ヴィンラント子爵領
商人の護衛の人達がいなくなってからも旅はそれなりに順調だった。いなくなった奴らの代わりに商人の護衛をやることになったが、特に問題はない。頻繁に野盗に襲われたが、それもまぁ、簡単にカタがつく程度のものだった。ちょっと治安悪すぎて、都会っ子の俺としては、南部には住みたくないなぁと思ったりはした。
ときどき立ち寄る村や町とかでは、魔物の討伐に加えて、盗賊団の捕縛を頼まれたりで、中々に儲かった。魔物は当然、殺すことが要求されたが、盗賊団の方は生死問わずだったので、斬り捨てることもあれば、両手足の骨を折って引きずって帰ったりとかした。
連れていった冒険者予定の奴らは人と戦うのに抵抗のあるものが多かったが、盗賊団を三つほど潰した辺りから慣れてきたようで、躊躇が無くなっていった。色々と盗賊に対して思うことがあったようだが、俺は特に何も思わなかったので、気にならなかった。
まぁ、そんなこんなで、村や町を旅して回っているうちに、冒険者の評判も広まっていっているようだった。俺は俗物なのでチヤホヤされるのは嫌いじゃない。エリアナさん的には予想以上に上手くいっているようで、ご満悦といった表情だった。南部で冒険者が受け入れられる下地は出来つつあるらしい。
あと、意外に評判が良かったのは。オリアスの『冷却箱』で、作り方をよく聞かれた。
飲み物を冷やすぐらいしか役に立たない箱の何が良いのか分からないが、適当に古式魔法使いのオリアスが魔物の死体から取れる、魔石を使って作ったとか言っておいた。
魔物の死体からとか言うと、大抵の奴が微妙な表情をするが、何が気に食わないんだろうかね。魔物の死体とか嫌いですか? まぁ、俺も嫌いだけど。汚そうだし。
でもまぁ、洗ってるみたいだし、気にしなくても良いんじゃないかなと思っていると、『アンタのような人が使ってるんだし、大丈夫か……』とかなんとか、俺の何を知ってんだよ。とか思ったけど、黙ってました。嘘です、酔っ払ってて話すのが面倒だっただけです。
そういえば『古式魔法使いって大丈夫なのか? あいつらは邪法を使うらしいぞ』とか、『でも、この人と付き合いがあるんだぞ。悪い奴らか?』とか言っていたが、どういう意味なんですかね? 古式魔法使いであることと人格や信用の関連性が俺には良くわかりませんね。
ああ、大丈夫かどうかと言われれば、駄目だと思いますよ。あいつら魔物の死体から魔石を抜くために、魔物の腹を掻っ捌いてますから、すっげぇ猟奇的な感じだし。まぁ、そのことは言いませんけどね。俺は悪口は言わない主義だし。
そういう色々がありつつも、俺の旅はつつがなく進み、王都から旅に出て二週間。
旅の目的地らしい、ヴィンラント子爵領に到着しました。いやぁ、田舎田舎。畑、森、村、森、町、森、森、畑、森、山、森って感じで、超田舎ですよ。人間の住むところじゃないなぁ。絶対に住んでるやつとか、土人だぜ。言葉が通じるか心配になるレベルで田舎だよ。
エリアナさんが言うには、アドラ王国でも魔物の被害が特に多い地域らしいとか。ここで名前を売っておくと、今後冒険者の仕事がやり易くなるとか。どうしてかは分からないけど、あれだろう。印象に残るとか、長く雇ってもらえそうとか、そういう感じか?
良く分からんけど、適当に魔物が多いところで活躍したとしても、雑魚の印象は消えないけど、それなりの所で活躍すれば、結構やるじゃんとか思われたり? あと、活躍しとけば、この辺りの人らが冒険者を頼りにするようになるから、仕事に困らなくなる感じかな?
