最強の騎士
小剣を両手に持ち、上半身を揺らしながら腰の据わらない構えを取るユリアスに対して、俺は長剣を両手で持ち、どっしりと構える。ユリアスの野郎がどう考えているかは知らんが、俺は一撃必殺狙いだ。小細工を弄するのは好きじゃないし、そもそも俺はそういう剣技が苦手なんです。
とにかく速く、とにかく重くという単純明快な攻撃。それを行うために俺は〈強化〉の魔法で身体能力を上げる。
「はっ、笑えるぜ」
ユリアスが俺を見て鼻で笑うが、何が可笑しいか分からないし、笑ってる理由を知りたいとも思わないので、俺は全力で踏み込んで距離を詰め、必殺の気構えで剣を振り下ろす。普通の相手なら、仕留められなくても、吹っ飛ばすくらいは出来る手ごたえ。だが、ユリアスは――
「貧弱にも程があるなぁ、坊ちゃん」
小剣を交差させ、苦も無く俺の剣を受け止めていた。とはいえ、そういうこともあるだろうと思うので、俺はそのまま剣を握る手に力を込める。すると、ユリアスの小剣は段々と俺の剣に押されていき、ユリアス自身も後ずさる。
「だれが貧弱なのかな? 遠慮せずに力を入れていいんだぞ?」
なんだか弱い者いじめをしている気分になってきたので、もっと頑張れって伝えました。すると、ユリアスは不敵な笑みを浮かべて言う。
「へぇ、そうかい。じゃあ、お言葉に甘えるか」
その言葉の直後にユリアスの力が急激に増し、ユリアスの小剣が俺の剣を押し返し、俺の体が弾き飛ばされる。だが、俺は咄嗟に受け身を取り、体勢を整える。
「おいおい、でっかい体の中身は空気か何かか? 軽すぎてビビるぜ」
「そっちは頭の中身が空気みたいだな」
意味は良く分からんけど、なんとなく悪口を言われている感じだったので、同じ悪口を返してやりつつ、俺は再びユリアスに斬りかかるために動き出す。だが、その直後に顎に衝撃が走り、頭がのけ反る。
「遅ぇんだよなぁ」
俺が動き出すよりも早く、ユリアスの膝蹴りが俺の顎にぶち込まれていた。とはいえ、凄まじく痛いのと、頭の中身が揺れているだけで、死にはしないので頑張って反撃しようと思う。幸いにも相手の方から近づいてきてくれたので、俺は膝蹴りを叩き込んだ体勢のままのユリアス目掛けて片手で剣を振る。
俺が振った剣を躱しきれず、ユリアスは直撃を受けて吹き飛んでいく。しかし、肉を斬ったという手応えは無く、恐らく小剣に防がれたのだろうということが分かる。事実、ユリアスは何事もなかったかのように立ち上がった。
「今のだって普通なら死んでるんだがなぁ。首が千切れるか、頭が砕けるかで、大体の奴は殺せていたんだが――」
俺はユリアスの言葉を最後まで聞かずに距離を詰め、片手で側頭部目掛けて剣を振る。それをユリアスは左の小剣だけで受け止めつつ、右の小剣を俺の脇腹へと振るう。俺は、その攻撃を左腕に着けた鋼鉄製の手甲で受け止めて防ぐ。俺もユリアスも相手に攻撃を通そうと剣に力を込めるが押し切れない。
密着状態で腕が塞がっている状態、それでも俺は攻撃を当てたかったので、目の前にあるユリアスの顔面に頭突きを放つ。だが、ユリアスも同じことを考えていたのか、奴の額と俺の額が激突する。脳味噌が揺れて、衝撃で目の前に星が瞬くが、それでも俺はもう一度頭突きを放つ。
