邪神の要望
――ふと気付くと、真っ白い空間が延々と続く場所にいた。これは久しぶりだがアレだろう。アレってのはアレだ、えーと……
「邪神アスラカーズ様からのお呼び出しだ」
声がした方を見ると、邪神のアスラさんがいたが尋常な様子ではなかった。手には日本刀とかいう種類の剣を持っていて、足元にはバラバラになった人間の死体が転がっていて、どうやら、俺は殺人事件の現場に出くわしてしまったようだ。
「人間じゃなくて別の世界の神様な。殺人じゃなく殺神って言うのが正解だ」
はぁ、そうなんですか。まぁ、人間じゃないんなら別に良いかな。しかし、なんで他所の世界の神様をぶっ殺してんだろうか?
「喧嘩を売って来たから相手をしてやったんだ。俺がこのアホの治める世界にちょっかいを出してたら、本気になって俺の治めている世界に攻めてきやがってな」
アスラさんが指を鳴らすと、バラバラになって転がっている神様の死体が炎に包まれ、一瞬で灰も残さず燃え尽きる。
「弱い癖にしぶといから今の今まで時間が掛かってな。そのせいで、お前を呼びつけるのも遅れてしまった」
なるほど、良く分からんけど、アスラさんは別の世界の神様と殺し合っていたってわけね。
「随分と物分かりが良くなってるな」
アスラさんがもう一度指を鳴らすとソファーが現れ、アスラさんが腰を下ろす。俺の椅子は無いんですかね。夢の中だから立っていても疲れないけどさ。
「お前は正座な」
正座ってのが何だかわからんし、仮に知っていたとしても素直に言うことを聞く筋合いはあるんだろうか?
「あると思うぞ」
そうか、なら正座します。でも、どうすれば良いか分からんから、とりあえず地べたに座って胡坐でもかいておこう。
「まぁ、それでいいや」
それで一体全体アスラさんは俺に何の用があるんですかね? 俺は最近、苦しい思いをしたりしてるんだから、そんな可哀そうな俺に対して何か凄い力をくれたりしませんかね?
「微妙だな。やってやってもいいようにも思うが、最近のお前は割と駄目だしな」
むむむ、駄目ってなんだよ。俺は俺なりに頑張ってるぜ?
領主様になっているし、領地経営だって基本的にはエリアナさんとかヨゥドリに任せているけど、働いていないわけじゃないし、結構、日々の仕事が大変だったりするしさ。
「まぁ、頑張っているのは認めてやる。ただ、現状で満足している感がして、見ていても面白くない。それ以前に、今のお前の状態は俺の好みじゃない」
そんなこと言っても俺はアンタを楽しませるために生きているわけじゃありませんしー。
「そりゃそうだ。お前には俺を楽しませる義務はないし、俺の楽しみのために、お前の生き方をどうこうする権利も俺には無い。お前の人生はお前の物だから、好きにすれば良いとは思う」
じゃあ、良いじゃないですか。俺は領主をノンビリやっていたいんです。
「だが、それは俺にも言えることだな。俺は他人の自由を許容してやるから、他人にも俺の自由を許容してもらいたい。俺の自由を許容せずに、自分の自由だけを許してもらいたいってのは納得いかないんだよな」
それは分かる。でも、それだと世の中は無法地帯になってしまうんじゃないでしょうか? みんながみんな、他人の自由を許す代わりに自分の自由を主張していたらさ。
「随分と冴えているじゃないか」
褒められてしまいました。えへへ。
「まぁ、そんな風に冴えているのが問題ではあるんだけどな」
何が問題なんだよ。頭が良くなって悪いこととかあるか? 無いだろ。
「いや、有るだろ。お前もお前の周りも気づいていないし、おそらく俺しか把握していないだろうが、お前が周囲にそこまで迷惑をかけずに普通に領主をやれてるのが、その証拠だ」
だから、何の証拠だよ。普通に領主やれてるならいいじゃん。何の問題もないじゃん。
「お前、呪いが解けかけてるぞ」
はぁ、そうなんですか。確か頭の出来が悪くなるとか、そんな呪いでしたっけ?
