“伏見悠榎”は手紙に誘われ、依頼を受けた。だか無論、彼にやる気はない。
今日は放課後になるのが早く感じる。
それもそのはず。本日は幾分用事が出来たからである。
体感時間とは不思議なもので、特に目的の見当たらない日の時間は幾分と遅く感じるのに、楽しい事ややるべき事があるときは時が経つのは早い。それだけ物事に集中している、という事なのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。問題はこの手紙。不意に送られてきた手紙に書かれている教室の前に俺は立っている。
とりあえず現場確認。もしかしたら罠(悪戯)が仕掛けられているかもしれないからだ。
……ふむ、なさ気だな。
そっと扉に手を添える。少し触れたところで指先を確認。ふむ、剃刀はセットされてはいない……。
っつーか、俺ごときにそこまで執拗にトラップを設置する理由はないか。まぁ、俺って空気的な存在だしな。初期から迷彩スキル所持だしな。
そんな自虐ネタを少し振りながら、再び扉に手を添える。ガラガラと開いた扉の先には、二つ……いや、わずかながらではあるが、三つの人影が見えた。
……何こいつら誰? クラスメイト? 間違いだったら気まずいなぁ……。帰ろうかなぁ……。
「あ、ようやくきたね」
……どうやら間違いではないらしい。っつーか誰?
「済まないな、急に呼び出してさ」
爽やか系イケメン(誰?)は誠に申し訳なさ気に顔の前で手を合わせて謝って来る。何こいつ錬成陳無しで錬成する気? 何の錬金術師なわけ?
「……別に」
何の気無しに素っ気なく答える。本当に何とも思っていないので、彼は安心してもいいかもです、はい。
すると彼は満面の笑みを浮かべ、
「ありがとう」
とお礼を述べる。不意に体がのけ反る。何ともぼっちの俺とは真逆の人種である、と本能的に察知したのだろうか。多分俺は遺伝子レベルでこいつらリア充が苦手かもしれない。
「……で、用件は何?」
無論、こういう場合は依頼である場合が多い。むしろ何で俺に頼むのかわからない。身内でやってくれよ、そういうのはさ。
「いや、俺は別にないんだけどさ…」
は? じゃあ何でいんのお前。疑問が浮かんだ瞬間に、彼の横にいる女子に話をふる。っつーかそいつも誰? 何自慢ですか? そうですか……。だからリア充は爆発す……以下略。
金髪ロングの彼女は怖ず怖ずと話を始める。ははーん、こいつビッチだな。大抵金髪ロングはビッチと相場が決まってるはずだ。これだから女はいけす……以下略。
……話がそれた。真面目に聞いてやろう。
「あの……最近何かストーカー? に付けられているみたいで……困ってるんだ」
「……あ、そ」
で、どうしろと? ストーカー倒せと? 無茶言いやがるぜ、このビッチ。
「で、その……迷惑かも知れないんだけど……その……」
「………」
彼女は中々用件を言い出さない。その嫌々感に俺の苛立ちは増すばかりである。むしろ何で俺を選んだのか聞いてみたいレベルの苛立ち。あぁ、帰りとうございます。
「あの……その……ストーカーがいなくなるまで、護衛として、一緒に帰ってくんない?」
「ゴメン、嫌だ、無理」
「えぇっ!!?」
さぁ帰ろう。今すぐ帰ろう。かえるも鳴いて……ないけど帰ろう。ノータイムノーブレスで返答し、俺はすたすた教室を後にしようとする。
しかし、
「ちょ、ちょっと待った!」
不意にイケメンに呼び止められる。まだ何かあるの? 不本意だけどまぁ、ここは致し方なくその場に立ち止まる。
「……何?」
「断るのはちょっと可愛そうじゃないか? 恥を忍んで頼んでるんだからさ」
……恥を忍ぶくらいなら頼まないで欲しい。本気でそう思います。
「依頼を受けてやってもいいんじゃないか?」
「………」
何こいつ天然? もしくは性格良い奴をきどってんの?
