王都を歩いて
「面倒くさいな……」
凱旋式を終えた俺は王都の屋敷に戻ると、一息つく間もなく着替えを探してクローゼットの中身を引っ張り出す。わざわざこんな真似をしなきゃならんのは兄上とメシを食わないといけないからで、流石にメシ食う時まで鎧を着ていたくはないから、こうして服を探しているわけです。
一応言っておきますと面倒くさいのは服を探すという行為であって兄上とメシを食うのが面倒くさいわけじゃありませんよ。
「これで良いんじゃないかしら?」
エリアナさんも探してくれていますけど、あまりやる気は感じられません。
さっさと済ませてお酒でも飲みたそうな様子です。南部にいる時はカタリナに禁酒させられていたことに加え、酔っ払っていられるほど暇があったわけでないので酒からは随分と遠ざかっていたので恋しいんでしょう。
酔っ払っておかしくなってる所を久しぶりに見たくはあるけれども、残念ながら俺は兄上とメシを食わねばならんのでエリアナさんの大騒ぎは残念ながら、また今度で。
結局、俺は無難な白いシャツに黒の上下を合わせたシンプルな格好で出かけることにしました。一応まだ肌寒いのでコートも羽織っていくことにします。
後は剣ですが――まぁ、いらんでしょう。つーか剣を持っていくとなると今のズボンだと剣帯を別につけなきゃならんし、野暮ったくて嫌なんだよな。
普段着ている服だと剣を吊り下げる部分が備え付けになってるから気にならんけど、そうじゃない服だとちょっとなぁ。別に争うようなことにもならんだろうし、丸腰でも良いだろ。
一応、脚の傷が引き攣るような時もあるから杖を持っていくかな。夜中に寒くなってくるとシクシクと痛む日もあるし、そういう日は杖をついて歩いた方が楽なんだよな。
「じゃあ行ってくる」
俺はそれだけ言って屋敷から出ました。
エリアナさんも他の奴らもそれなりにやることはあるみたいで、見送りは別にいいかな。
まぁ久しぶりの王都だし、好きにノンビリすりゃいいと思うよ。個人の生活に口を出したり、必要以上に深入りするような面倒なことは俺はしませんので。
俺は屋敷を出て、王都を貴族街の方に向かって歩き出す。
そういや迎えが来るとか言っていたけど、面倒くさいから自分の足で行く方がいいよね。
子供じゃないんだから送り迎えされなくても目的地には到着できますよ。
杖をつきながら夕焼けに沈んでいく王都を俺は一人でノンビリと歩く。
戦勝を祝う雰囲気に満ちた王都はにぎやかだけれども、昔に比べると全体的に荒んでいるようにも感じられる。うまくは言えないけど、みんな余裕がない感じだね。
今は楽しそうにも見えるけれど、ヤケクソっぽくも感じるし、健康な楽しみ方じゃないような気もすんだよね。もっと、こう都会人らしく優雅に振る舞おうぜ。
浮浪者とか難民っぽく見えるやつも多いし、物乞いも増えてるようなんだよなぁ。これだったら南部の田舎の方が雰囲気よかったかもな。ぶらぶらと目的地まで歩いていたらゴロツキに絡まれたしさ。
まぁ、ゴロツキに関しては両手両足を丁寧にへし折ってやると大抵が泣いて謝ってくるんで害はないんだけどね。
俺は揉め事に出くわすために歩いているわけじゃないよ。まぁ、揉め事は結構好きだけどさ。平和なのがいいけども、本当に何も起きないと退屈だし、困らない程度に色々とある方が人生捗るよな。
例えば、目の前で平民の集団が貴族の家になだれ込み、略奪したうえで家に放火したりとか、そういうのを遠巻きに眺めて野次馬やってるのも程よく楽しいぜ。
「なにがあった?」
とりあえず近くにいたやつに事情を聞いてみます。
なんでも襲われた家の奴は戦争には協力せず、王都で金策に励んでいたんだとか。市場を捜査して物価を吊り上げる工作なんかをしていたようで、それがバレた結果、戦勝の祝いで酒が入って調子づいた人たちに勢い任せで襲われたらしいね。
いやぁ、怖い怖い。平民は相当に苦しい生活を強いられていたのか鬱憤もたまってるみたいね。そういう人らの神経を逆なでするとこういうことになるんだなぁ。
