聖堂の殺戮劇
「あれがタビサ修道院ですか?」
修道院が間近に近づく中、僕は知らない体で言う。
そんなものは嘘であり、僕は修道院の内部構造すら熟知している。
「そうだ、セイリオス殿」
聖騎士達の隊長は僕に対して好意的な様子で答えてくれる。
俗世に染まっていないというのは本当のことで、隊長である彼を含め聖騎士達は狂信的な部分を除けば、極めて素朴な人々だ。聖神教の教義でもそらんじてみれば、容易くこちらを敬虔な聖神教徒と信用してくれるほどだ。
「話には聞いたことがありますが、見事な建物ですね。見事すぎて信仰の道を生きる者には相応しくないようにも見えますが」
修道院というよりも小さな城だ。
王族やそれに近い貴族が軟禁されて余生を終える場所であるから当然だが。
「その通りだ、セイリオス殿。信仰の道を目指すのならば清貧を貫かなければならんというのに、王家は何を考えてあのような修道院を望んだのか私には理解できん」
「私にも理解しかねますよ。信仰の道に進むというのならば、王族であろうとも教会の下につくべきだというのに、あのような物を建てるなど、王家は教会を蔑ろにしているのでしょう」
「うむ、セイリオス殿もそう思うか」
「ええ、私も聖神教徒の一人ですから教会の偉大さは理解しているので、王家の行いは間違いだとつくづく思います」
私の時はそう思うさ。もっとも、王族と話す時は教会など糞だと思うがね。僕の時はどっちもどうでもいいとしか思わないけれども。
「うむ、そう考えてくれる者が貴族の中にもいるというのは我々にとってはありがたいことだ。皆がセイリオス殿のように王家の間違いに気づいてくれたら良いというのに……」
「私もそのことを願っていますよ。そのためならば教会への協力は惜しみません」
目的まで一緒とは言っていないので、そこのところは理解しておいて貰いたいところだね。
僕たちがそんな風に話していると、同行している聖騎士の一人が修道院の門を見て言う。
「隊長、出迎えがいません。それに修道院の門が開いているようですが……」
僕にとってはそれは良い報告だね。
出迎えがいないのは良いことだし、門は開いていて貰わないと困る。
なにせ、門を開く人間は既にいないだろうし、閉じていたら修道院には入れないだろうからね。
「ああ、それならばきっと開けっ放しにしているんでしょう。王家は魔族の疑いのあるイーリス・エルレンシアに人を近づけたくないでしょうから、修道院にいる人間を極端に減らしているでしょうし、その関係で門を開ける人員も不足していて、開門の手間を省くために開け放しにしているのかと」
僕の言葉を聞いて聖騎士達は納得する。
ここに到着するまで彼らに仲間だと思わせた甲斐があったというものだ。
もっとも、少しは疑いの眼差しを向けてもらわないと、張り合いがないと感じるけどね。
「修道院の門は俗世との隔絶を示すものだというのにそれを理解できないとは嘆かわしいことだ」
信仰の道も俗に染まっているというのに、よく言えるものだと思う。
まぁ、聖騎士の彼らはそういう世界とは無縁なのだろうから、物知らずな言葉も多少は許されるかな。
「ですが、それによって我々も手間がかからずに修道院の中に入れるというものです。我々の目的はイーリス・エルレンシアへの取り調べなのですから、それ以外に時間を取られないというのは助かるともいえますよ」
僕の言葉に聖騎士の隊長は腑に落ちない様子ではあったが、それも仕方ないかという感じに頷き、修道院の中へと歩を進める。
「人の気配がまばらだな。それに修道院の中に入っても誰も来ないとはどういうことだ?」
確かにおかしい。
僕がそう思う理由は聖騎士の隊長とは違う。予定ではもう少し騒ぎがあっても良いはずだが静かすぎるのが僕がおかしいと感じた理由だ。
聖騎士が二人先行しているならば、戦いの音が聞こえても良いはずだが――
「あの二人までいないというのはどういうことだ?」
