレアムさんとユリアスの三人が全力で剣を振り回している中に入ってきたら、普通の奴はみじん切りになるだけだしな。
「戦い方を少し変えるべきか」
俺が言うと、グレアムさんとオリアスさんが頷く。
絶え間なく攻撃を続けることで、ユリアスの判断を誤らせ、そのミスを突いて仕留めるという方針は同じで良いにしてもやり方を変えるべきだな。
俺とグレアムさんが全力でひたすらに攻めても崩せないってことも分かったしな。
「仕切り直しだ」
ユリアスの表情は余裕に満ち、俺達を馬鹿にするように口許に笑みを浮かべている。
だけどまぁ、それも今だけだ、すぐに吠え面かかせてやるよ。