一回、二回、三回、俺は意地になっていないが、向こうが意地になっているのか、何度も頭突きをぶつけ合い、そして四回目――ユリアスの頭突きに負けた俺の頭が後ろにのけ反り、続けてユリアスの蹴りが俺の腹に当たり、俺は吹き飛ばされた。
「全然、効いてないな」
俺はすぐさま立ち上がり、頑張って嘘をつきました。本当はゲロを吐きたい気分だけど、それをやったら負けな気がするので我慢します。こんなことなら、鎧を着てくれば良かったと後悔中。
「えー嘘だろ? 全力で攻撃したのに無傷かよぉ。もしかして、お前ってスゲー強いのか?」
ユリアスは口では驚いたように言っているが、その顔はこちらを小馬鹿にするようにニヤニヤしている。なんか、ムカつくのでもう一回仕掛けよう。そう思ったら、ユリアスの方から距離を詰めてきた。
近づきつつ投げてくるのは右の小剣。俺はそれを剣で弾き飛ばすと、続けてユリアスが左の小剣で斬りつけてくるので、それを剣で弾くように防ぐ。さっきのように受け止めると同じような結果になりそうなので、防ぎ方を変えてみたが、防ぎきれずに俺の長剣がユリアスの小剣に弾かれた。
俺は一歩後ろに下がり、小剣を間合いを外して避けるが、ユリアスも一歩踏み込み、再び左の小剣を振る。俺はもう一度、剣で防ごうとするが、やはり弾かれ、後ろに下がらざるをえない。
「おいおい、逃げるばっかりか?」
さらに二度三度と俺はユリアスの剣を防ぐが、反撃に転ずることは出来ずに防戦一方となる。これでは良くないと思い、攻撃に転ずるタイミングを探ろうとする。だが――
「じゃあ、逃げられねぇようにしないとな」
その言葉の直後に背中に痛みが走り、防御の手が緩む。それによって辛うじて防いでいたユリアスの剣に俺の剣が大きく弾かれ、俺は大きく体勢を崩す。
「逝っちまいな」
そして、ユリアスは右の拳を大きく振りかぶり、俺を殴りつけ――そして、俺は空を飛んだ。突きあげるようにして放たれたユリアスの拳が、俺を天高く打ち上げたからだ。
どれだけ高く打ち上げたのか、下に町と屋敷が見え、遠くには最初に訪れた村が微かに見える。こういう視点もたまには悪くないが、問題はどうやって降りるかだ。まぁ、何を考えた所で無事に降りる方法は無く、地面に墜落するしかないわけで――そんなことを考えているうちに、俺は全身に凄まじい衝撃を受けて、意識が途切れ――――
「――大将っ! 何があったんですか!?」
――目を覚ますと、屋敷には連れて行かず街中を探索させていた冒険者の顔が目に入った。なんで、そんな奴がいるのか分からんのだけど。
「向こうの屋敷に行っていたんじゃないんですか? それが急に飛んできて、いやマジで何があったんですか?」
冒険者が指で示す先には屋敷が見える。距離は数百メートルくらいあるか? つーか、周りを見たら、最初にやってきた市場じゃん。もしかして、あの野郎、ここまで俺を殴り飛ばしたとかそういうことか? アホだろ、普通だったら絶対死ぬわ。つーか、俺も死にそう。全身が死ぬほど痛い。
「うわっ、背中に剣が刺さってますよ!」
マジかよ。俺は背中に手を伸ばして、剣を引き抜き、ついでに全身に回復魔法をかける。これで多少はマシになったと思いつつ、背中に刺さっていた剣を眺める。すると、それはユリアスの小剣であることが分かった。確か投げつけてきたので弾いたと思ったが、なんでそれが背中に刺さるのか俺には良く分からん。それはそうと、俺の剣は何処行った?