まぁ、何でもいいけど。とりあえず魔物を斬っとけば、それで良いって話だろうと思ったので、俺は考えることをやめました。
やることは変わらないだろうと思ってヴィンラント子爵領に入った俺ですが、速攻で事件に遭いました。馬車でノンビリと移動中に、馬に乗った奴らに囲まれたんですよ。
なんか周りは慌てていたけど、攻撃する気配がなかったので、俺は無視。集団で人を囲みたいという衝動でもある人たちなんだろうと思って、放っておいた。なんかあったとして、皆殺しにすればいいだけなので、気が楽だったということもある。
周りは騒いでいたが、気にせずにいると、流れでとある屋敷に連れていかれた。なんかあったらしいけど、寝ていたので、状況は把握していない。
俺に話があるからついて来いとかなんとか。俺が知らない人にホイホイとついて行ってしまうような男だと思っているなら、その目は節穴だ。とか、思いながら、俺はホイホイついて行った。ついて来いって言うくらいだから、色々あるんだろうし、ついていってやらないと可哀想な気がしたので。エリアナさんとカタリナも一応連れていく、俺は難しい話をしたくはないので、それは全てエリアナさん任せ。
そういわけで、ついて行った屋敷は兵士の詰所?って感じで、ショボかった。俺たちを連れてきた奴も良く見ると、装備がショボかった。貧乏人ですかね。可哀想に。すれ違う奴らも、身体とかを鍛えているのは見て分かるけれど、身につける装備はショボい。なんだよ、貧乏人の集まりか。関わると俺の金運も落ちそうだから勘弁してくださいとか思っていると、偉いらしい男と会うことになった。
偉いとか偉くないとか、俺は良く分からんが、世間の人が偉いと言っているんなら偉いんだろうと思い、真面目な顔をしておいた。
俺が会った男は、グレアム・ヴィンラントとかいう名前のヘラヘラした赤い髪の男だった。俺より少し年上かな? なんというか、悪い人ではないとは思うよ。すげー俺の事、斬りたそうな気配がしてるけど。
「いやぁ、キミらの話は俺も聞いてるよ。冒険者だっけ? いいねぇ、魔物とか盗賊切ってればお金を貰えるんだろ? 羨ましいよ」
笑いながら話してるけど、このグレアムって人、俺をめっちゃ意識してるんだけど。エリアナさんが色々言ってるけど、適当に話を聞いてるだけで、それよりも俺の方に殺気が飛んできてるんだけど。これって、どうすれば良いんだろうかね。ちゃんと人の話は聞いた方が良いと思うんだけど、そのことを伝えた方がいいんかしら?
「――という条件で、冒険者の活動を認めてもらいたいのですが」
「ああ、俺は良いと思うよ。細かい話は俺の弟にして欲しいけど。たぶん嫌がらないんじゃないかな。魔物が多くて困ってるらしいし」
うーん、このグレアムって人、エリアナさんの話を聞いていない感じがするぞ。そういうのは良くない。そういえば、エリアナさんは何を話していたんでしょうね。まぁ、いいか。
「それよりも、俺はそっちのアロルド君の武勇伝の方が聞きたいな」
なんか、話しかけてきましたよ。ヘラヘラしてるけど、俺のこと斬りたそうな気配が感じられます。すっごくヤバい人ですね。帰ってくれませんかね。気持ち悪いんで。
そもそも武勇伝って何を話せばいいんですかね。猪とか蛇とかオークとかを殺して回った話ですかね。これは俺に恥をかかせようとしているんでしょうか、猪とか倒したくらいで良い気になるなよという感じでしょうか? ここで良い気になって、今までのことを話すと馬鹿にされるという展開か。よし、理解したから、誤魔化しておこう。
「別にたいしたことはしてないさ」
