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山道の襲撃者

 

 私エリアナ・イスターシャは手持無沙汰に時を過ごしていた。

 最近は、しばらく連絡を取っていなかったせいで、自分勝手なことをしていそうな西部の貴族に手紙を書いて近況を尋ねたり、領地経営が上手くいっているかの査察を冒険者にさせて、その報告を聞いたり、賄賂を貰ったり、アロルド君に口利きをして欲しいなんて言ってくる有象無象の輩の品定めをしたり。

 後はアロルド君の為にお金やら物資やら人やらを用立てたりして、忙しく過ごしていたのだけれど、いい加減嫌になって来たからアロルド君に会いに来たわけなのだけど――


「こんなに時間がかかるってのは予測してなかったわ」


 馬車は順調に進んでいる。

 馬車の車輪をレールの上で走らせているので、悪路で車輪が止まったり、やたらと揺れたりしないから進み具合は悪くないのだけれど、それでも、ちょっと遅いような気がするわね。


「まだかしら?」


「それは先程も言っていましたよ」


 カタリナが呆れたような顔で私を見るけれど、退屈なんだからしょうがないじゃない。


「こらえ性がないのは良くないと思うぞ。キリエ殿を見習ったらどうだ?」


 ヒルダがなんかムカつくわね。

 少し前までは馬車の旅ではしゃいでいた癖に今では大人ぶってなんか気取ってるのが面白くないわ。

 気分が悪いのでヒルダには後で何か嫌がらせをしましょう。今日のヒルダのデザートをこっそりと食べてしまうくらいでいいんじゃないかしら?

 でも、それをすると私もダイエットをしなければならなくなりそうだから厄介ね。もっとこう何か、ほどよくヒルダをガッカリさせられるものは無いかしら?


「エリアナさん、顔に邪念が表れていますよ」


「あら、そうかしら。でも悪い顔をしててもアロルド君は素敵って言ってくれるから問題は無いわね」


「アロルド様は良くても世間一般の方の印象は良くないような……」


「別にいいわよ。どうせ私って顔が良くて頭が良くて性格が良いという三拍子揃ってる良い女だから、世間一般の人たちには嫉妬されて嫌われるのは当たり前なんだし」


 全くカタリナは細かいことを気にし過ぎだわ。でもまぁ、そこが可愛いのだけれどもね。

 やっぱり綺麗な女の子は良いわ、何を言われても許せるから。


「カタリナ殿は大変だな」


「ヒルダさんこそ大変だったのではないですか?」


「私は諦めたからな」


 カタリナとヒルダが分かり合っているようだけど、何のことかはわかるわ。

 間違いなく私の事でしょうけど、まぁ何についてか追及するのはやめておきましょう。あまり良い結果にならなそうだしね。それよりも、さっきからずっと静かなキリエちゃんの方を追及しようかしら?


「何をしているの?」


 私はヒルダの隣に座っているキリエちゃんの手元を覗き込む。

 どうやら何かの図面を書いているようだけれど、これは――


「馬車を使わない車かしら? 動力は魔石?」


 私が呟くとそれが耳に入ったのかキリエちゃんは私の顔を見つめて頷く。

 なるほどね、確かに馬を使わずに済むならそっちの方が良いわ。馬の維持費も馬鹿にならないし、魔石だけで済むなら、魔物を狩ればいくらでも用意できるし、コストはこちらの方が安いかもしれないわ。


「速度とかはどれくらい出せそう?」


「……まだ、わからない」


「じゃあ、予算は用意するから好きに開発していいわ。人も設備も自由に使って良いから、ある程度速度が出せて、重い荷物を運べるものを考えてちょうだい」


 とりあえず、このレールの上を走っている馬車の代わりが出来る感じが良いわね。

 各地に停車場を作って、それをレールで結んで輸送路を作る。馬と違って魔石さえ入れれば、走れるなら馬みたいにコンディションに左右されることも無いだろうし、休ませる必要もないから時間を可能な限り有効に使えるわ。

