クレーンゲームの罠
唐突だが俺は高校生だ。
誰に名乗っているのか分からないが、そうなのだ。
俺はゲームセンターでクレーンゲームを眺めて回るのが好きだ。
人がやっているのをさりげない角度から眺めて、あー駄目だとか、惜しい!とか、やったー!とか、不審者に思われない程度に心の中で独り言を言っているのが好きだ。
嘘だ。
本当は自分でやりたいんだよーん。
でも高校生の財力で下手に手を出してハマってしまうのが怖い。
で、しょうがないからプライズ品を眺めているだけで我慢している。
新しいのが入っているかなーとか眺めて、
あ、これ知ってる、「新劇のk人」だ。今大流行の、理科室の人体標本が繰り広げる不条理ドラマだよね。それは吉本新喜劇? じゃあ「寸劇のk人」だったっけ?
見え透いたボケはこの辺にして、筋肉バリバリの人体模型のぬいぐるみって、需要あるのか? 完全にウケ狙いだな、こりゃ。
やっぱ美少女フィギュアだなあ。かなり良くできてるもんなあ、欲しいなあ。
アヤ◯ミとか◯物語とかマ◯カとか。
いやあ、マジで欲しいなあ。いくらくらいで獲れるもんだろう? 2000円とか3000円とかかかっちゃうんだろうなあ。あんまり手先器用じゃないしなあ、うーむ、2000円はきつい。死活問題だ。ゲーセンのバイトってどんなもんだろう?
箱物フィギュアは初心者には敷居が高すぎる。ネット情報によると店や筐体によってアームの強弱にかなり幅があるそうな。あー、やってみたい。しかし大金をつぎ込んだ挙げ句結局獲れなかったりしたら目も当てられない。
妥協案で思い切ってぬいぐるみに挑戦してみる。
腕とか脚とか頭とか、引っかかるところがあって比較的獲りやすいだろう。
上手く獲得できた暁にはいとこの娘(6)にあげてママさんからお小遣いをもらおう。
選んだのは女の子はみんな大好きプ◯キュアのぬいぐるみ。お兄さん、プリ◯ュアは黄色のキュ◯ロゼッタが好きだぞお。
マシンは、横移動、縦移動、降下、のオーソドックスなタイプ。
ぬいぐるみの重なり具合を見極め、◯ュアダイヤ(青)に狙いを定めた。まずは100円を投入、いざ、勝負!
横、縦、よしよし、行け! 狙い通り爪が脇に入って、よし、引っかけて山から落とせ! 持ち上がって・・ あ、ちくしょ、外れやがった。
あーあ、ほとんど動いていやがらねえや。
あー、100円損した。うーむ、悔しい。
もう1回、も〜1回だけ。
再び100円投入。
・・・・・・・
息詰まる瞬間。
よし、返せ返せ! 吉田さおりのオリンピック決勝戦より燃えるぞ。(分かりづらいな)
・・・・・・・ ハア〜〜〜……
うーーん、体半分ってところか。
後2回、うーん、3回あれば行けるか?
この(あんまり男心はくすぐられない)ぬいぐるみ1個に500円。うーむ、しかしここでやめたら200円を無駄に捨てたことになってしまう。う〜〜〜〜む……
プリキュ◯のぬいぐるみを真剣に見つめて悩む高校生の俺。端から見たらさぞやかっこわるいことだろうが、人間金が絡むと多少の恥など二の次になってしまう。
真剣に見つめていた俺は、ふと、体半分ずれたキュアダイヤの下に、おかしな物を見つけた。
指だ。
4本の白い指が揃って、ぬいぐるみとぬいぐるみの間から天井のガラスドーム向かって伸びている。
何か機械の部品かと思ったが、よくよく見て、やはり人間の指だ。推定若い女。
これはいったいどういうことなのだろう?
俺は以前テレビで見た、子供が景品の取り出し口から中に入ってしまって大人たちが大騒ぎというVTRを思い出した。
この中に若い女の人が入っているのだろうか?
入っていたら面白いなあと思うけれど、マジックショーでもあるまいに、そんなスペースはない。
これは、生きている人間の手なのだろうか?
指の下は、どこまであるのだろう?
常識的に考えて、他の、例えば「進撃のk人」のようなホラー系のプライズが間違って紛れ込んでしまった、といったところだろうが、
作り物にしては、すごくリアルだ。
常識的に考えて、ドッキリカメラ?
俺は辺りをきょろきょろ見回して……完全に挙動不審者だ。
どうすべきか?
店員さんを呼んで調べてもらうというのがごく平均的な対処法だと思うが…………
俺はこのプライズ品が是非とも欲しくなってしまった。
1回100円。6回500円。
俺は両替機に走り、急ぎ2000円を崩し、戻った。
幸い新たな客は付かず、俺は江戸川乱歩の猟奇の世界に迷い込んだ気分で500円を投入した。
2回目でキュアダイヤを穴に落としたが、取り出すのは後回しにゲームを続行した。
手だ。
間違いなく若い女の手だ。
覗いていた人差し指から小指の4本に加えて親指が現れ、指の付け根、手の甲が半分見えた。
まだ直接アームの爪が触れることはできない。周りの邪魔なぬいぐるみどもをどかさなくては。
俺は次の500円を投入した。
周りをほぐして、明るい光に照らし出された。
肌は真っ白で、艶めかしいぬめりがある。
細く節くれもなく綺麗な指は、軽く丸まり、まるで天から降ってくる救いの手に自ら掴まりたがっているようだ。
この綺麗な女の手が、本気で欲しいと思った。
触れてみたいし、自分の頬をすりすりしてもらいたい。
三度500円投入。
俺はもはや鬼のように、もしくはちょっと危ない人のように、クレーンゲームに真剣そのもので取り組んでいた。
手首が見えた。
白くぬめる肌の下に青い血管が走っているのを見て、俺は自分の心が躍り上がるのを感じた。どこまで続いているのだろう? 肘まであるだろうか? ああ、この手に添い寝してもらいたい。
じゃまなプリキュアどもをかきわけて、
四度500円投入。
腕は肘の付近まで露出して、明るい照明を受けて白く輝くようだ。
クレーンの爪が揃って丸まった指にかかる。
ああ、もうちょっと頑張って握ってくれれば、
もうちょっと深く丸めてくれていたら、
倒れろ、こっちに、穴に向かって倒れ込んでこい!・・・・・・・
俺は財布の小銭入れを探り、青くなった。
10円玉と、5円玉と、1円玉しか残っていない。
今一度確かめても札はもうない。
そんな、ここまで来て、
あと少し、
200円、いや300円、ううむ、400円あれば!・・・・・・・
くそう、俺の、俺の、白い右手ちゃんがああ…………………
白い若い女の手は、俺がすっかり資金を使い果たしたのを見ると、バイバーイと指をニギニギして、スーッとぬいぐるみの底に沈んでいった。
ふっ、と俺は虚しくクレーンゲームに背を向けた。
金の切れ目が縁の切れ目、まったく女ってやつあ…………
…………だからクレーンゲームには手を出すべきじゃなかったんだよなあー。
歩み去ろうとした俺は、思い出して振り返った。
キュ◯ダイヤ、おまけに◯ュアピーチとキ◯アソードとキュアロゼッ◯。いつの間にかエース以外はゲットしていたぜ。
4人の伝説の戦士を抱えた俺を、小学校低学年の女の子が羨望のまなざしで見ていた。
あげないよーだ。俺のお年玉になるんだから。
2200円で4人ゲットというのは、クレーンゲームの成績としてはどんなもんなんだろうか?
おしまい