聖騎士の隊長の顔に困惑の色が浮かぶ。
これ以上、余計な勘繰りをされるのも困る。
「私が様子を見てきましょう」
僕は隊長に対してそんな提案をする。
それに対して、隊長は顔をしかめた。向こうからすれば僕は一般人だ。それに聖神教徒の仲間とも思っているから危険な目には合わせたくないだろう。
「いや、それは危険だ。この静けさ、何か尋常ではないことが起こっている可能性がある」
「だから私が行くのです。何があるか分からない修道院の中に皆さんが入り込み、もしも罠でもあった場合は取り返しがつきません。皆さんは聖神教会にとってはなくてはならない存在なのですから。それに私は貴族、この修道院が王家寄りであれば貴族である私の方が修道院の人間に警戒されずに済みます」
「しかし、それでは貴公に何かあった時に……」
「私も胸に信仰を抱く身です。何かあった時は神がお守りくださるでしょう。それにこの場においては皆さんの方が危険なのです。この修道院自体が王家の罠であり、聖騎士である貴方達を陥れる奸計が張り巡らせれているやもしれません。何らかの方法で皆さんを陥れ、ひいては教会そのものを陰謀によって陥れる策略かもしれないのですから」
僕が敬虔な信徒を演じると隊長は悲壮な表情を浮かべる。
俗世に染まっていないというのは素晴らしいことだ。こんな茶番でも胸に感じ入るものがあるのだからね。
「貴公の献身に感謝する。だが、何かあればすぐに戻ってきてくれ」
「その言葉だけで充分です。では、私が戻ってきた際の合流場所として皆さんはそこに見える聖堂で待っていていただけますか?」
僕はそう言って、修道院の中心にある聖堂を指差す。
修道院であるからには礼拝の場所は当然必要であり、そのための聖堂だが、その見てくれは人々が生活をする本館と比べるとみすぼらしいものだ。それもまぁ、仕方ないことではあるけどね。
ここは信仰の場ではなく、貴人が余生を過ごす場なのだから、教会としての機能より生活の場としての機能を優先するのも仕方ない。
「なぜ聖堂に?」
「なるべく人目につかない方が良いかと思ったので。嘆かわしいことですが、この修道院は聖堂を軽んじているようで、聖堂には人が少ないと思ったのです」
「分かった。だが、最後に一人だけ貴公に聖騎士をつけさせてくれ。やはり何かあっては良くないのだから」
隊長の言葉を受けて聖騎士の一人が僕の前に出てくる。
これで修道院にやって来た聖騎士も七人か。建物の中からでも僕たちがここに到着したことは分かっているだろうし、それでもこの場にやって来ないということは、先行して修道院に到着した聖騎士二人は生きてはいないだろう。聖騎士を殺せるような奴がいた記憶はないが、そういうこともあるかもしれないのだから気にせずにおこう。
「重ねて言うが無理をせずに何かあれば戻って我々に報告してくれ。信徒を守ることも我らの責務なのだからな」
そう言って、隊長は仲間を引き連れ聖堂の方へと向かっていった。
僕と僕の護衛に任じられた聖騎士は彼らが聖堂の中に入るまでを見届ける。
七人は聖堂の中を警戒しながら、その扉を開き、一人ずつ慎重に中へと入る。
七人全員が聖堂の中へと入り、扉が閉じたのを見届け、僕たちは修道院の本館へと足を向け――
その直後、聖堂から銃声が鳴り響くのを耳にした。
僕たちの元まで届いた連続して鳴り響く銃声はアロルドが代表を務める冒険者ギルド制の二十丁によるものだ。
帝国製の火縄銃と異なる、異世界人曰く近代的とされるカートリッジ式の弾丸は短い間隔での連射を可能とするため、二十丁とはいえ七人に痛手を与えるには充分な弾幕を張れるだろう。とはいえ、聖騎士も手練れであるから、弾幕を張られたところで、そうそうやられたままにはならないだろう。
僕の予想は当たり、銃声に加えて怒号と剣撃の音が聞こえてくる。
聖騎士の反撃だろう。さて、これによって何人が生き残るだろうか?
