引き抜き事件
鉄道が完成するまで俺だって何もしていなかったわけじゃない。
なんだか良く分からんけど、俺の所に色々な報告が来たりして困ったり、困らなかったり、俺は困らなくても、他の人が困ったり色々とあったりします。例えば――
「これってウチの物じゃないわよね」
アドラ王国からガルデナ山脈を越えて、テラノ砦に運び込まれた物資をチェックしながらエリアナさんが言った。
その手に握られているのは、どう見ても銃である。銃であるなら俺の冒険者ギルドとその傘下の工房及び工場でしか作られていないはずなので、ウチの物だと思うんだけど、何を言っているんでしょうかね?
「えぇまぁ。東部のケイネンハイム大公領にできた工場で製造された新式銃らしく、実地試験を依頼されたので持ってきました」
輸送隊の冒険者は素直に答えた。その様子を見て、エリアナさんはこいつにこれ以上聞いても無駄だと判断したのか、もう冒険者の方は気にせず新式銃の方に興味を示す。ただまぁ、興味を示したところでね。
「使い方が分からないわ」
というわけで、グレアムさんを呼んでくることにしました。
俺も銃は苦手ですし、初めての銃となると多分、上手く使えません。こういう時は熟練者を呼んでくるのが一番で、そうなるとグレアムさんが良いような気がしますね。
「いやぁ、俺も射撃の名手ってわけじゃないから、新しい銃とかになると上手く使えないかもよ」
やってきたグレアムはそんなことを言っているけど、新式銃を受け取ると手慣れた動作で状態の確認を行う。
「ウチの銃より、一回り大きいくらいかねぇ。そのせいか、ちょっと重いけど頑丈そうだ。銃身に使ってる鉄はウチの物より明らかに良いけど、精度はこちらの方が上かな?
ただ、これは鋳造なのに対して、ウチのは金属加工の魔法を使って職人技で仕上げてるが故の差だから、生産性はコレの方が上かもしれなないねぇ」
グレアムさんは用意された弾を銃に込める。新式銃はウチと同じ中折れ式で、一発ずつ弾を込めて発射する単発銃のようだ。あまり戸惑う様子が無いから、弾もウチと同じ感じなんだろうか?
「じゃあ、撃つよ」
そう言って、グレアムさんは用意した的に狙いをつけて引き金を引く。すると、的は容易く砕け散った。
「うん、良いねぇ。もう何発か行こうか」
そう言って、グレアムさんは新式銃に再び弾を込める的に向けて銃を撃ち、段々と距離を遠くしていく。
「……とりあえず使い勝手は分かった」
そう言ってグレアムさんは新式銃を俺達に見せるように持つ。
「この銃は俺たちの使っているのと違って散弾っていう、飛び散って広い範囲に当たる弾を使うんだ。精度でこちらに劣るから、狙いが甘くても広範囲をカバーできるように考えたんだろうねぇ。
それによって近距離ではウチの銃より威力は出るようにもなった。ただし、ウチの銃ほど遠くには届かないかな?」
へぇ、そうなんですか。なんだかウチの製品よりも良さそうだけど大丈夫かな? ウチのが売れなくなったら、俺は貧乏になってしまうんだろうか?
「それが市場に出回るようになったら、ウチの銃はどうなるのかしら?」
「軍用はどうなるかは分からないけど、民間用には確実に新式銃の方が売れるだろうねぇ。農村部の人々が自衛用に持つにしたって、新式銃の方が遥かに良いから」
「どうしてかしら?」
「まず安いのが大きいねぇ。弾はどうだか知らないけど、銃の方は銃身を鋳造で作れるからウチのような職人の技術で作るのよりは安くなる。
性能にしたって、民間人は長距離を狙うってことは少ないんだから、わざわざウチの高価な銃を買う必要はない。
あと、威力もあるねぇ。ウチの銃だと一般人が出会う可能性ある攻撃対象の中で、ゴブリン程度なら一発で止められるけど、オークとか大型の獣は無理な場合が多くて、何人かで一斉射撃をしないと確実性が無い。
その点、新式銃はオーク程度なら一発で行動不能なダメージを負わせられるくらいだし、護身用にもウチのよりかは信頼性がある」
うーん、なんだか良く分からないけど、ウチの銃は命中精度と射程距離くらいしか良いところがないってことか?
だけど、命中精度は散弾で補えるし、射程距離だって普通に生きてれば、遠くの敵を狙うってことは殆どないし、そうなるとウチの銃を買う必要なんて無くない?
