責任問答
「結局のところ、ここにいらっしゃるお歴々は俺をどうしたいんだ?」
俺は議場の中央に座ってお茶をすすりながら尋ねた。常に優雅に余裕をもって会話をするのが、俺が父上から体罰交じりで習った貴族式会話術ですから、お茶だって飲みますよ。
正直、この会の目的が良く分かんないんだよね。だから、こう優雅に聞いてみたんだよ。まぁ、聞いたところで分かんない可能性はあるけど。
「勝手な発言は慎みたまえ」
俺を見下ろしている偉そうな人のうちの一人が、そんなことを言ってきた。
俺としては慎んでいるつもりなんだけどな。本気で勝手な発言をするとなると俺は帰りたいとしか言わないぞ。ちゃんと会話を成り立たせようと努力している時点で俺としては慎んでいますよ。
「俺としてはそっちが何を望んでいるのかハッキリとすれば、それに応じて、さっさと済ませられるから助かるんだが」
俺は慎んで発言しました。
慎まないと、『俺は帰るからな! 絶対に帰るぞ! 話があるなら俺の家に来いや!』ってなるし、だいぶ慎んでるよね?
「まさか自分たちが何を望んでいるのか分からないほど馬鹿ではないだろう? なにせ、戦の時は何もせずに座っていたくせに、終われば必死に戦ってきた奴に文句を言うだけで仕事になるんだ。そんな仕事や役職を用意できるほど賢いんだから、ちゃんと俺に説明できるだろう?」
「我々を侮辱するのか?」
「いいや、褒めてるし、尊敬してるんだよ。俺もあんたたちみたいに無責任に文句言ってるだけでお金もらえるようになりたいしな」
なんだろうね。俺としては単純にいいなぁって思ってるんだけど。
だって、羨ましくない? 戦の時は王都にずっといて命の危険とかなく過ごして平穏無事で、戦が終われば頑張って戦ってきた奴に文句言っているだけで仕事になるんだぜ?
そんな仕事につけるなんて賢いと思うし、俺もそういう仕事に就きたいなぁって気持ちもあるから誉めたんだけど、何が気に入らねぇんだろ。
「で、結局どうなんだ? あんたたちは俺にどうして欲しいんだ?」
「我々はただ事の真相を明らかにしたいだけだ。貴公が帝国とつながっているというのが真実かどうかという件についてのな」
いやぁ、話が通じてないぞ。なんか俺の聞きたいことと違う気がすんだよな。
「真相を明らかにするのが目的じゃないだろう。真相を明らかにして、その結果どうしたいのかを聞きたいんだがな、俺としては。真相を明らかにしたいというだけなら一人ででも調べりゃいいだろうが、それなのにわざわざこんな場所で人を集める必要はないだろう?」
なんか言っていることとやりたいことが違う気がすんだよな。
文句つける時って大概は文句に対するお詫びが目的なわけだし、こいつらが俺に対して文句をつけてるのは俺が申し訳ないと思ってお詫びを出すのを期待しているからかね?
でも、俺は申し訳ないって気持ちないしなぁ。むしろお前らが寛大な心をもって俺に対応してくれません? ようやく戦地から帰ってきた人間を呼びつけて申し訳ないって気持ちがこいつらからは感じられないんだよなぁ。
「良い大人なんだし、俺が活躍してきたのを妬むとか、自分の立場が悪くなるとかいうアホなことを考えているわけではないだろうからな。俺は良い大人ではないから、賢い方々が何を思って俺に対して難癖をつけているか分からないし、難癖つけてそちらに何の得があるかも分からんので、説明が欲しいだけなんだがな。まぁいいか」
俺は頑張った奴は頑張った奴として認めますよ。
だから、あんたらも俺を褒めたたえて尊重してください。
「……ハッキリと言えば、我々の目的は貴公に対して責任を取らせることにある」
おや、偉い人たちの中でも一番偉そうな人が口を開きました。今の今まで黙っていたんで置物かと思っていました。まぁ、口を開いたからどうということもないんだけどね。どうせ二度と会わないだろうし、名前も顔を何言ったかも憶える気はないしさ。
「貴公がノール皇子を取り逃がしたことで、我々は帝国との交渉で皇子を人質に有利な条件を引き出すことができなくなった。これは後々の禍根となると考えている」
いやぁ、それはどうだろうか?