家に火までつけられてるとなると、襲われた家の人は殺されてるかもしんないね。まぁ、生きていたとしても、偉い人たちから罰を受けそうだけどさ。
『なんで自分の家も守れねぇの? そんなんで領地とか国を守れるの? 無理だと思うから、お前の領地は取り上げな。他の有望そうな奴にあげるから、その有望なのって継ぐ領地を持ってない俺の親戚の奴だけど、そこんとこは気にすんなよな。文句言ったら処刑だから、文句言わなくても気分で処刑するけど』
言葉は違うかもしんないけど、こういうノリで結構領地の取り上げとかされちゃうらしいし、貴族の命も安いもんだよなぁって思うよ。今はみんなお金ないみたいだし、お金になりそうだったら容赦しないみたいな感じらしいしさ。
まぁ、色々と大変な目に合うのは貴族だけじゃないけどさ。こんなことしでかしたら平民もただじゃすまないし、喧嘩両成敗って言葉があるからね。
今も王国騎士団がやってきて略奪に参加した平民を逃げる奴と抵抗する奴はなで斬りにして、無抵抗なやつは馬で踏みつけたり、殴ってから連行していってるしさ。やっぱり悪いことすると碌なことにならないな。
俺も悪いことはしないように気を付けないと。既にしてしまっているかもしんないけど、思い出せないし、これから気を付けようっと。
俺は騒動を見物するのはそこまでにして、兄上が待っているという店へと向かうことにした。まぁ、もう盛り上がるところは無さそうだからってのが本当の理由だけども。
貴族街はさっきの貴族の家以外は静かで平穏そのものといった様子。王都といっても広いから通り一つ変わっただけで雰囲気変わるとか良くあるし、喧騒から遠ざかった閑静な場所になっていてもおかしくないよね。
まぁ、俺がいるのは活気が感じられない場所とも言えるけど。今回の戦で結構お金使わざるを得なかった家も多いみたいだし貧乏になったら元気なくなるから活気がなくなっても仕方ないかも。俺は貧乏じゃないみたいだから元気だけど。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから馬車が俺の方に近づいてくる気配がしたので、進路を邪魔しないように道を譲る。だけど、どういうわけか、その馬車は俺のそばで停車した。
なるほど、向こうが道を譲るというわけか、では俺が先に行こう。こういう譲り合いの精神は大事だよな。そう思って、馬車に向かって軽く頭を下げて俺は再び歩き始めた。
「お待ちください! アロルド様!」
馬車の御者が俺の名を叫んだ。
名乗った覚えもないし、知らん顔なので知らんぷりしようと思う。
「貴方をお連れしなければセイリオス様にお叱りを受けてしまいます! どうか、お待ちください!」
なんだろうね。兄上の名前まで出してきましたよ。
気になるから話くらいは聞いてあげましょうか。
「私がお迎えに上がったところ、既に屋敷を発たれたと伺い、慌てて追いかけてきた次第でございます。セイリオス様もお待ちですので、どうかお乗りください」
なんだよ、迎えが来てたのか。まぁそうだよな、俺はどこの店か知らねぇもん。子供じゃねぇんだから、おとなしく迎えを待ってろって話だよな。
目的地もよく分かってなかったので、俺は素直に馬車に乗ることにし、兄上が待っているというお店まで向かうことにしました。
そうして馬車に揺らされること数分。
馬車に乗る必要もなさそうな距離を進み、俺は兄上が待つというレストランに到着しました。
そのレストランの建物はどっかの貴族の屋敷を改修したような外観で高級感に溢れていました。まぁ、俺は物の価値がイマイチ分からんので、俺の感性はあてにならんし、実は安っぽい感じなのかもしんないけどね。
「ようこそお越しくださいました、アロルド閣下」
レストランの中に入るなり、十人以上の給仕係が一列に並んで俺を出迎えてきた。
