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ガルデナ山脈

 

「山脈を越えるぞ」


 俺は皆を前にして宣言した。


 昨日の夜のことは憶えていないが、どうやら俺はオレイバルガス大公の兄弟とガルデナ山脈を越える約束をしてしまったようだ。記憶が無いため、どうしてそうなったのか経緯は不明なので、やる気も出ないのだが、兄弟はどうしても俺にガルデナ山脈を登って欲しいようだ。

 まぁ、最初から山に登ろうとは決めていたので、ガルデナ山脈に行くのは別に構わないし、わざわざ反抗する理由もないので兄弟の望み通りにしてあげましょう。


 そう決めて俺は皆にガルデナ山脈を越えるって話をしたのだけれど、どういうわけか皆が皆、何を今更って顔をしていた。

 どうやら、俺の知らない所でか、もしく俺が忘れているだけで、ガルデナ山脈に登るってのは決定事項だったのかもしれないね。

 もしも、前々から決まっていたのだとしたら、知らなかったとか言うのは恥ずかしいので知っているフリをしておきましょう。


 しかし、登るのは良いんだけどガルデナ山脈ってのはどういう所なんだろうね。

 俺は行ったことがないけれど、行ったことがある人はいるのだろうか? もしも知っている人がいたら話を聞きたいね。

 ちょうど人も揃っているから聞いてみましょう。


「ガルデナ山脈に関して何か知っている者はいるか?」


 聞いてみたは良いけど、殆どの奴がだんまりを決め込んでやがる。

 お前ら、もっと世の中のことに興味を持とうぜ?


「大公家に伝わる昔話だとアドラ王国の貴族はガルデナ山脈の向こうから、この地まで逃げてきたという話は聞いたわ。山脈の向こうの国は滅んでしまったそうだけど」


 エリアナさんが説明してくれました。

 でも、そういう話は俺もどっかで聞いた気がするんだよな。なので、別に重要な情報でもないような気がするのでどうでもいいです。


「確かヴァディス王国という名前でしたよね。滅んだ王国は」


 へー、そうなんだ。

 えーと、今、話したのは誰だ? エイジ君かな?

 いやぁ、良く知ってるね。たぶん、誰も知らなかったんじゃない? なんか皆、エイジ君を見てるしさ。


「良く知ってるわね」


 エリアナさんがニコニコしてるね。

 美人がニコニコしてるのを見るのはいいもんだ。


「いやぁ、常識ですよ常識」


 なんかエイジ君が調子に乗ってるぞ。

 まぁ、調子に乗っても許してやるか。誰も知らないことを知っていたんだしさ。


「へぇ、そうなんだ。でも、私たちにとっては常識じゃないんだけど?」


 エリアナさんが笑いながら、そう言った直後、グレアムさんが剣を抜き、刃をエイジ君の首筋に当てる。


「なんで、そんなことを知っているのかなぁって俺は気になるなぁ。答え次第だと首から上が無くなっちゃうんだけど、こういう時はどうしたら良いか分かるかい?」


 グレアムさんがエイジ君に質問しているけど、その質問の答えは俺には分かるぜ。

 答えは簡単。首に剣を当てているグレアムさんをぶっ殺す。これしかないだろ。


「いや、あの、俺は異国人ですから、俺の国にはこの話は伝わっていて、それで知っているだけで……」


 ――だそうです。

 エイジ君の顔色とか言葉の調子からして、間違いなく嘘をついているってのは分かるんだけど、一応は答えたんだから許してやろうぜ。


「グレアム、剣を引け」


 グレアムさんがエイジ君を殺しそうな勢いだったので止めておく。それなりに顔を知っている奴が死ぬのは悲しいしね。

 まぁ、二三日もすれば忘れてしまうような気がするけど、それでも二三日の間は悲しい気分になるのは間違いないし、俺はそういうのが嫌なんでエイジ君には死んでほしくないかな。


「さて、命も助かったことなので、もう少し話を聞きたいところだが」


 エイジ君の顔が青くなってるけど、そういうのはしょっちゅうなので気にしてもしょうがない。

 俺はエイジ君の顔色などは気にせずにガルデナ山脈に関して知っていることを聞いた。


「い、いえ。知っていることはそれくらいで……」


 しらばっくれてそうな気配があるけど勇気あるなぁ、エイジ君。

 後ろでグレアムさんが剣を片手に立ってるのにさ。


「まぁいい、何か思い出したら話せ」


 余計なことを言うとマズいとでも思ってんだろうか?

