“伏見悠榎”は慣れない接客をしている。伏見の本気を見るのDEATH☆
某墜落事故(階段)からはや数週間が経った。その時その時はいつも長いなーと思っていたけれど、振り返ってみればあっという間に学祭当日になってしまった。早い。本当に早い。
まぁ、クラスでの展示物である喫茶店も気付いたら完成していた。それもかなりのいい出来である。勿論コスプレ喫茶の名の通り、コスチュームのバラエティーも無駄に多い上に妙に凝っていて若干引き気味の伏見さんなのである。イヤー、高校生の本気を見たのです!
勿論のこと、隣人研究部+助っ人二人によるバンドの方も、何とか形にはなってきていた。素人当然の俺にはバンドの良し悪しとかレベルだとか分からんが、それなりには上手いんじゃないかって思っている。
━━ちなみに、我が高校においての学園祭は木、金、土曜の三日間を使って行われる。まず始めに、各クラス及び文化系統の部活動の展示物のみを楽しんでもらう“文化の部”がある。これは一日目から最終日まで開催されており、更には二日目以降から有志団体がそれぞれに舞台で出し物を披露する“有志の部”が開催される。部活動やクラスでの参加やプライベートで組んでいるバンドメンバーでの参加者が毎年多いということで、有志の部は二日目と三日目に分けて行われており、俺達の出番は二日目なのである。
まぁ、そんなこんなで現在学祭真っ最中、従って校内はもうお祭り騒ぎなまである。しかも生徒だけでなく地域の人々も来ていたりするので人が多いこと多いこと。あまりの人の多さに今からでも帰りたい気分なのである。
……ところで、かくいう俺はどこにいるのかというと……、
「……いらっしゃいませ」
クラス展示の方で絶賛接客中なのである。しかも執事の格好をさせられて……。
我がクラスの展示である喫茶店は生徒の担当をそれぞれ三つに分けており、主に客人の接客をする係、裏方でメニューに書かれている飲食物を作る係、そして主に余った男子担当である皿洗いに分けている。そして、何故か俺は接客係に配属されてしまったわけである。ちなみに逢坂は厨房担当、神城は俺と同じく接客担当で、今現在は教室から出て客を絶賛勧誘中らしい。
コスプレ喫茶なのだからコスプレするのは定番なのだろうけれども、何故俺が接客担当として駆り出されているんですかねぇ……。どう考えてもこれはミスキャスティングだと思うのだけれど。しかも執事服ののおまけについてきたこの伊達眼鏡は俺の瞳の死んだ魚具合が半端じゃないということを揶揄しているのだろうか。
もうなんか溜息しかでないっす。それでもそれなりに仕事をこなした俺に、ようやくの休息が与えられた。大きく伸びをしながら教室に設置されていた関係者用の休憩室に向かった。素晴らしきかなこれを作ったのもクラスメイト達である。俺は高校生の本気を見たのです。軽く溜息をつきながら近くにあった椅子に腰をかける。
「……ふぅ」
「どうやらお疲れの様子だね」
「………!!?」
突然わいた声に、俺はこれ以上なく驚いた。そりゃあそうだ。誰もいないと思っていたのにそこに里中昂輝がいきなしやってくるのだから驚きもする。
「……里中も休憩か?」
「あぁ、そうだよ」
ハハッと微笑みながら里中は俺の隣の椅子に座る。いやいや何故隣に座るし。別に他にも座れる椅子があるのだけれども? 何でこいつらリア充共はわざわざ人の近くに寄ってくるんですかねぇ。とりあえずの対応として、俺は里中から少しだけ距離を開けた。それを見た里中はやや苦笑気味である。
「そういえば、君達は明日バンドをするらしいね。蘭子が言ってたよ」
「さいで」
実際俺は演奏する訳じゃないと思ったけれども、別に伝える必要ないので言わないでおいた。
「なんだか楽しそうだよね。俺もバンドとかやってみたかったな」
