ゲームの世界に転生したが俺の顔面が崩壊しててワロタ ―紅葉は春に舞う―
これは役者は集うの続きです。
授業がつまらん。
前世で受験に苦労したので中学生の時本気を出して勉強した結果、今からセンター試験受けても平気なくらいになってしまった。うむ、チート乙である。
もう既に覚えていることを何回もやらされるのは眠気を誘う。他の人に教えようにもこの外見が頗る邪魔するし、本格的にやることがねぇ。毎日6時間この状態はそろそろ飽きてきた。
だからゲームをやる事にしました。
電子辞書のカバーをゲーム機に装着し、不自然にならんよう細心の注意を払いつつレベル上げである。フェヘヘ、俺は悪の道に走っちまったぜ……。
ちなみにうちのクラスでゲームやっているやつはかなり多い。今も隣の女の子が「ここで急所とか絶対許さない」とか言ってるし。確かに急所と技を外すのは勘弁して欲しいよな。雷より十万ボルト派な俺が通りますよ。
そんなことを一人寂しく考えているとやっと授業が終わり掃除の時間に。誰よりも早く持ち場につき、誰よりも速く終わらせる、それがマイポリシー。とことこ階段までやって来るとチャラそうな生徒たちに絡まれた。バカな……この俺が捕らえられただと……(予定調和)
ツーカサー、オマエガノギザカサントツリアウトオモテンノー、バカジャネーノーをBGMにちゃっちゃか床を掃く。もう何度目だよ君たち。というか掃除場所いけよ怒られるぞ。
適当な返事をしていたらブチ切れた金髪君が俺を勢いよく押した。反応できなかった俺はそのまま階段を落ちて行く。
ヤバイヤバイいたたたたたもみじあぶねええええええ!
もみじ、不運にも巻き込まれた。あれこれマズくね?
踊り場は一気に騒然となった。近くの人に保険の先生呼んでと頼みつつ、痛む全身にムチを打ち立ち上がる。幸い骨とかは折れていないようだ。問題はもみじである。足を抑えてすごい痛がっている。本当にすまねぇ……。
やがて先生が来て俺ともみじは保健室に運ばれた。
ベットに寝かされ診断を受ける。全身打ち身らしい。まあ階段から落ちたにしては大丈夫な方か。
もみじは背中の打撲と足の捻挫だ。三週間は安静にしていなさいと言われて呆然としていた。この世の終わりを伝えられたかのように。……そこまでショックなのか。
診断が終わって一息ついたら即謝った。今回一番悪いのはあの金髪だが、対応を面倒くさがって無駄に刺激してしまったのは俺である。もみじは完全に被害者。誠心誠意謝るのは当然である。
それを聞いたもみじは意外そうにこちらを見つめ、嫌そうに目を逸らした。どういうことなの。
「いや、君も意外といい人なのかなと思ったけど、やっぱり顔が見るに堪えなくて……」
見直された一秒後に嫌悪されるってどんだけだよ。タッチか。違うけども。
溜息を吐くともみじはごめんごめんと苦笑された。そこからぽつぽつ会話をする。こんなに和やかにもみじと話すのは初めてだな。まさに怪我の功名か?
しかし会話出来るなら先程のショックの理由が聞けるかもしれない。ということできいてきた。
もみじは一瞬言葉に詰まり、深く息を吐いて語り出した。
もみじは一年生にして陸上部のエースらしく、期待も随分されている。チームのみんなや先生の期待に答えたいのだが、実は中学3年から記録が伸びていないらしい。5月には大きな大会があるので何とか伸ばさなきゃと焦っていた時にこの事故。大会は出れないし記録も落ちそうだしでひどく落ち込んでしまった、ということだ。
……いや、これは土下座ものですわ。本当に申し訳ありませんでした。
本人は気にしていないというけれど、罪悪感がマッハ。何かしないといけないな。かといって何か出来ることがあるかといえば、思いつかん。
ぐぬぬと脳からアイディアを絞り出そうとしていると、扉を開ける音が聞こえた。
「霖、お見舞いに来たよ」
かれんの登場である。……実にいいタイミングで来てくれたな。
もみじに許可を得て事情を話す。最初は俺ともみじが普通に話しているのを見て目を丸くしてたけど、話を聞くにつれ恐ろしく綺麗な笑顔に。
「その金髪の男、捻り切っていいかな」
ダメだよ!? ぼ、暴力はしたらいかんよ。
「だって、二人にこんなに迷惑かけたんだよ? ならもう、いらないよね」
「か、かれんちゃん? 少し落ち着いて……」
「私は冷静だよ。ただちょっと、――盛大に報復したいだけだよ」
それ全然ちょっとちゃう! お願い、気持ちは分かるけど抑えてくれ!
二人掛かりで般若を止めた。超怖かった。邪魔するならあなたでもとか言われたらどうしようかと。もみじも笑顔が引きつってた。お前この前かれんを俺が脅迫してるって言ってたよな。無理だよ。身をもって知っただろ。無理だよ(震え声)
説得の甲斐があり、不満そうだがなんとか矛を収めてくれた。一つの生命が救われた瞬間である。金髪は俺ともみじを崇め奉っても良いと思う。
とりま本題に入る。議題は「もみじにどう協力すればいいか」です。もみじは要らないと言っているがそれでは俺の気がすまない。かれんは何かいい案ないか。
「じゃあ、葉柱君のタイムを伸ばそっか」
あっさりと言いますけどそれムズくね?