 むしろ、この場で言わない方がマズいってことに気付いて欲しいんだけど、教えてやる義理もないので放っておくことにします。

 そもそも忘れてるかもしんないので情状酌量の余地はあるけどさ。


 とりあえずエイジ君がクソの役にも立たなそうなので、エイジ君を抜きにして続きをしましょう。

 えーと、ガルデナ山脈に関して知っていることを話してもらうんだったよな。


「エイジ君が言っていた、ヴァディス王国に関してはひとまず置いておいて、実際にガルデナ山脈がどんな場所かってことよね。そういう話はエイジ君の国には伝わっていないのかしら?」


 エリアナさんが場を仕切ってくれるから楽だなぁ。

 エリアナさんが話してる時は俺はカタリナの淹れてくれたお茶でも飲んでいようっと。


「ええと、確か険しい山々で、その中は瘴気が渦巻いているくらいしか知らないんで、なんとも」


「それに関しては私たちの情報と一致しているわ。道は険しく、魔物の巣窟、人体に有害な瘴気と呼ばれる謎の物質が渦巻いていて、足を踏み入れた者は誰一人として帰ってこないという噂だけれども、ここ数十年は誰もガルデナ山脈に挑もうとなんてしていないから、それが真実かは分からないわ」


 それは凄い所だね。

 誰だよ、そんなヤバそうな所に行きたいとか言ってる奴は。

 つってもまぁ、なんとかなりそうな気もするんだよね。エリアナさんの言う通り真実は分からないしさ。

 まぁ、それも実際に見てみないとハッキリとは言えないことだけども。


「準備は大事だが、それをするにしても、まずは実際に目にする必要があるな」


 キルゲンスで話していても、あまり有益じゃないような気がするので、細かい準備は他の人に任せてガルデナ山脈へと向かうことにした。




 そして、ガルデナ山脈の麓にキルゲンスから数日かけて到着したのだけれど――


「山への登るのはおやめくだされ」


 麓にあった村の村長さんにそんなことを言われました。

 ガルデナ山脈はアドラ王国の西の端にあるから、麓の村もアドラ王国の西端なんだよな。なんで、こんな辺鄙な所に住んでんだろうかね?

 まぁ、領主が転居を禁止してるなら、辺鄙な所でもずっとそこに住んでいないといけないし、この村の人たちもそうなんでしょう。しかし、よくこんな所に住んでいられるよなぁ。


「人が山に足を踏み入れれば縄張りを侵された魔物たちが怒り狂い、山を下りて人里を襲うのです」


 ああ、うん。そういうのは良く分かるよ。山の方から魔物の気配がしてるしさ。

 つってもまぁ、そんなにビビる必要があるようには思わないんだよなぁ。


「ゾルフィニルがガルデナ山脈に現れた際に山に住んでいた魔物たちの多くは逃げ出しましたが、それも過去の話、今は魔物たちも戻っており、とても人が手を出せるような数ではございません」


「実際に手を出した奴はいるのか?」


 村長さんの言い方が断定的だったので、気になった俺は質問してみました。

 実際に手を出したらヤバい所を見ているなら、村長さんの言っていることも正しいのかもしれないけど、想像だったりした場合は村長さんの言っていることなんかアテにならないし、そんな想像の話で俺の行動を決められるのとか納得いかねえよ。

