仮面のrelease
テーピングして少しはまともに歩けるようにはなったが、やはり歩きにくいことに変わりはない。
「(決定的な証拠ということにはなるんだろうけど、それだけじゃ根本的に叩けないしな……でも、あんま時間もかけたくないし……)」
穏やかな学校生活は何処へ消えたのだろうか。そんなことを思いながら、伊織は屋上のフェンスに寄り掛かる。
体育祭から早数日。翌日の伊織の一言でクラス内が二極化した。
『黒崎さん、大丈夫?凄い怪我だけど……』
『ああ……“誰かさんが意図的にバトンパスしくってくれたのと、最後意図的に突き飛ばしてくれた”からね、“意図的に”。だから結構な重傷』
にっこり笑みを浮かべてそう言った彼女に、麻子でさえ身震いしていた。普段無表情に近いほど表情に出ないのだ、クラスに衝撃を与えるには十分だろう。
そんな光景を思い出し、伊織はぼんやりと思考を整理する。麻子の情報では、やはり自身に仕掛けてきた二人は接点があり、共犯だということが分かった。しかし、まだ別にいるはずだ。……二人やそれ以外を動かしている、司令塔が。
「……一々面倒だな……」
「何が?」
ぽつり、呟いた時だった。この屋上には誰もいないはずだというのに、反応が返って来た。伊織は瞠目して、後ろを振り返った。
「おはよう、黒崎さん」
「……おはよう」
屋上にやって来た音がしなかった。それほどまでに考え込んでいたのだろうか。目を瞬かせる伊織に、楓はいつもの笑みを浮かべた。
「そういえば、最近朝佐野さん見かけないけど、一緒じゃないんだ?」
「ああ……麻子は勝手に動いてるから。多分、私以上に頭に来てるんだと思う」
「黒崎さんは?」
「正直こんな面倒事、さっさと終わらせたいけどさ」
肩を竦めて、伊織は続けた。麻子が怒ってくれるから、伊織はそこまで怒る気にはならない。だが、それと面倒事にかかわっているということはまた別の話だ。
「……あんたも面倒だよね、日向」
「……え?」
視線をグラウンドに向けて、縁に両腕と顎を乗せる。
「疲れないの?笑顔」
「……なんのこと?」
「見てて苛々するんだけど。正直言って」
もしかしたら、立場的にそうせざるを得ないからなのかもしれない。常に気を配って、愛想良く、好印象を持たれるように。環境が、そうさせているのかもしれない。
それでも、そんな表情して一緒にいられたくはなかった。
「あんたと麻子、なんとなく似てるから、余計にむかつく。面倒事は手一杯だから、余所でやってくんない。……それに」
完全に黙り込んだ楓を一瞥すると、また視線をグラウンドに戻す。現在は昼休みなので、生徒がそこそこグラウンドにいるのが見えた。
「今回のこと、原因は読めてるんだ。あんたが一緒にいることで、私に非難が飛ばされる。だから、あんたには出来る限りかかわらないようにしたい」
「…………」
「……って、普通なら思うんだろうけど」
顔ごと視線を楓に向ければ、意味を捉えかねた表情が見えた。それに、伊織は小さく笑う。
「麻子の件があったから、余計にそう思うのかもしれない。……日向とは、今までみたいに話がしたいってね」
「!……黒崎さん……」
「あんただって、今までにもこういうことあったんじゃないの?それで少なからず、離れられたりとかさ」
最初はただ、楓も今までと同じように疑っていた。伊織も友人が麻子以外に出来る機会がなかった、というわけでもなかった。それでも作ろうとはしなかったし、最低限麻子がいればそれで良いと思っていた。……だが、もしかしたら、楓は今までの人間とは違うのかもしれない。なんとなく、そう思うようになった。
「――だから、私や麻子を“友達”と思ってくれるなら、今まで通りでいてよ。……まあ、別に私としてはどっちでも良いんだけど」
間違えたかもしれない。それでも、見方を変えてみたいと思った。
呆然とそれを聞いているだけの楓に、伊織は首を傾げた。
「……そこ、最後台無しだよ。どっちでも良いなんて、黒崎さんがそう思ってるなら言っちゃダメなことだよ」
「そう……?」
「そう。……参ったなあ。やっぱり、黒崎さんは黒崎さんだった」
「……なにそれ」
意味が分からない、と伊織は怪訝な表情を浮かべる。しかし、楓はそれにおかしそうに笑うだけだった。
「……うん、俺も今まで通り接して欲しい。だから、ちょっと手伝わせてよ。俺の大事な“友達”に怪我させたんだ、十分な理由じゃない?」
「……まだそっちの表情の方がマシ」
ふっと笑みを浮かべて、伊織は指摘する。同時にそれが肯定を示していると楓も気付いて、楓もまた笑ってみせた。
- - -
「はい、ボイスレコーダー。防水加工してあるから、万が一の時も問題なく使えるよ!」
「……ほんと、用意周到だよね、あんた」
「伊織ちゃんの為だもんね!」
放課後、麻子の家に寄ると、満面の笑みを浮かべてボイスレコーダーを差し出してきた。彼女が掴んできた情報に、“呼び出し”の計画があったらしい。一体どのように情報収集をしているのか、とか、何故そんな簡単に色々出来るのか、とか、様々な疑問はある。だが、気にしたら負けだと、彼女と知り合った時から既に分かっていることだった。
「あと小型カメラもつけておいてね!」
「…………」
操作法を説明していく麻子に、伊織はもう何も突っ込まずただそれを聞くのに徹した。ひと通り説明を終えた時、テンションの高かった麻子が突然黙り込んだ。それに首を傾げると、無言で抱き着いてくる。
「……証拠を残す為だとはいえ、一発はどこかに受けなきゃいけないんでしょ。また伊織ちゃんが怪我するの、わたしやっぱり嫌だな……」
「……それは、仕方ない。けど、日向だって協力してくれるし、これが成功すればさっさとこんなくだらないことから解放されるんだ。……少しだけ、目、瞑ってよ。麻子」
「……わたしも当日は陰からついてるからね!絶対譲らないからね!」
「あんたが飛び出さないように見張りも同席するなら許可したげるよ」
言えば、麻子は思案顔になった。それに伊織は苦笑しながら、機材をバッグにしまい込んでいく。
……あの時とは違って、今は“誰か”がいる。それに酷く安堵している自分がいて、伊織はふっと笑みを浮かべた。