「というわけで、ウチでも使いたいから、エリアナにはこれを1000丁ほど買ってもらいたいんだが?」
俺は買っても良いと思うんだけど、エリアナさんがね。どう言うかなんだけど……
「どうしても必要なの?」
「レブナント相手だとウチの銃は効き目が薄いんだよねぇ。痛覚が無いのと、急所以外に当たっても効果が薄いせいで、一発二発当てた所で止まらないんだよ。
その点、ケイネンハイム大公の所の新式銃は良いねぇ。威力があるし、散弾だから着弾範囲も広めで、急所に当たりやすいから、レブナント相手には有効だよ」
剣とか槍を使う方が有効だと思うけどね。ただ、大勢のレブナントを相手に剣で近接戦をやれる奴ばかりじゃないんだし、弱い奴らのためにも銃は重要だよね。
「有効であるなら買うべきだな」
まぁ、お金の管理はエリアナさんですから、エリアナさんが嫌って言えば、無しの方向性で行きましょう。
「むぅ、アロルド君が言うなら、仕方ないか。ただ、市場のシェアを奪われるのは避けたいのだけれど……」
その点も大丈夫じゃないかね? 魔物が出た時の護身用ってことで農村部とかの一般人には広まるかもしれないけど、軍用にはウチの銃の方が使われると思うよ? だって、遠くから一方的に攻撃できるしさ。
「こちらの銃にも利点はあるのだから、自信を持て」
とりあえず、不安そうなエリアナさんを励ましておきました。しかし、エリアナさんの顔を晴れません。
「なんだか、嫌な予感がするのだけれど……」
はぁ、そうなんですか? 俺は全然そんな気がしないけどね。一体全体、エリアナさんはどういう根拠を持って嫌な予感を抱いているのだろうか? まぁ、根拠があったら予感にならないんだけどさ。
「心配するな。俺は悪い予感などしない」
根拠は無いけど勇気づけておきました。俺としては、むしろ良いことが起きそうな気がするから、しばらく様子を見てみましょうって感じです。
そして数日後――
「やられた!」
エリアナさんが怒り心頭といった様子で、俺の部屋に入ってきました。俺は穏やかに休養を取っている最中なので静かにしてほしいんだけど。
「どうなさったのですか?」
うつぶせになった俺の背中をマッサージするカタリナが尋ねる。その最中にあっても、俺の体を揉む手は止まらない。
カタリナはボロボロになった俺の体に回復魔法を掛けつつ揉み解して治療してくれているのだけれど、これが非常に気持ちいい。スベスベとしたカタリナの手の感触もいいけれど、マッサージの技術と回復魔法の相乗効果で固まった筋肉が溶けていくような感じが良い。
ちなみに治療の都合上、俺は素っ裸でベッドにうつぶせになっているので、ちょっと怪しい店みたいな感じになっている。一応、尻の上には布がかかっているので、色んな物が丸出しになることは避けている。
「どうなさったも何もないわ! 引き抜きよ、引き抜き! ケイネンハイム大公の所がウチの職人を引き抜いて、新式銃を作らせていたの!」
はぁ、そうなんですか。まぁ、いいんじゃないですかね。別に奴隷ってわけじゃないし、働く場所を選ぶ自由はあると思うんだ。
「この手紙を見てよ! もう、ほんと信じられない!」
エリアナさんが俺の前に手紙を差し出す。そういえば、何日か前に王都宛の手紙を書いてましたね。その返事が返って来たってことなんだろうね。で、内容は――
「まぁ、たいしたことではないな」
色々と細かいことが書いてあったので、読む気が無くなりました。
「たいしたことではないってなによ! ウチの給料の三倍出すって言って引き抜いていったのよ! それにケイネンハイム大公領で建設された工場も、ウチから引き抜かれた奴らがノウハウを提供してるし、完全な裏切りよ!」
裏切りとは穏やかじゃないなぁ。エリアナさんは好きだけど、そういう言い方をするのは良くないと思うんだよね。
「別に忠誠を誓えと言ったわけでもないんだ。俺達とそいつらは金銭と対価の労働だけで結ばれていただけなのだから、俺達より良い条件を出す奴らにつくのも仕方ないし、それをする自由もある。
そうされたくないなら、俺達の側が更に良い条件を出すか、逃げた職人を一人か二人惨たらしく殺して、適当に脅しをかけておくのが筋というもの――っ!?」
なんか、スゲー痛かったんですけどカタリナさん? なんか怒ってますか? 怒っているなら申し訳ない。何が悪いかは分からないけど、謝罪の気持ちで俺の胸はいっぱいです。
なので、エリアナさんに言おうと思って胸にためていたセリフが全部どっか行ってしまいました。
「まぁ、あれだ。飴と鞭のどちらも与えずに、漫然と餌を与え続けているだけで、自分に懐くだろうと思っていたが故の失敗だな」
まぁ、餌を与え続けているだけでも懐く奴はいるだろうけどね。
「……別に失敗じゃないし」
あら、エリアナさんが頬っぺたを膨らませてますね。どうしたんでしょうか。もしかして、俺が色々と言ったのが良くなかったのかな。心なしか、カタリナさんの手の力が強くなっているような。
「まぁ、実際に失敗ではないな。結果的には俺たちの工場や工房では作れない武器が作られて、俺達の役に立っているのだから、問題はない」
俺達の所にいたら、延々と同じ銃か同じ方向性の武器を作らされていたわけだし、それだと新しい考えみたいなのが発表しづらかったろうし、新式銃は出来なかったよね。それ考えると、ケイネンハイムさんの所に行ってくれてよかったかもね。
逆にケイネンハイムさんの所から、俺達の所に来た方が良い人もいるかもしれないね。
「まぁ、その答えで納得できないならやり返せばいい。ケイネンハイム大公の所から職人を引き抜くのも良いだろう。シェアが奪われるというなら、向こうと全く同じ物を作ってもいいだろう」
同じ物なら、既に銃を製造販売しているこっち側の方が元祖だし、オリジナルと思ってくれそうだよね。後発オリジナルとかおかしいような気がするけれど、世の中おかしいことばかりだし、気にするようなことじゃないね。
それかケイネンハイム大公の所の銃を買った上で、冒険者ギルドの紋章とかくっつけて、こっちが本物ですとかやってみる?
