戦い終わって
戦には勝った。
しかし、勝っただけで終わらないのが戦というもので、終われば当然、後始末をする必要がある。
その後始末が面倒くさいことこの上ないわけで、戦は終わったけれども、すぐに王都に帰れる気配がないのが辛い。ついでに脚も辛いし、目も辛い。
「少し治療するのが遅かったかもしれません」
捕虜の処遇なんかをグレアムさんとかに丸投げして、俺は奪ったセーレウム城の中で治癒魔法をかけて貰っている中、そんなことを言われた。カタリナがいないから、俺が連れてきた兵隊の中で回復魔法が使える奴に魔法を使わせてみたのだが、あんまり良くないようだ。
「カタリナ様ならともかく我々ですと、そこまで高度な治癒魔法は使えないので、傷を完治させられるかは時間との勝負なのですが、どうやら遅かったようで、完全に元の状態に戻すのは難しいかと」
傷口は塞がったけれども、そんなことを言われた。
まぁ、傷を負っている状態で無理をしたせいもあるだろうし、仕方ないかとも思う。
元の状態に戻らないと言われても、歩くのに問題はないし大丈夫だろう。ちょっと引き攣るような感覚はあるけど痛くもないし平気なんじゃないかな?
目の方は何も言われなかったけど、俺としてはそっちの方が気になるな。
痛くは無くなったし、物を見ること自体は問題なくなったけど、少し視力が落ちたような気がするのがなんとも困った感じ? まぁ、困るって言っても今までとちょっと感覚が違うことだけなんだけどさ。
元々の視力はあるほうだから、目が悪くなったとしても平均以上はあると思うんで、なんとかなるだろ。
「力及ばず申し訳ありません」
「気にするな」
頑張って治癒魔法をかけてくれたので礼に幾らか銀貨を渡して、下がらせる。
俺も怪我の治療が終わったら、色々とやらなきゃいけないことがあるらしいんだけど、面倒くさいのでサボる。どうせ、俺がやらなくてもグレアムさんとかがやってくれるだろう。
そんな考えでボンヤリと過ごそうとしていた俺だが、そうそう俺の思い通りにはならないようで、部屋のドアが外からノックされ、ジーク君が入って来た。
「すいません。ノール皇子が面会を申し出ているんですけど……」
「好きにさせろ」
俺に言うことかね?
ノール皇子に関しては、ウーゼル殿下がどうするかを決めるみたいな感じらしいから、とりあえずセーレウム城の一室に軟禁してるわけだけど、皇子に関して細かい世話はジーク君に一任しているし、責任者はジーク君なんだよね。
だから、ノール皇子の好きにさせても良いし、ジーク君が好きに決めてもいいし、なんでも良いよ。それぐらいのことは自分で判断して処理してほしいんだけどなぁ。
「ですが、その面会というのは死体に対してで……」
「だったら、尚更好きにさせれば良いだろう。生きてる人間に会われるより、死んだ人間と会っている方がこっちの面倒は減る」
生きてる人間と会うと脱走の打ち合わせとかしかねないし、死体だったら、それを心配する必要は無いから楽だよね。
「それに関しては僕もノール皇子の自由にさせれば良いと思ってますけど、ノール皇子は師匠にも立ち会いを求めてるんです」
「なんで、俺が立ち会う必要がある? 死体となら二人きりで対面させてやればいい」
「いや、そうなんですが、でもノール皇子が言うには師匠のような名将に弔ってもらえば、心置きなくあの世へと旅立てるだろうと言っていて、どうにも断りづらいというか……」
俺は怪我の治療を終えたばかりで動きたくないんだけどな。
まぁ、頼まれたわけだから行きたくないけど、行くとしようかね。どうせノール皇子は処刑されるだろうし、死ぬ予定の人間の頼みぐらいは聞いてやっても良いような気もするしさ。
そういうわけで、俺は杖をついてノール皇子のもとへと向かうことにした。
無くても歩けるけど、あった方が楽だし、脚に負担掛けないように歩くにはこれが一番だな。
「それ、杖なんですか……?」
ジーク君がなんか言ってくるけど、どう見ても杖じゃないかね?
