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エイジの仕事

 

 俺の名前はエイジ。苗字は……今は無いので、只のエイジだ。

 今日も今日とて、俺は日々の糧を得るべく労働に勤しむ。


「おはようございまーす!」


 俺は職場である王都の冒険者ギルドに辿り着くと、職場の同僚たちに向かって元気よく挨拶をする。

 まばらに聞こえてくる挨拶の中、俺はギルドの入り口から真っ直ぐ行った先にある受付へと向かう。

 元はそんなに大きい建物ではなかったらしいが周辺住民を説得した結果、土地を提供してもらい増築した建物はかなりの大きさであり、入り口から受付まででも、それなりの距離がある。


「おはよう、エイジ君。今日も頑張ってね」


 受付の側に行くと既に受付の席に座っていたアミリーさんが俺に話しかけてくる。

 ギルドがになる前はこの建物は宿屋であり、アミリーさんはそこの看板娘だった人だ。宿屋をギルドに改築する際にアミリーさんは看板娘から受付嬢になったという。

 アミリーさんは絶世の美女と言うわけではないけれども可愛らしい感じの人で話しかけられると朝からちょっと嬉しくなったりする。そう感じるのは俺だけではないようで、アミリーさんは冒険者たちからの人気も抜群だ。


「おはようございます、アミリーさん」


 俺は挨拶をすると受付脇の扉から受付の内に入り、そのまま受付の奥に数多く並んだデスクの内の一つに座る。

 日本にいた頃に見たことがある役所とか銀行の受付の後ろにある職員の仕事スペースのようなところに異世界に来てから座ることになるとは思わなかったけれども、慣れるとこれはこれで悪くない。受付の外から仕事ぶりが冒険者たちに見られているけれど、そういうのも気にならなくなった。


「みんな、おはよう」


 俺がデスクに座り、少しするとエリアナがやって来た。

 アロルドが実働の冒険者たちのボスであるのに対し、エリアナは俺の上司でギルドの事務職員のボスだ。


「それじゃあ今日も一生懸命お仕事をして、お金を稼ぎましょうね」


 エリアナはそれだけ言うと一番奥の席に座り、書類に目を通し始める。

 そしてエリアナが仕事を始めれば俺達の冒険者ギルド事務職員の業務も始まる。

 事務職員の数は俺を含めて四十人、その全員の戦い。


 ここからが地獄の始まりだ。




 俺の午前中の業務の一つは冒険者向けの各種講習の案内書作成だった。

 エリアナにそれを割り振られた俺は必要な事柄を整理しつつ文面に書き起こす。ヲルトナガルから貰ったチートのおかげで俺は異世界の文字でも問題なく読めるし書ける。

 まずは魔法使い向けの講習だが、これはえーとオリアスさんが講師であるってのを書いておいて、講習を受講すると資格が手に入りますってのを書けばいいかな――


「却下、やり直し」


 そう思ってエリアナに見せたら一瞬で突き返された。


「資格っていうのが分からない冒険者も多いんだから、それを取ることでどんなメリットがあるかっていうのを分かるようにしなさい」


 ええと、何を書けばいいんだ?

 確か、魔法使い向けの講習を受けて資格を取ると魔法使いとして実力が公のものとして認められるんだっけか?