「何が起こっている!?」
僕の護衛についていた聖騎士が聞こえてくる音に慌てふためき、聖堂の方へと向かおうとする。
戦いの音が聞こえてきたのだから、そう動くのは自然なことだ。だが、それは良くないね。
「まぁ、待ちたまえよ」
僕は聖堂の方へと走り出そうとする聖騎士の襟首を後ろから掴み引き倒す。
「キミは僕の護衛だろう? 護衛対象を置いていくのは感心できないな」
僕は何が起きたか分からない様子の聖騎士の首に腕を巻き付け、力を入れ――
「失敗には罰が付きまとう。僕を置いていこうとした罰として死んでくれ」
僕は聖騎士の首をへし折った。
「まぁ、失敗がなかったところで始末はしたから、あまり失敗を気に病まないことだ」
僕と一緒に行動する時点で死ぬのは決まっていた。だから数には入れずに七人だったというわけだ。
さてと、始末するべき奴を始末したのは良いけれど、聖堂からはまだ戦いの音が聞こえるから、しばらく待つとして、僕が聖堂に入った時に出迎えてくれるのは誰だろうね。
ほどなくして聖堂が静寂に包まれる。
静かになった理由は、戦う相手がいなくなったからだろう
となると、僕が様子を見に行かなければね。
僕は聖堂へと向かい閉じられた扉を開き、開けっ放しにする。
予め扉に仕掛けをしておいて内側からは開かないようにしたんだけれども、その必要はなかったかもしれないね。聖騎士は逃げずに戦ってくれたわけだしさ。
聖堂が普段使われていないことを知っていたから仕掛けをしたのだけれども、聖騎士が逃げるようなことをしない人々だと知っていたら、こんな面倒はせずに済んだ。そう考えると僕もまだまだ甘いということかな。
扉を開け放つと、聖堂の中からはむせかえるような血の臭いがあふれ出してくる。
僕は血の臭いに満ちた聖堂の中に足を踏み入れ、中の様子を確認する。
古ぼけた聖堂の中に立っている者はいない。
あるのは王国の正規兵の姿をし、手に銃を持った兵士たちの死体と、横たわる何人かの聖騎士達。
なるほど、七人で二十人の兵士たちを皆殺しにしたということか。
僕たちの身体は加護によって飛び道具が効きにくいが、それでも食らって死なないというわけじゃない。それを考えると二十人の銃を持った集団に囲まれるというのは絶体絶命の状況だろうけど、それを七人でなんとかしてしまうとは凄まじいことだ。
――そのうえ、半分以上生き残っているのだから、尚のことね。
「セイリオス殿、これは一体何事だ?」
横たわっていた聖騎士の一人が起き上がる。
それは聖騎士達の隊長で、おそらく敵の増援が来た時に奇襲を仕掛ける腹積もりで今の今まで死んだふりをしていたのだろう。僕は最初から気づいていたがね。
「何事というほどのことでもないな。ただの陰謀だよ」
隊長に続けて三人の聖騎士が起き上がる。
いくらか銃弾を食らっているようだが、致命傷と言える傷がないのは流石だ。
「陰謀だと!?」
驚愕の表情を浮かべる隊長に対し、僕は兵士たちの死体を見せる。
「あれは王国の正規兵の装備だ。王国の正規兵がキミたちを殺そうとしたんだ」
「王国の正規兵――つまりは王家が我々を殺そうとしたというわけか! だが、何故そのようなことを」
隊長が思いつめた表情になる。
色々と考え込んでしまっているようで可哀想なことだ。僕はその重みを軽くしてあげるために、一つ伝えてあげることにした。
「それに関しては僕がこれから考えるよ。もっとも、聖騎士の死体と王国の正規兵の死体が並んでいたら、いろんな人間が勝手な憶測をするだろうから必要ないようにも感じるがね」
「――何を言っている?」
隊長は状況が良く呑み込めていないようだ。
俗世から離れていた人間にはこういう話は難しいのかね。
「互いが互いの陰謀だと騒ぎ立てるのさ。教会は王家によって聖騎士が陥れられ殺されたと騒ぎ、王家は王家で身に覚えがないのだから教会の陰謀だと騒ぐ。ついでに王家に代々仕えていたこの修道院の使用人たちが皆殺しにされれば尚のこと騒ぐだろうね、殺された人々の側に聖騎士の格好をした死体でも転がっていれば更に大変なことになりそうだ」
その聖騎士の格好をした奴らの準備は出来ているし、本館に入ったであろう先行した聖騎士の二人によって良い具合に死体になってくれているだろうから、僕が何かする必要もないかな。
「もしや、この者たちを手引きしたのは貴公か?」
隊長の僕を見る眼差しが変わる。先ほどまでは仲間だったが、今はバケモノを見るような眼だ。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないな。答える義理があるのかな?」
「なぜこんなことを……?」
「その『なぜ』はどこにかかっているんだい? 聖騎士である君達を嵌めた理由に関しては単純だ。争い事とは一方が冷静だと大きくなりにくいからだよ」