総金属製で重さは十キロくらいだったかな。俺的には軽くて頼りないんだけど、世間の人は平気なんだろうか。
「どう見ても、メイスか何かなんですが……」
「それはお前が思い込んでいるだけだろう。俺は杖に見えて、杖として扱うのだから、これは杖だ」
何言ってんだろうね、ジーク君はさ。
おっと、下らない事を言っている間に死体置き場だよ。
寒いし、まだ日も経ってないから死体が腐ったりはしてないみたいだから嫌な臭いはないから有り難い。
今日もせっせと死体から貰えそうな物を貰ってる奴等がチラホラと見えるのもいつもの光景だね。
あの世に物は持ってけないから俺達で回収しないといけないから大変だぜ。
ついでにいうと、回収した物は冒険者ギルドの方で買い取ってやってるんだよな。
死体から貰っても、売りさばく伝手が無い奴とか居るから、そういう奴等の為にギルドの方で換金をやってやってんの。
適性価格より少し安めだけど、騙されてタダ同然で売る羽目になる可能性は無いし、すぐにお金に換えられるってんで、色んな方からご好評いただいております。
まぁ、お金に換えても、それをこの辺りで使う際には俺の所で売ってるお酒とか女の子とかを買うわけだから、巡り巡って俺の懐に入ってくるんだよね。
そういうことをやってたら、相当儲かったみたいでエリアナさんも大喜び。美人が喜んでいれば、俺も嬉しいんで、全体的に満足いく結果ではあるね。
しょっちゅうは困るけど、たまにだったら戦争があっても良いんじゃないかな。戦争あると物も金も人も動くし、儲かる機会は増えまくるみたいだしさ。
「すまないな。貴公を呼びつけたような形になってしまって、戦の後始末もあるだろうに」
俺が考え事をしていたら、ノール皇子がやってきた。脇には監視の兵がついているけど、必要はないと思うね。この後に及んでわざわざ逃げようって空気読めないことをする人でもないだろうから、放っておいてもいいと思うんだけど。
「気にする必要はない。俺には仕事を代わってくれる部下が何人もいるんでな。忙しいなどと感じたことは無い」
あったような気もするけど、無いような気もするんで無いと言っておこう。……あったかな? 凄くあったような気がするぞ。でも無いって言っちゃったし、無いということにしておこう。
「それは羨ましい限りだ。私にはそういう部下は少なくてな」
「それは俺には部下の使い方が下手なようにしか聞こえないがな」
どうせ死ぬ人だし、無礼でも良いよね。超絶上から目線でも良いよね。
だって、駄目な人なら最初から良くない結果になることを想定しておけばいいじゃんね。諦めて、それを前提に行動してりゃ後で困ったってことにもならないんじゃないかな?
まぁ、俺の周りにいる人は大概が優秀な人なんで、そういう心配はいらんけどね。だいたいの人は俺よりちゃんとできるしさ。
「そうハッキリと物を言える貴公が私には眩しいよ」
「誰にだって物は言えるだろう。言えないのは心根の問題だ。恐れる心があれば閉じるだけだ、目も口もな」
俺だって、ノール皇子が安全安心で将来を迎えられるなら何も言わんよ。後で怒られると怖いしさ。
でも、ノール皇子は処刑されて死にそうだし、何言っても良くないかな? どうせ死ぬ人間なんか怖くもなんともないからなんだって言えるぜ。
「やはり、貴公は凄まじいな。いや、貴公を凄まじいと思う私が弱いだけか。私も同じように振る舞えたはずなのだからな」
なんなんでしょうかね。自己完結型?