「交渉などしようがないぞ。イグニス帝国へと続く山道はしばらく通行止めで、王国側からも帝国側からも行き来することはできない以上、交渉を行うにしても春を過ぎなければ不可能だ。そして春を過ぎれば帝国も再び王国に侵攻する準備が整う。人質交渉をするよりも攻め込んでノール皇子を奪い返した方が楽だと考える奴もいるんじゃないか?」
そもそも俺としてはノール皇子に人質としての価値があるか疑問なんだけどね。
俺は本人から自分は人質の価値がないって聞いたし。
「人質にしたところでたいした意味がないと?」
「俺はそう思った」
「自分に都合よく言っているように聞こえるな」
「他人に都合よく解釈されるくらいなら、自分に都合の良いように言うだろう。自分が損しかねない立場なら尚更な」
文句を言われる隙は作りたくないですし事実はいくらでも捏造します。言ってて自分で本当か嘘か分かんなくなるくらい。
「その言葉は偽りを述べているようにも捉えられる。我々は真実を求めている以上、取り繕いの無い言葉が望ましいのだがな」
「だったら話は早い。俺は悪くないという真実だけで終わりだ。ノール皇子が逃げたとして特に問題はなく、問題がない以上、俺が責任を取る必要はない。これが真実だ」
「それは貴公にとって都合の良い真実だろう?」
「それを言うなら、そちらにとって都合の良い真実だった場合は俺も声をあげていいということになるぞ。俺に何を言っても、それはそちらにとって都合の良い真実だとな」
「話にならんな」
「だったら終わりだ。もちろん俺が正しいという結果でな。そちらが降りるなら、残った俺の勝ちはとうぜんだろう?」
俺もいい加減終わりにしたいのよね。部屋の中の人は俺を見下ろしてくる偉い人たち以外は俺も含めてウンザリしてるし、可哀想だぜ? 特に俺が可哀想だと思う。
「話に割り込んですみません。議長、ノール皇子を逃がしたというのはアロルド殿の管理不行き届きにあたるのでは?」
すみませんと思うならやるんじゃねぇよと思うけど黙ってます。
えーと、偉いらしい人の中で若い男かな? そいつが議長だっていう一番偉い人に話しかけてますね。
キミらだけで話すなら、俺は帰っても良いんじゃないですかね? まぁ、帰ってもやることないから、そこまで急ぐ用事があるわけでもないけどさ。
「うむ、確かに脱走を許したという不手際自体は存在している以上、それについての処罰は必要だ」
うーん、なんだか俺が悪いって話になりそうだぞ。一応、身を守らんとね。
「俺が全部悪いわけではないだろう。そちらがノール皇子が重要だと伝えていれば、こんな不始末は犯さなかった以上、俺ばかりを責めるのは筋違いではないか?」
「言い逃れをするつもりか?」
「言い逃れじゃなく、そちらの過ちを追及しているんだ。後方にいる奴は現場で起きた問題は何事も現場のせいにするからな。おとなしく聞いて悪者になりたくはないんだよ」
攻撃は最大の防御って言うし、言い返さないとね。できれば、相手も悪いってことにして有耶無耶にしてしまいましょう。
「我々が悪いと言いたいのか?」
「悪い。実際に戦ってないくせに、終わってからは偉そうなことばかり言う。挙句の果てに自分たちの連絡ミスを俺のせいにしている。言いたいことは分かるぜ、可能な限り現場の判断でなんとかしろということだろう? で、現場がミスしたら現場が悪いと、お前らは何もやっていないが、そういうのは関係ない。だが、終わった後は自分たちも勝者であり、勝利の栄光を浴びる権利があると声高に訴え出やがる。そういう振る舞いは品性に欠けると思わないのか?」
俺は思わないけどな。でも、ズルいなぁって思う人もいるんじゃない?