「とりあえず、グレアムさんを呼びに行きましょうか?」
冒険者が俺を心配して声をかけてくれるが黙っていて欲しいと思う。正直、全身が痛くて話したくないし、人と関わりたくない気分なんだ。
そんなことを思っていると、遠くに銃声が鳴り響き始めた。おそらくユリアスがこっちに向かってきているんだろう。ダメージのせいで気持ちが弱くなってるのか、マジで来るなって気分になってきた。もう、帰りたいんだが。
「なんだ!?」
俺を心配してくれた冒険者が銃声のする方に振り向くと、そちらの方向から武器を構えた冒険者数名が走ってやってくるのが見えた。
「ヤバいのがいる! 手を貸せ!」
「なんだと!」
俺の心配をしてくれていた冒険者も武器を手に、やって来た冒険者たちに合流する。その直後に俺を追いかけてきたと思しきユリアスが姿を現す。
「これでも死なねぇのか? マジでスゲェな、坊ちゃんよぉ」
ユリアスの前には武器を構えた冒険者が何人もいるが、奴が見ているのは俺だけだ。その視線の意味を察したのか、冒険者たちが声を上げる。
「狙いは閣下だ! 閣下を守れ!」
閣下だとか大将だとか敬称が多いなぁ、俺って。おっと、余計なことを考えていました。今はユリアスを冒険者達が倒してくれることを期待したいところなんだけど――
「撃て!」
ユリアスに向けて銃を構えた冒険者たちが発砲するが、ユリアスは気にせずに銃弾に向けて突っ込む。どういう武器か知らないための行動かと思ったが、ユリアスは放たれた銃弾を躱しながら、最短距離で俺に向かって突っ込んでくる。
「銃では無理だ!」
そう叫んだ冒険者がユリアスの前に立ち、剣を構えるが、ユリアスが走りながら無造作に振るった小剣に当たると、その衝撃で上半身が吹き飛ぶ。その様を見ても、冒険者は怯えずユリアスに向かっていく。だが、数人がかりでも、俺に向かってくるユリアスは一秒も止められない。
ユリアスが冒険者たちの横を駆け抜ける度に、ユリアスの剣によって冒険者たちは斬り伏せられ、気づいた時には、ユリアスの前にいた冒険者たちは全て倒れていた。
「割と根性あって好きだぜ、こいつら」
ユリアスが俺に向かって突っ込んでくる。俺は背中に刺さっていた小剣を、持ち主であるユリアスに向けて投げつける。だが、投げた小剣はユリアスに向かっていく途中で方向を変えて俺に向かって飛んできた。
俺は向かってくる小剣を剣で防ごうと思ったが、俺の剣は何処かに落としたようで手元には無い。仕方ないので、近くに落ちていた長剣を拾って弾き飛ばす。だが、弾き飛ばしたはずの小剣は意思を持っているかのように飛び、ユリアスの右手に収まった。
「少し気合いを入れるぞ」
回復魔法が効き、体の痛みは治まったので、まだ戦えますよって感じだし、流石にこれだけ好き勝手やられたら、気合も入るってもんです。なので、俺は再び〈強化〉の魔法を掛ける。ただし、今までよりも魔力と言うか気合いと言うか、とにかく色んな物を増やして、魔法を使う。
「気合いで変わるかぁ?」
接近するユリアスは二本の小剣を大きく振りかぶり、同時に俺に叩きつけた。交差して放たれた一撃を俺は片手で持つ長剣で受け止め、もう片方の手でユリアスを殴りつける。
「充分、変わるさ」
大きく体勢を崩したユリアスに向けて俺が剣を振るうと、ユリアスは苦し紛れように見える動きに俺に組み付く。両手に剣を持っているために俺の体を掴むことが出来ないので、ユリアスの拘束は甘く、簡単に引きはがせる。
俺は組み付くユリアスを突き飛ばすと、ユリアスの髪を掴んで、頭を全力で地面に叩きつける。普通の人間だったら、これで死んでるが、コイツが簡単に死ぬとは思えないので、俺は駄目押しに倒れるユリアスを本気で蹴り飛ばした。
俺の蹴りでユリアスが吹っ飛んだ先にあったのは、市場の近くの民家だった。ユリアスは、その民家の壁を突き破って、家の中に消える。俺はユリアスに追い打ちをかけるために、ユリアスが突っ込んだ民家に向かうが、家の中から何かが俺に向かって飛んでくる。
飛んできた物を良く見ると、それはレブナントであった。恐らくユリアスが家の中にいたレブナントを捕まえて、ぶん投げているんだろう。まぁ、だからと言って俺のやることは変わらない。俺は民家に向かって走りつつ、飛んでくるレブナントを剣で叩き落とす。しかし、流石に結構な速さで飛んでくるレブナントを叩き落そうとすると、そちらに集中が向かってしまう。そのため、ユリアスの行動に対して、俺の反応は遅れてしまう。
「全然効いてねぇぞ」
家の中から飛び出したユリアスが俺にタックルをする。ドラゴンの突進以上の衝撃に俺の体が軋み、押し返すことが出来ないまま、俺は近くの家の壁に激突し、その壁をぶち破るがユリアスはそれでもタックルをしたままの体勢を崩さずに俺を離さない。だが、勢いは弱まった。俺は足腰に力を入れて踏ん張り、ユリアスの突進を押し返す。
「どうした、疲れたか?」
聞いてみても返事がない。俺の方は疲れてきているので、できれば疲れたと言って欲しい。そして、疲れたから、また明日とかやってもらえると助かるんだけど――
「全然余裕」
返事が返ってくると同時に、ユリアスは俺を離して距離を取る。取っ組み合いは疲れるので、離れてくれるのはありがたい。ついでに、帰ってくれると更にありがたいんだが、そういう選択肢を取ってくれないだろうか?
