糸電話
僕にはこれといった取り柄もないけれど、誰かに糸電話を渡されたときに迷わずそれを耳に当てられる人間でありたいと思う。
他人に胸のうちを明かすのが嫌だというわけではない。必要とあらば永遠に話してあげたいくらいだけど、よく考えて見てほしい。あなたが誰かに電話を掛けるのは、いったいどんな時なのか。誰かに話を聞いてもらいたい時ではないだろうか?
例えば、今あなたは一刻を争う緊急事態。頼みの綱に電話をかける。するとどうだろう。相手は下らない話を永遠と話していて、あなたに口を挟む隙を与えないときた。腹が立つだろう。人の話を聞きたくて電話をする人はまずいないはずだ。
だから僕は今、こうして糸電話を耳に当てている。
数日前のある夜、眠る前に歯を磨いていたらとても乾いた音がした。僕は、聞いたことがある音だなと口をすすぎながら思っていた。まるで、紙コップが落ちた音みたいだと。そして、ある意味でそれは正解だった。
拾い上げた紙コップの底から糸が伸びていて、窓の外へと続いていた。一体どこまで続いているのか、何の目的があるのか。全く理解できなかったけれど、僕は迷わずそれを耳に当ててみた。
何も聞こえなかった。
その後、僕は睡魔に負けて眠りに着いたのだけれど、翌朝目が覚めたときにも、糸電話は変わらずそこにあった。次の日も、そのまた次の日も。
というわけで、僕は気が向いたときに糸電話を耳に当てる生活を続けている。
このままずっと何も聞こえないままかもしれないし、気まぐれで何か聞こえてくるかもしれない。そもそも、糸電話自体が消え去ってしまうかもしれない。
でも、僕は思うのだ。この糸電話の向こうの誰かが、僕と同じように毎日毎日律儀に糸電話を耳に当ててくれているのではないかと。自分の胸のうちを明かすのが嫌だというわけではなく、ただ黙って僕の話を聞いてくれようとしているのではないかと。
だから毎日、この世のどんな素晴らしい言葉よりも意味のある、素晴らしい沈黙が、糸の向こうから僕のもとへ届けられているのではないだろうか。
僕はにんまりした。もしもそうだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
きっと、明日もその次の日も、糸電話はここにあるのだろう。そして、ずっと沈黙し続けているのだろう。 それでいい。それがいい。
消え去ってしまってもいい、だからせめて、いつまでも沈黙であれと僕は願う。