べつに良いじゃんズルしたってさ。真面目に必死でやるのも良いけど、ズルして無理なく利益を得るっていう、そういう賢さは大事だと思うよ。
「……すこし、論点がずれていますよ」
おいおい、またかよ。また若い奴が口挟んできやがった。
「管理不行き届きがあったかもしれない。そしてそれに関して誰が悪いかは問題ではあり追及するのも悪くはないと思います。ですが、それらはこの会における主題ではないとも思います。真に問題にするべきはその管理の甘さが故意の物であったかどうかという点に尽きるのではないかと。故意の物であったなら、帝国との内通が疑われてもおかしくはない」
「内通、内通と言うが俺が帝国に内通することで何か利益があるのか?」
「帝国が王国を征服した後にしかるべき地位を得るという見返りがあった。単純に財宝等の報酬を得たなどが考えられますが、どうですか?」
つってもなぁ、俺は地位とか興味ないし。だって別に人から貰わなくても俺って既に結構な地位にあるしな。
あと、お金なんかも無いらしいけど、困ってないから人から恵んでもらう必要はないかな。
「俺は強欲に求めるほど地位や金に困っているわけじゃないから、それで釣るというのは無理な話だな」
「それは羨ましい限りです。とはいえ私たちとしては貴方の懐事情を詳しくは知りませんので、このような推理をせざるを得ないのです」
「推理じゃなく確証を持ってからやってもらいたかったな。そもそも、俺は相当な数の帝国兵を殺しているんだ。それでも俺が帝国と通じていたと言えるのか?」
「私個人としては通じていたのは帝国とではなくノール皇子個人とだと考えていますが、この場で私見は控えさせていただきます」
そうっすか、俺としてはアンタの話を聞いているほうが楽しそうなんだけどな。
まぁ、帝国とは仲良くなくてもノール皇子とは友達みたいなもんになったから、通じていると言えば通じているのかな?
「では、他の方々はどう思っていられるのかな?」
「単純な話だ。貴公が帝国と通じ、王国侵略の手引きをした。その報酬は地位か宝かは定かではないが受け取ったに違いない。しかし、帝国が劣勢になるや否や貴公は帝国を裏切り、帝国と敵対したのだ」
また別の奴が割り込んできましたよ。面倒くさいから、さっきの若い人と話をさせてくれませんかね。たぶん、その方が手早く済みそうだし、若い人もその方が良いと思ってるんじゃない? 今だってため息を吐いてるしさ。
「順番が違いますよ。帝国軍に反撃ができたのはアロルド殿が南部に赴いてからです。それに整合性をつけようとするならば、あらかじめアロルド殿は帝国から金銭等を受け取り、侵略の手引きをした。しかし、最初から帝国側に付くつもりはなく、手引きの見返りだけを受け取り帝国とは手を切った。アロルド殿としては最初から帝国に勝利する算段があり、帝国に勝利した暁には勝利の立役者として英雄の座に収まるつもりだった。アロルド殿は戦を引き起こし英雄になるために帝国と通じていた――――という考え方もできますね」
若い人は自嘲する様子で話していたけど俺としてはそれなりに面白かったよ。
なんていうか、自分で馬鹿言っているなぁっていう自己嫌悪が見てて笑える感じでした。
「作り話が上手いな。もう少し聞いていたいものだ」
俺がそう言うと議場の全員が若い人を見る。
俺以外の人も期待してるぜ、どんなトンデモな作り話を考えたのか、さっき言っていた私見というのを述べてくれよ。
全員の視線が自分に集中しているのに気付いたのか、若い人は少し迷いながらも躊躇いがちに口を開く。
「――私の考えではアロルド殿がノール皇子と通じたのは戦の後です。それまではアロルド殿の働きを考えると帝国と通じていたとは考え難い。手引きをしたというならば、アロルド殿はもう少し有利な状況で戦を始められたと思いますので、手引きしたという可能性は低い」
まぁ、戦が終わるまでノール皇子とは会ってないしな。
「――私が気になっているのはアロルド殿とウーゼル殿下の関係です。私が見る限り、ウーゼル殿下はアロルド殿を疎んでおり、アロルド殿もウーゼル殿下を疎んでいるでしょう。お二方の関係は決して良い物ではないように私には見えます」
そんなこと無いと思うぜ。だって、俺はウーゼル殿下嫌いじゃないし。
「ウーゼル殿下が次の国王となることが確実な以上、殿下と良好な関係ではないアロルド殿にとってはこの国は居心地の悪いものになるでしょう。そうなると、もしかしたら国を出るという考えも脳裏をよぎるということはありませんか? ノール皇子がいれば、帝国の居心地はどうなんだという話になるとも思いますが」