 三級から一級まであって、一級を取っていれば魔法使いとしては一流であるというのをギルドが保証するという感じでいいんだろうか。

 依頼人からすると少しでも優秀な冒険者が欲しいわけだから資格を持っていれば、仕事に困ることはないっていう触れ込みも必要だよな。


 改めて思うけど、冒険者ギルドって案外と冒険者に優しいんだな。

 魔法使い向けの講習以外にも前衛向けとか斥候向けの講習もあるし、中には読み書きとかの講習もあるみたいだし。

 まぁ、エリアナとかが言うには冒険者の質を上げると人々からの評価も高まり色んな仕事の依頼が来て懐が潤うようになるんで、そのために講習をやってるらしいけどさ。


 とりあえず俺は講習の案内書が完成したので、再びそれを見せに行くことにした。


「ここの文法おかしいから直して、あと文字だけで読みにくいから工夫してちょうだい」


 再び駄目だしされて俺は引き返す。

 一瞬で目を通して、赤字で文面が直された案内書の下書きをデスクの上に置いたが、その直後に俺の机の上に書類の束が載せられた。


「受付で担当した冒険者たちの依頼内容をまとめておいて、これ明日の会議で使うから、最優先で」


 書類を置いた事務職員はそんなことを言って立ち去っていった。

 その言葉で俺は置かれた書類がなんなのか分かった。


 冒険者ギルドの依頼書だ。


 依頼書には依頼者、依頼内容、報酬などが書かれており、そこに依頼を受けた冒険者の名前と受付で処理を行った職員の名前の追記、更に依頼を達成したかどうかも記されている。

 枚数は百枚くらいだろうか、俺はこれからこの依頼書の内容を整理しなければならない。それぞれの傾向をまとめて、今後のギルドの運営方針を検討していく会議に提出する資料を作るのだ。

 依頼者の傾向に偏りが見られれば、偏りを無くせるようなサービスを考えたり、場合によっては特化したサービスを提供する。

 依頼内容に偏りが見られる場合は、例えば魔物の討伐依頼が多ければ、大規模討伐の準備をする必要があったり、逆に少なければ魔物に脅かされる心配がなくなるので野盗やら大手を振って活動するようになるので警戒したりなど、依頼内容の傾向を見て、今後の情勢を分析したりする。

 そして報酬内容に関しては相場が高くなり過ぎないよう調整をしたりする。報酬は基本決まっていないけれども相場が高くなると気軽に依頼を出し難くなるし、似たような内容でも報酬の少ないものには手を出さないという冒険者も増える。そうなると依頼者にとっては不利益になるし、段々と依頼者の数も減るだろうから、それを防ぐために報酬の相場に介入する。ついでに、報酬からギルドがどれくらい仲介料を取るべきかの検討も行われる。


 俺は百枚近い依頼書の内容を確認しながら整理する。

 依頼者に特に偏りはない。強いて言うなら魔物が出そうなところが多いか。

 依頼内容は魔物の討伐が圧倒的だ。戦争で結構な数の冒険者が南部に行っていたから討伐が間に合わなかったってことなんだろう。けれども、この依頼数だとすぐに魔物は減るだろうし、特に対策の必要はないって判断されるんだろうな。

 報酬の相場は低めかな? 先月の報酬の相場と比べても低いようだし、懐に余裕のない人が増えたってことか。

 冒険者に関しては、新人っぽいのが多いのか? 依頼の達成に関しては新人らしい冒険者の失敗が多いな。

 えーと、簡単な討伐で二回も失敗していて、成功しても依頼者からの文句が出ている奴がいるな。これは報告案件だろうな。


 そんな風に依頼書の内容を整理をしていたら時間は昼近くになっていた。


「エイジ君、案内書は出来た?」


 昼飯を食いに行こうとしたところで、エリアナがやって来た。


「すいません、まだです」


 別の急ぎの仕事があったから仕方ないよな。


「あ、そう。それ明後日の朝が締め切りだから早くしてね」


「え、いや、明日は会議があって……」


 それに、午後は受付の仕事があるんだけど、案内書の作成をやってる時間は無いんだけど――


「そうね。で、それが何か?」


「ちょっと厳しいかなぁって思って……」


「じゃあ、明後日の昼間では待つから、頑張ってね」


 いや、全然変わってないんだけど、その仕事をしている時間が無いんだよ。

 これはあれだろうか、残業しろって言うことか?