結局ケイネンハイムさんの所から買わないといけないけど、二倍くらいの値段で売れば大丈夫だと思うんだ。ケイネンハイムさんの所の奴が安いのは偽物だからだって噂を流してみたりとかしてみれば何とかなりそう。
別に儲けを出すのが目的ってわけじゃなくて、エリアナさんの不満を解消するってのが目的だから、手段はいくらでもあると思うの。
「金はいくら使っても構わん。好きにやると良い」
「……本当に好き勝手やってもいいのかしら?」
なんだか、エリアナさんがすごく楽しそうですね。
「罪も無い人を悲しませるようなことは慎んでくださいね?」
カタリナさんがエリアナさんに釘を刺していますね。ちなみに俺に対しても何か言いたいのか、マッサージする手には結構な力が込められている。
「アロルド様もエリアナさんを煽ってはいけませんよ? ケイネンハイム大公閣下には色々とお世話になっているのですから、ご迷惑をお掛けすることは避けるべきです」
煽ってるつもりは全く無いんですがね。俺はエリアナさんがやりたいことをできるように応援しているだけなんだけど。
まぁ、ケイネンハイムさんに迷惑をかけるのは俺も良くないと思いますよ。俺も結構、お金の関係でお世話になってますし、人間的にも嫌いな部分は少ないし、将来的には、ああいうハンサムなおじさんになりたいとも思うので、目標とも言える存在ですし。
ただまぁ、お金の関係――借金に関しては、ぶち殺して踏み倒してやろうかなって思う時もあるけどさ。
「できれば、エリアナさんが何かする前に連絡を取った方がいいかもしれません」
「迷惑をかけるとでも伝えておけばいいのか?」
手紙を書くのって面倒くさいんだよね。でもまぁ、手紙だけで済むと思えば楽か。俺ってケイネンハイムさんに好かれてると思うし、なんとでもなるだろ。
「よし、やってやるわ! 私を舐めた報いを受けさせてやる!」
そんな風に気合いが入っているエリアナさんを横目に俺は手紙を書きました。つっても、書くのはエイジ君だけどね。
「なんて書けば良いんですか?」
「迷惑をかけることになっても許せ。そっちが喧嘩を売って来たんだから仕方ない。俺の将来の妻が怒りを抱いているので配慮しろ。場合によっては貴様をぶっ殺すことも辞さない。文句があるなら言いに来い。遺書は常に用意しておけ――ということを上手く書け」
何を言っているんだコイツって感じでエイジ君が俺を見てるんだけど、そういうのは良くないと思う。不満があるんだったら自分で考えて書けよ、俺に考えさせるんじゃねぇ。
そんな感じで、ケイネンハイムさんに手紙を送ってから数日後。鉄道の実験が終わり、実際の運行に向けての調整が行われ始めた、ある日のこと――
「ケイネンハイム大公の使いと名乗る方が来ているんですが……」
なんの用ですかね? 遊びに来るなら連絡するべきだと思うんだけど、そういう常識は無いんでしょうか、信じられないんだけど。
「通せ」
無礼だとは思うけど、断る理由も無いしね。
今日も今日とてカタリナにマッサージをしてもらってるわけだけど、別に問題ないよね。
「ケイネンハイム大公の長子とも名乗っているのですが、本当にお通ししてよろしいんですか?」
さっき、通せって言ったと思うんだけどね。
「構わん、通せ」
何度も言わせないで欲しいもんだぜ。
しかし、ケイネンハイムさんの所のお子さんですか。どういう感じの人なんだろうね?
せっかくだし、仲良くできると良いんだけども、ムカつく奴じゃないといいなぁ。