隊長の顔に浮かぶ困惑の色が濃くなってくるが、僕には遠慮してやる義理はない。
「王家側ばかりが被害を被っていると、王家側は怒り狂うだろうが教会は冷静に対処する。それでは適当なところで落ち着く可能性がある。それを避けたいから教会側も冷静ではいられないようにキミたちを殺すのさ。手塩にかけて育てた精鋭が殺されたとなれば教会側も冷静ではいられず怒り狂い、王家と敵対の道を選ぶだろう」
そうならなければ、別の方法を選ぶだけだがね。
「そんなことをして貴公に何の得がある」
「僕を見損なうなよ。僕は損得で動くような人間じゃない。世界を良くしたいだけなんだ」
誰もがもっと自由に生きられるようにしたいだけなんだ。そして僕もその世界で自由に生きる。
暴力と争いと混沌と自由に満ちた世界で――
「正気ではない」
「狂信者が正気を語るなよ。まぁ、僕も神を信じる代わりに自分自身を信じ抜いているから、ある意味では狂信者なのかもしれないので人のことは言えないがね」
生き残った四人の聖騎士達が僕に対して殺気を向けてくる。
ここまで来れば、いくら察しの悪い彼らでも、僕が彼らを陥れ殺そうとしていることは分かるだろう。
しかし、気づかないのだろうかね。殺すつもりなら、わざわざ明かさず味方のふりをし続け、更に罠にかけることもできるというのに、それを捨てて明かしたことがどういう意味なのかを。
「ああ、いいね。そうでなくてはいけない」
「貴様を殺しておかなければ教会の害となる。そして世界の害にも」
「そういう言い方は良いね。では、世界を守るために僕を倒して見せてくれよ――」
四人の聖騎士達の殺気が極限まで高まる。
「それができるならな」
僕のその挑発に乗せられたのか、聖騎士の一人が飛び出してくる。
「抜かせ――」
勢いは良いがそれだけだ。僕は突っ込んでくる聖騎士と間合いを合わせ、右拳を顎先に向けて振り抜いた。
一瞬の抵抗があるが、それはすぐに僕の拳から消え、振り抜いた拳は空を切る。そして、その直後に遠く離れた聖堂の壁に湿り気のある物体が叩きつけられる音がした。
「思ったよりは頑丈だが、頑丈過ぎはしないな」
僕の前には先ほどまで勢いが良かった聖騎士が剣を取り落とし顔を抑えている。
その顔には下顎がなくなっており、音を発することができないようなので、苦しみの声も上げられない。
「今ならまだくっつくかもしれないぞ」
僕は音がした方の壁を指差す。
さっきの音は僕が殴った結果、吹き飛んだ下顎が壁に叩きつけられた音だ。
しかし、そうやって僕が教えてやっても、そいつはそちらに向かわず、僕に敵意を向け、剣を拾おうとするのだった。
「闘争心が強いのは良いことだ」
僕は剣を拾おうとするそいつの手を左足で踏みつけながら、鼻先に右膝を叩きつける。
その衝撃に頭がのけ反るが僕に手を踏まれ、体が固定されているために体ごと動くということはなく、その場に転げる。
「だが、こうも弱くてはね」
僕は転がった聖騎士の首に足を乗せ、その首を踏み折る。
「なぜ、こうやって僕が敵であることを明かしたか考えなかったか? その答えは簡単だ。僕はキミたちよりも強いからだ」
隊長を含め三人の聖騎士が動く。
「なんらかの魔法を使っている可能性がある。丸腰とはいえ警戒しろ!」
失礼な話だ。
そんなものを使うのは男の戦いに反するというのに、僕がそれを使うと思っている。
男の戦いというのは素手で行うものだというのにな。
「誤解されやすいんだが、僕は頭を動かすよりも体を動かす方が好きなんだ」
二人の聖騎士が僕に向かって同時に斬りかかってくる。
片方は足元であり、片方は胴体を狙っている、そのうえ二人の攻撃は示し合わせたように別々から放たれている。だが、それがなんだ?
「そして頭を動かすよりも体を動かす方が得意だ」
僕は上半身に向かってきた剣を拳で殴りつけ、足元の剣はつま先で蹴り飛ばす。
二人の攻撃を捌くと同時に隊長が僕の喉元を貫くために剣を突き出す。その攻撃に関しては僕は防御しないし、する必要がない。
「もう少し考えて攻撃したまえよ」
突き出された剣は僕の喉の皮膚で止まり、それ以上は進んでいかない。
聖騎士達の目が驚愕に見開くが、僕にとってはこういった反応は慣れたものだ。
三人の聖騎士は慌てて僕から飛び退く。三人は何が何だか分かっていないようなので僕は彼らの助けになるように説明をしてやることにした。
「神とは五体に宿るものだということをキミたちは理解しているか? 祈りを捧げるよりも肉体を鍛え上げることこそが神の愛を得る最良の方法だ。そして、神は不利な方を好み、力を与える。僕の肉体に刃が通らないようなね」
異世界から来た勇者は補正と言っていたかな?