「あぁ、そういう呪い。最近、セイリオスやユリアス・アークスに何度もボコボコにされた影響かもしれないな。調子の悪いテレビを叩いて直すっていう漫画とかアニメでしか見ない方法が人間相手にも効果があるとは思わなかったが」
テレビとか漫画が何なのか分からないんだけど。まぁ、なんにせよ、俺の頭の働きがマシになったってのは分かった。
セイリオスとかユリアスにボコボコにされたことは腹が立つけど、そのおかげで賢くなったなら、良いことじゃん。
「いやぁ、あまり良くはないな。少し前までのお前だったら、なんの躊躇もなくユリアスの所に攻め込んでいっただろう。なのに、今のお前ときたら領主程度に収まってダラダラと過ごしていやがる」
それだって別に良いじゃない。ユリアスと戦うと痛い思いをするし、勝ったからって別に何があるわけでもないんだぜ? それなのに、わざわざ大変な思いをしなけりゃならない理由とか俺にはねぇんだよ。
「お前には無くても、俺にはあるんだよな」
それなら自分で何とかしろよ。
「なんとかできないから、お前に頼んでいるんだろ?」
それもそうか。
「分かってくれて何より。じゃあ、俺の頼みを聞いてくれるか?」
聞くだけなら。
「そいつは嬉しいね。じゃあ、ユリアス・アークスを殺してこい」
いや、それは無理だろう。つーか、いきなり何を言ってるんだよ、こいつは。
「何って、ユリアスを俺のコレクションにしたいんだよ。俺はいろんな世界にいる強い奴を集めるのが趣味でね。あいつもコレクションの一つに加えたいなって思ったんだよ」
はぁ、そうなんですか。あまり良い趣味じゃないような気がしますね。俺は収集癖ってものがないから、物とかを必要以上に集めて喜ぶって感覚が分からないんだよね。
「コレクションにするにしても、魂ごと俺の手元に引っ張ってこなきゃ駄目なんだよ。あいつの魂はまだ肉体にへばりついたままだから、肉体を破壊するなりして、魂を解放しなけりゃならない。だから、お前に殺してこいって頼んでいるわけだ」
いやぁ、頼まれてもそれはちょっと……
「前は人の頼み事は断らなかったのに、今は後先を考えやがる。そういう風に後先を考えるようになったら、お前はどんどん弱くなるぜ?」
別に弱くなろうが、どうなろうが構わんけどね。仮に弱くなっていたとしても、勝つ方法はいくらでもあるしさ。そもそも個人の強さなんて重要じゃないし、俺は領主なんだし、いっぱいいる手下の力を借りる方がスマートだし賢いと思うんだよね。
「俺はそういうの好きじゃない。一人で千人を相手に一歩も引かずに何の策もなしに真正面から突っ込む奴の方が好き」
いやぁ、アナタ好みの人間になる義務があるわけじゃないんで、そんなことを言われても困ります。つーか、そういう奴が好きならユリアスとイチャイチャしてろよ。あのアホはこっちが千人いたって平気で突っ込んでくるぜ? ああ、だからアイツをコレクションの一つにしたいわけね。納得しました。
「納得してくれて、ありがとう。で、俺の頼みは引き受けてくれるのかな?」
それは絶対に嫌だ。ユリアスを殺してこいって? 俺の方が殺されちまうよ。せっかく、あの野郎が逃げ出して、どっかに引きこもってくれているのに、なんで俺の方から関わらなきゃいけないんだ。
「なるほど、そんなに嫌か」
心が読めてんなら分かるだろ? 絶対に嫌だ。
「だが、向こうはどう思っているんだろうな」
向こうって誰だよ。ユリアスのことか? あの野郎だって、俺らに反撃食らって逃げ出したんだから、俺たちにビビって何か仕掛けてきたりはしないだろ。
「それはどうだろうなぁ。まぁ、俺の勘ではお前は判断を間違えたと思うし、その間違いのしっぺ返しを食らう羽目になるのは間違いないと思うがね」
何をニヤニヤしてやがるんだろうね、この邪神野郎はさ。一体全体、俺が何を間違えたっていうんだよ。
「そんなん、ユリアスが逃げた瞬間に追わなかったことに決まってるだろ。以前のお前なら、相手が弱っていたなら、常識的な判断はせずに追いかけて殺しただろうに。俺の勘ではそれが正解だったが、お前はぐちゃぐちゃと余計なことを考えてユリアスを追わなかった。結局の所、お前はビビってたのさ」
ビビってたとか言われるのは面白くないぞ。でも、恐れを知らないってのが良いこととは限らないから、別にビビってても良いよね。むしろ、慎重と言ってほしい。
「敵が慎重な相手だったら、お前はどうする?」
はぁ? そんなんぶっ殺すに決まってるだろ。慎重なんて格好つけて言っているだけで、結局はビビっているだけだからな。
「――と、ユリアスも考えるだろうな。自分のことを追わなかったということは、結局の所ビビっているからであって、そんな奴らを恐れるわけがない」
結局、何が言いたいんだ?
「お前がユリアスと戦いたくなかろうが、そんなことは関係ないってことさ。まぁ、そう思って、準備でもしている――暇はないかもな。まぁ頑張れ。とにかく、俺の望みは関係ないが、俺の望み通りユリアスを殺さないと状況は改善しないだろうな」
いやいや、絶対に嫌だからな。俺は金輪際、あの野郎とは関わりませんから。
「向こうもそう思っているといいなぁ」
アスラさんがスゲェ楽しそうに笑っています。別にこの野郎に恨みとかはないし、嫌いでもないけど、なんか困ったことになりそうなのに笑ってられるとムカつきます。
「おっと、そいつは失礼。これ以上、怒らせる前にお暇するとしようか」
ここって、アスラさんの部屋だと思うんだけど、お暇するって、自分が人の家とかに行った先で帰る時に言う言葉だよな。
「お、賢いじゃないか。良く知っていたな」
褒められてしまいました。
「じゃあ、お前の方が帰るべきだな」
そう言って、アスラさんが指を鳴らす。すると俺の意識は段々と薄れていき……
「ユリアスを何とかできたら褒美を用意してやらんでもないから頑張って殺してこい。まぁ、アレも今度は本気も本気の全力を出してくるだろうから、お前も真剣にやらなければ、逆に殺されるだろうがな」
その言葉を最後に俺の意識はプッツリと途切れた――