転落の始まりと三日間
唐突だが、俺――アロルド・アークスは、実の父親から絶縁を言い渡されて家から追い出された。
少し詳しく述べると、実家に帰ったら婚約を破棄すると父上に言われ、その上、縁まで切るとも言われ、さらに通っている学園を退学させるとも言われ、家から追い出された。
婚約破棄の理由は俺が婚約者のイーリス・エルレンシアをイジメて、彼女に大変な苦痛を与えたかららしい。
あと、イーリスが王太子のウーゼル殿下と恋仲らしく、将来の王妃候補のイーリスをイジメていたという俺がいると、俺の家であるアークス伯爵家に悪影響が出るとかなんとか。
なので、俺を追い出して誠意を見せるらしい。ウチには兄がいるので、跡継ぎに関して問題はなく、躊躇はされなかったようだ。
イーリスとは学園に入学してから一度も話していないのでイジメと言われても全く身に覚えがない。
俺は女性に好かれるような容姿ではないので、イーリスが俺と話をしたくなくても仕方ないとは思うが、それとイジメは関係ないはず、それを考えると俺は全くイジメとは関係無いような気がするけれども、まぁイーリスがイジメられたというのなら、そういうことなのだろう。
俺も何か悪かったのかもしれないし、とりあえず謝罪ついでに家から絶縁されるのもやむなしなのかもしれない。
まぁ、あんまり深く考えてもしかたない。とにかく今日のごはんと寝るところの確保が一番大事だ。色々と考えるのは生活の拠点を確保してから。
とりあえず宿を取る。
明日から仕事を探して、収入を得る努力をする。
もう貴族ではないし、頑張って働いて、毎日美味しいごはんを食べられるようにしよう。
そんな風な目標を立てて、世間の人からは転落人生と言われる俺の新生活はスタートした。
◆◆◆
家から追い出されて、三日が経った。その結果、舎弟とかがいっぱいできた。
何故こうなったかというと、まず一日目は家から追い出された俺は持ちだせた僅かな所持金を頼りに、王都の下町の宿屋に泊まろうとした。その時は、すっごく緊張していた。
なにせ、初めての一人きりでお泊り体験なのだ。緊張するなと言われても無理だ。それに宿にいくらで泊まれるかが分からない。俺の周りの人達はだいたい金貨数枚の宿に泊まっていたから、たぶん宿は金貨数枚なんだろう。けれども、高かったら困る。金払う時に慌てたら格好悪いから、真面目な顔をしていようと思った。
だが、やっぱり緊張していたのが人から見れば丸わかりだったのだろうか、変に見られたのだろう。その時にガラの悪い奴らに絡まれたので、正当防衛として殴り倒した。
殴り倒した相手を帰らせて、ご飯を頼む。宿屋の女の子が来たので、適当にお金を渡して、ご飯を頼んだ。
「それで食べられるモノを出してくれ」
そう言ったら、女の子は困った顔をしてしまった。値段が分からないので少ない額かもしれない。ちょっと恥ずかしかったが、今後のことを考えると、ここでお金を追加するわけにはいかないので、お金は増やさない。
そういえば、自分でお金を払うのは初めてのことだ。いつもは自分で採ってくるか、使用人に任せていたので、自分で何かにお金を払うことは初めてだ。
初体験ということで、ちょっと嬉しいなと思いつつ、ご飯が出てくるまで待った。味はまぁまぁだが、量が多かったので問題なしだった。なので、俺は特に何かを思うこともなく、ご飯を食べていた。
そうしたら、ご飯を食べている俺のもとに、ガラの悪い奴がやってきて喧嘩を売ってきた。なんか、色々と言っていたが、まくしたてるように喋るので少し落ち着かせようとして「黙れ」と言ったのだが、そうすると殴りかかってきた。当然、正当防衛として殴り倒した。
そうしたら、どんどんガラの悪い奴らがやってきて、ちょっと困った。みんな刃物を持っていたので正当防衛として、そいつらを全員殴り倒した。
その結果、そいつらが、みんな俺を「アニキ」と呼び、全員が舎弟になった。とりあえず、「悪さもほどほどにしとけよ」と言って、帰らせた。
その後に、宿の女の子にお金を渡して、「それで泊まれるだけ泊まらせてほしい」と言ったら、女の子が驚いた表情をした。ごはん付きらしいので、おそらく渡した金額では少なかったのだろう。相場は知らないが、きっと高いのだろう。
明日は足りない分も払わないといけない。すぐに金欠になるだろうから、明日から、ちゃんと働かないといけないと思いつつ、その日は眠った。
ガラの悪いのが舎弟になり、宿に泊まった翌日。仕事を探しに、王都を散策していると、近くの森でゴブリンという魔物がいっぱい出たから助けて欲しいと叫ぶおじさんがいたので、話を聞いて助けることにした。
仕事探しよりも人助けの方が大事だ。魔物が出るにしても、武術と魔法の鍛錬をしていたからなんとかなるだろうと思ったので、森へ向かった。
おじさんの言ったとおり、森にはゴブリンらしい魔物がいっぱいいたので、家から持ち出せた物の一つである、お気に入りの剣を抜いて、斬り殺していった。たまに殴り殺したり、蹴り殺したりもした。途中、豚みたいな顔をした魔物がいたので、それも斬り殺す。たぶん、ゴブリンなので問題はないだろう。
