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命は尽き果て


 剣を手に走る僕とグレアムさんは同時にネレウスに斬りかかる。だが、ネレウスは僕の剣を籠手で受け止めながらグレアムさんの剣を大剣で弾く。

 咄嗟の判断で僕は〈雷走〉の魔法を発動し、剣を通してネレウスに雷を流そうとするが、それをしようとした直前にネレウスに蹴り飛ばされる。

 僕が数メートルほど吹き飛ぶ中でグレアムさんがネレウスと切り結んでいた。

 グレアムさんの双剣をネレウスは大剣で防ぎながらも時折、重い一撃をグレアムさんに返している。その一撃に対してグレアムさんは双剣を用いて受け流していた。けれども、力の差があるせいか僅かに押され始めていく。


 真っ直ぐと振り下ろされるネレウスの大剣。

 グレアムさんは左手の剣で先にそれを受け止めると、力に負けて剣を弾き飛ばされそうになる。だが、弾き飛ばされそうになっていた剣を支えにしながら、グレアムさんは右手に持った剣をネレウスの大剣に当て、勢いを流し、撃ち込んできたネレウスの体勢の方が崩れる。

 その瞬間放たれたグレアムさんの蹴りがネレウスの頭部を捉えた。僅かによろめくネレウスだが、それでも蹴り足を掴み、グレアムさんを放り投げる。


 それに合わせて僕が動く。

 ネレウスの強さは今の師匠と同じくらいだろう。そんな相手と接近戦は出来ない。僕はネレウスの動きを牽制するために投げナイフに雷を纏わせ投げつける。

 グレアムさんの蹴りが効いているのか、動きに精彩を欠いているネレウスだが、それでも僕のナイフ程度には当たらず大剣を振り回して弾き飛ばす。だが、何の問題も無い。

 弾き飛ばした瞬間に僕のナイフが纏っていた雷がネレウスの大剣を通して奴の体にも通った。行動を不能にするほどの威力は無い。けれど、全く威力が無いわけじゃない。

 ネレウスはナイフを通して走った雷により大剣を手から落とす。


「良くやった!」


 オリアスさんが声を上げると同時に〈炎槍〉の魔法によって創られた炎の槍がネレウスに襲い掛かる。

 だが、この程度で仕留められる相手でないことは今までの戦いを見ていれば分かる。それを理解しているグレアムさんは、放り投げられ、地面に転がっていた状態から起き上がり再びネレウスに向かっている。


 そして当のネレウスはというと真正面から〈炎槍〉を食らっていた。

 大剣で防ぐという方法が取れないネレウスの取った手段は単純に受け止めるという物だ。けれど、この男はそれでも耐える。

 炎の槍の一撃を食らってもなお、ネレウスは倒れず逆にオリアスさんの方に向かって走り出す。肌の焦げる臭いをさせながらもネレウスは一瞬でオリアスさんの目の前に飛び込むとその拳をオリアスさんの顔面に叩き込んだ。

 籠手で覆われた拳は石で殴りつけるのと同じほどの威力があり、オリアスさんがそれによって倒れ伏す。

 ネレウスはオリアスさんを倒すとこちらに向き直ろうと、こちらに顔を向けようとする。だが、その顔にナイフが突き刺さった。


 投げたのはグレアムさんだ。もともと投げナイフはグレアムさんに教わった技術だからグレアムさんが使えるのはおかしくないので、驚くところではない。

 驚くべきなのはネレウスの方だ。グレアムさんのナイフはネレウスの右眼に突き刺さっていたが、ネレウスは体勢を崩すことなく目に刺さったナイフを自分の手で引き抜くと、僕の方に向かってくる。手には自分の眼刺さっていたナイフを握っている。


 僕の方に来るのは予測がついていた。

 だから僕はネレウスに向かって剣を振る。当然、ネレウスほどの男ならナイフでそれを防ぐはずだ。その時に〈雷走〉の魔法を全力で発動し、雷を食らわせてネレウスの動きを止める。その隙にグレアムさんが仕留めるだろう。

