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三年契約。  作者: 香月紫陽
chapter 2
18/19

曖昧relation



 翌日、早めに登校し、それぞれ準備に取り掛かっていた。

脅かし役以外は、宣伝の為に浴衣着用を決めてある。現在女子更衣室と化した隣の準備室は、和気藹々としていた。


「……はい、終了。髪はあっちでやってもらって」

「凄っ、ていうか早っ!ありがと、黒崎さん!」

「……ん。じゃ、次」


 手際良く着付けている伊織は、数少ない浴衣の着付け要員として駆り出されていた。幸いこのクラスには彼女の他にもうひとり、着付けの出来る人間がいたらしい。正直ひとりでなくて助かった、と帯を形作りながら思った。ヘアアレンジも麻子には劣るが、それなりに出来るのが二人ほどいた。やはりあちらも彼女ひとりでは時間内に回らなかっただろう。

 漸く最後のひとりを着付け終わったところで、ふと伊織は時計を見やる。とりあえず、まだ自身の準備をする時間は残っていたようだ。持ってきた浴衣を取り出し、着付けていく。最後に帯を締めて整える。


「伊織ちゃん、出来たー?」

「ん。宜しく」

「はーい。うん、やっぱその色似合うねー!」


 夏祭りの際にも着た、麻子の誂えた浴衣。それを着ている伊織を見て、麻子は満足げに笑った。

 ヘアアレンジが完成し、準備室を出る。あと十分ほどで、開場時間だった。


「――伊織、ちょっと良い?」

「……え……?」


 受付の席に着こうとした時、楓に声をかけられて伊織は視線を向けた。用件を訊こうとした時、不意に麻子が楓に掴みかかるのが見えた。


「……ちょ、ちょっと待った!いいい、今……日向くん、伊織ちゃんのこと、名前で呼んだ……!?」

「え、なに、とうとう日向ってば、黒崎ちゃんに告ったの?」


 騒ぐ麻子の声を聞きつけて来たらしい葉月は、その言葉に首を傾げた。それに何の躊躇いもなく頷く楓を見た麻子は、愕然とする。


「でも、俺が一方的に好きなだけだから、付き合ってはないんだけどね。まだ」

「おお、付き合う前提!強気だねえ」

「……っ!!伊織ちゃん!!」


 面白そうに目を細める葉月は、標的を変えた麻子に詰め寄られている伊織を見て小さく笑った。


「ほほほほ、本当に……!?」

「麻子動揺しすぎ。……まあ、遮っちゃったけど」

「動揺するよ!!」


 苦笑を浮かべながら、伊織も肯定する。それが一層、麻子を驚かせた。次第に集まる視線に、伊織は僅かに顔を顰めた。確かにこれだけ騒いでいるのだから、仕方ないと言えばそれまでだが。麻子もそれに気付いたのか、今はもう空の準備室に戻ると、鍵をかけた。


「……た、確かに、中三の時にはぱったり止めたらしいけど……!!それでもあの日向くんだよ!?伊織ちゃん、大丈夫なの……!?」

「……確かに、私はこの目で見たくないもの見させられ続けてきた。……だからもし、本当に私に好意を持っているんだとしても、三年なんて持ちやしない……とは、思うんだけど」


 それでも小声で詰め寄る麻子に、伊織は困ったように笑いながら頷く。……どれほど見方を変えたところで、根本的な部分は変わらないのだろう。何度も目にしてきたのだから。そう伊織は考えるが、それでも昨日見たあの表情が、頭から離れない。


「……伊織ちゃんがそこまで言うなんて、初めてだね」

「それだけ……珍しかったのかも、しれない。――疑ってばかりじゃ何も変わらないって、言われてるようだったから」


 信じてみる価値は、あるのかもしれない。珍しくそんなことを思わせるような、真っ直ぐ射抜かんばかりに向けられた目。ただそれでも、そう簡単には割り切れない。だから、見てみようと思った、それだけだ。


「……そっか……まあ、分かってたんだけどね……」


 麻子はそれにひとつため息をつくと、ぽつりと呟いた。あの光景を見た時から、それは思っていた。予感していたことだ。


「……でも、やっぱりなあ……」


 それでも、譲れない。譲りたく、なかった。


「……?何か言った?」

「そろそろ時間だし、戻って準備しないとねって言っただけ。行こ、伊織ちゃん!」

「あ、ああ、うん……?」


 それを悟られないように笑顔で隠した麻子は、伊織を促す。知らなくて良いことだ、彼女は。


「(……もしそうなったら、わたしが何とかすれば良いことだし、ね……!)」


 そうならないことを願うばかりだけれども。まだ付き合ってもいないというのに前提になっているということに気付くことなく、麻子はひとり苦笑を浮かべる。それから準備室を出た伊織と別れて、持ち場に向かった。