 まだ、依頼書の整理も終わっていないんだけど。


 これは外でメシを食うのは無理だ。

 俺はデスクの下に隠している保存食を口にしながら、仕事を続ける。

 周りを見ると俺と同じことをしている奴らが何人にもいる。

 可哀想なことに、そいつらは受付業務が俺よりも多かったせいで、数百枚の依頼書の整理をしているようだった。


「エイジ君、明日は午後から営業行ってきて」


 はい、残業確定。

 定期的に依頼をしてくれる商会とか貴族様を見つけてきて契約を取ってきたり、ギルドで作った新商品の売り込みをしてくるのが営業の仕事だ。

 なんで中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界で訪問販売とかしなきゃならないんだろうか。というか、職員の仕事多くないか? でも文句を言うと仕事をクビになるんで口にはしないけど。


「エイジ、交代だ」


 食事しながら仕事をしていると同僚に声を掛けられた。

 午後からの受付業務の開始だ。


 受付窓口は総合窓口が二つ、冒険者用が六つ、依頼者用が二つがあり、俺は冒険者用と依頼者用が担当で、今日の最初は冒険者用窓口だった。

 俺は休憩と書かれている立札をどかし、窓口から見える待合所の冒険者に呼びかける。


「窓口再開しました。御用の方はこちらにどうぞ」


 俺の声が聞こえるなり、冒険者連中が我先にと窓口に並ぶ。

 基本的に荒くれ者たちなので、きちんと整列できず、割り込みもするのだが――


「きちんとしないとボスに報告しますよ」


 それだけ言うと冒険者は居住まいを正して整列してくれるから助かる。

 ボスとは当然アロルドのことだ。アロルドの不興を買うのがこいつらにとっては一番恐ろしいことのようだ。


 そうして大人しくなった冒険者たちの中で俺の受付に最初にやって来たのは依頼を受けたいという申し出だった。


「バジリスクのはく製が欲しいという貴族の方からの依頼ですね。報酬は仲介料を除いて銀貨一枚です。 あ、すいません、この依頼は従軍徽章持ちじゃないと駄目だそうなんですが、持っていますか?」


 従軍徽章というのはこの前の戦にアロルドの配下として参戦した冒険者に与えられる勲章のようなもので、戦争に行った冒険者の殆どが精鋭だったため持っていることが優秀な冒険者であることの証となっている。

 そして従軍徽章を持つ冒険者は従軍冒険者などと呼ばれてもいて、そう呼ばれることが冒険者の一種のステータスとなっている。


「もちろんだ。俺は最初から南部の戦いに参加している」


 じゃあ問題ないな。

 俺は一通り目を通し、その冒険者に依頼書を渡し、記名をしてもらうことにする。


「代筆は必要ですか?」


 一応こういうことも聞く。冒険者は講習もあって識字率が非常に高いが、それでも不得手な者はいるわけで――


「悪いな頼む」


 こういうことになった場合、俺は冒険者から名前を聞き、冒険者の記名欄に名前を書いてやり、その下に代筆者である俺の名前も記しておく。そして受付担当者である俺の名前も記名する。

 これを冒険者用と依頼者用、ギルド預かり用の三部作成するわけ。

 あとあとで揉め事になった際に困らないように文書として保管しておくことが大事だ。


「次の方、どうぞ」


 俺は次の冒険者を呼ぶ。

 次は報酬の支払いだった。

 依頼を達成すると依頼者から冒険者へ達成証明書が渡され、それを受付担当職員が確認するというのが依頼達成までの手順だ。

 俺は渡された達成証明書に受付担当者として自分の名前を書き込む。


「達成したようなので銅貨五十枚となります」


 うちは依頼者からの報酬を前払いで二割事前にあずかり、残りの八割は冒険者が受け取ることにする。

 依頼をしていてバックレられたら丸損なので予め少額は預かって、何かあった際の損を軽減しているのだ。


「いや、依頼者が事前の約束通りの額を出さなかったんだが」


 またかよ、最近多いんだよなぁ、報酬の出し渋り。


「でしたら、足りない分はギルドの方で立て替えておきますので御安心ください。依頼者には他の者が事情を窺いにいきますが、場合によっては事実関係を明らかにするために、お話を伺うことになるかと思いますが、ご了承ください」


