曰くつきの女盗賊が迫ってくるんだが
「団長、こっちは問題なかったわ」
「おう見回りご苦労さん」
「もう一周してきてもいいわよ!」
逆三角形だった。
団長と呼ばれた大男は、肩幅が見回りの2倍はあるのではないかという大きさだ。
大きさだけではない。厚みに至っては3倍か4倍はありそうである。
逞しさを通り過ぎて恐ろしいほど盛り上がった胸筋は、どこに売っていたのかきちんと着れるサイズの服を下からグンと盛り上げていた。少しでもこすったら破れてしまうような気がする程薄く延ばされた服は、形の良い腹筋を覆い隠している。うっすらと陰影が見えているので、隠しきれているとは言い難かったが。
下半身はきわどいラインまでしか上げていないズボンを穿いている。胸筋と同じぐらい逞しく鍛え上げられた太ももは、子供の頭ほどの太さだった。そしてそれもまたどこに売っていたのか、きちんと着れるサイズのズボンなのだが、いかんせん股下が足りていない。そのためきわどいラインまでしか上げられないズボンになっていた。
「フィルーシー、見回りばかりが仕事じゃないんだ」
「そう・・うっかりしていたわ」
「頭が痛いな」
「全くね」
フィルーシーと呼ばれた女性は、団長の半分しかない肩幅を大げさに下げて見せた。
幅だけではない。厚みに至っては3分の1か4分の1しかなさそうだ。
そのくせ胸元にはたわわな実を下げており、胸の下で服を結んだ様子が更に実を引き立てている。それをより際立てているのが腰のくびれで、実に艶めかしく大きくくびれている。団長が両手で掴んだら折れてしまいそうなぐらいであった。
そんな人物が団長率いる自警団に入ること自体が特殊なケースなのだ、フィルーシーは団員の中でも異質中の異質だった。
「フィルーシー休憩してこい、酒場で皆待っているそうだ」
「分かったわ、たっぷり頂いてくるわね」
ビシッと敬礼をするとフィルーシーはその場を立ち去る。
団長は深くため息をついてから、手元の資料を眺める。異質中の異質な理由は、ここにあった。
フィルーシーという盗賊が様々な街を騒がせていると知ったのは、昨日の朝刊であった。この街で言う昨日の朝刊ということは、王都では1週間以上前ということになる。それはこの街がそこから1週間以上離れた地域に位置しており、あまり俗世のことに興味のない地域になっているためだ。唯一入ってくる新聞も、ここまで来るころには「ああ、そんなこともあったな」程度のニュースでしかない。
そんな街に2日前に突然訪れたのが、この資料の張本人であるフィルーシーだ。彼女は街へやってくると、旅人に寛容なこの地域性に非常に感激していた。感激するのは構わなかったが、その足で地域の自警団と呼ばれている男衆の集まりに訪れて宣言したのだ。
『私はフィルーシー、盗賊よ!でも今日で盗賊やめることにしたわ、皆さんの役に立ちたいの。ぜひ私を自警団に入れてくださらない?』
全くもって不可解な彼女にもこの街は柔軟に対応した。自警団への入団を許可したのだ。
どう考えても頭がおかしいとしか思えない判断だったが、領主がそう言うのだからしょうがない。そして街の皆も嫌々入れたというよりも、是非どうぞ!と喜んで入れたような形であった。そして彼女を立派な自警団にするために白羽の矢が立ったのが、団長であるアランであった。
アランは生まれはこの街だが、幼いころからつい5年前まで王都に住んでいた。両親の仕事の都合だったのだが、王都の暮らしが気に入った両親はそのまま残り、アランだけがこの街へ戻ってきたのであった。
アランは持ち前のその身体を生かして、王都でも生業にしていた鍛冶屋をしながら、畑も耕していた。浮いた話も無く、大変生真面目な大男だ。そんな人柄を大層気に入った領主が、ある日アランを団長に任命したのである。元々そんなに広くない街だったので、あっという間にアランの名前は広まった。
