収穫期が来て
なんだかイラつく夢を見ていた気がする。やりたくないことを無理やりやらされるような、そんな感じの夢です。会いたくない奴に会いに行けということを言われたような気もするけど、俺は嫌なことは可能な限りやりたくない人間なので、夢の内容は無視しようと思います。
そんなことより俺には気にしないといけないことがあるんだよね。
最初の頃はどうなるかは分らんかったけど、特に何事もなく収穫の時期を迎えることができてさ。
今は収穫した麦とかを税として納めてもらう作業の真っ最中だし、現時点のヴェルマー侯爵領の領都になっているトゥーラ市へ運び込まれる税の管理をしなけりゃならんのよね。つっても、俺は管理作業をしている人の監督をするだけなんだけどね。
「期待していた七割程度ですが、それでも充分でしょう」
俺が執務室の窓から外を眺めていると、部屋に入ってきたヨゥドリが徴税の結果について報告してきた。
窓の外には、ヴェルマー侯爵領の各地から税として集めてきた穀物などがトゥーラ市の城へと運ばれていく光景が広がっている。俺の所から見える感じでは、相当な量があるようだけれども、それでも七割程度なのね。
「領民に無理をさせれば、もう少し出せると思いますが?」
「そこまでする必要は無いだろう」
あんまり大変な生活をさせるのも可哀想だしさ。まぁ、俺がよっぽど苦しければ、所詮は他人だし、領民のことなんか気にせずに重税をかけるだろうけど、そこまで切羽詰まって無いんだし、必要以上に税を取るのもね。
税で取られた分の残りは自分たちで消費するか、適当に売ってもらって生活の糧にでもしてくれって感じ。
「承知しました。ですが、各地の代官が許される分を超えて懐に収めている分に関しては如何いたしましょうか?」
代官が税を着服したり、汚職をしたり、不正に税を取り立てたりとか、そういうことをしてるって言いたいのかな? それに関しても、いちいち目くじらを立てるってのもどうかと思うんだよね。
誰にでも分かるくらいにやらかしてたり、領民の生活が明らかに苦しくなってたり、俺の懐に入るのが著しく少なくなってたりしたら許せねぇし、そういうことをする奴は問答無用でぶっ殺さなきゃならんと思うけどさ。
でも、誰にも分からずにやっていて、領民の生活も苦しくならず、俺が不満に思わない程度に税を納めているなら、本人の才覚を活かして上手くやっているだけなんだし、俺が何か言うようなことでもないな。
俺の知らない所で不正をして儲けている? 別にそれで俺や他の人間が迷惑を被らなければ別に良いよ。そもそも、俺の知らない所でやってるなら、それは俺からすると存在しないも同然なんだし、存在しない物に目くじらを立てるのもね。
「好きにさせておけ。ただ、あまりに良識を欠くようなら処理しろ」
グレアムさん辺りに頼んでおけば、殺しておいてくれるだろ。別に厳しく取り締まる気はないけどさ。
「承知しました」
ヨゥドリが俺に対して、恭しく頭を下げる。後はヨゥドリに任せておけば、良いようにしてくれるだろう。
不正をして私腹を肥やしてる奴だって有能な奴もいるからね。俺に納める税を多少誤魔化して私腹を肥やしても最終的に上手く領地を経営してくれるなら文句は無いね。
「では、税の取り扱いに関しては当初の予定通り、領内の備蓄分以外は王国側に売るという方針でよろしいですか?」
そこら辺は良く分からないので任せておこうと思います。
とりあえず、穀物はアドラ王国に売り払うらしい。なんでも、昨今の国内情勢の悪化やら何やらで、アドラ王国は食糧生産が落ち込んでいるらしく、麦とかの穀物が結構な高値で売れるらしいので、手っ取り早くお金を稼ぐには穀物で儲けるのが良いとか。
そこら辺の商売というか、投機に関してはヨゥドリに任せておけば、だいたい大丈夫だろうってエリアナさんも言っていたんで、俺も一任しておきます。
ただし、全部をお金に換えるのは難しいし、領内で何かあって食糧不足とかになったら対応できなくなるんで、もしもの時には領民が飢えなくて済む程度の麦は残しておくとか。まぁ、それにしたって、領民の人数自体が少ないから、そんなに残しておく必要も無いんだけどね。
収穫が期待していた七割くらいでも、領民全員が朝昼晩と三食パンを食べても余裕なくらいの量なんだしさ。領民の数に対して農地が広すぎるんだよ。そのせいで作物を世話しきれないから収穫量が七割になってしまったみたいだしさ。
「他に商人からも、それなりの額の税収がありますが、大部分が領民の社会保障費に消えているので、そちらは期待できないかと」
そういえば、そういうのもあったね。その辺りはエリアナさんの仕事だから良く分からん。
病人とか失業者とかの社会的な弱者に対して救いの手を差し伸べるとか、そんなことに使うためのお金らしいけど、そんなことをしてどうなるんだろうって思ったりする。そりゃ、俺も可哀想だと思うけど、そいつらのためにお金を使うのってどうなのって思う。
なんで普通に働いて頑張っている奴らが納めた税金をクソの役にも立たなそうな連中のために使わなければいけないんだろうか? そいつらのために俺の金とかを使って俺の生活が苦しくなったら嫌だし、足を引っ張られているみたいで嫌なんだけど。
でも、エリアナさんは社会保障の制度は絶対に必要だってうるさいんだよね。金のない奴でも医療とかを受けられたり、生活が守られるような制度を作らないといけないとか。そうじゃないと、民は安心して生きていけないとかなんとか。
正直、良く分かんないんだよね。ヨゥドリもそれをやる意義みたいなのが掴めなかったし、当然、俺も同じ。
まぁ、エリアナさんがどうしてもやりたいみたいだから、俺は好きにさせています。だって、将来のお嫁さんの頼みだしさ。
「他の税としては現状では領民税ですか? ですが、これに関しては正確な計上が難しい税収ですね」
ヴェルマー侯爵領の領民として認められるための税金だったかな?