「長々とすまなかったな。まずは弔いを済ませよう。奴も私が姿を現せねば、死にきれんだろうからな」
そんなこと言って、ノール皇子はようやく、本来の目的に戻ってくれました。いやぁ、長い長い、俺としてはさっさと終わらせて、休憩したいんだけどな。
ノール皇子は無言で俺の先を歩くと、ひときわ大きな死体の前に立つ。
かなりの巨体だが、今は横たわっており、その上、元の肌の色が分からないくらいに血やら泥やらで汚れ、更には体の一部が炭になってもいる。
俺的には、ここまで執拗に痛めつけた奴らの精神が信じられないんだけど、一人の人間をここまで痛めつける奴らがどんな奴らかは知らんけど、絶対マトモじゃないよね。
「つまらんことを恩義に感じ、良く尽くしてくれた。その献身を私は忘れず、もしも来世があるならば、次は私が貴様に尽くしてやろう。だから、今世は良く休め。来世にまた会う、その日まで」
ノール皇子は死体の前に立つと、そんな言葉を呟いた。
何を言おうが、俺にはどうでも良い言葉なんで放っておく。だから、この場は静かに終わる。そう思っていたんだけど――
「死んだ後で感謝されても嬉しくないと思いますけどね」
おや、ジーク君がなんだか面白くないって様子ですね。どうしたんでしょうか。
「使い捨てるように矢面に立たされ、命を使い果たすまで戦った。僕はその人はここで死ぬべきでは無かったと思いますよ」
なんだか御機嫌斜めのようだけど、ジーク君は調子よくしゃべっている。
「貴方に従って、その人は死んだ。それなのに貴方は戦場で散ることも無く、こうやって生きて死者を悼んでいる。それが正しいとは僕は思えませんよ」
別にジーク君が正しいと思っていなくても世の中は回るしなぁ。
個々人の正しさの通りに世の中が回ったら、困ることにしかならないとも思うけどね。それこそ、一人一人のための世界が無いと駄目なんじゃない? だからまぁ、自分が嫌でも我慢して黙っている方が良いんじゃない。ぶっちゃけ、『私はこう思うし、これが正しいと思う』みたいなのを口にされると白けるんだよね。
「それを言われても困るな」
まぁ、ノール皇子もそうなるよね。
「キミの言うことも分からないではないがな。私たちのように上に立つ者は好むと好まざるに関わらず、自分の下の者達を命を最適に使わなければいけない。そして、上に立つ者には相応しい死に場所というものがあり、それは何も戦場で散るばかりではない。だから私は部下に死ねと命じ、自分は生き残った」
「そんな勝手が許されるとでも?」
「それはキミが許さないというだけだろう。いや、違うな。キミが許せないのは別の事のようにも見える。キミはネレウスの事で憤っているわけではなく、今後ネレウスと同じ末路を辿るかもしれない自分の運命に憤っているのだろう」
ああ、そうなの?
まぁ、使い捨てにするつもりはないけど、必要があったら危ない所に送り込むよ、ジーク君でもさ。
「それに関しては私は処置無しだ。キミは、キミの主に自分の運命を伺いたてるべきだ」
ジーク君が俺を見てるけど俺に聞かれても困るんだよね。
つーか、どうせ死ぬ人に対していちいちイラつくなよ。死にゆく運命をせせら笑って、ほどよく相手するのが一番だと思うけどね。
「……師匠は僕の事を使い捨てにするつもりですか?」
だから、聞かれても困るんだよなぁ。
「必要があったらな」
「それは僕が弟子で師匠の部下だからですか? 自分の下についている者の命などどうでも良いと?」
なんか面倒くさいなぁ。
どうでも良いってことはないけども、あんまり気にしすぎるのも問題じゃないかしら?
世間では兵を大切にする将が良いとか言われるけど、それも勝てる人がやればだよね。そういう甘いことをやってたら勝てないから、一部を捨て駒にして、一部を活かす方法に出るかしかないわけで――
「どうでも良くはない。命の適切な使い道を考えてやる程度には想っているぞ。そうしなければ勝てないからな」
まぁ、これが俺の答えなんですけど、どうなんですかね。
俺の答えに対するジーク君の表情がいまいち読み取れないけれども、まぁ気にしても仕方ないかな。
「もういいだろう。いい加減冷えてきた。中に入って茶でも飲もう」
俺がそう言うと、ジーク君は何も言わずに俺の先を歩きだす。御機嫌は直ったんかね? まぁ、子供の癇癪には付き合ってらんないんで機嫌が悪くなっても放っておくけどさ。
ああ、そうだ。
どうせだし、ノール皇子も誘うか。戦が終わったら敵味方は無いし、あの世へ行く前に一緒に茶を飲むくらいは良いだろう。茶を飲んで気分が良くなれば、処刑だって楽しく迎えられるだろうしさ。