同じようにフィルーシーの面倒を見るということも、あの時以上の速さで街全体に伝わった。中にはついに嫁をもらったと勘違いしている年寄りもいたので、その噂を消すためにアランはここ2日は見回りを強化したとか。
「頭が痛い、って顔してるな団長」
「当たり前だ。この街はおおらかな人が多いいい街だが、さすがにこれはやりすぎだろう」
「僕は美人に毎日会えて自警団に入ってて良かったーって初めて思えたけどなあ。ま、他のやつらも同じような感じみたいだけどね」
アランに新しい資料を手渡すのは副団長のディアヒムである。アランほどの大男ではないにせよ、自警団の中では2番目に大きい。全体的にみるとアランより一回り小さいかもしれない、という程度だったがあまりに比較対象が大きすぎて比べようがないというのが本当のところだ。
逞しく鍛え上げられた腕には黒い刺青が入ってる。これは結婚をしているという印であり、他の女性が勘違いしてしまわないように彫られているのだ。もちろん逆もしかりである。
「ヒューディさんに首の一つでも絞められたらいい」
「団長は厳しくていけないな、僕レベルになると首を絞められただけじゃもう何も思わないんだよ」
「そこを買われたんだろう領主に」
ディアヒムの心は身体と同様、いやそれ以上にタフだった。ヒューディに殴られようが蹴られようが、絞められようが落とされようが何のその。絶え間なく愛を伝え続けてゴールインしたという過去を持つのだ。過去といえどそれは現在も変わっていないらしく、ヒューディとディアヒムは毎日罵り罵られて楽しく過ごしているそうだ。
アランは「そういう強い心を持つ者こそ自警団にふさわしい!」と拍手をした領主を思い出す。パチパチと軽快に手を叩いて喜んでいたのはつい昨日のように思い出すことができるが、思い出す度にこの街の領主は変人だと実感するのだった。
「それにしてもフィルーシーはここに来てからというもの、すっかり盗みをやめたみたいだなあ」
「ああ・・それは俺も気になっていたんだが」
「街の人も、特に何も変わっていないと言っているようだし。どうなってるのかねぇ」
二人で何度も資料を読んだが、どうにも納得のできない部分の方が多かった。それを何でもないことのように受け入れている街の人たちにも話を聞くのだが「いいのいいの、団長さんは気にしなくていいの」と言うだけで全く話にならないのだった。
元々頭を働かせることに関してはあまり得意ではない二人だったので、とりあえず今日のノルマをこなすことにした。アランが近所の人々の薪割りを頼まれているのだ。この街は今の季節はかなり暖かいが、冬になるととんでもない寒さになってしまうため今から薪割りは欠かせないのである。
「ふんっ」という掛け声とともに振り下ろされる斧は、もちろんアランのお手製のものだ。3年ほど前に山賊が活発に動き回っていた時期があり、その頃に威嚇用に作ったものであった。威嚇用とはいえ刃はかなり念入りに研いでおいたものなので、今でも手入れして大切に使っている。ディアヒムの持っている斧も同様だ。
「団長ー?何やってるのよ」
一通り見回りが終わったのか、フィルーシーが駆け足で戻ってきた。胸元に揺れる二つのものが、実によく揺れて絶景だった。ディアヒムが鼻の下を伸ばしかけたところでアランは脇を小突いた。
「あでゅふっ」
「ヒューディさんに告げ口するぞ」
「団長に小突かれる方がよっぽど僕には効いてる気がする・・」
ハァハァと息を荒げて二人に近寄ると、満面の笑みを見せる。
「薪割りしていたのね、団長って本当に人がいいのね」
「僕もいるよー」
「ディアヒム、調子悪そうね!ヒューディさんが家で待ってるって言ってたけど、何かやらかしたの?」
フィルーシーの言葉に目を怪しくキラリと輝かせる。
「いやー参ったなー、怒られちゃうのかなもしかして!それじゃあまたあとで来るから」
ディアヒムはスキップで自宅へ戻って行った。基本的にこの街は田舎なので、きっちりとした仕事の形態というのはほぼ無いのである。だからこのように「そこの嫁が呼んでるぞ」「じゃあ帰るわ」というのが通用するなんとものんびりとした場所なのだ。
