“伏見悠榎”は部活動に誘われた。当然、彼は断った、のだけれど……。
いつも通り独り孤独に過ごす昼休み。
「今日も一人ね」
「……大体がお前のせいだよ」
「あら、そうなの?」
いつものように逢坂が話し掛けてきて、いつものように周りから視線を送られる。
慣れって怖いな、とつくづく実感した。
「あ……そういえば」
逢坂は不意に上に視線を移し、何かを思い出したように呟いた。そして再びこちらに振り返るのである。
「伏見君は、部活動――もとい新聞部に興味はないかしら?」
「……ねぇな」
俺はサラっと答えた。
「その理由を述べよ」
逢坂は仕返しにと言わんばかりに、まるで問題冊子に出て来る問いのような感じに尋ねてきた。
勿論、適当に断った訳でわない。
「勧誘するって事は、お前もその新聞部に入ってんだろ?」
「えぇ、一応ね」
「お前と親しくしていると、男子の連中から痛々しい視線を向けられる。意外と困ってんだ」
「新聞部に男子はいないから大丈夫」
……ぐっ。それはそれで嫌だな。
「…女子だけの部活動に、男が混ざるのってのは迷惑なんじゃ……」
「それも大丈夫。了承は得ているから」
……何の了承だよ。
「……俺人見知りだし、部活の雰囲気とか馴染めないと思うんだけど……」
「大丈夫。私が全力でカバーするから」
……くそっ。手際が良すぎて断りきれない。この人どんだけ俺を新聞部に加入させたいんだよ。
俺は、逢坂という美少女の本気を垣間見た。気がした。
「……駄目?」
ふと逢坂は俺の視線より頭を下げ、上目遣いで俺を見詰めてきた。
これは反則だ、と大抵の男子は呟くだろう。イイネ、もされるかもしれん。しかし俺には通用しない。だが、
「……分かった、入部するよ」
俺はあっさりと逢坂の要求を了承する。無意味な争いは、言葉の通り意味が無い。こういう時は、先に諦めた方が勝ちなのだ。それに、周りの視界がやはり痛い。
「……よかった」
彼女がそう呟くと同時に予鈴が鳴る。次は移動教室での授業の為、俺達はさっさと移動の準備へと取り掛かる。
心なしにか、振り返る際の逢坂の顔が、少し微笑んでいた気がした。が、気のせいである。
放課後になり、俺は逢坂に連れられて、とある教室の前に立っている。
「部室って……図書室かよ」
「そうよ。多分みんな来てると思うからちょうどいいわね」
「え? 何に?」
“何”にちょうどいいか、なんて理解している。どうせ俺の自己紹介か何かだろう。理解した上で、俺は惚けてみる。
「……わかった上で惚ける気?」
逢坂には全てお見通しのようだ。彼女はグイグイと背中を押して来る。
「わかった、わかったから、押すな押すなぁ!」
逢坂の行動に対し抵抗してみる。まぁ、出入口付近での攻防、しかも扉は全開なのだから、新聞部員達には丸聞こえな訳で、
「あらあら、仲の良いお二人ですね」
「……なっ!」
「………!」
俺達はまんまと茶化されてしまうのであった。
「逢坂さん。そちらが例の……?」
「はい、そうです」
眼鏡を掛けた女性が逢坂に尋ねる。俺はその様子を見ながら、とりあえず目の前にいる新聞部員全員を確認する。
……俺はこの人達を見たことが無いけれど、クラスメイトではないことは確かだ。俺はクラスメイトの顔を半分も覚えていないのだけれど、逢坂に話掛けていた女子生徒の数くらいは覚えている。目の前の席での出来事だからな。深い意味はない。多分。
「とりあえず、自己紹介お願いできるかしら」
「………」
とりあえずコクりと頷く。相手の素性がわからない以上、こちらからむやみに動くのは得策ではない、と俺は判断した。別に相手が襲ってくる訳じゃないのだから必要のないことだけど……。
「え…と、伏見っす。伏見悠榎。一年で……えと……」