まぁ数はどうでもいいんだけどな。どうせ、こういう奴らはいないのと同じだし。いちいち使用人とかを気にしてたら貴族なんかやってられないからな。
「英雄と誉れ高き閣下に来店いただけるとは我々一同にとって光栄の極み。誠心誠意おもてなしをさせていただく所存でございます」
「そうか」
俺はそれだけ言って上着を給仕長らしき男に渡し、店の奥へと足を進める。
慌てて給仕の女の人一人が俺の前に出て、案内しようとするが歩くの遅くてイライラすんだけど。
俺の杖を見て、なんか察したような感じになったけどなんだろうな。できれば俺がイラついてんのも察してほしいんだけど。
「こちらのお部屋になります」
少し時間をかけて案内されたのは店の奥の個室だった。
給仕の女の人が開けた扉を抜け、俺はその部屋の中に入る。すると――
「少しゆっくりだったな」
俺が入るなり、部屋の中央にあるテーブルで待っていた兄上が声をかけてきた。
別に不機嫌そうという感じでもないんで、俺は特に気にすることもなく席に着く。
「別に怒ってはいないけれども、形だけでもいいから遅れたことぐらいは謝ったらどうだ?」
「すまなかった」
形だけで良いって言われたんで、その通りに謝っておきます。
給仕の女の人が全く関係ないのに気まずそうな表情を浮かべているのは何だろうね。
俺だけじゃなく、兄上も気になっているようだよ。
「そこのキミ、その表情はなんだ?」
ほら、兄上も気になって質問しちゃったじゃん。
給仕の人の顔色が悪くなってるけど、なんで顔色が悪くなるんだろうな。理由を言えば済むだけのことなのに。
「申し訳ありません! どうかお許しを!」
会話になってねぇんだけど。この人は頭がおかしいのかな。
「僕は謝罪を求めているわけじゃない。キミの表情の理由を聞きたいだけだ。僕は怒っておらず、兄としてアロルドに形だけでも謝るようにしろと言って、アロルドはそれに応じて謝った。何も問題はないはずだが、キミは何か問題があると思ったのか?」
兄上が質問を続けるけれども給仕の女の人は答えることができない様子だ。
どうすんだろうね、これ。俺としては早くメシを食いたいんだけどね。
そんなこと考えながら成り行きを見守っていると、答えに詰まる給仕の女から視線を外し、兄上は大きくため息を吐いた。
「もういい。さっさと食事の準備をしてくれ。キミがたった一言答えてくれれば一瞬で済むことだが、それができないのならいい。これ以上、僕も弟も空腹を我慢していたくはない」
まぁ、まだ我慢できるからいいんだけどね。でも早い方がいいので、俺も兄上に続いて給仕の女に言う。
「確かに、早くしてくれると助かるな」
別に俺も兄上も機嫌が悪いってわけじゃないんだけどね。でも、給仕の女の人は怯えた様子で立ち去ってしまいました。なんだか、良く分からない人たちだなぁ。
「言ったとおりにしてくれれば面倒がないんだがなぁ。まったくもって煩わしいことばかりだ」
「そうだな」
俺にもそういうことは良くあるよ。たまに言葉通じないやつと会うしさ。
ちゃんと耳ついてんのかって思うくらい、俺の言ったとおりのことをしない奴とか、すごく面倒だよな。
「今日くらいは兄弟水入らずで穏やかに過ごしたいんだが、どうなることやら今から心配だよ」
「そうだな」
でもまぁ、ちゃんとした店らしいし大丈夫なんじゃないかな?
俺としてはお腹がいっぱいになって、ほどよくお酒で酔えればいいから、大抵のことは気にならないから、どうでも良いといえば、どうでも良いんだけどさ。
とりあえず、さっさとお酒と軽い食べ物でも出してくれませんかね。
そしたら俺は文句ないし、兄上も文句はないと思うよ。
「彼らには余計なことは考えずに、ただ食事だけを出してくれればいいんだけどな。それだけで十分だというのに、そこを心得違いしているのならば、彼らはどうなるんだろうな?」
だ、そうです。一体どうなるんでしょうね。
兄上にもどうなるかは分からないみたいですし、酒でもなんでも良いから早く持ってきてほしいもんだぜ。