この世界の人間は神の加護によって肉体の強さの上限が異常なほどに高いとも聞いた。
そして、戦いの中で条件が悪くなればなるほど、神の加護は強まるともな。
「キミたちは三人、鎧を身に着け、その手には剣だ。対して、僕は一人で鎧も何も身に着けておらず、丸腰だ。さて、客観的に見て不利なのはどちらかな。そして神の愛を受けるのはどちらだろうか?」
僕だけが知っている情報を開示したことで、僕の優位は一つ失われ、この状況における僕の能力補正は更に上がる。
加護が強化される条件は実際の有利不利ではなく、見たままの状況だ。補正がなくとも僕の方がこいつらよりは遥かに強いが、そういうのは関係なく、見たままの状況では僕が不利なので僕の能力補正が急激に上昇する。
僕はどうすれば自分が強くなるのか世界のルールを知ったうえで理解している。何も知らない輩に負けるわけがない。
「神の愛ならば我らに宿っている!」
狂信者の言葉などは信用に値しないな。
僕はゆっくりと三人の聖騎士に近づくが、その三人は僕に臆する様子もなく、手に持った武器を掲げ叫ぶ。
「聖神ヲルトナガルの加護を!」
その言葉と同時に彼らの持つ剣が眩い輝きに包まれる。
なるほど、そういうことか。
「キミたちはヲルトナガルの勇者となったということか」
どうりで頑丈なわけだ。彼らは彼らで別個の加護を持っていたということか。
ヲルトナガルの勇者の傾向を見るに、あの神は素の能力を上げるよりも特殊な力を授ける方に特化しているようなので、聖騎士の頑丈さは、何らかの魔法障壁が自動で発生する能力によるものだろう。
輝く武器の方はどのような能力があるかは分からないが、この世界の人間、それも複数人に能力を与えるとなると特別な物は難しいはずだ。神とはいえ振るえる力の量には限界があるようだしね。
全て僕が保護している異世界からきたというヲルトナガルの勇者から得た情報で推測できることだ。
「まったくもって、あの神は救いようがない阿呆だな」
いい加減に諦めればいいというのに、いつまでも余計なことを繰り返す。
「神を侮辱するなど許されることではない!」
許されることだよ。あれは低俗だからな。
「キミらは知らないだろうが、その輩とキミらが崇める聖神は何も関係がない。ヲルトナガルは聖神を騙る偽物だというのに、それを信じ切って幸せなことだ」
「何を知ったようなことを!」
「キミらよりは良く知っているよ。僕に言わせればヲルトナガルはただのガキだ。試しに作りあげた、お手本ありの世界を上手くいかないからと言って放り捨てたくせに誰かに拾われれば、惜しんで取り返しに来る。そんな行いをする輩をガキと言わずに何というんだい?」
三人の聖騎士は訳が分からないという表情をしている。
なんともまぁ、滑稽なことだ。
「自分たちを捨てた神から愛を受け取り、喜ぶ姿は情けなくもあるね」
「黙れ! それ以上、余計な口を開くな」
そう言われて、黙ってあげる義理はないな。
「僕らはみな神の捨て子だということを肝に銘じておくべきだ。愛を与えられたとしてもそれは心からのものではなく打算に基づいていることも」
僕の言葉を受けてかは分からないが、聖騎士三人が同時に動く。
一人は真っすぐ僕に突っ込んできて、もう一人は回り込んで背後から攻撃しようと考えているんだろう。
そして隊長はというと輝く剣を掲げあげ、振り下ろす好機を探っているようだった。
「打算に基づいた愛を、真の愛だと思いこむ。キミらの滑稽さを僕は笑えばいいのかな?」
真っすぐ突っ込んできた聖騎士の剣が横薙ぎに振るわれる。
だが、僕はその剣が届くよりも早く踏み込み、剣を持つ腕を掴んで、その肘関節を外す。
魔法障壁に関しては予感で衝撃に反応するものだと思ったので、違う方法を取って攻撃したが僕の考えは当たったようだ。
彼らの身体はぶつかる動きには強いが、引き離すような動きや締め付ける動き押しつぶす動きに弱いのだろう。