いや別にやればいいんじゃないの? というかお前らみたいな輩こそがバンドやろうぜとか調子こいて始めるのが世間一般的なんじゃないの? あと俺は別にバンドとかしたくねぇし。
ここらで里中も話をやめる。どうやら里中の話題が尽きたようだ。俺も話題提供など出来るわけもないので、この部屋にしばしの静寂が訪れた。まぁ、外のざわめきとかは聞こえているけれども。
「……そろそろ休憩も終了だな」
俺はボソッと呟いて接客業へと戻ろうとする。すると、
「そうか。俺はこのあと当分休憩だから、誰かと校内を回ろうかな?」
「勝手にしろし」
そういうのは別に俺に伝えなくてもいいんだよ? と彼に言ってあげたいです。別に俺たち友達じゃないんだから。俺は里中を一瞥したあとようやく休憩室を後にするのであった。
「……何でお前らいるんだよ」
ぼやく。とにかくぼやく。コーヒーの注文が来たというので運んでいくと、そこには我が隣人研究部部長である来栖麻衣が来ていた。いや、来栖だけではない。その他にも笹原綾瀬と鈴木愛弓、そしてかの事故(階段から以下略)の関係者の一人でもあるボス的な女子生徒(名前知らねぇ)がそこに来ていたのである。溜息をつきながらトレイに乗せているコーヒーをテーブルの上に置く。
「……もっと丁寧に置いたら?」
「……うるせぇ」
笹原さんマジSっす。こっちもそれなりに頑張ってはいるんですけどねぇ。というか俺の問いかけを無視しないでいただきたい。
「……何しに来たんだよ」
「あら、まるで来てほしくなかったかのような言い方ね?」
「来てほしくなかったわ」
「……ところで伏見君。『おかえりなさいませ、お嬢様』とは言ってくれないの?」
「生憎だが当店はそのようなサービスを受け付けてないんでね」
「でも、他の人達は言ってたわよ? 確か女性のお客さんがお願いしてたけれども」
「訂正だ。生憎俺はそういうサービスやってねぇから。需要ないから……」
「結構似合ってるのにね」
「そんなお世辞に騙される俺ではない。っつーか俺の質問に答えてください」
「そうねぇ……理由なら彼女に聞いたらいいわ」
来栖はそういって軽音部部長(名前知らねぇ)を指差す。正直、ここにいるのに一番不思議に思ったのが何を隠そうこいつだ。まぁ、笹原が来たのも驚きだったが、他のやつらに関しては来栖があれやこれやと言い負かして連れてきたんだろうなーって思うし、逢坂や神城もこのクラスの生徒だから、少しばかり様子を伺いに来たとしても何ら不思議ではない。だがしかし、この軽音部部長(以下略)だけはここに来る理由が全くもって分からなかったのである。
……いや、訂正しよう。少しばかりしか、しかも何となくでしか分かっていなかった。だから俺は、俺の問いかけの答を促すようにそいつを一瞥する。すると彼女は一度俯き、数秒たった後にこちらを振り向き見つめて、
「あの、この前の事故のこと謝りたかったの……私がドジ踏んだせいであなたにも怪我をさせてしまって……」
━━等と供述しており、もれなく辛気くさかったので、
「……笹原にも言ったが、別に気にしてねぇから、俺。怪我も別になんともなかったわけだし、もうそんなに罪悪感感じる必要ないんじゃねぇの?」
と、彼女の言葉を遮って言い放ったのである。
「そ、それでも、私は…………」
「それでも、あんたは悪くねぇよ。遠回しに許してやるって言ってんだからそのまま飲み込めよ」
「で、でも………」
「空気読んでいこうぜ? 空気をさ」
「………………」
それ以降、彼女は何も言わなくなった。何を言っても無駄であると気付いてくれたのだろうか。
人間は嫌なことから忘れていくとにかく都合のいい生物である。忘れることに関しては人間の生物としての本能だと思うから別になんとも思わねえし、かといって嫌な思い出もきちんと忘れないでおこうという志はそれはそれで良いものだと思う。でも、だからといってその思い出が自分をいつまでも傷付けて苦しめるのであれば本末転倒である。傷は傷のまま残すのではなく、適切に処置して治さなければならない。トラウマになってしまえばもう二度とその傷は癒えることはないのだから……。