なんか、そう言ったらグレアムさんの目が細くなりました。眠いのかな? 睡眠時間がきちんと取れてないとは自己管理が出来てない奴だ。思わず『フッ』って笑ってしまったら、グレアムさんも『フッ』て、笑いましたよ。やっぱり笑顔と笑顔で通じる心って奴だね。
「俺も一応はヴィンラント自由騎士団を預かる身だから、色々と活躍を聞きたかったんだけどね。まぁ、本音を言えば、アロルド君がどれくらい強いのか興味があったんだけど、話はしてくれないみたいだし、聞くのは諦めるよ」
「だったら、手合わせでもすればいい。俺は構わない」
気になるなら戦えばいいじゃないとか、思ってグレアムさんに言ったんだけど、なんかグレアムさんは首を横に振っています。
「それは良いね。いつか頼むよ」
そうっすか。じゃあ、そのうちって感じで、俺たちはお暇することにしました。俺たちが帰ろうとすると、グレアムさんも立ちあがり、別れの挨拶をしようとしたのか、俺たちに近寄ってきたので――
俺はグレアムさんに前蹴りを叩き込んでやりました。
だって、斬る気配満々だったし、帯剣してたし、しょうがないよね。それに手合わせだって、いつかとか言っていたけど、それって今かもしれないわけだし、場所とかも指定してないし、手合わせとか既にスタートしてる感じなのかもしれないので、攻撃を戸惑う理由はないから蹴りました。
結構、力を込めて蹴ったので、死んだかもしれないけど、それも手合わせだから仕方ないね。どれくらいの力かと言うと、盗賊を蹴っ飛ばしたら、内臓が破れて、背骨も一緒にへし折れるくらいの力。まぁ死んだら、鍛え方が足りないって感じで、グレアムさんの方が悪いだろう。
でもまぁ、そういう心配はいらなかったようで、グレアムさんは腕一本で防いでいました。とりあえず、俺は、何が楽しいのか分からないけれどもニヤついているグレアムさんの顔面を殴ろうとしたけれども、空ぶってしまった。
思いのほか素早かった、グレアムさんは後ろに俺の拳を避けつつ剣を抜いて、俺を斬ろうとするので、グレアムさんの剣を手甲で防御する。
うーん、強いかもしれんね。手合わせとはいえ、負けるのは嫌だしどうすっかなぁとか、思っているとグレアムさんが剣を鞘に収める。
「いやぁ、強い強い。噂以上だ。これは敵わないなぁ」
なんだか、楽しそうです。おや、エリアナさん、どうしたんですか?顔が引き攣っていますよ。何かありましたか。カタリナの方は顔が青いし、楽しそうなグレアムさんを見習って。
「上手いだけの使い手かと思ったけど、違ったようだ。悪いねぇ、こんなことして」
「何かしたか?」
何の話をしてるんでしょうかね? 同意の上でやった手合わせの話じゃなくて? 悪いことをされた記憶が無いので。全く分からないんですが。ところで、グレアムさん、少し殺気が増してますがどうしたんでしょう?
「そうかそうか、何もしてないか。うん、楽しみが増えるね」
なんなんですかね、この人。自己完結してますよ、怖いなぁ。まぁ、一応了承したし、手合わせ程度ならいつでも受けるけど。
「今日は結構楽しかった。お礼にヴィンラント子爵領にいる限りは、ヴィンラント自由騎士団が色々と手助けをしてあげよう。俺の弟に何も言われなければだけど」
グレアムさんにそんなことを言われて、俺たちは帰る運びとなったわけで、しかしなんなんですかね。あの人、帰り際に『今度、やる時は本気でね』とか言っていたけど、意味が分かりません。あと、エリアナさんとカタリナの顔色悪いんだけど、どうしたんだろう。うーん分からん。
なんか、色々とめんどくさそうな予感がしてきたので、帰りたくなってきたな。
南部の人って、初対面の相手に真剣を抜いて手合わせするような脳味噌まで筋肉みたいな人のようだし、俺みたいな都会っ子にはついていけないよ。はぁ、こんなところで仕事とか泣きたくなってくるなぁ……




