“伏見悠榎”は依頼を遂行する。するとあら不思議、ある一つの疑問が生まれた。
件の依頼から早一週間くらい。今だ俺は神城の護衛……むしろ付き添いをしている。ストーカーは捕まっていないらしい。何これ無理ゲー?
「あ、ねぇ、今日はここに寄らない?」
一週間も経ったからだろうか、神城も俺に対して慣れたらしく、なかなか馴れ馴れしく話し掛けてくる。さぁて、本日の寄り道はぁ――と、こちら! ゲーセンでございまぁす! 何このノリ。自分でやっといてなんだけど、自分でも若干引いてしまうレベル。
……というわけで、俺達はゲーセンに寄ることになった。まぁ、久しぶりにゲームをやるのも良いな。
「ねぇねぇ、このぬいぐるみ可愛くない?」
神城はとあるクレーンゲームのぬいぐるみを指差してわいのわいのと言ってくる。しかし、
「そっすね」
残念無念また来年。俺の視線は奥の方にあるアーケードにしかない。
ふむ。最近の格ゲー事情はよくわからん。
悩みに悩んだ挙げ句、結局俺は格ゲープレイを諦めた。正直言って、ガチャガチャプレイヤーの俺があそこの猛者達と戦った所で勝てるわけがないし……、むしろ百円が無駄っつーかね!
しかし、
「ほら、こっちこっち~」
と神城が呟きながら、俺の腕を掴んで引っ張ってくる。最終的に俺の百円は使われてしまう運命にあるようだった。
「はぁ~、楽しかったね」
神城は何やら満足げに語りかけてくる。彼女の手には可愛らしい熊のぬいぐるみが……。
いやいや、こちらはむしろ不満である。そのぬいぐるみを取るために幾ら出費したと思ってんだよ。千円ぞ? 千円! 千円あれば軽くラノベ一冊買えるし、その余りでジュースも買えるぜ? しかも、その出費全額が俺負担だし!
「……はぁ」
軽く溜息がこぼれる。しかも、問題はまだある。
さっきからこちらを伺うような視線を感じる。確認がてら振り返ると、電柱の物陰に人影を発見。髪の長さからして多分女だ。何こいつ、何気に女子人気高いの? そのスキルをモテない男子諸君にあげればいいのに、と思いました。
「……ぐぬぬっ」
「ん? どしたの?」
ふと変な唸り声を出してしまい、神城からキョトンとした様子で尋ねられてしまう。いやいや、あんたもうちょい警戒心出せよ。困ってんでしょ? ストーカーに……。
っつーか後ろの人影、正直見たことあるんすけど……。しかもなんかメモってるし。
「……はぁ」
あぁ、再び溜息が。悩みって尽きないものだなぁ……。
後ろの人影……別名“逢坂皐月”は、今だ電柱に身を潜め、何やらメモメモしている。何してんのあんたは……。
それに引き換え神城はというと……、
「……ふふん♪」
何やらウキウキ楽しそうである。あと帰るだけなのに……。この娘の頭の中はお花畑広がってんじゃね? ってくらいのウキウキ感。何なら彼女の全身からまさに『♪』が見えてくる始末である。まぁ、楽しかったんなら、それはそれで良しとしよう。
「ありがとね~」
神城を家の近くまで送る。神城は手を振るが、俺はそれをちょいと見ただけで直ぐさま帰路につく。
……普通の男子なら、こういう「女の子と一緒に帰る」といったイベントが発生すると大抵、「こいつ俺のこと好きなんじゃね」と、やはり勘違いする。むしろ、勘違いしないやつは目が腐っているかリアル充実してるやつである。前半は良しとして、後者は爆発しないかなぁ……。
勿論、俺は勘違いなどしない。そしてリア充ではないので爆発もしない。目は……後で鏡を見てみるよ。
っつーかむしろ勘違いのしようがない。これはあくまでも“神城からの依頼”である。依頼とは別名、仕事……業務である。仕事なのだから私情を挟む意味がない。
むしろこれはサービス残業だ。頑張った所で俺に得がない。女の子と一緒に帰る事が褒美と言うならば、神様は(いるかどうかは知らんけど…)間違ってると思う。こんなシチュエーションを待ち侘びている男子はきっと他に沢山いるのだから、そちらにこのイベを回していただきたい所存でございます。
……つまり何が言いたいかっつーと、こんな事で俺の意志は揺るがない、という事である。
そして、
「おいこら逢坂。お前何してんの」
俺が彼女の名前を呼ぶと、物陰からひょいと現れる。こういった第三者(♀)の登場とかもいらないから。嫉妬とかも不要だから。
「……人間観察?」
「何故に疑問形……。しかし、まさかお前が犯人とはな……」
「……何がかしら?」
「ストーカーだよストーカー。それが怖いって、とあるび……女子から頼まれて、護衛っつーか付き添いで……一緒に帰ってたんだよ。んでその犯人がお前なの? って話」
「一緒に」の前に小さく「嫌々」と呟いた事は、皆には内緒だよ? あと、「女子」の前に「ビッチ」って呟き掛けた事もね。
「……私がその人に付き纏う理由がないわ。そしてメリットも……」
「……ですよね~」
そうだ。こいつは見たところ友人がいない。だからといって、自分からズイズイと主張していく人間でもない。基本、俺と話す以外は無口だしな。
「……じゃあお前は何してたんだよ」
俺は再び彼女に尋ねる。
「……人間観察?」
だから何故、疑問形なの?
「誰の」
「貴方の周りの」
それって所謂、俺のストーカーじゃね? 何それ怖い。っつーか何故俺?
「……さいですか。それはご苦労様っす」
ツッコミを入れたかったのだが、何しろ件の神城の護衛により、俺は相当疲れている。例えるなら、車のガソリンメーターがピコンピコン、と点滅しているまである。そのため適当に労っておく。
「……うん、そっちもお疲れ様」
お返しに、と逢坂から労われた。まぁ、とにもかくにもさっさと帰ろう。こうして俺達は、同じ帰路を歩き自宅へと歩き出した。
ふと後ろを振り向くと、俺と逢坂の影が、夕焼けに晒されて並んでいるように写る。まるで恋人同士みたいだな、と一般人は思うんだろうなと思いながら見ていると、不意に電柱の影に被さるように立つ人影を見つけた。
……誰だ? もしかしてストーカー?
と考えて立ち止まる。ふと逢坂が、
「どうしたのかしら?」
と尋ねてきたので再び歩きはじめたが、俺は帰宅してからも尚、その人影の事が気になって仕方が無かった。
「……明日、少しばかり考えてみよう」
俺はボソッそう呟き、ベットに横になった矢先に眠りについた。どうやら、その人影の事が気になって眠れない、という事はないようだった。むしろぐっすり眠れました。