 まぁ、根拠を出してもらえりゃ俺は納得するんだけどな。


「いえ、それは……儂らが子供の頃には既にガルデナ山脈を越えようとする者はおらず……」


 んだよ、やっぱり根拠なしで適当こいてるだけじゃねぇか。


「ですが、過去に何人もの勇者たちが足を踏み入れ、しかし誰も帰らなかったという伝承は残っております」


「一つ聞きたいんだが、その大昔の人間に俺が劣っていると思っているのか? お前はそいつらを見たことがあるわけではないだろう? それなのに、俺がその勇者どもに劣ると思っているのか?」


 なんか凄い人がいたっていう話を聞いても、やっぱりそれもアテにならないよね。

 つーか、会ったことも見たこともない人と比較されて、お前は駄目だって言われるのって、なんか面白くないんですけど。

 昔話に出てくる人なんか相当に脚色されてるんだろうし、実際どんなもんだったかなんて分からないんだし、実際の能力的なものを見たら、俺の方が遥かに上回っていることだってあるじゃん。


「め、滅相もございません。アロルド様が、劣っているなどと言うつもりは無く――」


「ならば、黙っているべきだな。話を聞く限り、お前の言葉は正しく現実だけを述べているとは思えない部分も多い。俺はお前の考えなどはどうでもよく、山に何があるのかという事実だけを聞きたい」


 正直な話、ごちゃごちゃと言われても俺のやることは変わらないんだよな。

 山に入るなと言われても、既に入る流れで状況は動いているし、皆も乗り気だしなぁ。

 ここで、俺が山になんか入りたくない! 平地で静かに過ごしていたい!って言うのも何だか抵抗あるんだよ。盛り上がっている雰囲気に水を差すって気まずいじゃん?

 気まずい思いをするくらいだったら、魔物の千匹から一万匹くらいを皆殺しにしている方が俺にとっては気楽だし、そっちの方を選んじゃうわけよ、俺はさ。


「事実と申しましても――」


 ああ、そういや村長さんとお話していたんだったね。

 何を話せばいいのか分からないのか口ごもっているようだけど、そういうのは若い女の子がやるから良いもんであって、死期が近そうな爺さんにやられてもねぇ。

 見ていても鬱陶しいだけだし、仕方ないので俺の方から聞いていきましょう。


「まずは今いるこの村だが、なんという名前だ?」


「は? ああ、ええと、ツヴェル村でございます。人口は二百人ほどでして、昔はもっと大勢いたようですが、やはりこの地は人には住み辛く、領主様に転居の許しを得ることを頼み込む者が絶えず――」


 思ったより多いような。いや、少ないのか?

 村の雰囲気からすると、爺さん婆さんが多そうだが、若い奴もそれなりにいそうだな。


「村のことはどうでもいいな。それよりも、村と山脈の間の森はなんだ?」


「ツヴェル樹海でございますな。あの樹海があるから、我々は飢えずに済み、魔物から身を隠すことが出来るのです」


「狩りや採取でもしているのか?」


「はい、その通りでございます。樹海にも魔物はおりますが、その大半が大人しく、危険はありますが大きな被害を与えてくるような魔物は樹海にはいないため、我々も魔物以外の動物を狩り、食べられる木の実や野草を採取して飢えをしのいでいるのです」


 なんか、動物みたいな生活だね。

 もっと文明的に生きてほしいんだけど、こういう辺境の土地じゃ無理なのかね?

 なんか割と安全みたいな感じだけど、畑とかやれないのかね、そういや山に踏み込むとヤバいとか言っていた割には樹海は入っても良いんだろうか?


「樹海には入っても大丈夫なのか?」


「かろうじてと言ったところですな。樹海を越えればガルデナ山脈の魔物たちが怒り狂うのですが、樹海の中であれば、見逃してもらえるようです。ただ、それも山の魔物たちの気分次第であり、山の魔物が樹海に降りていた際にはやはり危険があるかと」


 ん~、じゃあツヴェル村から樹海までは安全圏と見た方が良いかな?