アランが薪割りの作業に戻り、その周りをちょこまかとフィルーシーが動き回る。斧を振り上げる姿を見ては「団長の腕、逞しいわね」と言い、額にかいた汗を拭う姿を見ては「団長の汗、ほとばしってるわね」と言い、薪を紐でくくる姿を見ては「団長にかかれば薪も枝みたいなものね」と、それはもう暇さえあれば声をかけていた。
作業の終盤になってアランはようやく手を止めた。
「フィルーシー、暇そうだな」
「えっ、忙しいわよ!団長の姿を見てると、なんだか胸が熱くなるの。見回り頑張ろうって気にもなるし」
グッと親指を立てるとプルンと二つの実も揺れるのだが、それを眼福と思わないのがアランという男だった。
「そうか。それならその頑張ろうと思えた見回りの代わりに、これを坂の下の広場まで置いてきてくれないか。あとは街の人が必要な分だけ自分で持っていくだろうから」
「えっ、だから私は忙しいのよ!団長見て、見回り頑張ろうって思わないといけないの」
「・・?ああ、だからその頑張ろうと思っている気持ちを使ってだな」
丁寧に説明するが全く伝わっていない様子のフィルーシーに、アランは腕組みをして「うーん」と低く唸った。それだけを見るとまるで熊が威嚇しているように見えるが本人は至って真剣に悩んでいるのだ。それを見ても尚「団長の腕・・逞しい・・」と呟くフィルーシーは、自分が悩ませているのをむしろ喜んでいるようであったが。
「お前、荷物、広場、持っていく、分かったか?」
身振り手振りを使って説明すると、フィルーシーはついに「しょうがないわね・・」という言葉と共に紐でくくられた薪を持ち上げる。両手にそれぞれ持ち上げた薪の塊は、まだ生木だったためとても重たかった。引きずるようにして持っていこうとする姿を呼び止めて、アランが薪運び用の背負い籠を渡す。
「フィルーシーじゃ手では持って行けまい、これを使えばいい。ちょっと失礼するぞ」
「わっ」
両手に持っていた薪を軽々と持ち上げて地面に置くと、背負い籠をフィルーシーに固定していく。背負うだけだと両肩への負担がかなりかかってしまうが、両肩の前に負担を軽くするための紐を通していく。その際にたわわな二つの実に両手がしっかりと触れているのだが、アラン自身は全く気にしている様子は見受けられない。
逆にフィルーシーが顔を真っ赤にして黙り込んでしまっているのだが、そんな様子にも気付くことなく可愛らしいちょうちょ結びにした。満足げに頷くと「よし、行って来い」とフィルーシーを送り出した。
フィルーシーの顔を包み込んでもまだ余るぐらい大きな手のひらが作り出したちょうちょ結びは、坂の下の広場に行くまで一度もほつれることなく結ばれていた。
それから2週間何事も無く過ごしていた。しかし最近近くの街が山賊に襲われたという情報が入ってきた。3年ほど前に来たのが最後だったため、人々は身の回りの整理を始めた。整理をすると言っても、貴重品を地下に埋めるとか盗られてもいいようなものを目に付く場所に置くといった作業をするだけなのだが、早めに準備するに越したことは無い。
そしてそれは本来の自警団の仕事をするかもしれないということにもなる。街中だけ行っていた見回りも、山の中までしっかり見回りをすることにした。もちろん1人での見回りほど危険なものはないので、3人1組のチームを作って交代で見回りをすることが決定した。
そこで一番の問題に上がったのがフィルーシーの存在である。自警団の唯一の女性だったため、どのように扱うべきなのかアランは頭を悩ませていた。もちろん他の団員と同じような基礎練習はしてきているのだが、いかんせん体力がついていかずに伸び悩んでいた。
この問題は女性の扱いに関して一番長けているディアヒムにも聞いたが、あまり良い返事をしなかった。それどころか今日になって再びその話をすると、顔を曇らせた。
「ディアヒム、この間の続きなんだが。フィルーシーはやはり見回りのチームに入れない方がいいと思うんだが」