 この冒険者が嘘をついて、ギルドの立て替え分もだまし取ろうとしている可能性もあるわけだし事実関係はちゃんと調べないとな。

 依頼者の方が報酬を出し渋っているんだったら事情次第では金目のものを差し押さえになるな。

 後でそういう仕事の担当の人に相談しないといけないし、面倒くさいなぁ。


「次の方どうぞ」


 次にやって来たのは日本でいう小学生くらいの子供だった。

 どう見ても冒険者ではないようだけど――


「冒険者として登録に来ました!」


 ああ、やっぱりなぁ。

 こういうのも最近、多いんだよなぁ。景気が悪いのか口減らしで捨てられる子供が多くて、そういう子どもの大半は手に職がないから体一つでやっていける冒険者になろうとするんだよな。


「えーと歳はいくつかな?」


「俺は十七歳、妹は十五歳です」


 絶対嘘だな。見た感じ男の子は十二歳くらいじゃないか?

 別に何歳から冒険者になっても良いのは良いんだけど、子供をむやみに死にに行かせるのは良くないってのがエリアナの方針だからな。

 えーと、こういう時のマニュアルは――


「うちのギルドでは十五歳以下の冒険者志望の子供は寮付きの学校に入っても良いってことになっているんだけど、君達は何歳だっけ? さっき聞いたのを忘れてしまったから、もう一度教えてくれると助かるんだけど」


 俺の言葉に兄妹は戸惑った表情になる。


「ああ、心配しなくても学校も寮も無料で、冒険者として活動できる準備ができるようになるまで勉強できるよ。もちろん食事も無料だよ。あと卒業したからって冒険者にならなきゃいけないわけでもないし、在学中に進路が変わっても卒業までは面倒を見るんだけど、どうだろうか? それで、えーと君達は何歳だったろうか?」


「……俺が十二歳で、妹が十歳です」


「うん、わかった。じゃあ学校に入学ということでいいね?」


 俺が尋ねると兄妹は頷いたので、すぐに必要書類を作成してやる。

 最近は食い詰めてギルドにやってくる子供も増えたので書類は常に準備できているから名前と年齢を記入するだけで済む。


「すいません。エダ村まで行く方はいませんか? この子たちを連れて行ってほしいんですが――」


 俺は待合所に待機している冒険者に声をかける。

 すると、すぐに暇をしていた冒険者が了承してくれたので兄弟を預けて終了だ。

 あの冒険者が兄妹を人買いに売り払う可能性もないわけではないが、そこまでは面倒を見切れないので、これに関しては忘れることにする。


「次の方どうぞ」


 次もまた子供だった。

 とは言っても、先ほどの兄妹とは事情が違う。


「依頼を達成してきたぜ」


 そう言って、子供は俺の前に依頼達成の証明書を置く。

 内容は王都内に住む高齢者の買い物代行を一か月務めるという物だった。

 どうしてこんな依頼があるのかといえば、これは冒険者学校の生徒向けの物で、小遣い稼ぎとして用意されている依頼だからだ。

 食事と寝床は用意してやるが、小遣いくらいは自分で稼げということで冒険者ギルドでは雑用を子供たちに任せている。


「報酬は銅貨五枚だね」


「よっしゃ、これで剣が買える!」


 喜んでいるようで何よりだ。こういう冒険者ばかりだと気楽でいいんだよな。


「次の方どうぞ」


 次は大人の冒険者だった。

 よく見かける優秀な冒険者で従軍徽章持ちでもある男だ。


「保険の相談をしたいんだが……」


 ああ、くそ。面倒なのが来た。

 後ろに冒険者は……いないな。ってことは俺が説明しなきゃいけないのか。


「今度、結婚することになったんだが、冒険者は命の危険がつきものだし、俺が死んだ後の妻たちの生活が心配なんだ」


「でしたら、保険は良い選択ですね」


 俺は保険の資料を取り出し、冒険者に渡す。


「月々、決まった額を支払っていただければ、あなたに何かあった際にギルドが予め決まった額を支給します。一番ランクが低いものですと、月々銅貨十枚をお支払いいただければ、何かあった際は銀貨三十枚を支給することになります」