 うんうん、なんだか凄く儲けられそうなネタね。こうやって色々とお金になりそうなネタが転がり込んでくるなんて私って幸運の星の下に生まれたのかもしれないわね。


「うーむ、なんだか楽しそうだが、何が楽しいのやら私には良く分からないな」


「エリアナさんの考えていることが分かるようになっては彼女と同類になってしまいますよ」


「うーん、それは嫌だなぁ。じゃあ、分からなくてもいいか」


 何だか聞き捨てならない話をしているような気がするけど気のせいかしら? 気のせいじゃないわね。ちょっと詳しく話を聞くべきね。


「二人とも私に何か言いたいことが――」


 ――二人に尋ねようとした瞬間だった。

 馬車が急停止し、私の身体が投げ出されるように車内の壁に激突したのは。


「ちょっと、何をやってるの!」


 幸いそれなりの広さがある車内であったから誰にも激突せずに済んだけれど、もしもキリエちゃんやカタリナにぶつかっていたら大変なことになっていた。ヒルダにぶつかっていたら私の方が大変になっていただろうけども。


「すいません。人が飛び出してきて――」


 御者席にいたエイジ君が私の声に応えるが、その声は途中で途切れて、代わりに剣と剣がぶつかり合うような音が聞こえてきた。

 そして、その音に真っ先に反応したのはヒルダで――


「すまないが助太刀に行く。エリアナ達はここに残っていてくれ」


 ヒルダは馬車の入り口から飛び降りて外へと向かって行く。


「貴様ら何者だ!」


 ヒルダの威嚇するような声が聞こえてくるが、ヒルダ以外の声は聞こえてこない。

 暗殺者か何かだろうか。暗殺者を送り込まれる理由に関しては身に覚えがありすぎるから、別に不思議ではないけれど、こんな真似をしでかす度胸がある奴は覚えがないのよね。


「答えるつもりがないなら容赦は出来んぞ」


 私は窓から外を覗き見る。

 私達の馬車の周囲を二十名ほどの鎧を着こんだ男たちが取り囲んでいた。

 それに対して、私達の側はエイジ君とヒルダに後は私たちの護衛としてついてきているそれなりに腕が立つ冒険者が五名。数の差があるけれど、腕はこちらの方が上のはずだから、そうそう負けはしないと思うのだけど――


「思ったよりやるな」


 ヒルダの苦し気な声が聞こえてくる。

 戦況は私の予想に反してこちら側の方が押されているようだった。

 改めて襲ってきた相手の姿を見ると、装備の造り自体はそれなりにしっかりしているようだけれど、錆が浮いていて、一体どれくらい昔の物なのか判断がつかないほど古びていた。

 マトモな感覚を持っていたら好き好んでそんな武具を使ったりはしないし、気にせずに使うなら道具に頓着しないなんて私の感覚からすれば二流なのだろうけど、その二流にどういうわけか、私たちの側は押されているようだった。


「これは時間稼ぎでもした方が良いかしらね?」


 一応、みんな生きてはいるようだけれども防戦一方だし、ちょっと逆転の目は無さそう。

 エイジ君とヒルダが何人か仕留めてはいるようだけれども、一人か二人斬ったくらいじゃどうにもならないわ。


「どうされるんですか?」


 カタリナが尋ねてくるけれど、言ってみただけでどうしようもないわね。私は荒事は得意じゃないのよ。

 しばらく耐えれば、一向に到着する気配のない私たちを心配してアロルド君達が来てくれると思うけども、それまで持つかしら?