「ウーン。前も言ったけど、僕は団長のところに一緒にしてしまうもんだと思ってたからね。というかフィルーシーは同じチームに入れろって怒るだろうし」
「何故怒る必要があるのかは分からんが、俺は一応団長だからな。通常ルートよりも逸れた場所を見回れば体裁も保てるし、何よりその方が安心だろう街の人も」
簡単な地図を取り出すとそこへチョークで線を引いていく。通常は街中と街から2kmほど山間を見回るのだが、団長の見回りルートはそれを大幅に広げて6km地点を見回るようになっていた。それを見たディアヒムは「・・僕このルートじゃないでしょうね?」と真顔で聞き返していたが、アランは静かに首を振った。
「さすがに団長と副団長が同時に動くのはまずいと思うからな・・ここは通常ルート2名、俺が1人で別ルートを回ろうと思っている」
「どうだろうね、他の団員が納得するかどうか」
「しかし警戒をしておくに越したことは無いと思うが・・」
結局お互いに譲れるラインが違うためか、話は平行線になってしまっている。どうにもディアヒムは煮え切らない返事のままであるのが気になった。確かにアランが単独行動になってしまうが、それほど多くない山賊の一団ならば一人でも対応できる自信があった。3年前の山賊もアランの体躯を見ただけで熊と間違えてはいたものの、逃げて行ってしまったからだ。
それならば、と今回のルートを決定したのである。
「団長、団長」
「フィルーシーか。どうした」
「今日は薪割らないのかしら?」
アランが地図を広げていたテーブルの下からにゅっと顔を出す。両手をそろえるようにしてテーブルにつきながら、たわわな実を机に押し付け、さらに首を傾げている。フィルーシーは前よりも確実にアランに対しての距離を縮めていこうとしていたが、のれんに腕押し、糠に釘・・とにかく全く手ごたえがない状態が続いていた。なのでもちろん今日も気づいてもらえるわけもなかったが、アランはさりげなく地図を見られないようにチョークで書いたあたりを半分に折りたたむ。
「ああ、今日は別の考え事があってな」
だがすでに少し見られていたようだった。
「・・それ見せてほしいわ」
「・・見せたら参加したがるだろう」
じっとアランの目を見つめるフィルーシーに耐えられず、ハァとため息をつきながら再び地図を広げた。そして昨日までに山賊がどのようなルートを通っていたかを説明し、今後どうしていくつもりなのかも簡単に説明した。
「なんだ、簡単よ。私が迷子になればいいのよ」
「・・?何言ってんだ、囮にでもなるつもりか?そんなことできるわけないだろう」
「私はこの街の人たちに助けられたわ。今が恩返しするときだと思うの」
自信満々に言い切るがアランは渋い顔をして首を振る。
「皆が納得すると思うか?俺はそうは思えん」
「・・そうかしら」
アランがうなずくと、フィルーシーはぽろぽろと涙を流し始める。一滴、また一滴と地図の上に滲みていくいくのを呆然と見ながら、突然の出来事にどうしていいのか分からずにいた。アランの丸太のような腕に、フィルーシーの華奢な手が重なった。
「団長も同じでしょ?どうして気づかないのよ、団長だけが危険なことをするなんて、誰も望んでないわ。私も、嫌よ。絶対に嫌」
「あ、ああ、分かった、落ち着け、な?」
添えられた手はポカポカと温かく、小さく震えているのが分かった。それに気付いた時なぜか心臓の奥が痛むような気がした。あまり日に焼けていない白く細長い指に熊のような大きな手のひらを乗せると、ゆっくりと涙は止まった。そのままそっと手を外そうとするが、なかなか腕から手を離そうとせずにうまくいかない。あれよあれよという間にフィルーシーはアランの腕にしがみつく形になっていた。どうしてこうなった。
「・・団長は、なぜ私がこんなに悲しんでいるんだと思う?」
「さあ・・俺が居ないと街が守れないから、だろうか」
「自惚れてるのね、でもそこも素敵だわ」