そんなことを考えた瞬間、俺は何かに足首を引っ張られて尻餅をついた。何事かと思って足首を見ると、足首にロープが掛かっていた。
「余裕だけど思ったより強いから、ちょっと本気を出すわ」
ロープを辿ると、それはユリアスの手に握られていた。さっきの取っ組み合いの中で俺の足首に引っ掛けていたのかもしれない。ユリアスは俺の視線がロープに向かっているのを見ると、不敵な笑みを俺に向ける。
「切れると思ったら大間違い。俺が殺した竜の髭を芯にして、色んな魔物の素材をより合わせて作ったロープだ」
いやぁ、斬ることは考えていませんでした。そんなことよりも、あれですよ、ロープでどうやって戦うのかって疑問があってね。ああ、あとそれ以外にもちょっと疑問がありまして――
「縄跳びでもするつもりか?」
気になったので聞いてみました。すると、ユリアスさんはにこやかな笑みを俺に向けてきました。
「大して面白くない冗談だなぁ」
その割には笑っていませんか? と思った瞬間、俺の体がとんでもない力でロープに引っ張られて宙を舞い、続けて地面に叩きつけられる。
「実を言うと俺が戦場で一番使った武器はこれなんだよな」
ユリアスはロープを弄びながら俺に話しかける。俺の方はちょっとシャレにならない衝撃のせいで答えるのもままならない。
「適当に引っ掛けて、ふり回して、何かにぶつけりゃ、それで殺せるんだから良い武器だぜ? 特に鎧を着ている騎士なんかは重いから良いよな。」
人間を軽く投げ飛ばせる腕力がある人からすると良い武器ですよね、それ。俺も良く人間を掴んで、振り回して叩きつけたりするから良く分かるよ。
「まぁ、これで仕留められるとは思わんけど、死ぬ手前くらいまでは痛めつけさせてくれよ」
その言葉と共にロープに振り回されて俺の体が宙を舞う。地面に落とすのなら、何とか受け身を――
「おっと、それは良くないな」
俺が受け身を取ろうと考えたのが分かったのか、俺を振り回すロープの動きが変化し、俺の背中が壁に叩きつけられる。その衝撃で受け身を取るための準備が崩れ、再び地面に叩きつけられる。
俺が立ち上がろうとするとユリアスはロープを引っ張り、俺を転ばせる。俺は地面に剣を突き立て、ロープに振り回されないようにしようとするが、それによって生じた隙を狙ったユリアスが俺を踏みつけるようにして何度も蹴る。
「なかなか強いけど、俺ほどじゃないなぁ。まぁ、俺は最強ですから、俺より弱いのは仕方ないんだけど」
勝利を確信しているかのようなユリアスの言葉が聞こえてくる。まぁ、俺の方はボコボコにされているので、ちょっと反論しづらいから黙ってます。
まぁ、俺も黙ってボコボコにされているわけではなく、その中で色々と考えて、分かったことが二つあります。その一つ目はこの野郎がセイリオスより強いこと。二つ目はこのままだと俺はマジで殺されそうなこと。
一つ目は今はどうでもいいとして、問題は二つ目だ。さて、どうやって、この状況を切り抜ければいいのだろうか? このままだとマジで殺されそうなんで、なんとかしないとヤバいんだが。