「銀貨三十枚か。もう少し上のランクになると月々の支払いが増える代わりに、支給額も増えるのか?」


「その通りです。ですが、ランクを上げるにはそれなりの審査が必要となりますので、希望通りのランクを取得できるかは分かりません」


 速攻で死なれると損するから、うちの保険の審査は厳しいよ。

 冒険者なんて何時死ぬか分からない商売だから、一か月しか保険料を払ってない奴が死ぬとかもあるし、それでも最初に決めた支給金を払わなきゃいけないから、弱い奴に下手に保険に加入されると困るんだよな。


 でもまぁ、こういうことをやっているから、うちの冒険者は後に残される人たちの心配をしなくて済むようになって、勇敢に戦えるんだけどさ。

 要するに冒険者が心置きなく戦える環境を整えるための保険だから、多少の損は仕方ないってのがエリアナの考えなんだよな。でも、損しても良いとは言っていないので、審査は厳しいと。


「あなたの場合ですと実績もあるので、問題なく審査は通ると思いますが、どうしますか?」


 俺が尋ねると男は少し考え、答える。


「一度、妻と話し合ってみるよ」


「それがよろしいかと、どうぞ資料はお持ち帰りください」


 手書きだから本当は持って帰られたら困るんだけど、受付の際の決まりだから渡すしかない。

 パソコンがあるわけじゃないから資料作成は手書きで行うしかないのが辛い所だ。


「では、次の方どうぞ」


 そうして俺は次々と窓口にやってくる冒険者を処理していく。

 厄介なことに結構な数の冒険者が依頼の受付手続きを求めてきた。これでは、また今度も百枚近い依頼書の整理をする羽目になる。

 俺は絶望を感じながら受付業務を淡々と済ませた。


「エイジ君、依頼者窓口に交代」


 終業時間まで半ばを過ぎた頃、俺は上司から指示を受けて依頼者窓口に移動する。

 荒くれ者の冒険者たちの相手をしなくて済むから楽かといえば、そうでもない。

 冒険者はアロルドやエリアナ、グレアムさんとかオリアスさんの名前を出せば大人しくなるが、依頼者はそうじゃないので、面倒が多かったりする。


「次の方どうぞ」


 呼びかけは冒険者の方とは変わらないが、やって来たのは貧相な中年男性だった。


「村の周囲に現れる魔物の退治をしてほしいのですが……」


 手紙じゃなく自分で来たってことは王都周辺の農村かな。


「では依頼書をお預かり出来ますか?」


 俺の言葉に村人はキョトンとした表情を浮かべていた。

 ああ、やっぱりこのパターンか。全く依頼方法とか知らずに来てるのか。

 俺は依頼書を三部取り出し、村人の前に置く。


「これに貴方のお名前、依頼内容、報酬をご記入いただきたいのですが、読み書きは大丈夫ですか?」


「いえ、ちょっと、それは……」


「でしたら、こちらで記入しますので、それぞれの項目について教えてほしいのですが」


 これ駄目なパターンが来るなって予感はあった。そして、それは現実の物となる。


「魔物の討伐をしてほしいということですが、魔物の数と種類が分からないと?」


「はぁ、すみません」


 これが一番困るんだよなぁ。

 不確かな情報の依頼だと冒険者は依頼を受けたがらないんだよ。

 魔物だと思っていたら、野盗だったとかも良くあるし、魔物の討伐を依頼したのであって野盗の討伐は依頼していないから報酬は払わないとかゴネるのもいるしな。

 それでも報酬が高ければやってくれる奴はいるんだろうけど、報酬もイマイチだしなぁ。


「あまり条件が良くないので受けてくれる冒険者は少ないかもしれませんが募集をかけてみますね」


 こうなると最終的には俺みたいに受付担当者が頑張る羽目になる。

 俺が受付を担当した依頼は誰も受けないとかなると減給処分もありうる。