うっとりと腕を撫でるフィルーシーに、一瞬遠い日の記憶が重なった。だがそれを思い出したくなくて、アランは頭を振った。
「そうじゃないとしたら、どういうことだ」
「・・本当に分からないの?」
キッと睨みつけながら胸を腕に押し付けてくるが、本当にどうしてこうなっているのかが分かっていないアランの頭の中には「なぜ?」という言葉しか浮かんでいなかった。だが正しい答えが出るまで腕から離れる気配がないため、懸命に頭を働かせた。だが浮かぶのは「なぜ?」や「どうしてこうなった」ばかりで言葉をまとめるにはあまりに疑問が多すぎた。
「もう、団長は昔から鈍いんだから・・まぁいいわ。でもこれだけは聞かせてほしいの、私のことをどう思ってる?」
「・・なぜ今それを聞く必要があるんだ?」
「今じゃないと嫌なのよ、早く答えて」
今度こそ必死に頭を巡らせると、一つの結論が出た。
「最初は領主が決めたことだし、と思って世話してた」
「・・ウン」
「でもフィルーシーは、思ってたよりも頑張ってただろう。見回りも、力仕事も、汚れ仕事も」
「ウン」
「俺はそうやって頑張ってるフィルーシーが割と好きだ」
そう言ってから腕を離してもらおうと身体を引くが、余計にしがみつかれてしまう。
「割となの?好きなのに、割となの?」
「??ああ、努力家だなとも思う」
「・・私が思ってたのと違う」
むすっとした顔をしながらも、先ほどよりは怒ってはいないようである。アランは他にかける言葉が見つからずにそのまま成り行きを見守るが、やはり腕を離してくれる様子はない。
「あー・・二人だけの空間っぽいけど、僕いるの忘れないでね?」
ディアヒムがぽつりと呟くが、今日はこのまま会議を進められそうにないな、と帰り支度を始めるのであった。
翌日になると、より街があわただしくなってきた。どうやら隣の街から戻ってきた商人が山賊を見たというのだ。その連絡を受けて自警団の一人が馬を走らせると、2日後には隣の街を出発してしまうだろうという噂を聞いた。
その報告を聞いたアランは、厳しい顔をしながらも出来ることはやっておかねばと薪割りや、見回りの強化、また武器の研ぎにいそしんだ。そして夜に行われた会議で、山賊が来るまであまり時間が無いようだったので今回の山賊の対応は、フィルーシー抜きで行うことが決定した。
もちろん会議に出席していたフィルーシーは大いに荒れたが、こればかりは仕方がないと周りに説得されたこともあり、最後は半分泣きながらも諦めたようだった。
翌日の昼のことだ。酒場で集まって昼食をとっていると自警団の一人が駆け込んできた。
「山賊です!!西の街から目視で15名以上はいます!!」
「街の皆に警戒するように伝えてくれ、改めて酒と高価に見える光物を目立つ場所に置くように伝えるんだ」
一気に緊張が高まるが、昼時を狙ってきてくれてよかったと思うべきだったのか。会議をしながらの昼食だったため、団員のほぼ全員がその場に集合できていた。アランは的確に指示を出すと、手製の武器を持って立ち上がる。
「私も団長と行く」
慌てて後をついて来ようとしたフィルーシーだったが、それを許すほどアランは優しくはなかった。
「フィルーシーは団員と一緒に民家をまわってくれ。俺はプロじゃない、自分のことで精一杯なんだ・・街の皆のことを頼んだ」
アランは近くにいた団員に無理やりフィルーシーと手をつながせると、酒場の外につないであった馬へ乗りこむ。そして西へと走らせた。背後で悲鳴のように悪口が聞こえてきたが、今はそれよりも山賊の様子を詳しく知ることが先決であった。
馬を走らせてしばらくすると街のはずれに出る。どうやら山賊は森の中を移動することにしたらしい。こんな時だけ山賊らしくしなくてもいいのに、と思うが一旦ディアヒムと合流することにした。約束の場所へと向かうと、そこにディアヒムの姿はまだなかった。
切り株に腰かけると耳を澄ませる。小さくガサガサという音が聞こえてきたと思ったら、すぐに馬が駆ける音が聞こえた。
