陰影のmelancholy
体育祭以降、行動が顕著に現れるようになった。面倒だが、なるべく被害を最小限に抑える為に、伊織も動かざるを得なくなった。
「(……来た)」
ある日の放課後、下駄箱にいつものように入れられていたのに気付く。しかし、封筒が今回は少し違う。開封口に違和感はなく、普通の手紙のようだった。おそらく、これが麻子の言っていた“呼び出し”なる手紙なのだろう。
しかし、今日はバイトもある。嫌なタイミングで来られたことに、若干苛立ちを覚えた。
「(とりあえず、さっさと終わらせよう)」
二人にメールを飛ばすと、伊織はさり気なく小型カメラとボイスレコーダーを確認する。いつそういう事態に遭っても良いように、受け取った翌日からは毎日欠かさず身に着けていた。
呼び出されたのは、中庭の一角であった。伊織のお気に入りスポットではなかったが、確かにそこも生徒はあまり来ない。待たされるということがないように、ゆっくりとそこへ向かっていく。辿り着けば、予想通り、既に何人かの生徒の姿があった。
「(……五人。意外に少ないな)」
もっと多いかと思ったが、もしかしたら、最低限の人数で目立たないように呼び出しに来たのかもしれない。そんなことを考えながら、彼女らに近づく。
「……来たわね」
彼女らも気付いたようで、こちらに視線が集まるのが分かった。
「何の用。私これからバイトあるから、手短に話してくれない」
「何度も呼び出してるにもかかわらず一度として来なかったあんたが、一体どういう風の吹き回し?」
「いい加減煩いから、乗ってあげに来ただけだけど」
「はあ?あんた何様だよ」
伊織は静かに五人の顔を見た。なんというか、随分とありがちな展開に、ありがちな“登場人物たち”だった。有名私立高校故にそこまでではないが、やはり派手な格好をしている。中には体育祭の時に世話になった二人もいた。
「席が隣だからって、調子に乗らないでくれる?結構な頻度でくっついてて鬱陶しいんだけど」
「それこっちの台詞なんだけど。あれは私の友達。向こうも友達だと思って話しかけてくるだけ。何か問題でも?」
「大アリなんだよ!」
「この距離で怒鳴らないでよ。喧しい」
「はあ!?」
大した動揺もせず、伊織は周囲の生徒たちに冷たく一言投げつけた。
「大体向こうだって迷惑してるんだよ、あんたたちの行いに。バカじゃないの」
「……黙って聞いてれば、あんたほんとに何様?」
言いながら、先程から一言も発していなかったらしい生徒が手を振り上げた。
「(……平手か)」
すっと目を細めて、それを見やる。直後、左頬に衝撃が走った。見事に平手打ちを噛まされたらしい。成程確かに、と伊織は思案した。
「(まあ、平手じゃなきゃ“お綺麗な爪”が邪魔だもんね)」
校則もそこまで厳しくはないが、付け爪は良いのだろうか。どうでも良いことを考えながら、視線を彼女らに向ける。
「……手、出したってことは、そういう覚悟があるってことで、良いんだね?」
「は?」
「言っとくけど、これも立派な犯罪だから。しっかし高校生にもなって、あんたらガキだね。情けない」
肩を竦めれば、完全に切れたらしい。次々と手が飛んでくる。しかしそれも、伊織は最初の一発以外全てを躱してみせた。それが更に、彼女たちを煽った。
「……っ、いい加減に、しろよ!!」
「っ!」
いつの間に持って来ていたのか、今度はバケツに入れられた水を勢いよくかけられた。伊織はそれに反応すると、咄嗟に左に避ける。しかし左足の捻挫がまだ治っていないことに痛みが走ったことで気付き、若干後悔した。
「……そうそう、このこと、日向は知ってるみたいだよ。良いの?」
「…………、行こ!」
口角を上げてそういえば、彼女たちは瞠目する。そしてひとりの声で、そそくさと去っていった。それを無表情で見送ると、伊織は小さく溜め息をついた。折角治ってきたというのに、また悪化したかもしれない。
「伊織ちゃん!!」
「!ああ、麻子。とりあえず、これだけで済んだかな。それよりちょっとフェリーチェまで送ってくれない……?」
「それは良いけど……大丈夫?休んだ方が良いんじゃないの……?」
「大丈夫だよ」
あとで固定し直せば、問題ない。そう笑って言えば、麻子も渋々ながら頷いた。
「日向くんは?」
「上からさっきの撮ってもらってた。……あとは、今後かな」
おそらくこのままでは終わらない。……否、終われないだろう。呼び出した相手にあれだけ虚仮にされたのだ、当然このままではいられないはずだ。
「でも、そろそろ終わらせられる」
「そっか。じゃ、行こ」
「ん」
頬を平手打ちされた際に出来た、引っ掻き傷。それを車内で消毒してもらい、伊織は無事にバイト入りを果たした。
- - -
相変わらず、暇らしい。
伊織は下駄箱を見ながら僅かに顔を顰めた。あの呼び出しの日から三日が経とうとしているが、表立ったことはなにもなかった。逆にそれが不審に思えてならないが、それでも何もないならそれに越したことはない。
「(……けど、そうなると、あれの出番ももう少し先になるかもしれないってことか……まだ続くの?面倒だな……)」
さっさと解決して平和な高校生ライフを楽しみたいというのに、だ。嘆息しながら、伊織は教室に向かった。
今日は一限から移動教室だった。朝のホームルームもそこそこに、四組の面々は教材を持って教室を後にする。
「やっぱり何もないの?」
「何かしらやってくると思ったんだけど……」
小声で楓が尋ねてきたそれに、伊織は小さく頷く。なんというか、拍子抜けだ。しかし、その程度だったのだろうか。
「(……なんか引っ掛かるんだけどな……)」
その程度だというのに、あそこまで手の込んだことをするだろうか。そんなことを考えていた時、不意に伊織は背後から衝撃を受け、前傾した。
「(な……っ!?)」
今いるのは、階段。慌てて何かに掴まろうとして、しかし手摺は伊織の方にはなく、反対側には麻子。とても彼女に伊織は支えきれない。
「――伊織ちゃんっ!!」
予想外の出来事に、伊織は迫り来る衝撃に備えて目を閉じた。




