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ひねくれ“悠榎”は、恋をしない  作者: 小梅沢田 明
高一の“伏見悠榎”は、学園祭を楽しみにして……いなかった。
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“伏見悠榎”の抱える、深くて大きい“傷”。

 時間というものはなんとも早く過ぎていくものである、といった風な台詞を前回もいったような気がするのだけれど、やはりその通りなのである。窓の外に見える景色も、学園祭の頃はまだ少し夏っぽさを残していたと言うのに、今ではすっかり秋。むしろ微かに冬の訪れを予感させるように風が冷たくなっているのであった。

 学祭も終了して約一ヶ月位は経った今日この頃。学園祭で盛り上がりはっちゃけていたクラスの雰囲気も今や落ち着きを取り戻しており、我らが隣人研究部も以前とほぼ変わらない日常を取り戻したのである。

 まぁ、文化祭を挟んで変わったことと言えば、隣人研究部の部室へとやって来る人数が増えてしまった、と言うことであろうか。

 文化祭終了後、隣研部と笹原、そして鈴木とのコラボでやって来たバンドも満を持して解散し、俺的には笹原たちはそのまま疎遠になると思っていたのだけれど、


「………」


 どういうわけか、現在においても彼女たちはこの部室に押し掛けてきているのであった。

 別にこいつら隣人研究部の部員になったわけじゃねぇのに、暇あればこの部室に顔を出してくるのだ。しかも、顔を出したと思ったら怠そうに椅子に座って携帯をいじいじし始めるのである。いや、本当に何しにきてんだよお前ら。

 勿論、正直者な俺は言葉そのまま笹原たちに聞いてみたわけだが、返ってきた返事ときたら……、


「……別に言わなくていいじゃん」

「いやぁ、何となく?」


 これである。曖昧かつ無返答なので俺も、「あ、ふーん」としか返せなかったまである。もう何を聞いても思った答は返ってこないんだろうなーって。

 そういえばもう一つ変わったことがある。それは俺に対する笹原の視線だ。

 それまでは全くこちらを見ないか気怠そうに一瞥して再び視線を外すかのどちらかだったのだが、何時からかこちらを数秒くらい見てくることが多くなっていた。果たしてその視線に意味があるのかどうかは分からないけれども、こちらとしてはとても鬱陶しいので止めてください。そうじゃなくてもところどころから視線がやって来るというのに……。なにこれ新手のいじめですか? 怖い(怖い)。

 しかし、笹原たちがやって来たところでやることもなく、何時もさながらぐうたら過ごしているといつの間にやら下校時刻に近付いていた。最近は日の落ちも早く、それに合わせて下校時刻を六時から五時半へと早めているのだ。我が隣人研究部は他の部と比べて盛り上げて行っている物事はない。ぶっちゃけ集まってワイワイ話したり話さなかったりしたいるだけなので、下校時刻になれば自然と解散しているのであった。

 本日もそういうわけなので、俺はそそくさと鞄を手に帰宅の準備を始めた。それを合図に他の連中もぞろぞろと帰り支度を始めるのであった。








 校門を過ぎた辺りで皆バラバラになるのだけれど、家が隣通しである逢坂とは致し方なく同じ帰路を歩くことになった。まぁ、その間は互いが会話の話題作りに優れていない同士なので常に無言のままだったけれども。


「………」

「………」


 無言のまま歩きに歩いて、ようやく自宅付近まで辿り着いたのだけれど、そこで俺はピタリと足を止めてしまった。数歩歩いたところで逢坂も立ち止まり、何事かとこちらを振り返る。

 俺の視線は、俺の自宅の前で一人立ち尽くしている一人の女性に集中していて、その他のことが頭に入ってこなかった。もう、それどころではなかった。


「何で……あいつ……」


 不意に口から零れ落ちる呟き。それが精一杯思考した末に浮かんできた言葉であった。駆け寄って何か語りかける逢坂の言葉も、俺の耳には届かない。

 しかし、何時までも驚き戸惑ってはいられない。俺は呆けていた表情をキッと戻し、何事もなかったように再び歩き始めた。

 多分、その様子を見て気付いたのだろう、家の前にいた女はこちらに振り向き近付いてくる。

 女と俺とがすれ違うその寸前で女がふと立ち止まり、


「久しぶりね……悠榎」


 と話し掛けてくる。俺はその言葉を無視してそのまま歩く。


「ねぇ、隣のこの子って……もしかして彼女さん?」


 再び語りかけてくるがこれも無視。


「ねぇ、無視しないでよ、悠榎」


 これも無視。


「ねぇ、ねぇ、ねぇ」


 無視。

 彼女の言葉を全て無視したまま、ようやく自宅の玄関前まで辿り着いた。多分、千夏はまだ帰っていないのだろう。そうでなければあいつが玄関前でずっと待っているわけがない。俺は鞄のなかから自宅の鍵を探し始める。度々語りかける声が聞こえるが、これまた無視。

 ようやく鍵を見つけ出した俺はそれを鍵穴にさし、鍵を開けて扉に手を掛ける。そのまま扉を開き、話し掛けてくる女のことを無視したままやり過ごそうと思った。

 扉を開く際、チラッと彼女の方を一瞥した。すると彼女は、


「悠榎はまた私を見捨てるの?」


 と呟いて、見棄てられた子犬のような瞳でこちらを見詰めていた。

 ……ふざけんなよ。

 お前ごときがそんな目をするな。お前ごときがそんな言葉を口にするな。

 お前ごときが、今更俺の目の前に現れんな!!

