アロルド・アークス英雄譚
「ふざけんな!」
テラノ砦からトゥーラ市へとやってきたエリアナさん達との、久しぶりの団欒の一時であったが、急にブチ切れたエリアナさんが手に持った本をぶん投げた。それによって場の空気は一変……するはずもなく、いつものことなので、みんな流していた。
何故にエリアナさんが怒っているかというと、原因はヌーベル君が貸してくれた『アロルド・アークス英雄譚』という本にある。これは俺の活躍を記したという本らしいが、その内容がエリアナさんのお気に召さなかったようだ。
「私のことが何一つ書いてない! 私のエピソードが一つもない! カタリナっぽい女の子のエピソードがまとめられた本は何冊もあるのに、私のことを書いてある本は一冊も無いってどういうこと!?」
俺はキレているエリアナさんをそのままに、自分の手元にある本に目を落とす。俺の持っている本も『アロルド・アークス英雄譚』であるが、著者が違う別版だ。ちょっと調べてみると『アロルド・アークス英雄譚』は何種類もあり、物語の内容も全く違うようだった。
「でたらめなことが書かれている本なのですから、むしろ書かれていないことを喜んだ方が良いかと」
そう言ってカタリナがエリアナをたしなめる。この件に関してはエリアナさんよりカタリナの方が被害を被っているよね。なにせ、本によってはカタリナをモデルにしたらしい女性と俺との濃密なベッドシーンが書かれているくらいだしさ。
「これは酷い。教会であんなことやこんなことを……っ!? まさか、そこまでするのか、アロルド殿!?」
本の中の俺は一体何をしているんでしょうかねヒルダさん。ちなみにヒルダさんをモデルにしたっぽい女騎士は何故か最初から仲間になっていたりするので時系列も滅茶苦茶だったりする。
「……オリアスが女の子になっている……」
キリエちゃんの読んでるバージョンではオリアスさんが女の子のようです。ついでに言っておくと、ヒルダがグレアムさんの役割を果たしているバージョンの本もあったりして、グレアムさんの存在が抹消されたりもしている。
「エイジくーん! エイジくーん! なんか一冊だけ、君の名前がハッキリと出ている本があるんですけどー! しかも、ありえないくらい活躍しているんですけど、どういうことなのかしらー!」
エリアナさんがエイジ君を呼んでいるけど、エイジ君は本が届いた瞬間に逃げ出してしまったので、この場にはいません。
「……私、攫われ過ぎではないでしょうか?」
「……私もいつも捕まっている」
カタリナとキリエちゃんをモデルにした感じの話は書きやすいようです。やっぱり聖女って肩書があったり、魔法使いの家に捕まっていたなんてエピソードがあると話を作りやすいんだろうね。カタリナは色々な悪党に攫われる聖女と呼ばれるお姫様で、キリエちゃんは悪い魔法使いに捕まっているお姫様にされちゃってるけどさ。
「なんで、私のエピソードが無いのかしら? 私って正妻だし、家を追放されたりとか物語にするエピソードには事欠かないはずなんだけど……」
でも、それだけじゃん。エリアナさんには悪いけど、俺とエリアナさんの馴れ初めなんて家を追い出されてベンチに座っていたところに声をかけただけだし、それで本を書くのは厳しいと思う。カタリナとかキリエちゃんみたいな劇的な展開がないわけだしさ。
「エリアナの性格は読者の受けが悪いのではないだろうか?」
おっと、ヒルダさん、とんでもないことを言ってしまいましたね。そんなことを言うと、エリアナさんが泣いてしまいますよ。
「アロルド君、ヒルダが酷いこと言ったぁー!」
ウソ泣きをしたエリアナさんが、ソファーに座って休憩してる俺に抱き着いてきました。密着したエリアナさんの体温と肌の柔らかさ、そして香ってくるエリアナさんの匂いに妙にドキドキする。
「私ってそんなに性格悪くないわよね? いつだって皆に優しくしてるもの」
コーネリウスさんから紹介された女の子たちに初日から上下関係を叩き込んでいたって話をメイド長から聞いているんですが、それでも優しいって言えるんでしょうかね。
でもまぁ、俺の胸板にエリアナさんのおっぱいが当たっている状況だと、俺はエリアナさんに対して悪い評価を下すことが出来ない状態になってしまうので、判断は控えておきましょう。
「……優しい人は商人の顔をグーパンしないと思う……」
キリエちゃんからとんでもない情報が入って来たんですがエリアナさん? またやったんですか?
商人どもが、いくら足元を見てくるからっていって顔面にグーパンは駄目ですよ?
「キリエちゃん、後でアナタが欲しいものを何でも買ってあげようと思うのだけれど、そんな風にアナタのために何かしてあげようとする優しい人が、人を殴ったりする人かしら?」
「勘違いしてた、殴ったのはエリアナじゃなくて、別の人だった」
買収の現場を目撃してしまったんだけど、どうしたもんでしょうか? 買収に屈しないようにキリエちゃんのお小遣いを増やすべきなんだろうか?