 エリアナはギルドの目標として放置される依頼がゼロになることを定めているので目標を達成できないような依頼書を作成すれば、俺が処罰を受ける可能性だってあるわけで。

 だから、こういう依頼にも親身になって、冒険者の目に留まるようにしなければいけない。


「次の方どうぞ」


 そう呼びかけたが受付にくる気配は無い。

 俺は待合所を見ると、老婆がよろよろとこちらに近づいてくるのが見えた。おそらくはあれが依頼者なのだろう。とりあえず、こちらに来るまで待って――


 ――いてはいけない。背後でエリアナが俺の仕事振りを監視している。

 ええと、こういう時のマニュアルは、俺の方が老婆の所に行くんだよな。

 依頼者に優しい冒険者ギルドを目指すってのが今月の目標だったし、行くしかないよな。


 俺は他の職員に事情を説明し、老婆の側に近づくと待合所のソファーに座らせ、そこで依頼書を作成する。

 老婆は依頼書を掛けない様子だったので、やはり俺が代筆する。

 内容は買い物代行で、冒険者学校の生徒向けの依頼だった。


「最近、うちのことをするのがつらくてねぇ。誰か代わりにやってくれる人が来てくれると助かるんだけど」


 もしかして訪問介護もしなきゃいけない流れなんだろうか。

 なんだか、サービスが多様化しすぎている気もするけれど、うちのギルドはどこを目指しているんだろうか?

 でもまぁ、言われた通りに依頼書を作成するのが今の俺の仕事だし、そういうのを気にしては駄目だよな。


「では次の方」


 老婆の依頼を受理した俺は窓口に戻ると受付に座り次の依頼者を呼ぶ。

 そこからは比較的、楽な依頼者が続いた。自分で依頼書を作成してきてくれる人ばかりだったからだ。

 依頼内容は雑用が主で、たまに採取とか討伐の依頼があるくらいか。なので、それほど神経を使わずに窓口業務をこなせた。


 そうしているうちに俺は終業時間を迎える。だが、俺は帰れない。

 定時に帰る奴らを眺めながら、俺は残業をこなす。

 幸いなのは仲間が何人もいることと、そいつらよりも俺の仕事は少ない。

 一番多い奴は窓口業務を一週間ぶっ続けでやっていたせいで、処理しなければ依頼書が、まさしく山のようになっている。

 俺たちは地獄にいるが、俺だけは比較的マシな地獄だ。地獄には変わりないが、優越感を抱くことで心が折れるのを防ぐ。


「エイジ君、ちょっといいかしら?」


 エリアナが俺のデスクの脇に立つ。嫌な予感しかしない。


「貴方の担当した冒険者がちょっと困ったことになったみたいなの」


 依頼書に名前が書かれている受付担当者は依頼書の処理をした冒険者が問題を起こしたら動かないといけない。つまりは俺が動くということだ。


「あの、残業が――」


「依頼にあった村に行ったら、冒険者じゃないんだけど冒険者まがいのことをしている連中がいて、依頼と報酬を横取りされたらしいの。たぶん南部の戦争が終わったせいで仕事のなくなった傭兵崩れだと思うけど、その横取りした連中は徒党を組んでいるらしくて、この近くにアジトを構えているらしいから、ちょっと行って話をつけてきて」


「残業をしないと――」


「うちのように面倒な契約とかしないし、安価で依頼を請け負うとかいう触れ込みをしているらしいし、明らかな商売敵よね。そっちの方が報酬の取り分も多いとかいう噂もあるみたいで、そっちに移籍をしようかと考えてる冒険者もいるみたいなの。人材引き抜きとか最悪よね」


「明日の会議が――」


「担当をしている冒険者のトラブルは事務職員が解決するって約束にしているから冒険者は安心して依頼を達成できるっていうのは分かるわよね? 貴方が行かないとギルドに対する信頼が損なわれるから行って来て、地図はあげるから」