 そう予測して僕は剣を振るった。だが――


「だから言っただろう。無理だと」


 ネレウスはナイフではなく、手で僕の剣を受け止めた。

 籠手にも覆われていない、殆どの生身の部分に剣が食い込む感触が僕の手を伝わり、予測と違った結果に一瞬、思考が停止する。その結果、〈雷走〉の発動は遅れ――


 僕の腹をナイフが貫いた。


 痛みより先に熱を感じ、続けて力が抜けてくる。ネレウスは手に食いこんだ〈銀枝〉を僕の手から奪い取ると僕を放り投げる。

 ようやく感じてきた痛みに声を上げそうになる僕を見ることなく、ネレウスは飛びかかってきたグレアムさんの一撃を〈銀枝〉で弾く。

 〈銀枝〉の細身の刃はそれだけで砕け散るが、ネレウスは気にも留めず折れた剣をグレアムさんに向かって振り下ろす。腕力の差で一瞬だけ受けの体勢になったグレアムさんを蹴り飛ばすと、ネレウスは手からを落とした大剣を拾い上げに向かい、それを再び手にする。


 その際に一瞬足を止めたネレウスに向かってグレアムさんがナイフを投げるが、ネレウスはそれを大剣で弾き飛ばす。右眼を失い、左手は僕の剣が食い込んだことによって使い物にならないはずだが、ネレウスに問題のある様子は見られない。


「文句を言われても困るねぇ」


「数が多ければ、私も同じことをした」


 僅かな言葉を交わし、グレアムさんとネレウスが動き出す。

 怪我のせいか僅かに動きが鈍いネレウスに対し、グレアムさんは容赦なく剣を叩き込む。


 横薙ぎに振るわれる大剣を両手に持った剣で受け流し、グレアムさんは即座に反撃に転じ、ネレウスの足元を払うように剣を振る。

 ネレウスは前へ出て、脚甲で剣を防ぐが僅かに体勢を崩す。そこをグレアムさんの追撃の刃が襲うが、ネレウスは僕の剣で傷ついた拳でグレアムさんを殴りつけ防ぐ。だが、グレアムさんは殴りつけられると同時にネレウスの拳を剣で突き刺していた。グレアムさんは突き刺したまま剣を動かし、ネレウスの拳を刻む。

 だが、ネレウスは怯むことなく、大剣を振るいグレアムさんを自分の傍から引き剥がす。その直後、火球がネレウスに直撃した。

 放ったのはオリアスさんで復帰したオリアスさんは、ネレウスの死角となっている潰れた右眼側から魔法を放ち直撃させた。

 死角からの一撃を食らい、よろめくネレウスにグレアムさんが襲い掛かり、一瞬の隙を突いたグレアムさんの双剣がネレウスの体を貫く。致命的な一撃に大剣を落とすネレウス。しかし、この程度で倒れる男ではない。


「この程度で倒れると思うな!」


 体を日本の剣が深く貫いた状態でありながらネレウスはグレアムさんの頭を掴むと自分から引き剥がす。力任せに引き剥がされたグレアムさんは双剣を手放し、直後にネレウスの膝蹴りを食らい地面を転がる。


「私は負けない。私は倒れない。私は死なない」


 ネレウスは自分の体に突き刺さった剣を引き抜き、倒れるグレアムさんに向かっていく。


「死なない生き物がいるかよ」


 オリアスさんの放った〈炎槍〉の魔法がネレウスに向かって放たれる。だが、ネレウスは避ける様子も見せずにそれを受ける。〈炎槍〉の魔法によって炎に包まれるネレウスだが、歩みは止まらず、反射的に手に持った剣をオリアスさんに向かって投げつける。