ど、どど、どうしよう。言葉が浮かばない。ぼっち生活に慣れてくると、人への自己PRの不必要性に気付いてくる。その為こういう自己紹介の際にはあたふたしてしまう。それがぼっちの特徴である。
かく言うこの俺も、その状況になっている訳で、
「え…と、あの、その……」
視線を泳がせながら、何とかして言葉を紡ごうとする。一体、何を語ったら良いものか……。
……あ。
「……コホン」
あたふたしたわりに偉そうに咳込みを入れてみる。そうだ、これがあるじゃないか。俺はとりあえず堂々と、とは言えないものの、
「俺は、女性が苦手……っす」
と、言い放ってみる。
すると、そこには何とも言えない沈黙が……。あぁ、これは痛い。痛々しいぞ。
「……ふふふ」
ほら笑われた。分かってたさ、そのくらい。俺は眼鏡を掛けた女性にジト目を向ける。
「ごめんなさい。あまりにも逢坂さんの話していた人物像と同じだったもので……」
俺のジト目は、そのまま逢坂にへと向かう。この野郎、何を話しやがった。勿論、逢坂は無視なのである。
「私は久須美。二年生です。一応、部長って立場なのだけど、気軽に話し掛けてもらって構わないわ」
「……はぁ」
そんな事を言われても話す気にはならない。彼女が悪い訳ではない。俺の中の例の件――恋愛アンチ的趣向が悪いのである。所謂、罪を憎んで人を憎まず、というやつである。
その他の部員の名前を聞いたけれど、覚える自信は全くない。
「私達“新聞部”はどんな活動をしているかというと、それぞれが書いた記事を新聞という形にして掲示板に掲示するの」
「……はぁ」
何となしに理解していた。新聞部というのだから、それなりの何かを掲示するとは思っていた。問題はその記事の内容である。
「……んで、内容はどんなのを……」
「自由よ」
「……えっ」
自由……とは? そんなんじゃ新聞のていを成さないんじゃ……?
「とりあえず、皆は自由に記事を作成する。その後ちゃんと編集してから掲示するから大丈夫なの」
「はぁ……」
どう大丈夫なのかはわからないけれど、この体制で動いているのだから、俺がそれに口出しするのは野暮である。
そんなこんなで説明を聞き、本日の部活は解散となった。
「……どうだったかしら?」
帰路の途中、逢坂が尋ねてきた。
「どうもこうも……。お前は俺に面倒を押し付けんの上手な」
「そうでもないわ。まだまだね」
「褒めてねぇし、これ以上面倒を増やさないでくれ」
この場面を見られるとまた男子共が騒ぐんだろうな、なんて思いながら歩いている途中、俺はふと思った。
何故、逢坂は俺と同じ帰路を歩いているのか、と。
目の前には住宅街に佇む我が家が見える。俺が我が家の前に止まると、逢坂は家をじっくり観察したあと、
「それじゃ、さようなら」
といって再び歩きはじめた。
この野郎。とうとう俺の自宅までも特定しやがった。どこまで俺に面倒押し付けようとしてんの? 趣味なの? 俺弄りが。
「おい、逢さ……」
彼女の名を叫び呼び止めようとする。すると彼女は、我が家の隣の一軒家へと入っていった。
不意に言葉を失う。思考も少し混乱しているようだ。落ち着け。落ち着くんだ。隣の家はまだ空き家だったはず……。
「……あ」
そういえば高校入学前に、引っ越しの挨拶だといって、とある夫婦からお土産を貰った記憶がある。確かその時に聞いた名前が……。
「逢坂って……言ってた」
開いた口が塞がらない。隣の表札を確認してみると、案の定「逢坂」と書かれていた。
絶望的ではないか。俺の口から深々と溜息が零れた。疲れた、この一言に限る。
逢坂の勧誘により新聞部へと入部し、逢坂がお隣りであるという事を知った、とある一日の夕焼け時であった。