そんな風に森の中のゴブリンを延々と殺して回っていると、時折、怪我をしている人達を見かけたので、回復魔法で怪我を直した。ついでにゴブリンがいたので、斬り殺した。すると、怪我をしていた人が凄く感謝をしてくれた。俺は俗物なので、感謝されたり頼られたりすると嬉しい。だが、ちょっと大げさすぎて、苦笑してしまった。
「命を助けていただいて感謝の言葉もありません」とか「数十のオークをたった一人で……」とか言われても困る。
命の危険なんて何もないだろう。オークという名前のゴブリンが数十匹くらいで命の危機など大げさすぎる表現だ。この程度なら、いくらでも切り抜けられただろうに。
まぁ、感情表現というものが豊かな人達なのだろう。そういう人たちとは友達になりたいので、その人たちに提案してみることにした。「一緒に来るか?」と。
話すのが苦手なので、言葉が短くなってしまうのが、俺の欠点なのだが、俺が助けた人たちは別に不快という感じも出さずに応じてくれた。どうやら、良い人たちのようだ。ちょっと良いところを見せようと思って頑張った結果、ゴブリンはすぐに片付いた。途中、俺よりも背が高い豚顔のゴブリンがいたが、大きいだけで、別にたいしたことはなかった。
「オークキングを一撃とかどんだけだよ…………」
とか、そんな声が聞こえたが、お腹が空いていたので、どうでも良かった。ちょうど、森のゴブリンは全部片付いたようなので、帰って、おじさんにそのことを伝えると、お金を貰えたので良かった。
人助けをして、お金を貰えるとは。一石二鳥というやつのような気がして、嬉しくなってしまった。
それで調子に乗って、怪我を直してあげた人たちを俺が泊まっている宿に招待して、俺のおごりで、ごはんやら酒を出したら、いつのまにか、お頭とかアロルドの旦那とか呼ばれるようになった。まぁ、呼び方なんかはどうでも良いので気にしないことにした。
奢ったにも関わらず、お金が余ったので、宿屋の女の子に宿代を払った。女の子は何も言わずに引きつった表情を浮かべて、お金を受け取った。
おそらく、これでも宿代が足りないのだろう。後は俺の顔が悪いのかもしれない。学園にいた頃も、女子は俺を避けていたし、俺は不細工のようだ。客商売とはいえ、若い女の子なのだし顔の悪い男とは関わりたくないのだろう。ちょっと配慮が足りなかったと思い、反省して眠った。
三日目は流石に仕事を探さないとマズいと思って、下町を散策したのだが仕事は見つからなかった。
やったことといえば、燃えている家の中から子ども助け出したり、俺の舎弟じゃないガラの悪い奴に絡まれている人を助けたり、寝たきりで動けない人に回復魔法をかけたりした。みんなお礼をしようとしてくれたが、別にたいしたことはしていないので断った。
ただ、俺の泊まっている宿を教えて、何か困ったことがあったら手助けするといって、その場は去った。
宿に帰ると、宿屋の女の子がガラの悪い奴らに絡まれていた。「宿を潰す」とか言う声が聞こえてきたので、ちょっと話を伺った。話の内容は忘れた。
まぁ、そうして話を聞いたが、結果的には問答無用で殴りかかってきたので、正当防衛として殴り倒した。
向こうも色々と言いたいことはあるのかもしれないが、俺にも言いたいことはあるのでしっかりと言ってやる。「ここが潰れたら、どうなるか分かっているんだろうな?」と。
この宿が潰れたら、俺がどうなるか分かっているのか?そうしたら明日からは俺は宿無しで大変なんだぞ。凄く大変でどうしたら良いか分からないんだぞ。という気持ちを込めたのだが、思いのほか短くなってしまった。まぁ、俺が大変なのは分かってくれたようで、ガラの悪い奴らはさっさと帰ってくれた。
帰ってくれたのは良いのだが、今日は仕事をしていないので、お金がない。家から持ち出した、お金の残りはあるが、これは本当に困った時に使うものなので出せない。
とりあえず、「今は金が無いので、迷惑をかける」と言ってツケにしてもらおうとしたら、女の子が顔を赤くして、涙目になった。
相当に気分を害したようだが、出ていけと言われていないので、図々しく宿泊することにした。ツケということになるけれども、食事はキチンともらえたので、恐縮の限りだ。明日からはちゃんと仕事を見つけようと思って眠った。
そんな風に三日が経った結果、どういう理由かは分からないが、「アニキ」やら「アロルドの旦那」やら「大将」などと呼ばれるようになった。どうやら、みんな俺の舎弟のつもりらしい。そもそも舎弟って何かが分からないので、舎弟とか言われても困る。
まぁ、嫌われてなさそうなのは有り難いが、そういう人間関係よりも、俺は仕事を探しているのだ。ちゃんとお金を貰える仕事を見つけて、きちんと宿代を払わないといけない。
そんなことを考えて、四日目の朝を迎えた俺だったが、そこで、ちょっと思いもかけないような人と出会い、俺の人生はちょっとした転機を迎えることなった。