「はい、これであの日の事故のことは無事解決。そんでもってこの話は終わり。はいちゅんちゅん。これからは足元気を付ければOKな」
「え、えぇ……わかったわ」
少し強引に終わらせてしまったけれども、これでよし。まぁ、解決とまではいかないにしても妥協点としては上々だろう。
「……ね? 彼はそんなに気にしない人だって言ったでしょ?」
「…………そうね」
ふと来栖と彼女がボソッと話していたけれど、声が小さすぎて聞こえなかった。
「………ところで、他に注文はあるか?」
事故云々で接客の仕事を疎かにしていたことを思い出した。とりあえず申し訳程度に注文を尋ねてみた。
「……じゃあスマイル☆」
「ねぇよ、来栖。マ○ドかっつーの」
「じゃあ『お嬢様』って言って?」
「お前もかよ鈴木……。あと嫌だ」
比較的ノリの良さ気な二人が連続で的はずれな注文を要求してくる。でも俺、その場の雰囲気に呑まれることないから、そんな注文は初めから却下である。
その様子を笹原は詰まらなそうにチラチラ覗いている。安定の笹原なまである。っつーか詰まらねぇなら帰れよって言いたい。
その様子を軽音部部長は()はチラチラと来栖と鈴木を代わる代わる見ている。鈴木が時おり「伊藤さんもいっちゃいなよー」と煽りをいれている。初めて知ったけれども、こいつの名字“伊藤”って言うんだなー。クソッ、どうでもいい情報増えた。
「……あ、じゃあ…………」
彼女━━伊藤は何やらモジモジしくさったあと、意を決したような瞳でこちらを見つめて、
「こ、コーヒー……おかわり戴ける?」
と言った。……おぉ、まとも。超まとも。しかしそのまともさがとてもありがたかった。
「……ん。少々お待ち下さい」
俺はそういって厨房の方へとオーダーを伝えに行くのだった。
ようやく役目を終えたようで、来栖達はやっとのこと店を出ていってくれるようだ。出ていく際に来栖が、「『いってらっしゃいませ、お嬢様』って言ってくれないの?」と言っていたけれど、俺は断固として言わなかった。
あいつらが座っていた席の片付けをしていると、ふと伊藤が俺のもとに帰ってきた。何か忘れ物だろうか?
俺の目の前で立ち止まった彼女は、
「明日からの有志の部……、絶対に負けませんわ。覚悟しておきなさい」
と言ってこちらに人差し指を向ける。こらこら、人に指差しちゃいけないって親に言われたでしょーが。
そのあと彼女は指を下ろし、フフフと微笑む。そして、
「最後にこれだけあなたに言いたかったのですわ」
といってようやく教室を出ていった。
……なぜ俺に言うたし。確かに俺もサポートとして参加はしてるけれども、演奏する訳じゃないんですけどぉ……。というか、有志の部って勝敗とか優劣とかつけちゃうの?
いろんな考えが頭のなかを巡るけれども、結局のところ俺が気にすることではなかった。だって俺は演奏しないもん!
仕事に戻ろう。髪の毛をワシワシ掻いた後、再び作業に戻る俺。それからはただ流れ作業よろしく黙々とオーダーを運んでいくという作業を繰り返した。案外俺って本気出せば接客出来るんじゃね? と思ったけれども、時おり訪れるカップルを見かける度に、「あ、無理ですわ」と断念しまくったのはいい思い出です。そうこうしていると、学園祭一日目の終了を告げる放送がなった。
こうしてそれなりに忙しなかった学園祭一日目が終わったのであった。
今日一日で思ったことは、これでようやくあの事故関連から解放されたんだなということ。そして、働くのは辛いなーということである。
とうとう明日は演奏本番である。緊張は━━してないです、はい。