 オリアスさんは咄嗟に〈障壁〉の魔法を発動し、投げつけられた剣を防ぐ。


「よそ見をするもんじゃないなぁ」


 ネレウスがオリアスさんの方に向き直った僅かな隙に立ちあがったグレアムさんがネレウスの背に飛びつき、その首筋目がけて隠しナイフを何度も突き立てる。だが――


 ネレウスは倒れない。

 首から夥しい出血をしながらも背に飛びついたグレアムさんを引きはがし、地面に叩きつける。そして、倒れるグレアムさんを力任せに踏みつけた。数度の踏みつけの後、トドメとばかりにグレアムさんの顔面を踏みつけようとネレウスが足を上げる。


 それに合わせて僕は〈雷走〉の魔法を地面に走らせ、ネレウスに雷を叩き込んだ。

 腹にナイフが刺さっていて動けない僕が出来る。最後の攻撃だ。

 雷を食らったネレウスの動きが一瞬止まるのに合わせてグレアムさんが飛び起き、ネレウスから距離を取る。その直後に再びオリアスさんの魔法がネレウスの体に直撃した。


「バケモノめ」


 ネレウスはまだ倒れない。全身が黒焦げになってもなお地面に足をつけ、その眼は戦意に満ちている。

 その姿を見たグレアムさんが自分の剣を拾い、ネレウスに突っ込む。ネレウスは自分の体に突き刺さったもう一本の剣を引き抜き、グレアムさんに向かって振り下ろした。

 あれだけの傷を受けてもなおネレウスの動きはハッキリとした衰えを見せず、未だに鋭いままだ。だが、それでも僅かに衰えてはいたのだろう。グレアムさんは振り下ろされる剣を躱しながら、自分の剣を振るい、ネレウスの腕を斬り飛ばす。

 それでも倒れないネレウスは残ったもう片方の腕を振り回す。しかし、グレアムさんはそれを掻い潜り、ネレウスの懐に飛び込むと、その体に剣を突き立てた。

 度重なる攻撃により脆くなっていたネレウスの鎧の胸を貫き、剣の切っ先がネレウスの背から突き出る。

 致命的な一撃。だが、その一撃を受けてもなおネレウスは即座に絶命には至らず、残った腕だけで懐に飛び込んできたグレアムさんを締め上げようとする。


「こんな化け物が世の中にいるとはなぁ」


 場違いにノンビリとしたグレアムさんの声が響く。締め上げられているのにも関わらず、グレアムさんの声に焦った様子は無かった。

 ほどなくして、ネレウスはグレアムさんを離した。

 自分から離したというわけでは無く力尽き、その手から力が失われたためだ。

 そうして、ようやく僕らはネレウスという男の死を確認できた。

 死んでもなお、ネレウスという男は倒れることなく、立ちはだかっていた。


 それがネレウスという男の最後だった。



 ただ主君のため。それが行動理由だったのだろう。

 僕が後に聞いた話にも、この男についての詳しい情報は無い。

 帝国の少数民族の生まれで〈魔族〉と呼ばれて迫害されていたこと、民族の庇護者がノール皇子だったというくらいの情報しかなかった。

 自分の民族を守ってくれた皇子を守るために忠誠を尽くして、挙句に死んだ。


 この生き方が正しいのだろうか?

 強い人間が、その強さを存分に生かして自由に生きられないのが正しいことなんだろうか?

 僕は強くなりたいと思った。だけど、こんなのは嫌だ。僕は誰かのために死にたくはないと思う。

 自分の命を本当に自分の為に使う。そのために、誰かの下にいるのは正しいんだろうか?

 忠義とか忠誠が素晴らしい物だってのは分かる。綺麗だしカッコいいとは思う。けれど、ネレウスのような凄い人が命を賭けるほど素晴らしいものなんだろうかは疑問だ。

 けれども、誰かの下についていたら、それを要求されることがある。それを考えると僕はどうするべきなんだろうか。


 ネレウスの死に様を僕は肯定できない。

 そして、僕の今の生き方も同様に肯定しがたいもののように思えてくる。

 誰かに従って生きていくのは本当に正しいんだろうか。

 そんな思いが僕の心の中に渦巻いていく。



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