「確かに帝国がどういう場所かは話したな」
「その時に帝国に亡命しないかという話を持ち掛けられませんでしたか? アロルド殿ほどの人物ならば一度敵対していても引き抜きたいと思うはずです」
「まぁ、持ち掛けられたのは事実だな」
でも、俺は知らない土地に行きたくないので断りました。別に今の場所で困ってないしさ。
「やはり帝国と通じていたではないか! ノール皇子の脱走を手引き、自分は後から帝国に赴くつもりだったのであろう!」
偉い人たちの中の何人かが騒ぎ立てていますが、別になんとも思いません。だって、意味のあること言ってないしさ。ほら、若い人も鬱陶しがっているからやめた方が良いぜ。
「――その程度では茶飲み話ですよ。内通していたという話にはなりません。そもそも、これを内通というのは無理がありますしね。戦は終わっていて、直接的な被害は出ていないのにも関わらず、敵国の将と言葉を交わしただけで内通の罪とするのは些か行き過ぎかと」
「貴様はどちらの味方だ!」
「敵味方という観点で論ずる場ではありませんよ。ですが、強いて言うならば私は属している側の味方です。だから、こうして適当な推理を述べているのです」
できれば俺の味方が良かったけどな。まぁ、いいか。
「それで、茶飲み話をしていた俺はどうなるんだろうな。結局、俺は何が悪かったんだ?」
「私としては話していたこと自体が問題かと。内通の事実があったことは薄いものの、そうと考えさせられる振る舞いをし、人々に不安を与えたことに関しては咎められるべきかと思います。そしてノール皇子が脱走した件に関してですが、これもアロルド殿の振る舞いに問題があったようにも思います。貴方が親しく話している相手に対し、貴方の兵は強く出られないでしょう、その結果、ノール皇子に対する監視の目が緩み、脱走を許すことに繋がった、そうは考えられませんか?」
「考えられないな」
すいません嘘です。考えられます。だって、一緒に遊んだりしてたからさ監視されてると遊びづらいし、ちょっと監視の目を甘くしろみたいなことを言ったような言っていないような……。
「そうですか。しかし、監視の目が緩んでいなければ逃げ出すことなど不可能だったはずと私は考えます。そして、アロルド殿がその原因となったことも考えられるため、それに対する何かしらの咎は必要かとも思います」
「疑わしいというだけで罰するのか?」
まぁ、俺もやるけどさ。なんかこいつ怪しいなって思うと締め上げたくなるし。
「疑わしいから罰するというのではなく、不安を煽ったということが問題なのです。英雄がもしかしたら――という不安を人々に抱かせたというのは人々の生活に暗い影を落とすものだとは思いませんか? 内通の事実は見受けられなくとも、私はそのことで不安を与えたことに対する賠償をするべきではないかと考える次第です。そして、私が賠償として適当と思うのは――」
賠償ねぇ……。まぁ、払えなくないと思うよ。
つっても払うのはエリアナさんとか他の奴だけどさ。だって、俺は財布とか管理してないからね。
「金貨千枚と半年の謹慎であるかと」
思ったより安いかな?
もう少しふんだくってきそうかと思ったけど、若い人の表情を見るとここら辺でけりをつけておいた良さそうって顔してるね。他の人は不満そうだけどさ。
「議長はどうお考えですか?」
若い人が一番偉そうな人に尋ねていますけど、ぶっちゃけ今の話の流れだと若い人が一番偉そうだよね。
わざわざ議長に聞く必要ないんじゃねって、部屋の人みんなが思っているんじゃない?
俺としては我慢して払っても許せる額かなと思うし、謹慎だって屋敷にこもってりゃいいだけなら、むしろ歓迎なんだけど。
「――それでは手緩い」
おや、上の方から声が聞こえてきましたね。声を出したのは陛下かな?
まぁ、何でもいいけど手緩いってなんのことだろうね。俺が手緩いって話かな?
「余は此度の戦すべてにおいてアロルド・アークスの将としての行いに過ちがなかったか疑問を持っておる。この査問会においては、それについても厳しく追及し、必要とあらば何らかの処罰も考えよ」
なんだよ、まだ続くの?
俺は我慢できるけど、若い人は露骨に嫌な顔してるし見物に来てる人たちも面倒くさそうな顔になってきてんだけど。
まぁ、陛下がやりたいってんなら仕方ないね。さっき手緩いって言われたし、俺も積極的に頑張らないとな。つっても、何を頑張ればいいか分かんないんだよなぁ。
とりあえず、父上から体罰混じりで習った貴族式会話術で頑張ろうと思うので、国王陛下が何か話しているけど俺は無視して、まずは優雅にお茶でも飲みますかね。