こういう奴ほど面倒だ。みんな大切、みんな幸せ、だからみんな一緒に幸せになろう信者である。リア充組によく居そうなタイプだ。
「……分かったよ」
しかしながら、俺の「何事もまず諦めろ」精神が自然と了承の道にへと向かう。言い訳を重ね否定を繰り返すと後々面倒になる。ここはこちらが先に折れておくのが適当である。ソースは中学時代の俺。俺一人が嫌々と駄々をこねたせいで話が進まなかった経験を踏まえた上の選択である。
俺の答えを聞くや否や彼は破顔して、
「ありがとう」
と礼を言ってくる。うわっ! 眩しい眩しい。反射的に体を反らす俺。どんだけこいつのこと毛嫌いしてんだっつーの。
……と、まぁこんな具合で、晴れて俺はこの金髪ロングの護衛(?)をしなければならなくなったのである。しかも今日から。わぁーすごい、何それ嫌だー。
「………」
「………」
そんな訳で現在進行形でこいつと下校しているわけだが、俺はキョロキョロと周りに注意深く確認する。だって、イジメとかだったら確実にこいつの友人いるでしょうが。心なしか周りの音が全て「クスクス」という笑い声に聞こえてきた。幻聴幻聴!!。
「……ねぇ」
不意にこいつが話し掛けて来やがった。何だよ、何か用? そっちは話す気あっても、こっちには全く以ってないのである。
「伏見君って……逢坂さんと、どんな関係なの?」
うわぁ……それ聞くか……。多分そういう台詞を聞くと大抵の男子は「こいつ俺に気があるんじゃね?」と、面白いくらいに勘違いする。通称“男子高校生ホイホイ”なのである。
しかし、俺はここで自分を戒める。自分の立場や性格、他人への立ち振る舞い等の要素を纏めて考えて、「そんなはずはない」と断固否定する。伊達に“恋愛アンチ”を語ってはいない。
「え、何で名前知ってんの?」
……っつーかこいつが俺の名前を知ってた事にビックリだってばよ。
「だって、うちら同じクラスじゃん?」
へ? そうなの? シランカッタワー。俺ってどんだけ他人に興味ないんだよ、って自分自身にツッコミを入れちゃうレベルの人見知りである。
「……もしかして、知らなかった?」
図星。効果音も多分ズボシッ!
「じゃあ自己紹介……私は“神城蘭子”。よろしくね♪」
うわぁ……何か語尾に音符が見えてしまった……。何これ病気かしら?
ふぅ、と一息入れる。そうだ。こいつらは大抵こんなノリだ。こんなノリで他人を惑わし狂わせる。
おっと? 少しばかり陰欝な気持ちになってしまった。ここはとりあえず気持ち切り替え、無愛想無表情でいこう。
「……っす」
とりあえず「よろしくビッチ」という意味合いを込めて一言。むしろ一息。多分、相手には伝わっていない。残念。
「ところで、彼女とはどんな関係?」
また聞きますか。はぁと溜息を零しつつ、俺は致し方なく、
「別に何でもねぇよ。むしろただ席が前後だってだけだ」
と答える。あと、家も近くです。しかし、何故それごときで騒がれたり、互いの関係性を問われねばならんのだ、と付け足し伝えたい所存である。
「ふぅん……そっか」
どうやら神城は何か納得した様子である。何に納得したかはわからんが。
そのあとも神城はなにやらかにやら話を掛けてきて、俺がサッカー選手並のスルーやキャッチを繰り返しながら帰路を進む。本当、こいつらは会話が止まらない。むしろよくそこまで話題を見つけ出せるな、と関心してしまうレベル。俺なんて、話題作りすら簡単に諦めてしまったのに!
「………」
しかし、こいつらは何を企んでいるのだろう。
ふとそういった詮索をしてしまうのは、単に俺が捻くれているからなのか、それとも……。
まぁ、今はどうでもいい。どうでもいいんだけど、これをまた明日もやらなきゃいけねぇんだよなぁ……。
あぁ、面倒だなぁ、と感じる今日この頃の夕暮れである。
このあと、更なる厄介事に巻き込まれることを俺達はまだ知らない。