 どういうわけか、襲撃者たちは馬車に目もくれないから、もしかしたら馬車の中にいる私たちは安全かもしれないけど――


「一人やられた! カタリナ殿、治療を頼む!」


 ヒルダの叫び声が聞こえて、馬車の中に冒険者が一人投げ込まれる。

 即座にカタリナが動き、傷を負った冒険者に回復魔法をかけて治療にかかる。

 この展開はちょっとまずいかもしれないわね。一人減ったら、これまで防戦をすることで保っていた拮抗が崩れるだろうし、そうなったら数の差で一気に押し切られるわね。


「……まずいかも」


「そうね」


 キリエちゃんも状況は分かっているようで、顔色が良くない。

 ここでキリエちゃんが魔法でも使ってドカンとやってくれればいいんだけど、キリエちゃんは戦闘向きの魔法が苦手だし、役に立たないのよね。

 さて、どうしたものかしら。この状況で今更慌てても仕方ないのだけれど、何か良い方法はないかしらね。


「すまん。そろそろ限界だ」


 ヒルダが焦った表情のヒルダが馬車の中に飛び込んでくる。

 まぁ、そろそろそうなるだろうと思っていたから驚きはしないけれど、もう少し頑張って欲しい所だわ。


「私が殿しんがりに付くのでジーク君と一緒に逃げてくれ」


 はぁ、やっぱり、そうなるわけね。でも、そういう提案は却下。


「そういうやり方は好きじゃないわね」


 私は立ち上がり、ヒルダを押しのけて馬車の外へと出ようとする。


「待て、何を考えている」


「何って、話し合いよ」


「無駄だ。あいつらは何かおかしい」


 それは分かるわよ。

 馬車から外を覗いてる限りだと、生気みたいなものが全く感じられないし、人間というより魔物に近い感じがするわ。でも、アンデッドというわけでもないし良く分からないから、何かおかしい存在だっていうのは分かるわ。


「でも、時間稼ぎくらいはした方が良いでしょ? あなたも疲れてるし、少し休む時間くらいは取らないと」


「お前がする必要は無いだろう!」


 私がする必要はあるわ。だって、この面子の中では一番偉いし、一番恨みを買っているのも私。暗殺者を差し向けられる確率が一番高いのも私なんだから、襲撃者の目的も私の命が一番のはず。

 目撃者は皆殺しって可能性もあるだろうけど、私の命だけで満足して帰る可能性もあるだろうし、それなら私が命を差し出せば退く可能性もある。もしも退かなくても、その時は護衛対象が一人減るから、ヒルダ達も動きやすくなるだろうし、悪い結果にはならないだろうから、最善ではないけれど割と良い考えだと思うわ。


「あのね。私は性格悪いけど、友達を見捨てて逃げたり、我慢して私の部下として働いてくれた人間を見捨てたりして、生き残るような恥ずかしい真似はしたくないの。それに私の我が儘でここまで連れてきてこんなことになってるんだもの、その責任くらいは取るわ」


 生きて責任を取るっていう考え方もあるだろうけど、それをやってヒルダに死なれたりするのは嫌だもの。ヒルダの代わりに私が殿にでも立った方が精神衛生上は良いわ。


「殺されるぞ」


「別に死ぬのは怖くもなんともないんだけどね」


 死ぬのが怖かったらこんな生き方はしてないわよ。

 とはいえ、好き好んで殺されたいと思うような自殺願望はないけれど。

 まぁ、死んでおいた方が良い結果に繋がりそうだったら、望んで死んであげるくらいの気概はあるけどね。


「じゃあ、みんなアロルド君によろしくね」


 私はそう言って馬車から降りた。

 後ろで皆が私を引き留めようとしている気配があったけれども、それを振り払い私は襲撃者たちの前に姿を晒す。


「奥様、お下がりください!」


「奥様って呼び方はこれからはカタリナ辺りに使って頂戴」


 うーん、アロルド君には悪いかもしれないけど、私は私より劣る人たちを見捨てていくのは可哀想だから仕方ないわね。ここで私が殺されたら、カタリナ達とよろしくやってちょうだい。

 娘が生まれたらエリアナって名前を付けてくれるとなんだかロマンチックで良いけれど、まぁ期待はしない方が良いかしらね。

 さて、余計なことを考えるのはここまで、とりあえず襲ってきた奴らと交渉をして――


「え?」


 私達を襲ってきた相手に話しかけようと私が一歩前に出たその瞬間だった。

 突然に襲撃者たちは武器を収めて、私の前に駆け寄ると何を考えているのか一斉に跪いた。


「――これは……何の真似かしら?」


 私が突然の状況の変化についていけずに呟くと、その音に反応したのか襲撃者たちが一斉に顔を上げて私を見る。

 当然だけれども知った顔なんてのは一人もいない。だから、こんなことをされる覚えは私にはない。だけど、こいつらは――


「……ひ、ひ、ひめ……ひめ、ひめさま……の……の、おかえり……おか……おか、おかおか……おまち……し、ひめさまの……」


 辛うじて言葉として聞こえる掠れた音が私に向けて発せられる。

 姫様のお帰りをお待ちしておりましたと言いたいのかしら?