まあ他に思いつかないし。という事でしばらく陸上部のマネージャーになる事に決定しました。かれんと一緒に。
……まあ仕方ないね、俺一人じゃ記録伸ばすなんてこと出来そうに無いもんね。心強い味方ができたってことにしておこう。つーかこれ乙女ゲーのイベントか? もみじが怪我してそれを切っ掛けに手伝うようになって、みたいな。まあどうでも良いか。
色々話している内に大分楽になったのでその日は下校して湿布まみれになって寝た。めっちゃスースーした。
それからは放課後にグラウンドで陸上のサポートをする毎日である。
かれんは他のマネさんと相談しつつ練習メニュー考えたり記録取ったり応援したり。俺はお茶くんだり、走り高跳びの用具やカラーコーン、ハードルの設置をしたり、バテている人を持ち味の顔面で追い立てたりと、忙しい日々を送った。
大会では混雑しているにも関わらず俺の半径1m以内には誰も近寄ってこなかった。久しぶりに自分の顔のことでダメージを受けた。ちなみにみんな結構記録は良かったらしい。落ち込んでたので知らんかった。
もみじが怪我から復帰する頃にはもう伸びない原因が判明していた。練習し過ぎていたのだ。毎日30Km走ってて、しかも休養日無しである。これでは今まで怪我がなかった方がおかしい。
取り敢えず量を減らし、日ごとに強弱をつけて練習すること一月。遂にもみじの記録が伸びた。
いや、感動したね。1500mを7秒縮めた時の達成感。マネの俺がそうだったんだからもみじなんてやばかっただろう。実に1年振りの自己ベスト更新、おめでとうございます。
これで俺の目的は達成した。というわけでマネージャー卒業である。
お別れ会にて、かれんは大変惜しまれた。顧問の先生が泣き落としを仕掛けてたぐらいだ。ばっさり断ってたけど。
俺はというと意外にもマネさんが引き止めてくれた。まあ男でマネージャーする奴いないから貴重なんだろうね。なお、勧誘の際決して顔を見てくれなかった。今日もゴブリンは通常運転です。
最後にもみじと互いに感謝し合って別れた。やっぱりいい奴だったな。さすが乙女ゲーのヒーロー、悪い奴な訳がない。
久しぶりに落ち着いて帰路を辿る。卒業の感傷が未だ俺たちに残っていた。
最初はどうなる事かと思ったけど、楽しかったな。
「うん。たまにでいいからまたマネやりたいね」
せやな。かれん大人気だったしな。また歓迎されると良いよ。
「なに、嫉妬?」
あー、……そうなのか? かれんを取られたみたいで妬いてたのかな、俺。
「…………へー。そっか」
ん? まさか照れてる? へへへ、お嬢さん顔真っ赤でプゲラッ。
「調子乗りすぎ」
スンマセン……。
分かったならいい、と長い黒髪を揺らして先に行くかれん。それを慌てて追いついて、俺たちは黙って感傷に浸る。
乙女ゲーのイベントも悪くないとこの頃思う霖でした。
「で、話って何?」
学校の中庭で、隣のベンチに座る葉柱に目を向けながら、乃木坂かれんは問いかけた。
話があると言われたのは、マネージャーを卒業した翌日だった。授業が終わり、いつものように五炉縁霖と帰ろうとしたら、声をかけられたのだ。
他の人に聞かれたくないようで、それならと、放課後には使われない中庭で聞くことにした。かれんとしては霖をあまり待たせたくないため、校門に近い所が、ここだった。
かれんに促された葉柱は、真っ直ぐにかれんを見つめる。そして、
「僕はかれんちゃんが好きです。付き合って下さい」
胸に秘めた想いを、告げた。
しんと空気が音を無くす。葉柱の心臓は荒れ狂い、口の中はただ開くのも抵抗がある程乾いている。
そんな彼を見て、かれんはやっぱりかと心中で呟く。もともと初対面の時から名前で呼んできて、しかも何度も話しかけてきたのだ。これで惚れられていなかったら、この男はいつか刺される。
そして葉柱の想いに対する答えは、決まっていた。
「ごめんなさい。私は霖が好きなの。だから、貴方の想いには応えられない」
「そっ、か」
葉柱の胸にも、先程かれんが思った言葉が到来する。苦い味がした。
葉柱も分かっていた。自分が、彼女の目に入っていないことを。
彼女は一途に霖を想い続けている。外見が醜く、皆に嫌われようとも、一向に気にせず突き進む、心優しい少年を。
「ありがとう、聞いてくれて。マネージャーをしてくれた事も、また礼を言わせてもらうよ」
「どういたしまして。ストレートに告白してくれて、嬉しかったよ。こちらこそありがとう」
かれんは笑みとともに立ち上がり、お辞儀をして、校門へ足を向けた。
残された葉柱は座ったまま項垂れる。
分かっていた。自分が選ばれるはずが無いことを。
分かっていた、筈なのに。
「……悔しいなぁ……」
雨が頬を伝い、地面を濡らす。
涙に溺れる少年を慰めるように、風が頭を撫でた。