 拒否権は無いようで俺はギルドを追い出されて、冒険者のまがい物がいるという場所へ向かうことになった。そこへ向かうのは当然、俺一人。


 ――ではなく、アロルドも一緒だ。


 なんでコイツがいるかと言えば、ギルドを出る時にバッタリと出くわしたからだ。


「何をしている?」


 そう聞かれて、事情を説明したところアロルドは何も言わずに頷いて、それ以降ついてくることになった。

 これは何だろうか、最初から同行することが決まっていたかのように当然という感じでついてくるんだけど、俺はどうすればいいんだろうか?

 俺が危険な所に行くから護衛してくれていると思えばいいのか。だが、この世界の元となったゲームだとアロルドは親切な態度を見せつつ、その裏ではとんでもない悪事を働く様な男だったし、何を考えているのか分からないんだよな。

 でも、この世界はゲームと違うし、アロルドも性格はだいぶ違うようだけど――


「着いたぞ」


 色々と考えているうちにアジトに到着してしまった。

 アジトの外見は普通の酒場だが看板には『真・冒険者ギルド』と描かれている。

 これに関して俺はどんな反応をすればいいんだろうか。


「行くぞ」


 俺が反応に困っているとアロルドがアジトの中に入っていった。

 もう少し慎重にいってもらいたいのだけれど、既に行動を起こしてしまったのだから何を言っても仕方がない。

 俺もアロルドに続いてアジトの中に入る。


 アジトの中は場末の酒場の退廃的な雰囲気と酒臭さが充満していた。

 とてもじゃないがカタギの人間の仕事場ではない。


「なんだ、客か?」


 接客態度も悪い。

 うちのギルドだったらエリアナに十発くらい殴られているぞ。


「客じゃない。こいつがお前らに用があるだけだ」


 俺の前に立つアロルドはそう言うと、俺の肩を掴み、俺を前へと引っ張り出す。

 アジトの中にいた奴ら全員の視線が俺に集まった。


「へぇ、そうかい。立ち話もなんだから座れよ」


 この集団のリーダーらしき男が俺たちに座るように促す。

 促した先は古ぼけたテーブルとイスで俺とアロルドは隣り合って、そこに座る。


「で、用件てのは?」


 単刀直入に聞いてきたので、俺も単刀直入に切り出すことにする。

 正直に言えば恐ろしいが、下手に長引かせてこの場に居座るよりは良いと思ったからだ。


「私は冒険者ギルドの者です。そちらの方がうちの冒険者と揉めたと聞きまして、どのような理由があって、揉めたのかお聞きしたいなぁと思いまして――」


「はぁ? 何言ってんだ。揉めてなんかいねぇよ、俺たちは可哀想な村人の為にちょっと魔物を殺して、残りを追い払っただけだ。そんで、そのお礼を貰ってきただけだっての。だいたい、魔物はまだ残ってるってのに帰っちまう冒険者連中の方が問題じゃねぇか?」


「ええと、ですが、こちらの報酬を横取りした形になったと――」


「横取りなんかしてねぇだろうが。村の奴らがテメェらに報酬を払わなかったのは気が変わっただけだろ。それか、俺たちの言葉を勘違いしただけか」


 ちょっと待ってほしいんだけど、それだとまだ魔物が村の周囲に残っているってことだよな。

 それってマズくないか? 後で冒険者を派遣した方が良いかもしれないぞ。


「あんたらの商売の邪魔になったのは悪いと思うぜ。でもなぁ、だからといって因縁をつけられちゃたまらねぇな。こっちは可哀想な村人の為に働いただけの善意の人だっていうのによ」


「いや、そうは言っても――」


「そりゃ、報酬を貰ったのは悪いと思うぜ? でも俺たちは傭兵だからよ、戦争が終わったせいで仕事がなくてな、報酬を受け取らなきゃ飢え死にしちまってたんだ。あんたらは俺たちが報酬を受け取らずに飢え死にしていたら良かったって思うのかい?」