そうでなければ最初に殴った奴の下顎が吹き飛ぶことは無い。奴の顎は皮膚や骨が僕の拳の圧力によって本来の場所からちぎれ飛んだことによるものだ。純粋に打撃を無効化できるならそんなことは起きないはずだ。
やはりというかなんというか、ヲルトナガルは絶妙に使えない力を与えるものだな。
僕は腕の関節を外した聖騎士の膝を踏み体重をかけ、へし折る。
圧力をかけるやり方なら簡単に壊せるということが分かった以上、苦戦する道理がない。
僕は膝を砕かれ、崩れ落ちそうになる聖騎士の首を片手で掴むと握りつぶし、へし折る。
「もう少し頑張りたまえよ」
僕は後ろから迫ってくる聖騎士の方を振り向きながら頭に向かって蹴りを放つ。
半ば奇襲のように放たれた攻撃は聖騎士の隙を突き、こめかみに叩き込まれた。
しかし、加護によって頑強さを増している彼らの身体はこの程度で屈することは無いと分かっているため、僕は即座に次の行動に移る。
効きにくいとはいえ、どこまで耐えられるのか試してみても良いだろうと思い、僕は聖騎士の顔面を殴りつける。一発、二発と殴りつけるうちに顔の部品が千切れ飛んでいく。打撃自体は耐えられても、それによって引き伸ばされる力に耐えられないために耳やら鼻が引きちぎれるのだ。
あまり良い成果は得られないと思った僕は、顔のパーツをことごとく失いよろめく聖騎士を転ばせ、首を踏み折り、命を奪う。
直後、光の刃が僕を襲うが、その攻撃は読めていたため難なく躱し、最後まで生き残った聖騎士達の隊長に向き直る。
「さて、残りはキミだけだ。キミが死んでも他に聖騎士はいるだろうし、ヲルトナガルの勇者が途絶えるということはないので、今の所は安心してくれていい」
僕はヲルトナガルが気に入らないので、奴の勇者であるならば、そのうちに皆殺しにするがね。
同じ神でもアスラカーズの方が好感が持てる、僕たち人間に与えている加護を考えると僕とは相性が良いような気がするしね。とはいえ、奴もいらないが。
「ヲルトナガルよ我に加護を!」
そんな叫びをあげ、聖騎士の隊長が僕に向かってくる。
この期に及んで、一度は僕たちを捨てた神に縋るとは救いようがない。
僕は向かってきた聖騎士の隊長の顔面に全力の拳を叩き込む。
打撃そのものは軽減される手ごたえがあった。だが、拳によって圧力が加えられたため頭と首の繋がりが引き延ばされ、やがて耐えきれずに千切れて頭だけが吹っ飛んだ。
「弱すぎて話にならないな」
本来の予定では本館にいれた後で、一人一人片付けてやろうと思ったが、本館の中の状況が分からないのでやめたわけだがそれは正解だったかもしれない。一人ずつでは本当に歯ごたえが無くつまらなかっただろうからね。
さて、これで聖騎士は始末できたので、後は本館に残っている奴らを殺しておかないとな。
この場は聖騎士と王国兵で戦闘があり、互いに死んだと見えるし、放っておいても良いだろう。見たままならば、誰かが良いように解釈してくれるはずだしね。
僕は基本的に誰も生かしておくつもりはない。
なるべく死人が多い方が騒ぎも大きくなるだろうから、僕を手伝ってくれた奴らも皆殺しにしておかないとな。
そういえば、先行した二人の聖騎士もヲルトナガルの勇者だったとなると、僕の用意した兵隊は全滅の可能性もあるから、生き残っているかもしれないな。
あとはイーリスかな。
ただの田舎娘を魔族とでっち上げて殺すのは可哀想だが、あの娘が死なないとウーゼル殿下の冷静さが崩れないだろうから、きちんと始末しなければいけないな。
次期国王が冷静さを欠いて、教会に対して宣戦布告をしてくれれば間違いなく何かが起こる。教会の方も精鋭の聖騎士を十人も殺されているんだから火種も充分である以上、大きな争いになるかもしれない。
そうなってもらわないと僕が困るのでイーリスは殺さなければいけないな。
まぁ、すでに僕の手伝いをしてくれた奴らに殺されているかもしれないが、念には念を入れてきちんと死に顔を拝んでおくとしようか。




