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ひねくれ“悠榎”は、恋をしない  作者: 小梅沢田 明
高一の“伏見悠榎”は、既に捻くれていた
8/33

“伏見悠榎”は答え合わせを申し出る。こうして、彼への依頼は終わりを告げた。

 図書室へと向かう前、俺は逢坂を呼び止めた。尋ねたいことが有ったのだ。それもかなり重要な事だ。

 あの時、俺が疑問に思ったことが幾つかある。

 何故、神城蘭子は自分が「ストーカー被害に困っている」という嘘をついたのか、ということ。

 一週間も神城に付き添っていればわかる。こいつの周りをひとしきり見回してみたけれど、ストーカーと言える様な行動を見かけたのは、昨日の逢坂の一件だけである。あの野郎、ややこしい事しやがって……。

 そして、何故、その依頼の立会人として“田代”がいたのか、ということ。

 これに関しては今はまだ確証がなく、俺の推測でしかない。

 だから、俺は逢坂に尋ねる。


「逢坂」

「……何かしら?」


 今現在の俺はどのような表情をしているか分からない。けれども逢坂はいつものように尋ね返して来る。

 だから俺も、何とも思っていない様に、本題に移る。


「お前、この一週間に、誰かが後ろから自分を見ている、って感じなかったか?」


 こいつの答え次第で、俺の推測は、正解にも、不正解にも成り得る。

 多分逢坂はこの質問に潜んでいる裏を読むだろう。しかし、その裏を探ろうとはしない。俺がそれを望んでいない事を、何となしに察したからだろう。空気の読める奴だ。

 こういう事に関しては、俺は逢坂に好意を持てる。

 授業も終わり、ざわめきと静寂の交わった放課後の教室。一拍の間が開いた後、逢坂はその答えを述べる。


「……えぇ、よく覚えているわ。一人でいる時も、貴方を観察していた時も、ずっと感じていた」

「……でかした」


 俺は何気無しに逢坂の頭を数回撫でる。俺のたてた推測にとってそのくらいこいつの答えには価値があるのだ。


「………!」


 逢坂の顔が次第に赤く染まっていくのが見て取れた。はぁ、なるほど、人ってあんな感じに顔赤くなるんだなぁ、と勉強になった。

 あ、そうそう。


「このあと4時くらいになったら図書館来い。わかったな」


 俺は指差しながら伝える。これもまた重要な事なので。逢坂は今だ顔が赤いけれども、わかったといった風に頷く。

 現在時刻は3時45分。多分、大丈夫。

 俺はとりあえず、指定した教室に向かってすたすた歩きはじめた。

 そこでもう一つの疑問も晴れるだろう。

 ――何故、あの依頼を“俺”にしたのか……。





「……何でこいつもいるんだよ」


 図書館に着くや否や、俺は不満の声を漏らす。何故かその場には、俺の構想上必要のない里中昂輝さとなかこうきがいた。

 神城に呼び出させたのは田代だけであり、断じて里中は呼んでないはずだ。


「いや、何か行かなきゃとおもってな」


 いやいや、まぁ、別にいいけどさ……。何その正義感。っつーかお節介?