 うわぁ、こいつら面倒くさい。

 正直、関わり合いになりたくないし、エリアナには駄目でしたとだけ言うことにして帰ろうかな。

 俺がそんなことを思いながら、同行してきたアロルドは何を思っているのか様子を窺うと――


「悪いと思っているなら、まず頭を下げるべきだな」


 無表情にそんな台詞を吐いた。

 これはイラついているんだろうか? 俺には判断ができない。

 なんか嫌な予感がしてきたんだが、どうしよう。


「はぁ? なんで俺がテメェらに頭を下げなきゃならねぇんだ。むしろ、可哀想な村人の為に戦った俺たちに因縁つけてきたテメェらが謝るべきだろうが」


「俺は悪いと思っていないので謝る理由がない。だが、そちらは悪いと思ってるんだろう? だったら謝罪するべきだと俺は思ったんだがな」


 リーダーらしき男の目つきが鋭くなるけれどもアロルドは全く気にする様子はない。

 それどころか何かに気づいたように話を続ける。


「悪いと思っているのなら頭を下げて謝罪するのが当然の流れだが、それができない奴もいるということに今気づいた。頭の中身が詰まっていれば重くて自然と頭が下がるものだが、頭の中身が空気であれば、風に流され揺れてしまうので、頭は下げづらいな」


「それは俺たちの頭が空っぽだと言いてぇのか?」


「いや、そんなのは見て分かるのだから口にする必要はないだろう。こんな薄汚い場所をねぐらにして、汚らしい服を着て平気なのだから、マトモな頭の持ち主ではないと誰もが気づく。親類縁者はドブネズミか何かか? だが、そうなるとむしろ賢いか、ドブネズミの仲間の癖に服を着て二本足で歩いているんだ、充分に賞賛に値する気がするぞ」


 これは喧嘩を売ってるんだろうか?

 いや、売っているんだろうけど、なんか何も考えず喋っている気がするぞ、アロルドの奴。


「そんな舐めた口を利かれて五体満足でテメェらを帰すわけにはいかねぇな。ちょっと反省してもらおうじゃねぇか」


 アジトの中にいる奴らが一斉に武器を手にする。数は二十人くらいいるしヤバいような気がするんだけど――


「俺は喧嘩を売っているつもりはないんだが、襲い掛かってくるのなら反撃はするぞ?」


「はっ! 二人でどうするってんだ? いい気になるのも大概に――」


 話は途中で途切れ、リーダーらしき男の頭がテーブルに叩きつけられテーブルが破壊された。

 それをやったのは当然アロルドしかいない。


「お前らが、どういう奴らなのかは知らんし興味もないが、すぐに暴力に訴えるのは問題だと思うので反省すべきだな」


「あんたが言えたことかよ」


 思わず口に出てしまったけれどアロルドの耳に届いていないと良いが――


「俺は暴力を振るったことを反省しろ言われたことがないので反省する必要はないな」


 うわぁ、聞こえてたよ。

 アロルドは俺の呟きに答えると同時、リーダーらしき男の頭を掴むと、周囲にいる奴らに向かって投げつける。


 既に周囲の奴らは怯え腰だ。もしかしたら、アロルドの正体に気付いたのかもしれない。

 でも、もう遅いな。アロルドは既に動き出しているわけで、止まる理由も無い以上、全員を殴り倒すだろう。


 これはこれで話をつけたことになるだろうし、この件は解決でいいだろう。

 だけど、俺にはまだ解決していない問題――つまりは残業があるわけで、それにある程度の区切りがつかなければ、全部が全部解決とはならない。

 俺は未処理の書類の山を思い出して憂鬱な気分になりながら、アロルドが全員を倒すまで待つ。


 既に空には月が昇っている。

 俺は日付が変わるまでに帰れるのか、それだけが心配だった。






 ――心配は的中し、俺が帰ったのは日付が変わった後。

 これが俺の異世界での平均的な一日だ。







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