「そっちはどうだった?」
「森の中へ入ったようだ、西のはずれにはすでにいなかった」
「くそ・・ヒューディがまだ森にいるんだ・・」
顔を青くしてディアヒムが呟くと、アランは無言で立ち上がる。
「団長?」
「ディアヒム、先に村に戻って団員に指揮してくれないか。俺はヒューディさんを」
「バッ・・そんなの許せるわけないだろう!」
アランの両腕を掴むが、それを静かに払うと不器用な笑みを作った。
「俺にはまだ妻が居ない。子も居ないし、予定も無い。野郎一人の命で助かるなら、親友家族を助ける方が実になるってもんだ」
「アラン・・」
自警団としての付き合いだけではなく、ディアヒムとは個人的にも仲良くしていた。もちろん結婚式にも呼ばれたし、3つになる息子は未だにアランのことをしゃべる熊だと思っている。王都から戻ってきてすぐに鍛冶屋に客として来てくれたこの男のおかげで、どれほど救われたか分からない。
アランはそれ以上何も言わずに馬でその場を後にした。すぐに森に紛れて見えなくなったアランの後姿に、ディアヒムは跪いて祈った。そして自分もすぐに馬に乗って街へ駆けて行った。
西のはずれから森へ入ったということは、必ず通るルートがある。すぐに街へ向かうのならば2kmの見回りルートが一番早く着く。いつも女性が森へ入ったときに向かう場所は一つしか心当たりがないが、多分そこだろうとアランは見当をつけていた。
山賊よりも早く自分が着くことが出来れば、と馬を走らせると少し先で話し声が聞こえてきた。耳を澄ませると男が誰かに怒鳴りつけているようであった。馬を近くにつないで身を屈めて近づいていくと、そこにはヒューディが居た。最悪の展開だった。
「てめェ俺が誰だか分かって物ォ言ってんのか!?」
「薄汚い山賊だろ?さっさとママのところへ帰りな!この街はあんたを受け入れる場所なんかどこにもない!」
「んだとコラアアアアアア!!!」
山賊がヒューディの首を両手で掴むと、そのまま宙へ浮いていく。顔がじわじわと赤くなっていくのが見えた。急いで山賊の数を数えるが、報告通り15人以上はいるようであった。アランは静かに最後尾へ近づき、腹の底から大声を出した。
「ゴオオオオオオオオオ」
それはまるで熊が吠えたような大声だった。もう熊にしか思えない、ていうか熊だ!最後尾にいた山賊たちは蜘蛛の子を散らしたかのように四方八方へと逃げて行った。山賊の頭も大声が聞こえた瞬間にヒューディの首から手を離すと、瞬時に背後を確認する。しかしそこに熊の姿がない事に疑問を覚えたらしく、逃げて行った山賊を大声で呼び戻す。
「お、お前らアアア!熊なんかどこにもいねェじゃねえかああああ!戻ってきやがれ!」
ヒューディも急いで逃げようとしたが、思ったよりも長いこと首を絞められていたようで咳き込むのを止めることが出来ない。ようやく呼吸が戻ってきた頃には再び山賊の頭に捕まってしまった。長い髪の毛を後ろで引き上げられると、目じりに涙が溜まっていった。
「さっきの勢いはどうした?あ?そそるじゃねェか」
「やめ・・ク」
「おい、いるんだろう熊野郎。さっさと出てきやがれ、誰が俺の仲間をバラバラにしたんだ!?」
山賊の舌がヒューディの目じりを一舐めする直前に、アランは伏せていた場所から立ち上がった。
「・・お前、見たことあるぞ」
「あーぁお前だったのか。3年前はよくも俺たちを脅かしてくれたな」
「勝手に驚いて逃げたのはそっちだ」
アランの言い草に一瞬カチンとした顔をした山賊の頭は、すぐに顔をにやつかせる。
「まぁいい、今日は俺の方が運があったな。コイツお前の街の仲間なんだろう?お前が3年前に俺たちを脅かさなきゃ、この街でも狩りが出来たはずなんだ。今日はそのツケを払ってもらわねェとな」
「逃がしてやったんだろう、その女性を離せ」
「たわけかお前は!俺は逃がしてもらった覚えはねえんだよ!」