 俺は一つ咳ばらいをして、そして話を始める。


「……俺が“田代を”呼んだのは、ただ単なる確認のためだ」


 とりあえず必要最小限の事項だけ伝えておく。むしろ、田代の部分を強調して伝える事で里中の必要の無さを揶揄しておく。


「今回の神城からの依頼について……俺は幾つか疑問に思ったことがある」


 俺は落ち着かせる為に一拍の間を開ける。誰のため? 勿論、俺のため。


「まず一つ、神城よ……一週間お前に付き添って来たが、ストーカーなんて全くいなかった」

「まずその話!? 田代君に対して違うの!?」


 当たり前だ。むしろ、俺に対する冷やかしすらもなかったまである。


「まぁ、ここから疑問が生まれたからな。とりあえず言っといた」

「………」


 ほっと溜息をはく神城をよそに、俺は今だ何も喋らない田代を見詰める。


「二つ目、昨日の事なんだが、俺の帰宅途中に怪しい人影がいたんだ。それをよく見た所……」


 俺はゆっくり指を指しながら伝える。


「お前だったんだよ、田代」


 それでも田代は喋らない。俯いたままで話す気もないのだろう。


「そん時、偶然逢坂がいた。俺が神城と一緒の時に感じなかったか視線を、逢坂と一緒ん時に感じた訳だ。そこから推測するに、お前は逢坂をストーキングしていた……」

「そんな訳ないだろ」


 答えたのは、里中。田代は否定も肯定もしない。


「だからこれは俺の推測。もしかしたらと思って逢坂に尋ねた訳さ……『この一週間の内に、怪しい視線を感じなかったか?』……って。そしたらこう答えた訳」


 俺は再び一拍開ける。今回は俺のためじゃない。時間を与えてやったんだ。


「『えぇ、感じたわ』……ってね。つまり、田代はこの一週間、逢坂の後ろをつけけてた、と俺は考える。そうすると、大体合点がつく。どうして田代があの依頼の場にいたのか……」

「でも……」


 そう伝えても、田代は喋らない。はいはい、里中の言いたいことは分かります。


「確かにこれだけじゃ確証はない。あくまでも俺の推測上の話だ。だから、観察したのさ、お前らを……田代を……」


 そう、俺はずっとこいつらを見ていた。最終的には目標を田代にシフトして。田代が教室外に出たときでさえ、頑張ってついて行ったさ。尾行だよ、尾行。ここで俺の影の薄さが役立つとは思わんかった。

 田代は何度か逢坂を見ていた。伊達に常時田代の行動を観察してない。そういう細かい所までチェック済みだ。


「田代……もう隠す必要はない。っつーかバレバレ。でも、大抵の思春期男子に有りがちな事だ」


 俺は田代に向けて諭すように語る。これが何を意味するか、田代も分かっていると思う。大抵の男子が通り行く道だ。いずれは通るのだから、恥ずかしがる必要は無い。俺はまだ通ったこと無いけれど……。

 俯いたまま田代は黙っている。だが、ただ黙っている訳じゃ無いはずだ。多分、気持ちの整理をつけていたのだ。顔を上げた時の目でわかる。


「……そうだよ、僕は……」



 田代も一拍の間を開ける。深呼吸をするように一つ息を吸い込んで、




「――逢坂さんが、好きだ」



 神城達に響き渡る静寂。それをぶち壊すように俺は声を発する。田代をフォローする感じに。


「……本人に言えよ」


 あれ? つい思ったことが口に出てしまう。あらいけない、お口はチャック、である。


「言うつもりだったよ……でも、告るんなら、一対一が良かったし……」

「それ故のストーカーって……っつーか、あいつ一人にするために回りくどい策練り過ぎだろ。大抵あいつは一人だよ」

「でも、君がいたし……」


 ……まぁ、そうだわな。

 こいつが神城を通じて俺に依頼を申し出て来たのは、多分“俺”という存在が邪魔だったのと、もしかしたら逢坂と俺が付き合っているかも、という疑問を抱いたからだろう。あの教室内で、逢坂と一番親しいと思われているのは俺だ。だからこそ、一番近しい人を彼女から離すための策があの依頼だった、という訳である。しかし、当の本人――むしろ俺にはその発想はなかった。俺と逢坂って、クラスじゃあどういう風に見られてんだ? 私、気になります。

 チラッと時計を見る。もうじき4時だ。個人的には丁度いい頃合いだ。


「……お前の真意を聞くだけで満足だ。これにてお開きっつー訳で」


 俺はふわぁと欠伸をしながら教室を出ようとする。

 そうだと呟き、ふと歩みを止めて一言を忘れない。


「田代はまだここに残れ。あとは解散しろよ!

 ――心ん準備を忘れずにな」


 俺の一言の意味を、三人は多分、分からなかっただろう。それでもいい。

 図書館を出た際、ちょうど逢坂とすれ違う。


「あら、ここにいたのね」

「あぁ、まぁ、用事済んだから帰るがな」

「そう……それじゃあ」

「ん……」


 そんな会話を交わした後、俺は教室へ、逢坂は図書館へと向かって歩き始めたのだった。






 これにて、俺にやって来た依頼は、静かに、穏便に、ようやく達成された。

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