領民税を払うと、領民として認められて社会保障の対象となるとかエリアナさんが定めていたような気がする。基本的にお金で払うけど、払えない場合は労役で代替可能。それも無理なら、支払いの猶予が与えられるので、働けるようになったら払えば良いとかそんな制度だったと思う。
「他にも色々と税収はありますが……」
「厳しいか?」
市井の噂って奴だと、ヴェルマー侯爵領は税が安くて済みやすいらしい。つーか、税の取り立てが殆ど無いみたいな話になっているとか。実際、殆ど税を取っていないみたいなんだよね。
まぁ、正確には取れないって言う方が正しいかもしれない。税の管理が出来るほど、文官の数と能力が無いんだよね。慣れない奴らが色々とやって、領民の生活に影響が出たら困るし、あんまり色んな物に税をかけて文官の作業量を増やしたら良くないと思うんだよね。
「かなり厳しいですね。もう少し収入が増えないと領政も不自由なままです」
何をやるにしても、お金がかかるから仕方ないね。
鉄道の敷設だって、侯爵領内に関してはニブル市までしか出来てないし、その先まで線路を繋げられる目途は立ってないみたいだし、それもこれも工事をするための金が無いからなんだよね。
「それに関しては仕方ないな。無駄遣いは控える方向性で行くか」
まぁ、貧乏ってわけではないみたいだし、いらん物に金を使わなければ、なんとでもなるだろ。
当座をしのげば、ヨゥドリとかエリアナさんが何か良い考えを思いついてくれると思うし、それに期待するべきだと思うんだ。
しかし、こういう状況だと、ガルデナ山脈にあるらしい金とか銀の鉱脈が自由に使えないかなぁって気分になってくるね。
それを採掘しようとするとトラブルが起きそうだからって、ヨゥドリもエリアナさんも手をつけてないけど、いざとなったら二人の反対を押し切ってでも、鉱山の開発をするしかないんじゃないかな?
誰かが文句を言ってきたとしても、俺らにも生活があるわけだし、ちょっとくらい無茶をしてもしょうがないよね。
「何か物騒なことを考えていませんか?」
「さぁ? 特に何か考えているわけではないな」
俺は平和的な人間だから物騒なことはしねぇよ。交渉の一つの手段として、理性的に暴力を振るうことにはなるだろうけどさ。でも、それは物騒ってほどのことじゃないし、問題ないだろ。
「一応、言っておきますが、侯爵領の収支は現状は僅かに黒字ですので、領地の経営自体に問題はありません。ただ、特別に豊かと言えないだけです」
それは嫌だね。領主をやる以上は自分の領地を国で一番にしたいじゃん。ヴェルマー侯爵領は最高に豊かとか、そういう風になりたいじゃん。
「まぁ、将来的には何とかしたいところだな」
今は無理そうだから諦めるけど、将来的にはケイネンハイムさんの所よりもお金持ちになりたいね。今まで金を借りっぱなしだから、逆に借金の相談に乗れるくらいの金持ちになれたらいいんだけど、流石にそれは無理かな?
「……そろそろ、残りの徴税報告も届くころだと思うので、この辺りで失礼させていただきます」
ヨゥドリにも予定があるようだ。俺には無いけどね。
あるとしても、執務室の窓から、税が城へ運ばれていくのを眺めているくらいだ。そんなことを思って、窓の外に目を向けると、城の方で何か騒ぎが起こっているのか、人々が慌ただしく動いているのが見えた。
「何か問題でも起きたんでしょうか?」
ヨゥドリも外の様子に気づいたのか、窓に近づき、外の様子を伺う。
城には税を運び込む作業の立ち合いにグレアムさんとオリアスさんがいるから、よっぽどのことが無い限り騒ぎにはならないと思うんだけど――
「失礼しますっ!」
俺とヨゥドリが外の様子に気を取られていると、急に執務室の扉が開き、兵士が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「火急の要件のため、無礼は御容赦ください」
礼儀がなってねぇなって思ったけど、急いでいるようなんで許してあげようと思う。とりあえず、何があったか、話せって身振りで示すと、兵士は非常に焦った様子で俺に要件を伝え始める。
「ニブル市にレブナントの大軍が襲来、コーネリウス閣下が援軍を要請しておられます!」
はぁ、それは大変ですね。レブナントに襲われてるっていう状況が良く分かんないだけど、とりあえず援軍に行くしかないかな。まぁ、俺の領内での問題なんだし、領主たる俺が出向くべきだよな。
しかし、何で急にレブナント共が襲い掛かってくるんだ? あいつらって、基本的に自分たちの縄張りになっている場所からは動かないはずなんだけど、一体全体どういうことなんだろね?
まぁ、そういうことは後で考えるとして、さっさとこコーネリウスさんを助けに行かないとね。なんだかんだで、あの人に死なれると困るしさ。