唾を飛ばして怒る山賊の頭には、あまり余裕がないように見えた。アランが少し高圧的になっただけで必死に虚勢を張ってくるのはあまり良い傾向ではない。どうにかして話し合いで済ませたかったが、少し手段を選んでいられないかもしれない状態であるようだった。
「お前が俺たちに嬲り殺されるっていうなら、この女は見逃す」
「街はどうなる」
「気分だな。お前を嬲り殺して気が済めば次の街へ行く、気が済まなきゃ襲っていく」
ふむ、と一度考えるがアランは言った。
「じゃあお前に勝てばいいんだな」
「・・この女がどうなってもいいのか」
「それは困る」
話が平行線になりかけたところでヒューディの声が届いた。
「あんた・・あたしのことは放っておいて、さっさと街に帰んな・・!みんなを守るんだよ」
「誰が勝手にしゃべっていいって言ったんだ!」
バチンと頬を叩くとヒューディはカクンと首を落とした。
「ハハ、気絶してやがるコイどぅぶふぇあ!!!」
一気に間合いを詰め、無言で山賊の頬に一撃を食らわせるとアランは首を傾げた。
「おかしいな、気絶してない」
「いひゃ、いひゃひゃ、かんべんひて、いひゃ」
「右の頬を殴られたら、左の頬を差し出せと神に教えられなかったか?」
「それ意味がちがふぉがあああ」
バコンと不快な音が鳴ると、山賊の頭の絶叫も途絶えた。
その一部始終を見ていた山賊の仲間が、ポトリと武器を落としていく。そして両手を上げながら後退していく。しかし一人だけ高速で震えながら弓を構える少年が居た。
「か、頭ををを、頭をを、どどど、どうして」
「気絶してるだけだ、心配ない」
「ちか、近づくなっ、ちかづくっなっっ!!」
ヒュン
「あ」
お腹に刺さったと思った瞬間に、アランはその場に倒れこんだ。
「バカ!!バカ!!アランの大馬鹿!!!」
「・・?何してんだ・・?」
目を覚ますとアランは誰かの小さな膝の上に頭を乗せていた。目の前にはたわわな二つの実があったので、誰が自分を罵っているのかが全く分からなかった。両手でその実をどけると、真っ赤な顔をしたフィルーシーが居た。
「ひ、1人で行ったらダメだって言ったのに!ちゃんと言ったのに!」
「ああ・・すまない、ディアヒムにヒューディが森に残っていると聞いて・・」
そう言って身体を起こすと、山賊に会った場所でそのまま気絶していたようであった。近くにはディアヒムとヒューディもいる。それから医者も居た。
「アラン、あんた身体しびれてないかい?」
「・・いや特にそんな感じはしないが」
「ハァ。頑丈だねェ本当に。イノシシに使う痺れ薬を塗った矢じりが当たったんだよ」
手のひらをグーパーさせてみるが全く違和感は無かった。そういえば、とお腹を見てみるが矢じりが刺さったような跡が見当たらない。
「どこに刺さったんですかね、矢じり」
「ここだよ、ココ。ちっと切り傷になってるじゃないか、お前さんが頑丈すぎるんだよ。ルーシーが乳揺らしながらアランが死ぬーって言って来た時には驚いたね、お前さんが死ぬことなんてあるのかって」
カカカと医者は笑うが、つられて笑ったのはアランだけであった。
「ところでルーシーって誰ですか?礼を言ってこなければ」
「何だ知らなかったのかい?」
「え、ちょ、まっ!」
慌ててフィルーシーが遮るが時すでに遅し。アラン以外は納得の顔をして、楽しげに二人を見ていた。
「・・?ああ、フィルーシーのあだ名か?」
「ほんっとに、ほんっとにあんたって人は・・!」
先ほどとは打って変わって般若の形相をしたフィルーシーは、こぶしをぎゅっと握りしめてアランのお腹を殴る。非力なパンチだったためアランが余計困惑しただけだったが。
「いや、いいや・・こんなもんよ、あなたはこんな人だったわ」
「フィルーシーお前何言ってんだ?」
「初恋は実らないとはよう言うたもんじゃのう、カカカカ」
街医者がそう言うと、どっこいしょと腰を上げて街へ戻って行った。
「領主の館で待ってるからの」
「もう、おばあ様!」
「街医者がおばあ様なのか?フィルーシーの?」
「・・ええそうよ、私は領主の娘。大ばあ様は領主のお母様よ。あぁもうここまで話したなら全部話すわよ!このにぶちん!」