 確かに私は公爵家の人間だし、お姫様と言っても過言ではないんだけれど、こうして跪かれるに足る身分かといえば言えば、そうとは言い切れないし、そもそも姫様だなんて言われることは無い。なのに、こいつらはどういう理由を持って私に跪き、私を姫と呼ぶんだろうか?


「貴方たちは――」


 何者と問おうとしたその時、私は襲撃者たちが身に着けている武具の紋様に目を奪われた。

 それは私の実家であるイスターシャ公爵家に伝わる家紋であり、イスターシャ公爵家に仕える兵の武具に刻まれる物だった。

 なぜ私の家の家紋を付けた者たちに襲われるのか、私の頭の中に更なる疑問が生まれていた。


「詳しく説明をしてもらいたいのだけど」


 私が跪いた姿勢のまま動かない襲撃者たちに尋ねようとした、その矢先――


「おーい、無事かい?」


 緊張感のない声が聞こえると同時に銃声が轟き、私の前に跪く襲撃者たちの体を貫く。

 銃弾の衝撃に襲撃者たちは大きく体をのけ反らせるが、直後に彼らは姿勢を戻して立ち上がる。


「ちょっとっ――!」


 私が聞こえてきた声の方に振り向いて、銃撃を止めるように声をかけようとするが、襲撃者たちはそれよりも素早く、一斉に駆け出した。


「追うのは無理だから、止めておこうかねぇ」


 再び緊張感のない声がする。

 私がその声の方を見ると、案の定というか何というか声の主はグレアムだった。


「やぁ、無事かい?」


 グレアムは遅れてやって来たのに余裕をこいていて何だか腹が立つ。とはいえ助けてもらったのは事実だから感謝はしておかないと。


「ありがとう。助かったわ」


「これぐらいはお安い御用――ってわけでもないんだよなぁ、これが」


 グレアムは地面に倒れてる襲撃者の死体に視線を向ける。

 死体を見る眼差しからして、どうやら初めて見る相手ではないようなので、何者なのか尋ねてみることにした。


「何者なの?」


「さぁ? どういうわけか最近になって急に現れてきてね、俺たちの方もそれなりの頻度で襲われたりしてて多少困ってる」


「山賊か何かなの?」


「それだったら、俺達で皆殺しに出来るんだよねぇ」


 それはそうね。たかが山賊相手にアロルド君達が手こずるわけも無いし、私たちが連れてきた冒険者だって手こずる筈は無いし。


「まぁ、積もる話は落ち着けるところに行ってからにしようかねぇ。連続して襲ってくることは今までなかったけど、一応は用心しないと」


「それもそうね。じゃあ、エスコートしてくださるかしら」


「喜んでお送りいたしましょう、奥様」


 おどけて言うグレアムだけれど、その眼は笑っておらず私を鋭く射抜いていた。

 おそらく私が襲撃者たちとどういう関係なのか疑っているんだろう。なにせ、跪かれるくらいの関係だったわけだしね。


「あまり怖い眼で見ないで頂戴。何があったかは話すし、私の疑問も伝えるわ」


「そりゃあ結構、俺もアロルド君の女を疑ったりして、変な波風を立てたくないんでねぇ」


 私としてもそういうのは御免被るわ。

 ただでさえ、色々と訳の分からないことばかりで面倒くさいっていうのに、ここで厄介事を起こして面倒を増やしたくはないわよ。

 とはいえ、これからもどんどん厄介なことが起こりそうな嫌な胸騒ぎはしているんだけどね。

 こんなことなら、キルゲンスでおとなしくしていれば良かったかしら。



 そんなことを思いながら私は再び馬車に乗り込み、進んでいく。

 胸に若干の不安を抱きながら。








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