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三年契約。  作者: 香月紫陽
chapter 1
2/19

桜吹雪のillusion



 麻子の家の車で学校へと向かう間、麻子はじっと伊織の髪を弄っていた。


「うーん……やっぱりここは編み込んで……」

「…………」

「いやいや、それよりこっちをこう……からの……」

「……ねえ」


 流石に十分近く無理な体勢というのは、正直辛い。麻子が伊織の髪を弄るのはいつものことであり、別段気にすることはなかったのだが、やはり体勢をどうにかしたかった。


「え?ああ、なに?」

「……結構辛いんだけど、この格好」

「んー……分かった、じゃあちょっと向こう向いて。やっぱりあっちにしよう」


 自己完結したらしい。漸く微妙な体勢から解放された伊織は、大人しく麻子に背を向ける形で座り直した。麻子は肩を越した程度の手触りの良い真っ直ぐな漆黒の髪を、上半分掬って器用に編み込んでいく。右上から左耳の辺りまでと左上から左耳までの短い部分をそれぞれ編み込んで、軽くお団子を作り、ゴムとアメピンを使って纏める。最後の仕上げにピンクのシュシュをつけて、完成だった。


「うん、やっぱりこれが良いかな!」

「リボンに合わせたんだ」

「そうそう。やっぱりシュシュ使いたかったし」


 麻子本人も出来に満足したようで、満面の笑みを浮かべて頷いた。地毛の緩くウェーブがかかった胸までの栗色を、ハーフアップにして両側から編み込み、色違いの赤のシュシュで纏めている。どうやら、お揃いにしたかったらしい。その姿から、お嬢様らしさが窺える。

 麻子の家は、俗にいう“お金持ち”だった。しかし、それは中学では伊織以外には知られていない。小学校こそ令嬢にふさわしいような学校に通っていたというが、中学は伊織を追いかけてきて普通の公立中学に通っていた。


「でもまさか、伊織ちゃんが東條に通うことになるなんて思わなかった」

「……まあ、想像出来ないね」


 東條高校と言えば、有名私立高校。伊織は公立高校に行って気儘に学校生活を送るのだと思っていた麻子にとっては、驚くべきことだった。何故伊織が通うことに決めたのか。受験当初は何となく流していたが、入学したとなればやはり気になる。

 尋ねてみれば、何とも単純な答えが返ってきた。


「――ただ、興味があったから」


 本当の理由は、それではないけれども。中らずと雖も遠からずな答えしか、実際に言うことは出来ないけれども。それでも、麻子には十分だったようだ。


「そっか。じゃあとうとうわたしのお姉ちゃんになってくれるんだね!?」

「何言ってんの」


 どことなく黄色い悲鳴を上げながら抱き着いてくる麻子に、伊織は慣れたように頭を撫でながら冷静に突っ込んだ。






- - -






 流石に一般の公立中学に通っていた立場から見ると、実際に目にする生徒数の多さには二人して驚いた。なんというか、中学同学年の軽く三倍はいるのではないだろうか。流石有名私立高校である、改めて世界の違いを目の当たりにした伊織は、しかし受け入れも早かった。

 クラス発表は、掲示らしい。玄関ホールと呼ばれる昇降口付近に掲示されたそれを見ると、クラスはやはり中学の三倍あった。


「伊織ちゃん、見つかった?」

「いや……」


 人の多さと、クラスの数。自身の名を見つけるだけでも一苦労だった。端から順にカ行を探していくと、漸く該当するクラスを見つけた。


「……四組」

「え?……あ!一緒だ!やったね伊織ちゃん!!」

「ん」


 伊織の名前の下には、麻子の名前もある。苗字が名前の順では近い為、中学で同じクラスになった時やコース別に別れた時は、二人が並ぶこともしばしばあった。――一年四組、それが伊織と麻子のクラスだった。

 クラスを確認した後は、それぞれのクラスに向かう流れになっている。座席は指定のようで、黒板に掲示された紙を確認し場所を見つけて座る。伊織の席は、廊下側から数えて六列中四列目の後ろから二番目だった。その後ろに麻子が座っている。