 溜まりに溜まった苛立ちを、胸くそ悪い気持ちを、押し込めていた感情を全て吐き出すように俺は彼女に囁く。


「……帰れ。もう二度と、ここに来るな」

「で、でも……」

「喧しい……。早く消えろ」


 彼女を睨み付けながら俺は言い放つ。困ったような表情を浮かべた彼女の顔を見る度に奥歯にギッと力がこもる。


「……糞が」


 扉を閉め、外の景色を遮ったあとに小さく呟く。靴を脱ぎ、自室に向かうのだけれど、その間もやはり苛立ちと胸くそ悪さは拭えなかった。

 果たして彼女はあそこから素直に立ち去ってくれただろうか。もしまだ玄関先にいるようならば警察でも呼んで早く立ち去らせたいレベルで邪魔である。あぁもぅまぢ無理だかんね。

 自室に入るとすぐに俺はベットに飛び込み、仰向けのまま顔を枕に埋めていた。もうこのまま何も考えずにこうしていたい。あとアニメとか見れたら最高だね。先程よりは少し冷静にはなったけれども、もうなんか引きこもりたいレベルで心身が疲弊しているのである。

 仰向けのままボーッとしていると、不意に制服のポケットに入れていた携帯のブブブブと震えた。重い腕を動かし、携帯を取り出したところで何事かと確認する。

 メール、しかも差出人は逢坂である。そういえばあのあとほったらかしてしまったけれども、あいつは無事に帰宅できたのだろうか。まぁ、メール寄越すってことは無事だろうし、別にあの女は誰彼危害を加える訳でもない。

 とりあえず、届いたメールを確認する。


『あの人は誰?』


 内容はこれだけ。他のことに関しては全く記されてなかった。まぁ、確かにさっきの一幕を見れば尋ねてみたくなるかもしれない。その上、自分のことを除け者のごとくほったらかされたら尚更である。

 ……だけれども、


「………」


 その問に、俺は答えられない。いや、答えたくないといった方が正しい。

 たかが知人を教える程度の問いかけだろうとも、それを教えてしまえば、塞き止めていたはずの言葉や感情が全部流れていってしまいそうで怖かった。互いにとってそれは決して気分のいいものではないし、他人に自分の全てを知られてしまうというのはなんだか想像つかなくて怖いのだ。

 人は誰しも秘密を持ってる。勿論、俺だって秘密の一つや二つ持っている。それが、自分のトラウマに関することならば尚更秘密として隠し通すだろう。

 秘密を打ち明ける、ということは、自分以外の他人に“自分自身”を晒し上げることに近しいものであり、更には自分の傷や抱えてたいろんなものを、それとは無関係な他人に無理矢理背負い込ませてしまうものである。

 きっと、俺が吐き出す感情や言葉の端々に、俺が抱えてきたトラウマや過去の話も一緒に出てきてしまうだろう。別に自分一人で抱え込んでいるつもりは毛頭ないのだけれど、それでも誰かにそれを知ってもらって哀れんでもらいたくはない。「あの人可哀想」と哀れみの視線をもらうことは、「なにあいつキモ。っつーか、誰?」っていう視線よりも嫌なものだ。……いや、どっちもどっちだわ。

 逢坂から届いたメールを見詰めながら、俺は昔のことを朧気に思い出そうとしていた。でも、すぐに頭を振り回して止めた。さっきも嫌な気分になったのにこれ以上気分を下げてたまるかっつーの。とりあえず逢坂には適当な返答を返しておこう。指でポチポチッと文字を打つ。そんでもって完成したのが、


『気が向いたら教える』


 ……まぁ、こんなもんで良かろう。あの人の事を教えることは、俺の過去を少し話すことになるだろう。しかし、まだそんな時間帯じゃないし、正直まだ心に余裕がありません。

 「気が向いたら」って言うのは転じて「俺の心の準備が出来たら」ってことである。もし俺が、あの人の事やあの過去の出来事を、落語家よろしく笑って話せるくらいに心の余裕が出来て、誰か親しいやつが近くにいたのならその時は、きっと誰かに話すのかもしれない。でもそれは多分遠い先の話だ。

 時間は確かに早く過ぎていく。転んで出来た擦り傷だって時間が経てばそれなりにきれいに治るだろう。

 それでも、長い時間を掛けなきゃ治らない傷もあるし、時間を掛けても治らない傷だってある。俺が小さい頃に出来てしまったこの傷は、果たしてどちらの傷なのだろうか。今の俺は、まだ知るよしもなかった。

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