エリアナさんはキリエちゃんが買収に屈したことを確信すると、再びウソ泣きをしながら俺の胸に顔を埋め、涙ながらに俺に訴えかける。
「皆が私にあらぬ疑いをかけてくるの、何とかしてよアロルド君」
そして、エリアナさんは俺に密着しながら俺の顔を見上げてくる。
改めて見るととんでもない美人だった。人形よりも白く透き通りながらも、柔らかさと艶めかしさを感じさせる白い肌、宝石以上の美しい輝きを放つ瞳、薔薇の花のように紅く濡れた唇、白銀色の長い髪が揺れる様に至っては例えられるものが無いほどの美しさだ。だが――
「きっと、私が正妻であると都合の悪い連中が私を陥れようとしているんだわ。私がいなくなれば正妻の座に収まれるんだし、ヒルダ辺りが何か画策しているのよ」
口を開けば、この調子なのである。まぁ、そこが良いと思うようにしてます。
「待ってくれ、誤解だ!」
ヒルダが必死に弁解しようとしているけれど、そんなことをしても無駄だ。だって、みんな冗談だって分かってるしさ。
「エリアナさん、あまりからかっては駄目ですよ」
カタリナがエリアナさんをたしなめる。なんだか、こういうパターンが多いぞ。万事が万事控えめなカタリナであるが、エリアナさんに対してはちゃんと注意するし、エリアナさんもカタリナの言うことは聞くんだよね。
「ここにエリアナさんのことを書いているような記述がありますよ」
カタリナはずっと『アロルド・アークス英雄譚』を調べてくれていたのか、俺に密着しているエリアナさんに近づき、本ページを指で示す。
なになに、絶世の美女でありながら驕ることなく慈悲の心を持ち、民に尽くす姫君? はて? こんな人がいたかなカタリナさん? 俺は疑問に思い、カタリナを見るが、カタリナは穏やかな笑みを浮かべながら、俺の隣に腰掛ける。
「うーん、ちょっと短いけど、まぁ良いとしましょう」
どうやら納得してくれたようです。よかったよかった。しかし、俺は一体どれだけの女の子に手を出してるんだろうか? 創作だから良いのかもしれんけど、俺は行く先々で現地妻がいるんだけど、こういうことを書かれると俺が並外れてスケベみたいじゃん。
ヤバいのだと、俺が西部で退治したドラゴンが実は人間の女の子に変身できる存在で、俺はその子も嫁にしたみたいになってるし、イグニス帝国を率いていたのが実は王女で俺がその王女を手籠めにしたとかも書いてあったりする本もあるんだよね。いくら、受けが良いからって、そこまで事実から外れた物を書いても良いのか?
「ちょっと女騎士が活躍しすぎじゃない?」
事実と異なる点としてはヒルダをモデルにしたと思しき女騎士が活躍しすぎな点もあるね。自分をモデルにしたと思しき人物がいないエリアナさんがヒルダを睨んでいます。
西部でのドラゴン退治やイグニス帝国との戦争にも女騎士は参加していたり、事実を無視してヒルダさんをモデルにした女騎士は露骨な優遇がなされているように思う。
「あと、これだとカタリナが正妻みたいじゃない?」
そんなことないですよとカタリナがエリアナさんに微笑みかける。
しかし、事実として殆どの本で俺は聖女を助け出し、聖女と結ばれるみたいな感じで終わっており、俺の傍にいる女性で聖女の肩書があるのはカタリナのみなので本の内容と現実を結びつけると、どうしてもカタリナが俺の正妻のように思われてしまう。
実を言うと、既にヌーベル君が間違えていたりもする。カタリナに会った時、彼は『アロルド様の奥様であらせられる聖女様ですよね!』と屈託のない笑顔で言ってしまったのだ。あの場にエリアナさんがいなくて良かったと心から思う。
「しかし、思っていたよりもこういうのは恥ずかしいものなのだな。私も武門の生まれであるので、物語に語られる英雄には憧れていたが、実際に物語の題材にされると誇らしいというより恥ずかしいという気持ちが勝る」
ヒルダが話を変えようとしているのが分かる。このままだとエリアナさんに色々言われる予感がしているんだろう。なにせ、女騎士はむやみやたらに活躍しているからな。本によっては俺より強かったりするし、俺が女騎士の言いなりになっている物もあるしさ。
「私のことには全然触れられてないので、恥ずかしいとかは思いませーん」
エリアナさんと同じように俺も恥ずかしいとか思いませーん。
だって、俺のことを讃えて、書かれてるんだぜ? 多くの人間が俺のことをスゲェって思っていて、俺の凄さを世の中の人間に広めようとしてるんだから、感謝の気持ちしかないね。
恥ずかしいとかは有名税だし、そもそもそんなこと思わない。むしろ、もっと広めて貰ってもいいくらいだぜ。
「……アロルドがオリアスとかグレアムといやらしいことしているんだけど……」
前言撤回、こういう本は根絶やしにした方が良いな。とりあえず、ウチの領地では禁書扱いにしておこう。
こういう話を書いてるからストーリーが進まねぇんだよな