フィルーシーがとどめと言わんばかりにお腹に一撃をくらわすと、アランは「うっ」と小さくうめいた。いいところに入ったらしい。
「で、誰が領主の娘だって?」
「私よ!」
「領主のお母様が街医者?」
「そうよ!」
「そんな恵まれてて、お前何で窃盗してたんだ?」
フィルーシーは真っ赤な顔をしながら初めから話すことにした。
昔よく遊んでいた近所の男の子で、アランというとてもかっこいい子が居た。
だがアランは街の外の子だったので領主の娘の婿には迎えられないという。
それでも好きだとアピールするが、アランは全く気付いてくれない。超が10個ぐらいついてもおかしくないぐらいの鈍感だったため、一旦諦めることに。
だけど1週間で諦められないことに気付き、名前を変えて領主邸ではなく街で暮らすことに。
それなのにアランは街を離れないといけなくなりすぐに会えなくなってしまった。
かと思いきや10年すると戻ってきて、街で鍛冶屋をするという。
10年離れてもやっぱりアランが諦めきれなかったため、当時王都で流行っていた盗賊のフリをして街にフラリとやってきたことにした。
更に自警団に入れるように領主に頼み込み、自警団として活動することに。
それなのにアランはフィルーシーのことを1ミリも覚えていみたいで、悔しくてと意味深な態度ばかりしていたのに、そんな下心に気付かずに優しくしてくれるアランがやっぱり好きだと再確認してしまった。
だから好きだって告白したのに、努力家だから好きという謎の返事で戸惑ってしまった。
しかもタイミングが悪いことに山賊は来るし、一報では死んだって言われるし、本当にどうしようかと焦っていた。
全てを語り終わると、アランの顔をじっと見つめる。
「・・まだ、思い出せない?」
「あー・・アー?」
小首をかしげるフィルーシーに既視感を覚えて腕組みをして考える。そもそもなぜ自分がこんなに身体を鍛え始めたのかが分かるような気がして思い出すが、なかなか思い出せない。でも何かきっかけがあって身体をガッチリ鍛え始めたのであった。
それは、本当に些細な一言だったはずなのに。それを思い出すことを脳みそが拒否してくるのはなぜだ。
小さな子供がフワフワの大きなスカートと羽根つき帽子を被って、小さな自分と一緒に遊んでくれている思い出だ。だけどなぜか同じフワフワのスカートと羽根つき帽子を被っている。そうだ、その子と遊ぶときは女の子ごっこと称して着せ替え人形にされたのだ。その子の、名前は
「ルーシー・テイラー・・・?」
「アレンンンン!!!」
たわわな二つの実を顔に押し付けて思い切りハグをされる。そして何故かキスを顔中、いや体中に浴びせてくる。そうだ、両親が独学で始めた鍛冶屋をもっと本格的に勉強したいと王都に引っ越すときに決意したんだった。
『大人になっても・・一緒に遊ぼうね』
その時アランは、大人になっても女の子遊びをさせられるのかと血の気が引いていくのを感じたのだ。だから王都に行ったときにはそれはもう懸命に身体を鍛え上げた。両親に太鼓判を押されても尚、鍛えるのをやめることは出来なかった。いつか来るその日に備えて。
「私、あの日アレンが王都に行った日、勇気を出して言ったかいがあったわ・・!本当に心の底からあなたを待ってました・・」
うっとりとした目でこちらを見てくるフィルーシー改めルーシーを、アレンは初めて恐怖のまなざしを向けた。怖い、でも逃げられない、でも、と心と体が葛藤を続けているとフィルーシー、ことルーシーがゆっくりと近づいてきた。そしてアレンの胸元の筋肉をツンツンしながら恥ずかしそうに言うのだった。
「私と・・結婚してくださる・・?」
喉まで出てきた「ノー」は、次の瞬間柔らかな唇に吸い込まれていった。アランは翌月、右肩に立派な刺青を入れることになった。
次の世代の領主も、その次の世代の領主も、天災などには見舞われたが山賊に困ることは一度たりともなかったという。