- - -






 昨日気合を入れて描き上げた、看板。それをデジカメで撮り、ポスター用に加工したものを至るところに貼り出してきた。……あのポスターが目を引いたのだろうか。そんなことを思いながら、いつの間にか行列が出来ていた一年四組の教室前で受付を務めている伊織は、料金と懐中電灯を交換していた。

 三分毎に入室していくこのお化け屋敷。次々と出入りする客の表情を見ながら、中は一体どんな風になっているのだろうかと考えていた。


「よっ、伊織」

「あれ……翔琉、来てたの」

「まあね」


 声をかけられ顔を上げれば、翔琉の姿があったことに、ここに来て漸く気付いた。それほどまでに回転が速く、そこまで気が回っていなかったからだろう。


「あーちゃん、中?」

「……連れて行くならあと十分、ここで待ってなよ」

「あ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えてー」

「……え、なに、どういうこと?」


 思わず机に懐中電灯を落とした葉月は、驚いた表情で伊織と翔琉を見ていた。二回目の反応に、伊織は小さく笑う。


「これ、従姉弟」

「これ言うなっつの。……ドーモおねーさん。黒崎翔琉でっす」

「わぁお……性格正反対。間宮葉月、宜しくねえ従姉弟クン。あ、この懐中電灯でゆっくりお進みくださいねー」


 翔琉のことを知って驚きつつも、すぐに切り返せる順応性の高い葉月。そんなふうに話しながらも仕事をこなす彼女に、翔琉は納得した表情を浮かべた。


「成程、まあそれくらいじゃなきゃ伊織の友達なんてやれないか」

「……何ひとりで納得してるの」

「いや、こっちの話。それより、あの人いないの?」


 言われて、伊織は首を傾げた。それに翔琉も首を傾げる。


「え、決まってんじゃん。彼氏だけど?」


 その言葉に、伊織は顔を顰めた。


「……彼氏じゃないけどとりあえずあんたが指してる人物は分かった。残念だけど今は呼び込み中だからいない」

「あー、そういうね」

「へえ、従姉弟クンも知ってるんだ、日向のこと」

「夏祭りで会ったんだよ。いやあ、この伊織をよりにもよって夏祭りに誘えるなんてさ、相当凄いよなあ、あの人」

「夏祭り!?それもうデートじゃん!ていうか付き合ってないとか言いながら付き合ってるようなもんでしょそれ」


 それに伊織は閉口した。勝手に盛り上がっている二人を放置することに決め、淡々と受付業務をこなしていく。そうしてふと時計を見た時、そろそろ十二時になろうとしていた。


「……翔琉。そろそろ」

「おお!じゃ、間宮さん、また」

「はいはーい、楽しんできて頂戴ね」


 波長が合うのか、早々に仲良くなっていた二人を見比べ、伊織は翔琉を見送った。


「で、なに、従姉弟クンは誰狙いなの?」

「麻子」

「へえ、いやあ面白い展開だね、それは」

「……面白いの?」


 怪訝な表情を浮かべる伊織に、葉月は面白そうに笑う。第三者から見てみれば、これほどまでに面白い状況は中々ないだろう。しかし当事者はそれに気づいておらず、それが一層葉月にとってはツボだった。


「……あれ、電話」


 振動する携帯に気付いて、巾着の中から携帯を取り出す。サブディスプレイには、麻子の名が表示されていた。……早速捕まったらしい。


『――いいい伊織ちゃん!!なんで!?なんでこいつがいるのおおおおおおお!?』

「……麻子煩い」


 携帯を耳から遠ざけ、思わず顔を顰める。予想はしていたことだが、やはりもっと音量を下げてから出るべきだったと後悔した。


『あーちゃん諦めなよ。伊織も彼氏とデートするんだしさ』

『まだ付き合ってないし!!じゃなくて!なんでそれであんたと一緒に回ることになるの!?』

『伊織に許可貰ったから問題ないと思うけど』

『……い・お・り・ちゃん!!』


 電話の向こうで繰り広げられているそれに、伊織はひとりため息をついた。会う度にこうした状況になるのは、大体が麻子のせいなのだが。


「……痴話喧嘩は良いから、とりあえず諦めて。じゃ」

『え!?ちょ、ちょっと、伊織ちゃ――』

「……え、誰、今の」

「麻子」


 良く通る声が葉月にも聞こえていたらしい。あまりの豹変ぶりに目を丸くしていた。それを気にすることなく、伊織は終話ボタンを押すと、携帯を再び巾着に戻した。




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