 この辺りに拠点を作って、じっくりとやっていくのも良いかもしんないね。

 幸い、ツヴェル村は人も少ないし、村を乗っ取るのは楽ちんだし、俺好みに村を開発しても誰も文句は言わないんじゃないかな。まぁ、文句言ってきても無視するけどさ。


「樹海を越えた先は?」


 とりあえずツヴェル村周りは良いや。そこから先の方が気になるしさ。


「その先については儂が直接見てきたわけではないので、何とも言えませんが話に聞く限りですと、樹海ほど密度があるわけではないですが、木々が鬱蒼と生い茂る山林となっているそうです」


「足場は険しいのか?」


「いえ、その辺りはそれほどでもないと。ただ、ゴブリンなどの素早い魔物たちが根城にしているらしく。かなり危険だと伝えられております」


 ゴブリンは危険でも何でもないし、足場の傾斜が激しくないなら危険でもないな。


「山林を越えた先は?」


「段々と木々が少なくなり、地面は土から岩に変わっていくそうです。この辺りからでも、ガルデナ山脈の麓から頂上付近に行くにつれて緑が少なくなっていくのが見えるでしょう」


 うん、見えるね。

 樹海の濃い緑が、山の頂上に行くにつれて薄くなって行って、途中から岩肌の灰色が見えて最後には緑が完全に消えてるね。


「足元が岩になると同時に道は険しくなり、歩くことすら困難に。そして、足場が悪い中、ゴブリンなどよりも遥かに凶悪な魔物が現れると伝えられています」


「誰も帰って来たものがいないというのに、そんな情報まであるのは不思議だな」


「大昔に山から川を下って流れ着いた遺体の持っていた手記に書かれていたのです」


 そうですか。それが本当かどうかは知らないけど、まぁ別に興味ないからどうでもいいや。

 それよりも気になったことがあるんで聞いてみましょう。


「その手記には山脈を越える手段は書かれていたか?」


 結構良い所まで登ったんだから、山脈を踏破する手立てくらい考えてくれていても良いと思うんだけど――


「いえ、それは……」


 村長さんが首を横に振るけど、どういう意味なんですかね?

 口でハッキリと言ってもらわないと分からないんですけど。


「ただ、山脈を越えるにはガルデナ央山――ガルデナ山脈の中央に位置する最も高い山を越える必要があると書かれてはいました」


 ガルデナ央山ね。俺の位置からでも見えるけど、ちょっと高すぎやしませんかね?

 かなり適当がけど四千メートルくらいありそうに見えるなぁ。


「アロルド様、今の話を聞けば、これから挑もうとしている。ガルデナ山脈がどれほど危険な所かお分かりいただけたでしょう。悪いことは言いません。ガルデナ山脈を越えるなどという無謀なことはおやめくだされ」


 いや、全然危険に聞こえなかったんだけど。

 正直なところ、村長さんの説明が淡々とし過ぎてて怖い所が全く分からなかったしさ。

 つーか、村長さんも危険だってずっと言い聞かされてきたから、そう思い込んでいるだけでなんじゃないの? 説明に危機感とかそういうのが全くなかったし、実体験も何もないから危険を訴えられても真実味が無いんだよな。


「やめる必要は無いな。お前の言う危険など取るに足らん」


 つーか、話聞いているだけでも、いくらでも対策が思いつくぜ。

 俺程度の頭の出来でも思いつくんだから、やっぱり危険でもなんでもねえって。


「どれほど危険か理解されていないのか」


「危険ではないという理解は出来た。お前の方こそ、俺を理解できているか?」


 聞いてはみたけど、村長さんは困惑しているようで答えは無い。

 まぁ、俺自身も自分がどういう人間か理解できていないから、村長さんに答えられても困るんだけどさ。

 なので、とりあえず、どんな答えが来ても否定したと思います。


「理解できていないなら、これから理解するといい。お前が恐れていた物が取る足らない物となる瞬間を眺めながらな」


 さてと、では山脈を越える準備をするかな。

 俺がどうやって越えていくのか、村長さんには目を見開いて見ていてほしいもんだぜ。

 散々ヤバいと言っていた、それがどれだけ簡単なことだったのか思い知ってもらおうじゃないか。







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