「……あ、ねえねえ伊織ちゃん。伊織ちゃんの右隣の人……」

「……右隣?」

「そうそう。なんか、どっかで見たことある名前じゃない……?」


 ――日向楓ひゅうがかえで。隣の席の名前は、そう書かれていた。それがどうかしたのか、と再度麻子を振り返ると、何とも形容しがたい表情を浮かべている。


「もしかしたら、同姓同名なだけかもしれないんだけど……」


 そう口にした直後、教室に入って来た人物に麻子が瞠目した。


「……あ、やっぱり」

「……?」


 納得して、やはり微妙な顔をしていた。


「……で、なに?」

「ああ、うん……やっぱり、本人だった。同じ市野いちの中で、ちょっとした有名人なんだけど……」


 黒板の掲示を見る、焦げ茶色の短髪の、背の高い男子生徒。麻子が言うには、日向楓。顔は見えないが何となく騒がしくなった教室に、伊織は僅かに顔を顰めた。


「――ねえ」


 声をかけられて、伊織は後ろを向いたままの姿勢から更に左へ視線を向けた。声をかけてきたのは、噂の日向楓だった。麻子が顔を引き攣らせるのを、視界の隅で捉えた。


「黒崎さん、市野だよね?佐野さんも」

「……まあ」

「やっぱり。俺も市野だったんだ。こんなところで同中の人と会えるとは思わなかった。……知ってると思うけど、日向楓。これから宜しく」

「……ふうん」


 笑みを浮かべてそう言ってくる楓に、伊織は適当に返事をした。いつも通りと言えばいつも通りの伊織の対応に、麻子は更に顔を引き攣らせる。そして慌てて取り繕ったような笑みを浮かべて見せた。


「……あ、あの!ごめんね日向くん!伊織ちゃん、人の顔と名前覚えるの苦手だから、多分何回も間違えると思うけど!その、こちらこそ宜しくね!」

「そうなんだ?意外だな。でもどんな間違いするのか楽しみ」


 想定外の反応に、麻子は拍子抜けした、というような表情を浮かべた。ちら、と伊織に視線をやれば、とうに興味を失っているらしい。本を取り出し自身の世界に浸っているようだった。


「(……あれ、なんで……)」


 しかしそれすらも想定していた、というように、楓が本について伊織に尋ねていた。

 日向楓には、いくつもの噂があった。これまた俗にいうイケメン、といった部類に属すであろう容姿に、伊織と同じようにあまり表情を表に出さないクールな人間というもの。何人もの女子生徒と付き合っていたが、ある時を境に遊ぶことをしなくなったというもの。そして、実は実家が結構な金持ちであり、今は兄が後を継いでいるというもの。更に、付き合っていたという女子生徒について。

 最初の噂と随分違うことに酷く動揺し、そしてしかも伊織の態度に対して何も言わない。伊織は適当に返事をしているようだが、それでもこうして麻子以外の人間と対話を成立させるなど、稀に見る光景であった。


「……と、残念。これから入学式なんてね」

「!あ、伊織ちゃん、ほら、続きは後だよ。式出なきゃ」

「……ん」


 ふと、麻子は伊織が閉じた本のカバーを目にした。二年前に麻子が伊織に対して贈った誕生日プレゼントだ。それを丁寧に今も使っていてくれていることに対して、自然と笑みが浮かぶ。


「(……まあ、追々注意していけばいっかあ)」


 伊織のことだ、“そういう”面ではそこまで心配はいらないだろう。そう結論付けて、今は新たに伊織と過ごす高校生活について考えることに頭を切り替えるのだった。






- - -






 いつの間にか、入学式は終わっていたらしい。隣の麻子に起こされて、伊織は軽く伸びをした。教室に戻ると、放課後少し残るように言われ、適当に返事をすると席に着いた。


「ねえねえ伊織ちゃん、今日ケーキバイキングに寄ってかない?」

「良いけど、ちょっと担任に呼び出された。多分あの話だろうから、待ってて」

「はーい」


 小声で話を終えると、丁度担任の話が始まった。今後の予定や、学校方針など、様々なことを適当に話していく。担任の小笠百合おがさゆりは随分と適当な人物らしい。なんとなく、この人の担当する英語の授業が気になった。

 要所要所を話すだけのロングホームルームは程なくして終わり、授業は明日から始まる。放課後になり、伊織はさっさと用事を済ませようと小笠を追って職員室へ向かった。

 話は伊織の予想通りのものだった。奨学金についてのことだ。資格内容を確認するだけで話は終わり、足早に教室へ戻る。

 職員室から教室までは、少し距離があった。中庭を通って行かなければならない。ふと、中庭に植えられた桜の木が満開に咲いているのを見て、思わず足を止めた。


「(……明日から授業なら、ここでお昼食べても良いかもしれないな……見た感じ、人もいないし)」


 少し先には生徒の姿が多いが、ここは穴場なのだろう。少し辺りを見回しても、人の姿はないように感じられる。


「……?」


 しかし、不意に校舎の影から生徒が出てくるのが見えた。……穴場、ではなかったのだろうか。そんなことを思いながら何となく様子を見ていると、現れたのは隣の席の楓だった。


「(……誰だっけ)」


 早速名前を忘れている伊織だが、そんな彼女に楓の方も気付いたようで、こちらを見て僅かに瞠目した。なんとなく修羅場のように見えたが、自身には関係ないことだ。それに、覗きをするほど興味もない。それよりも麻子とケーキバイキングに行く方が余程重要だった。

 立ち止まっていた足を動かして、何事もなかったかのように伊織は去っていく。


「…………」


 その様子を複雑な表情で楓が見ていたことに、伊織が気付くことはなかった。





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